岡崎いるかの生存戦略   作:戎韜

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何があった……?
ブクマと評価がめっちゃ増えてた。
ありがとうございます……ありがとうございます。

長野合宿を数話使って書きたいんで、色々調べてたら時間かかってしまいました。その前に名港杯を長くなりすぎない程度に書くつもり。ここで初級を書いとけば、いのりさんの時は説明とか端折れるかな?


少年は考えた。デリカシーというものについて

 夕凪(ゆうな)の様子がおかしかった件について、信頼できる人に相談したよ!

 勇気を出して洗いざらい話したよ!

 テンションがちょっとハイになってることに関しては、気にしないで欲しい。

 ちょっと死にたくなってるだけだから、うん。絶望がやばくて……ああ、死にたい。死にたいよぉ。

 以下、相談内容のまとめだよ!

 

 

 

 一緒にオリンピック行こうねって約束したことがあった。昔の話。行けたらいいけど実際無理だろうなって思ってる。まあ、向こうが小学校にすら入学していない時の話だし良い思い出だよね。

 最近はりんなに色々教えるのが面白くて、ついつい時間かけてお喋りすることが多い。そこで夕凪からなんでって言われたんだけど、なんでがなんで?

 

 A.とりあえず続けて。

 

 

 なんで熱心に教えてるのか聞かれたから、嘘をつくのもよくないと思って正直に答えた。二人で遊びに行った時に色々相談に乗ったから、その延長線で構ってるんだよって感じで。ちゃんと答えたのに、なぜか妙な雰囲気が消えなかった。なんでだろう。

 

 A.可愛い嫉妬じゃないですか。ところで、どうして馬鹿正直に話したんですか?

 

 

 あの子は嫉妬とかしないし、百歩譲ってそうだったとしたらおかしい。夕凪はちゃんと好きな人がいるのに。

 

 A.今、スルーしましたね。そして、勝手に人の内面を決めつけるのは傲慢というものだと思います。念のために付け加えておくと、現実世界で無自覚キャラは許されません。

 

 

 でも夕凪は慎一郎先生のことが好きだし……。

 

 A.んなこたぁどーだってよくて、嫉妬という感情を恋愛だけに当てはめるのは視野が狭い! 既婚者に恋愛するのはとても危ういことなので、長引きそうなら相談に乗ってあげた方が無難。ところで、仲良しのお姉ちゃんに相談しなかったのはなぜ?

 

 

 なぜ姉に相談しなかったのかについては、デリケートな話をしても雑な答えが返ってきそうだから。うちの姉さんはなんていうかその、言いにくいんですが……その。

 

 A.なるほどなるほど。姉のデリカシーに不安があると。しかしよく考えてみてください。いるかとくじらは違う生物ではあるものの、二人は似た(もの)同士なのでは? デリカシーがないという点においても、同じ穴のなんとやらなのでは?

 

 

 結論

 →デリカシーがないのはお前自身で、いるかちゃんとは()たもの同士(どうし)

 

 

 ──以上。夕凪の件に関する相談結果まとめ。

 

 僕は心に深い(ダメージ)を受けた。

 一切包み隠さずに状況を説明した結果、デリカシーがないとか言われた。いるかちゃんと似ているとも言われてしまった。もうおしまいだ。

 もうおしまいだよチクショウ!

 昨晩のことなのにまだ心がどよーんとする。

 なんかあんまり寝た気がしない。つらい。

 この世の終わりのような気分でヨロヨロと、ベッドから這い出る。つらい。

 

 

「はよー。ってどした? チベットスナギツネみたいな目になってんぞ」

 

 先に起床していた姉さんが驚いた顔を向けてきた。

 床にはシワになったパジャマが落ちてる。我が姉は今日もだらしがないようだ。脱ぎ散らかすなって何回も言ってるのに、一向に直る気配がない。

 ところで、チベットスナギツネってなに?

 

「チベットのキツネ?」

「そう。魂抜けた顔してるブサ可愛いキツネ。癒し系だねあれは」

「起床即ディスるのやめて欲しいなぁ」

 

 しっかし痩せたないるかちゃん。

 去年より身長は伸びてるはずなのに、なんだか小さくなったように見える。色々と。パジャマがブカブカになりつつあるのは気づいてたけど、これは……。

 前より引き締まってきたけど、痩せすぎ。

 今年入った時点で43kgだって言ってたはず。確実にそれより減ってるな。怪我の原因とかにならなきゃいいんだけど、もっと食べろとか言うと怒るしなぁ……。

 

「ディスってないから。癒し系って言ってんじゃん。オラ癒せ」

「姉さんは癒し与えられるよりもあれでしょ。暴力と暴言をぶつける方がいいんじゃない? その方が心が落ち着くんじゃない?」

「えっ……お前、もしかしてMなの……?」

 

 いるかちゃんは気味が悪そうな様子で距離を取った。いや違うから。痛みを与えられて喜んでたことが1度でもあったかい? なかったでしょうよ。

 ゴクリ……とか喉鳴らしてないで、さっさと下を履きなよ。寝てる時に服()いでその辺に放り投げるのやめろ。どうせ布団は蹴飛ばしてるんだろうし、風邪ひいたらどうするんだか。

 

「今度から殴る時はグーにする……?」

「そんなんいいから、パンいちで動き回らないで。そんなんじゃ将来、彼氏とお泊まりとかできないよ?」

 

 この人はちゃんと恋愛とかできるんだろうか。

 (すご)く不安だ。冷静な時と荒れてる時の落差が激しすぎるんだよね。場合によっては言葉の暴力だけじゃすまないから、物理的な痛みも含めて受け止めてあげれる人じゃないと厳しそう。

 起床して早々に悩むことじゃないな。なんで僕はベッドから出てきて速攻で、姉の将来について深く考えているんだろうか。

 

「はぁ? カレシー? 面倒くさいし要らない要らないそんなもん。恋人いたってスケートは上手くならないからね。かえってイラつくこと増えそうだし、いいこと何もないよ。私の恋人は氷でいいわ。死ぬまでそれでいい」

「あ、うん。そうですか……」

 

 うーん、コメントに困る。

 いるかちゃん(このひと)、強がりとかじゃなくて本気で言ってるんだよなぁ……。まあ強がる意味もないんだけどね。顔が良くてスレンダーってだけでモテるから、本人がその気になれば彼氏の1人や2人は簡単にできるはず。恋人2人もいちゃダメだけども。

 

「そうだよ。まあ、私がそう思うってだけだから気にしないで。お前は恋愛したいなら勝手にすればいいけど、今は1個下までにしとけよ。3年生と付き合うとか姉としては引くぞ」

「付き合いません」

 

 いるかちゃんは宝石のような瞳をきゅっと細めて、重々しい声で警告してきた。なんだ今の。

 3年生と付き合うわけないだろ。チューとかしたらもはや犯罪だよ。ほんとなんなの。なんで僕は姉からロリコン疑惑をかけられてんの。

 

「そうなん? りんなって子を狙ってるんかと……ほら、理依奈ちゃんは違うって言ってたから、そっちかなって」

「そっちってどっちですかお姉ちゃん。狙ってないから。それくらいの分別はあるから」

「じゃあ夕凪(ゆうな)って子?」

「もっとダメだからね。2年生に恋する高学年男子とか変態予備軍……いや、れっきとした変態だからね」

 

 いるかちゃんは本気で言っているんだろうか。だとしたら貞操観念(?)というか倫理観というか、色々と神経を疑ってしまう。

 夕凪もりんなもすごく可愛いと思うけど、それは異性としてじゃない。小動物的を可愛いなって思う感覚と似ていると思う。夕凪は子犬って感じで、りんなはキタキツネかな? 

 5年くらい経ったら変わってくるんだろうけど、今はそういう感じ。だから恋愛感情とか芽生えるわけがないのです。芽生えたらやばい人だから、それでいいのです。

 

「変態……それもそっか」 

「でしょ。わかってくれて嬉しいよ」

 

 さて、僕達は朝から何の話をしてるのかな。

 そして、いるかちゃんはすっかり忘れている。

 それか既にどうでもよくなってるな。弟が死にそうな顔でベッドから出てきたってことについて。もうちょっと心配してよ。いるかちゃんがしてくれたことは、チベットスナギツネみたいって悪口言ったことくらいだよね。僕は悲しいよ。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 アクセル系のジャンプは苦手だ。

 全くと言っていいほど良いイメージがない。

 あれはまだスケートを始めたばかりの頃。

 シングルアクセルで転んだ僕を見て、父は心配するどころか大笑いしたんだ。

 

『顔から落ちるとか本当にあるんだ! ぶっ……や、やめてくれよっ。みんな見てるんだから、そんな……くっ、ぶっさいくなアザラシみたいなさぁ……! ほら、水族館のガラスに突進してグニャってなる、どんくさいアザラシ! ぶふっ……はははっ!』

 

 父が爆笑しているのを見たのは、今のところあの時だけだ。父はたまに『懐かしいなあ』ってシミジミしてるけど、こちとら全く良い思い出じゃない。

 あれからしばらく、僕は夕凪からアザラシ君って呼ばれる羽目になった。本当に嫌すぎて心を閉ざしたら夕凪めっちゃ慌てちゃって、無視したら泣かれてしまった思い出がある。

 お互いに黒歴史だ。

 夕凪は今よりもっと小さかったし、僕も精神年齢低かったから。仮に今、夕凪に嫌なこと言われても無視したりなんてしない。絶対に言わないだろうけどね。あれから凄く気をつけてるみたいだから。これは言っていいのかダメなのか、って。夕凪はいい子だから、そこまで考える必要ないんだけど。あの時は悪いことしたなぁって後悔してる。

 

 

「夕凪は心配いらないよっ。ちょっと()ねてるだけだ……よっと」

 

 

 水曜日。

 あれから何を聞いても『だいじょぶだから気にしないで』の一点張りの夕凪ちゃんに、ちょいとモヤモヤしている週の中頃。

 ドテンと氷の上に転がっていると、上から声が降ってきた。逆さまの視界に理依奈(りいな)ちゃんの顔が映り込む。銀盤の冷気とは裏腹に、その体からは熱気が漂っており、ブロンドの髪はしっとりと湿っていた。足がパンパンになるまでスケーティング。二人でよくやる耐久トレーニングのひとつだ。

 

()ねたり不機嫌になったり……夕凪でもあるんだなぁ」

「そりゃあるだろ。人間なんだから……あー、疲れたーっ……なんで先に音を上げるんだよー。張り合いないぞー、今日(きょう)ー! ふー、はぁーっ」

 

 こうやって体をいじめることに慣れておけば、少なからず演技後半の安定感に繋がる。この手の練習は上のレベルならみんなやってるだろうけど、貴重な貸切練習の時間を使ってる人は果たしているのか。

 夜の貸切の時間帯。それも二人で広々とリンクを使えるんだから、もっと他にやるべきことがあるんじゃないのかって話。でも僕らはこれでいいんだ。むしろやっとかないと調子が上がらない。

 

「二人とも、そろそろ」

 

 慎一郎先生から合図が出た。

 耐久トレーニングは終わり。

 ここからはジャンプの練習。曲かけも。もちろん回数は少なくなるけど、それはそれで集中力強化の練習になるし。

 

「いつも思うけど、きっちーなぁ……乳酸()まりまくってる状態で飛ぶのはキツい……っ」

 

 理依奈(りいな)ちゃんはおデコにベシッと手をあてて、髪を豪快に掻き上げた。小さな汗の粒が弾けて、ハーフアップの髪が更に乱れる。

 

「スーッ……フゥ。本番ではもっと苦しいからなぁ……後半に大技を持っていくなら尚更(なおさら)……ね」

 

 少し休んでも息が整わない。

 立ち上がって袖で頬の水滴を拭うと、すぐさま新たな汗が流れてきた。

 服の中までびっしょりだな、これは。

 フィギュアスケートは氷上のマラソンとも呼ばれるほど、体力を必要とするスポーツだ。

 時間は短いが消耗度合いは半端ない。

 演技中の心拍数は、マラソンランナーに匹敵するレベルまで上昇することもある。終了後はフラフラになっている選手がよくテレビに映っているが、あれは決して大袈裟なわけでも体力がないわけでもないのだ。

 

「だなー……っし、やるか。変な転び方しないよう、気をつけて。シーズン始まったばっかりで大怪我とか笑えないしね」

 

 集中しよう、と(つぶや)くと、理依奈(りいな)ちゃんは鋭い眼光を放った。

 細い体の一点に溜め込まれた筋肉が、バネのように解放されて氷を押す。ブロンドの髪がふわりと浮いて滑走が始まる。洗練された姿勢を崩すことなく最高速度に到達すると、鮮やかなターンで背を向けた。

 傾く右足のエッジの刃。後ろ向きでの加速。左足のつま先(トゥ)が氷にガツッと突き刺さり、その勢いをもって跳ね上がる。

 

「──っ!」

 

 弾丸のように直線上に飛び上がるジャンプ。

 天に向かって伸びる腕は吊り上げられているみたいで、体の回転に遅れてブロンドの髪が渦を巻く。

 凄くカッコよくて、美しいジャンプ。女子では中々出せない男子並みの高さは、慎一郎先生(ゆず)りで間違いない。

 

「っし──!」

 

 着氷乱れなし。

 スムーズに次の動作(ステップ)に繋がった。今回も50cmくらいは飛んだだろうか。4回転に必要な高さはクリアしていたことは間違いない。だってクリーンに4回転トウループを降りたのだから。

 明らかに調子がいい。体を追い込んだ後とは思えないほどキレッキレだ。去年とは雲泥の差。勝負の年にピークが来ている。後は年末までこの状態を維持できるかどうか。

 

(負けてられない。次のオリンピックとは無関係とはいえ、今の結果は確実に将来に繋がってくるんだから)

  

 現状、ぶっ込むことのできる最強カードは3回転ルッツ。姉弟(きょうだい)仲良くアクセル系のジャンプは苦手な方で、トリプルアクセルは使えない。

 日本中探してもできる選手の方が遥かに少ない高難易度ジャンプだけど、いつかは出来るようにならないと上の世界では戦えない。特に男子は。僕達がシニアに上がる頃には女子も同じようになるかもな。ただでさえ最近はレベルが上がってるし、トリプルジャンプまではフルコンプリートしないと勝負にならない──そんな時代が来るのは近いのかも。

 

 

(……まあ、まずは今週末の名港杯。惨敗して長野合宿に乗り込むとか嫌だから、しっかりやんないとな)

 

 毎年7月に行われる長野合宿。もしくは野辺山合宿。

 正式名称は全国有望新人発掘合宿。対象は全国のノービス選手で、各都道府県から選ばれた少人数が参加可能。超狭き門。

 注目度は高い。テレビ特集もある。

 近年のオリンピック代表選手の多くが同合宿を経験しており、トップ選手の登竜門とも呼ばれている。そこに姉弟(きょうだい)で呼ばれるのはスゲーことなのだが、岡崎家の両親──特に父親の方はイマイチピンときていないようだ。

 

(まあいいけどね。親に褒められるためにやってるわけじゃないし)

 

 スケートは面白い。自分でやるのも他の選手の技を見るのも、どっちも楽しい。

 体が軽い状態で滑るのも好きだし、今みたいに足の感覚飛びかけてるシンドさも良い。あんま理解されないんだけど、疲労が凄い気持ちいいの。頭に酸素が足りてない時に見える景色は、とても綺麗だ。

 リンクが二倍増しで輝いて見える。

 

(スピード出すの楽しい。転んだら死にそう!)

 

 滑ることだけに集中しないように指先注意。重心は左足の外側。後ろ向きにカーブを描いて、氷と喧嘩しないように滑らかに。右足のトゥを押し込むように氷にぶつけ、描いたカーブとは逆方向に回転をかけて飛び上がる。

 

「しん……どっ!」

 

 形は理依奈(りいな)ちゃんがモデル。ただし軌道は垂直ではなく楕円形。浮き上がって回り始めたら無数の綺麗な線が見える。時間は一瞬。考える暇もなく足に衝撃が来て、振られないように右足一本。しっかり氷を掴む、掴む!

 

(うっわ、足の感覚バグってる)

 

 もう一発。次は2回転。トウループ。

 膝がフワフワというかムズムズというか、とにかく力が入りにくい感じ。左足のトゥを突いて飛び上がる刹那、よし成功だと確信した。

 失敗するかどうかは踏み切り前の時点で大体(だいたい)決まる。踏み切ってしまった後はできることなんて限られていて、回転数を少し(いじ)るくらいが精一杯だ。

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 金曜日。名港杯(めいこうはい)開会式。

 八木夕凪(ゆうな)は力強く頷いた。滑走順は19人中11番目。早すぎず遅すぎずいい感じ。

 さあベストを尽くすぞー明後日(あさって)! と充実した笑みを浮かべた。

 

「よし! がんばろう!」

「わたしは7番だったー。同じ第2グループだねっ」

 

 ラブリー&クッキー担当の四葉(よつば)も満足のくじ結果だったようで、にこにこと夕凪に抱きついてきた。離れた場所で理凰(りおう)が寂しそうにしていたが、慰めにいく女子は誰もいない。みんな自分のことで頭がいっぱいなのである。

 

「なんなんお前んとこ。フワフワしすぎじゃね? みんなちっちゃすぎるし、ガキのお遊戯会みたいな雰囲気」

「そういうこと言うな。それ、同じようなこと言われたら絶対キレるやつでしょ」     

 

 鯨哉(きょうや)は姉を半目で見た。名城の生徒もほとんどが会場に来ているのに、いるかちゃんはなぜか名港ウインドの集団に紛れ込んでいる。弟の隣をキープしちゃっている。そのせいで理凰が怯えて寄ってこない。なんでも、前に大須のリンクで喋ったことがあるそうで、「きょうや君っていい人だよね!」って挨拶したらガン飛ばされたのだとか。  

 

「キレないから。私はそんなに沸点低くない」

「言ったね? 覚えとくからね、それ」

 

 さて、現在は初級女子の抽選中。

 名港ウインドの生徒達はくじ運が良いのか、ここまでは全員が満足な順番をゲットしている。

 初級女子のエントリーは19人。フィギュアスケートは6人1グループで括られることが多く、本番前の4分間練習はグループ毎に行われる。この名港杯でも同じ流れだ。     

 

「そういえば茉莉花さんは?」

「知らない。あの人って結構人見知りだから、こういう時は頼りにならないの。最近は内弁慶になっただけマシになったけど」

「お世話になってる先輩なんでしょ……もっと尊敬感のある言葉はないの?」

「尊敬感ってなに?」

「知らない」 

 

 それはそうと、どうにも変な気分だ。

 スケートリンクでいるかちゃんと一緒にいることは少ないので、違和感が凄い。しかも周りに名港の人達がいるから尚更に。脳がバグりそうである。

 

「みんな終わった感じ? 良かったじゃん。ハズレ引いた奴はいないみたいだし」

「いや、りんなが残ってる」

「そういやいないな。どこ行ったん?」

 

 いるかちゃんはりんなの顔を知っている。遊びに行った時の写メを見せたことがあるので、姿を見ればわかるはずだ。あんまり興味がないのか、いないことに気付いていなかったけども。

 

「柱の陰に隠れてる」

 

 鯨哉(きょうや)は前方にある柱を指さした。ポニーテールの先っぽがフワフワ揺れている。動物が物陰に隠れてるみたいだ。そんで尻尾だけ出てるみたいな。

 

「何やってんだりんな! お前の番だよ! 早く出てきて引きやがれ!」

「う、うう……1番はいや……怖いよぉ……」

 

 大股で歩いて行って厳しい言葉を浴びせたかけたのは、名港ウインドが誇るイケメン。暴れんボーイ先生である。首根っこを掴まれたりんなは抽選箱の前に連行され、この世の終わりに絶望しているような顔で、力いっぱい右手を穴に突っ込んだ。

 

「っ、っーーーーーーーーー!」

「箱がぶっこわれんだろ! ガンガンかき混ぜるな! すいませんこいつ、この子、ちょっと緊張してるみたいでハハハ!」

 

 抽選箱が上下左右に振動している。りんなが腕をブンブンしているせいである。念入りにかき混ぜて、全神注視(ぜんしんちゅうし)。持てる全ての力とかを使って、狙いの一枚を掴み取るつもりなのかも──「ないな」と鯨哉(きょうや)は思った。

 あれは何も考えていない。単にテンパって腕を振り回しているだけだ。夕凪達より年上とは思えない。顔はともかく行動が小学2年生よりも幼い。

 

「はは……あんなテンパらなくてもいいのに。まだ11人も残ってるんだから、そんなビビらなくても」

「だよなー。なんなんあの子。くじ引きの時点であんなんじゃ、大会じゃまともに滑れないだろ……」

 

 いるかちゃんの手厳しさはともかく、りんなはようやく引き抜くクジを決めたらしい。

 目をギンギンに見開いて「フンッ!」とかけ声。

 ポニーテールがしなるほど勢い良くのけぞり、滑走順が記載されたクジを引いた。

 

「グチャグチャじゃねーか! 握りつぶすなバカ!」

「ごめんなさい! でもっ、いっぱいオイノリしたし念も込めて」

「いいからさっさと開け! 後ろがつかえてるんだっつーの!」

 

 暴れんボーイ先生が悲鳴をあげた。りんなの後ろでは名城クラウンが誇る将来有望な双子が「なにあれ変な人……」「ユニークな人だね、ひな……」とヒソヒソ話をしている。

 

「早くしろ! いやほんとすいません。スグ退きますんで……くそっ、アシスタントコーチってこんなに大変な仕事だったのか!?」

 

 暴れんボーイ先生が爽やかに髪を掻き上げる。直後、りんなはベリビリと紙を破って目を瞑る。

 

「すぅー……」

「なに深呼吸してんだ! 早くしろボケ!」

 

 またしても叱られたりんなは「!?」と(まぶた)をかち上げて、血走った瞳でそれを見た。

 鯨哉(きょうや)の位置からは流石に数字は見えなかったが、すぐわかった。声で。

 

 

 

「い、イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────アアッ!! いちばっ、いちばっ、ババババッ!」

 

 大、大、大絶叫であった。

 暴れんボーイ先生は慌てた。

 

「うるせえ黙れ!? ほんとなんなのお前!?」

 

 鯨哉(きょうや)は腰が抜けそうになった。

 間違いなく初めて耳にした、申川(さるかわ)りんなの大絶叫(発狂)であった。

 

「っっ、〜〜〜〜〜〜〜〜フンッ!」

「やめろりんな! クジを破るな! クジを痛めつけたところで結果は変わらねえよ!」

 

 りんなの奇行はさらに続いた。

 ビリッビリに破った紙を床に向かってブン投げ、両手を頬に押し当てて絶望。

 愛嬌のある顔はムンクの叫びと化していた。

 鯨哉(きょうや)はフラリと天井を仰いだ。

 なんということだろうか。

 申川(さるかわ)りんな、残り11枚のクジの中から見事1番滑走を引き当てる。みんなで散々慰めたことは完全にフラグになってしまった。

 

「っ……だっ、大丈夫じゃ……なかった! 1番きちゃった!? おかしいよっ、きょうやくんの嘘つきッ! ぼくのこと信じてって言ってたのにっ、言ってたのにッッ!!!!!!」

 

 たしかに言った。人生で一度は言ってみたかったセリフ。『ぼくをしんじて』。勇気づけようとしたのと後輩にカッコつけたかったのと、まさかピンポイントで1番はないだろうとタカを括っていたのとで、優しい笑顔を意識して、言った。やっちまったどうしよう。

 

「……」

 

 鯨哉(きょうや)は気まずそうな顔で気配を消した。

 足音を立てずにその場を離れ、その辺の柱の裏に避難する。息を殺して謎にドキドキしていると、いるかちゃんが追跡してきた。ニヤニヤしながら肘で脇腹を殴ってくる。

 

「お前のせいだってよ……くっ……なんか笑える」

「笑えないです」

 

 と、あまり見ないトラブルはあったものの、この後は特に何も起こらず、申川りんなは抽選で暴れたヤバい女として有名になった。

 また、なぜか『全ては岡崎弟のせいだった』という噂も流れ、鯨哉(きょうや)は意味不明なダメージを受けることになった。他のクラブの人達からヒソヒソ話をされる頻度が激増したのだ。何となく不快だから、鯨哉(きょうや)はヒソヒソ話をされるのは嫌いだ──嫌いだ!

 

 

「僕を信じて……くっ、むふふっ……い、(イタ)すぎ。くふっ……だ、ダメだ面白すぎる」

「うるさい!」

 

 冷やかしてくる姉も嫌いだ!

 鯨哉(きょうや)は顔を真っ赤にしてキレた。黙れいるかと叫びたかったが、呼び捨てにすると殴られる可能性があるので我慢した。

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