岡崎いるかの生存戦略   作:戎韜

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投稿から半月経ってた!

いつもコメントなどありがとうございます! 筆が進む!


名港杯『初級女子FS④+おまけ』

 そういえば先週、いるかちゃんと一緒に再放送のアニメを見た。少年少女(たち)が格好良いロボットを操縦して、宇宙からの侵略者と戦う物語。

 敵は色んな奴がいて、人型で二足歩行するパターンもあれば目玉オンリーだったりもする。後は微生物タイプで味方のロボットに取り憑いたりとか。敵の見た目はバラエティに富んでいるが、大体の場合は派手なロボットバトルになる。  

 僕もいるかちゃんも結構(けっこう)楽しんで見てた。

 序盤は友情と愛の物語な雰囲気だったのに、途中から様子がおかしくなっていくのが面白かった。出るわ出るわ爆散即死シーン、敵からの捕食シーン、味方を捕食して殺してしまう名シーン。

 そのアニメの主人公は1話の後半で、戦いへの恐怖からこんなセリフを吐くんだよね。

 

『逃げたらアカン、アカンねん! 逃げたらアカン逃げたらアカン逃げたらアッカッン〜!』

 

 可愛い女の子が白目むいて発狂している姿は、視聴者達に大きなインパクトを与えてくれた。

 状況は世界の危機とかではないけど、僕は今、アニメ『イブナイトイヴ』の主人公──ツカサちゃんの魂の叫びを思い出している。

 

 

「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」

 

 目のキリッとした女の子が絶望している。

 青いタヌキと侍のハーフだという二頭身のご当地キャラ、『はちえもん』と一緒に写真が撮れる顔ハメ看板の裏側で、血の気が引いた顔でうずくまっている。

 

「逃げちゃった、どうしよう……逃げちゃった逃げちゃった逃げちゃった……」

 

 震える唇から同じ言葉が何度も漏れた。

 逃げたらアカンよと声をかけても意味はない。残念ながら刹那ちゃんは逃げちゃった後だ。最終グループの4分間練習は既に終わっている。今は13番滑走の演技が始まったところ。わざわざ滋賀県から来ているという2回転持ちの選手だ。

 

(……どうしようはこっちのセリフだ。いや、ホントどうしようかこれ)

 

 咄嗟(とっさ)に傍に来てみたが良いが、この後のことは考えていなかった。普通に考えたら、まずは話を聞いてから戻るよう説得すべきだろう。たとえ4分間練習をバックれたとしても、演技本番の点数が減点されたり失格になったりすることはない。

 まだ間に合う。でも、それをしてしまって良いものなのか。

 

(それもりんなの目の前で)

 

 仮にこのまま刹那ちゃんが失格になれば、りんなの台乗りはほぼ確定。これより後に滑る選手の中で、10点超えの可能性があるのは刹那ちゃん含めて2人だけだ。1人脱落すれば自動的に表彰台。2人ともベストな滑りができたらりんなは落ちる。

 

(嫌な計算だ……なんにしても放置するわけにはいかないから、名城のコーチを探しに行くかな。騒ぎになってるはずだけど、どこにいるんだ……?)

 

 どうしたのかと聞いてみると、逃げてしまったとの返答だった。ちょっと色々あってとも呟いていたが、その内容は不明。詳しく聞いている時間がもったいないし、早くコーチを探しに──そう思って立ち上がろうとした、その時。

 

 

「私、名城の人を探してくるね。エイヴァ先生にも話して、なるたけ早く戻ってくるから……きょうや君はちょっとお話してあげて」

 

 一緒にしゃがんでいた、りんなが先に立ち上がった。細い眉毛を内側に寄せて、「私はだいじょぶだから」とハッキリした声で続ける。

 僕はハッと顔を上げた。え、なんでかっこいい感じに変身してるの? 私生活では優柔不断にヘラヘラしてることが多いのに。もしかして結果が出て自信ついた? ついちゃった?

 

「いいの?」

 

 年下に何を聞いてるんだか。

 自分で自分に呆れながら、垂れ目がちな可愛らしい瞳を見つめる。りんなはコクコクと(うなず)いた。

 

「うん。もちろんメダルはほしいよ。でも、そのためにきょーや君に嫌な思いはしてほしくないの。それにね、だれかの失格をおいのりするような人間になりたくない。だって、きょーや君もりいなちゃんも、慎一郎先生もきじた先生たちだって、そこまでして勝てなんて言ってないし」

 

 そして、やっぱりハッキリと言った。

 

「どうしても勝たなきゃいけない時はあるんだとおもう。けおとしてでも勝ちたいって思う時はくるのかもしれないけど、それは今日じゃないの」

 

 だから大丈夫。

 ちゃんと戦わせてあげようよ、って。

 正直、びっくりした。ちゃんと愛されて育ったんだなーって思えるような、そんな性格が良い子だとは思ってたけど、精神年齢はそこまで高くないと思ってたから。今みたいな状況でちゃんと()()できるなんて、凄いなこの子って思った。あと中身は幼いとか思っててごめん。

 

「よろしくね。もしメダルとれても、このままだとモヤッとしちゃうから。わたし、そういうのはヤダ。夕凪ちゃんとはあんまり仲良くないけど、あの子もこういうのはヤダとおもうよ?」

「わかった。りんなもよろしく。焦らなくていいから、名城の人を見つけたら誰でもいいから連れてきて」

「うん。まかせて!」

 

 りんなはクルッと体を回転させると、ぴょんぴょんと軽やかに走っていった。

 疲れているだろうに、低学年は元気だなぁ。とか感心している場合じゃない。自尊心が風前の灯みたくなっている刹那ちゃんを、どうにかして滑ることのできる状態にしないと……難易度高いな!

 喋ったことないし、実際のところどういう性格なのかもわからない。そもそも嫌われてたりしたら逆ギレされる可能性もあるわけで。

 

「体調悪いわけじゃないなら、まだ間に合う。でもその前に、なんでこんなんなったの? 大会はこれが初めてじゃないよね……?」

 

 ドキドキしながら聞いてみると、刹那ちゃんはギロリと目を見開いた。そして、ゆらりと顔を上げてこっちを見て……っていや、(こわ)っ。

 

「め……」

「……め?」

 

 僕はビビりながらも聞き返した。めだけじゃ何も分からない。まさか目が痛いのかと、目力のある瞳を覗き込んだところ。

 

「……めっ、メンタルが、弱いからです!」

「……!‍?」

 

 刹那ちゃんは今度は大きな声で、身も蓋もないことを、叫んだ。

 通行人の方々が何事かと足を止める。「大丈夫でーす」と手を振ってあげると、見知らぬ男子達はキョトンとした顔で去っていった。

 

「メンタルがっ、わたっ、メンタルがあれで、だからクソザコナメクジメンタルとか言われるんだ! あーもうなんでこんなことになってるの!」

 

 そして、刹那ちゃんは爆発した。いきなり。振り切れてしまったようにキレ始めて、自分の頭を握りつぶす勢いで左右から押し始める。

 指にひっかかった髪からブチブチっ、と音がした。

 やばいなこれは。うちのいるかちゃんが癇癪(かんしゃく)(極小)起こしたときみたいだ。ガチで発狂するとあの人は首を絞めてくる。最もヤバかった時は、僕の膝上ももの辺りの血管が爆砕しかけた。

 

「こんなナメクジザコッ、クソザコナメクジメンタルじゃ、勝てるわけないっ! あの子が言ってたのただしいよっ、恥かくくらいなら棄権した方がっ」

「落ち着け! あの子って誰! なに! なんか酷いことでも言われたの?」

「滋賀から来てるひななって子がっ、私はクソザコナメクジブスメンタルだから消えた方がいいってっ」

 

 それは……ひどいな。

 ボロボロ泣き始めた刹那ちゃんを、僕は沈痛な気持ちで見つめた。他の選手にそんな暴言を吐いて動揺させるなんて、守山(もりやま)FSCってどんな育て方してるんだ。まあ、スケート以外は教えませんノータッチです、ってスタンスのところもあるらしいけど。

 

「ブスニワトリとか……あっこれは違くて、ブスニワトリはさなちゃんで……違うッ! ブスとか言っちゃダメ! ッッ、責任、とらないと」

 

 刹那ちゃんはわけのわかんないことをブツブツと呟き、歯軋(はぎし)りによる嫌な音を発生させた。なんか記憶混濁してるっぽい? いくらなんでもテンパりすぎだ。そして時間ない。どうしよう!

 もう13番滑走の子は終わってるよな。いらんこと言って刹那ちゃんを口撃したという、守山の刀根山(とねやま)ひななちゃん! コーチ見つけたら絶対に文句を言ってやる!

 

「責任ッ」

「だから落ち着け! 落ち着きなさい! 責任とか言うなら戻って滑る! 刹那ちゃんとは喋ったことなかったけど、君も間違いなくモノが違う選手だから!」

 

 静かに諭している時間はなさそうだから、ここは強引にいくしかない。勢いには勢いをぶつければ何とかなる。何とかならなければ大爆発してお互いに怪我するけど、その時はしゃあない。逆ギレした刹那ちゃん殴られたり噛みつかれたりしたら、その時は広い心で許すので大丈夫!

 

「ブスでもなければナメクジでもないし、ニワトリさんは他にいるよね? 名城のさなひな姉妹(しまい)!」

「うん! いる! います!」

 

 寂しげにすぼまった撫で肩を、両手でガシッと掴んで、伝える。刹那ちゃんは目がグルグルしている。どうやら余計に混乱してしまっているようだ。

 

「お姉ちゃんがさなちゃんで合ってる!‍?」

「合ってますぅ!」

 

 ここがチャンス! 一気に畳み掛けて、何としてもスケートリンクに送り返してやる! この時点で、僕はスイッチが入ったことを自覚していた。遠回しに言っても相手によっては伝わらない。だったらビシバシどストレートにいかないと。いるかちゃんにビシバシしばかれながら至った、僕のひとつの結論だ。

 

「だったら、いるかちゃん知ってる!‍? 姉なんだけど、あの人!」

「話しかけたら、ムシされました!」

「ほんとごめん! とにかく、怪我でもないのに棄権とかしない! わかった!‍?」

「ハイわかりました! ……アレ?」

 

 よし言質とったぁ! って、無理やり言わせたところでなんの意味もないんだけど、どうやら震えはおさまったようだ。危ない目付きも普通に戻った。

 溜め込んだ熱は1回発散しないとだから。

 去年、本番前にATフィールド展開しちゃった時の経験が役に立ったな。なぜかいきなりブチ切れてロッカーに閉じこもっちゃったのは、僕じゃなくて姉のほうね。あの人はホントにもう。不安定の極みだ。

 

「よしよし。ちょっと落ち着いたね。次は手を握って」

「握って……」

「開いて」

「開いて……」

 

 グーパーさせてはいオッケー。

 少なすぎる時間の中では、発狂状態を解除してあげるのが精一杯だった。ほんとにもう時間ない。

 りんなが戻って来ないんだけど、まさか何かアクシデントでもあったのか……? なんか救急車来てるっぽいし、名城のコーチ倒れたりしてないよね?

 もういい。迎えに来ないからこっちから行かせる。

 

「改めて言うよ。普通に滑れば君はモノが違う。凄い選手だ。怪我なら仕方ないけど、そうじゃないなら逃げちゃダメだ。これからノービスに上がってくるんでしょ? 勝てる選手になりたいから、小さいうちからこんなに努力してるんでしょ?」

 

 自分のことを知らない人間が何を……とか思われたかもしれないけど、人間的には知らなくてもどんなスケーターなのかは知ってる。

 現時点での完成度は、間違いなく名古屋の中ではトップクラス。センスだけでやってるような選手じゃない。幼少期からの積み上げてきたものがあることは、滑り方を見てればわかる。

 

「……うん。がんばった。けど、メンタル弱くて、お父さんもお母さんも、ガッカリさせちゃうことが結構あって、コーチも」

 

 期待を力に変えられるタイプでは、まだない。と。

 こればかりは個人の持つ資質だから、簡単には変えられないとは思うけど、この子にしろ僕にしろまだ先は長いんだ。まあ、僕はどこまで続けられるかは未知数だけど。

 

「ガッカリさせるのが嫌なら、いつか喜んでもらえるように頑張ればいい。それにね、1番ガッカリしちゃうのはさ……君が苦しさに負けて、スケート嫌いになっちゃうことだと思うよ」

「……」

 

 この子のご両親がどんな人かは知らないし、名城のコーチにも同じことが言えるけど、心ある大人ならそういう風に感じると思う。そうであって欲しい。これは願いみたいなもんだ。

 

「ごめんなさい……なんか、頭まっしろになっちゃって……どうしよう。とんでもないことしちゃった」

「まだ終わってないよ? 急いで戻って全力でアップして、今できることをしっかりやる。さあ、行こうか。コーチが怒ってたら代わりに謝ってあげるから。小走りで体あっためて、今からはひたすら準備して」

 

 尻もちをついていた刹那ちゃんを引っ張り上げて、小走りで控えスペースに向かう。体をあたためる時間は十分とは言えないものの、猛スピードで準備してもらうしかない。お説教されてる時間はないので、コーチがヤバそうなら一旦代わりに怒られよう。

 

「……え、っと。私、別のクラブだし、そういえばなんで……?」

「そんなことどうでもいいから、準備!」

「は、はひ……!」

 

 つまんないこと言ってるからダッシュだ!

 走れ! なんでもいいからあっためるの。

 最終グループは7人。今、17番目の選手の得点が出た。激しい足音が反響する広い通路に、女性の落ち着いた声が放送される。

 

 

 

 ──庭取(にわとり)さなさんの得点、9.64。現在の順位は第4位です。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「! 刹那! なにしてたの!‍? いきなりいなくなって、今までどこにいたのっ!‍?」

 

 戻ってきた刹那を見るなり、母親らしき女性が血相を変えて走ってきた。顔は真っ赤。目も真っ赤。他のアシスタントコーチたちの姿は見当たらず、刹那のことを外まで探しに行っているとのこと。

 

「お、おかあさ……」

「時間ない! 怪我したくなかったらアップ! 次だからねっ!‍?」

「は、はひ……っ」

 

 お説教されている時間はない。

 鯨哉は母親の前に飛び出すと、しっしっと刹那を追い払った。当然、なんだコイツはという鋭い視線が注がれたが

 

「ちょっとなによ君……あれ? いるかちゃんのところの鯨哉くん?」

「ぜぇぜぇ……は、はじめまして。いるかちゃ……姉がお世話になってます。本当にすみません、あんな姉で、ほんとに……もう」

「い、いえいえ……こちらこそ?」

 

 すぐに誰かわかったようで、刹那ママから殺気が消えた。岡崎鯨哉は昨年の全日本ノービス準優勝者としてもそうだが、いるか弟としても有名である。とりあえず謝り倒したのも大いに効果があったようだ。

 

「! 刹那! 戻ってきたんだね! ああよかった……一時はどうなることかと……」

 

 刹那ママの口から次の言葉が出ないでいると、名城のヘッドコーチが走ってきた。キス・アンド・クライで教え子の点数を見届けた後、急いで戻ってきたらしい。

 初老の男性コーチ、竜宮(りゅうぐう)アキラ。

 いるかはともかく、母が迷惑をかけていそうな人物だ。失礼なこととか凄く言っていそうだが、お願いだから姉のことは見捨てないで欲しい。

 

「先生! うちの子がすみません! 本当に申し訳ございませんでした!」

 

 刹那ママは真っ青な顔に変わり、土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。「まあまあ」と笑顔で対応する竜宮コーチ。

 

「お話は後で。こちらこそすみませんでした。何人も大人が走り回って見つけられなかった。その辺で転んだり、階段から転がり落ちたり……非常時でももう少し冷静に対応できるよう、後でしっかり反省会をしますので」

「いえいえ、そんな……そんな、もう! 私が全部悪いんです土下座しますっ」

「ははは、土下座はやめてください。心からのお願いです」

 

 なんというか、とても穏やかな方だ。

 鯨哉は少しずつ後ろに下がりながら、姉のクラブのヘッドコーチを観察した。名城と名港はホームリンクが異なる。話したことは何度かあったが、常日頃(つねひごろ)から目にする機会は少ない。

 

「刹那の演技が終われば、少し時間が空きます。他のコーチ達も戻ってきますし、お母さんも一緒に反省会といきましょう」

 

 竜宮コーチは刹那ママの肩をポンポンと叩くと、息を整えている刹那の方を向いた。

 

「ですがその前に……刹那、どうだい? 準備しているということは、戦う意思がある。そう思って構わないのかな?」

「はい……すみませんでした。いけます」

 

 刹那は腕で汗を拭ってから、小さく会釈をした。

 程なくして前の選手の演技が終わり、あっという間に点数が出る。本当に目まぐるしかったが、初級女子の時間ももうすぐ終わりだ。 

 

 

 

 ──離州(りす)さんの得点、6.92。現在の順位は第7位です。

 

 

 

 足音に気をつけてこっそりと、鯨哉はその場を離れようとした。が、すぐに足を止めさせられる。竜宮コーチから声を掛けられたのだ。

 

「──君が連れてきてくれたんだね。ありがとうねぇ。お姉さんとは似ていないかと思っていたけど、僕の勘違いだったみたいだ」

 

 びくりと振り返って、まじまじと竜宮コーチの顔を見つめる。今のはどういうことだろう。普通、逆の感想が出ると思うのだが。

 似ていると言われることはほとんどない。そして、全く嬉しくないので苦笑いになってしまう。友達相手なら冷たい目を向けていたかもしれない。弟の首を絞める様な姉と似ているとか、普通に嫌だ。

 

「気のせいですよ。気のせい。そんなこと言ったら怒りますから、あの人。姉に言うのはやめといた方がいいと思います」

「ははは、わかった。気をつけておくよ」

 

 ここで軽く頭を下げる。

 その際、刹那(せつな)がへこへこ会釈しているのが見えたから、軽く手を上げて応えて。鯨哉は今度こそ、その場を離れた。

 そういえばりんなはどうしたのだろうか。

 そして、理凰のトイレの行方はいかに。お腹が爆発してなければ良いなぁと思った。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

『連れ戻したとかバッカじゃないの。関係ない奴が余計なことしてんじゃないわよ』

 

 

 観客席に戻る途中で、口の悪い少女に絡まれた。

 所属は近畿ブロック、守山FSCの刀根山(とねやま)ひなな。刹那や他の選手に暴言を吐いた張本人。

 鯨哉の行動を見ていたのか他の人から聞いたのか、いずれにしても気に食わなかったらしく、すれ違いざまに舌打ちをかましてきた。 

 憎しみたっぷりの顔での口撃もしてきたが、鯨哉の取った対応は()()()()()()()。なんかすごく疲れたから、頭おかしい子の相手をしたくはなかったのだ。何の非もない他人を攻撃するような人間と、関わり合いにはなりたくない。身内ならまだしも遠方のクラブの人間ともなれば尚更に。

 

『よくわからないけど、バカで結構。もういいかな? 本当はお説教したいって思ってたんだけど、疲れちゃったからいいや』

『は? なんなのあんた。ムカつく』

『ムカついてるのはこっちもだからね。僕、君には優勝して欲しくないな。じゃあね。バイバイ』

『ッ、ばかにすんな!』

『いたい!』

 

 立ち去る際、足を思い切り踏みつけられたが、殴る蹴るの反撃はナシ。そんなことしたら大騒ぎになってしまうし、所詮は3年生の踏み付けだ。骨が折れることもなかったし大きな問題はなかった。もちろん普通に痛かったが。

 

(なんちゅう日だ……今日は)

 

 心の中で愚痴をこぼしながら観客席に戻ると、刹那が2()()()の2回転ジャンプを降りたところで、やっぱスゲーなと思わず感心。力強く両手に拳を作り、少女は滑らかなステップを繋ぐ。

 やっぱ上手いなと感心していると、座って観戦していた夕凪(ゆうな)がこちらに気付き、トットットッと走り寄ってきた。

 

「りんなちゃんから聞いたよ。おつかれさま。あー、()()()っ! もー、ヤダ!」

「……うん」

 

 鯨哉の目の前までやって来ると、唇をとんがらせて肩を落とす。りんなはああは言ってくれたが、ライバルを助けてしまったのは事実。そこはかとない罪悪感に襲われる鯨哉だったが、夕凪が言っているのは刹那のことではないようで

 

「0.59点だよっ……たったそれだけだったのに……あー、挑戦なんてするんじゃなかったぁ……。あんな人に負けたくなかったなぁ……」

 

 暫定1位。

 刀根山(とねやま)ひななに僅差で抜かれたことが、凄く、とっても凄く悔しいらしい。2回転ジャンプを2本降りられて勝負あり。それでも全体の完成度を考えると、ノーミスなら夕凪が勝っていた。たとえ2回転1本だったとしても。

 

「刀根山ひななの演技は見てなかったけど……2回転はできても雑だったみたいだね?」

「うん。なんか難しいジャンプを順番に飛んでそれだっけ感じで、スケーティングも雑だったよ……あー、悔しい……悔しいなぁ」

 

 やっぱりそうだったのかと(うなず)く。

 構成のわりに点数が伸びていないから、まあそういうことだろうとは思っていた。2回転2本を転倒なしで飛んだのだとしたら、11点台に乗ってもいい。そうならなかったということは、他の部分が()()()()ほどイマイチだったということだ。フィジカルはあっても雑な選手というのは何人もいる。そういうタイプなのかもしれない。

 それでも点数の高いジャンプさえ降りることができれば、結果は見ての通り。初級クラスなら十分に上位に食い込むことができる。

 

「それに比べて、やっぱ刹那ちゃんは凄いよ……身長あって手足長いのもあるけど、スケーティングが綺麗だもん……」

「そうね。動きが滑らかで、余裕あるように見える。いつもアレができればいいんだろうけど……メンタルの問題は難しいからなぁ」

 

 今は開き直っているのか、硬さは見られず柔らかで滑らか。流れている疾走感のある音楽は、大作曲家プロコフィエフが手がけたピアノ協奏曲第3番。

 指先まで醸し出される、緩急のリズム。

 

「ゆっくりに見える。きょーや君みたい」

「足元の安定感が初級レベルじゃないね。強い。シングルジャンプくらいなら、全てにおいて余裕があるんだね。体力もあるからバタバタしないし、ちゃんと踊ることにも意識がいってる」

 

 転調に合わせたシングルアクセル。飛び上がった体の到達点は、1回転半には十分すぎる高さ。着氷から足を組み替えるまでの動きもスムーズ。体が全く振られない強さは、夕凪やりんな達にはまだない。

 着氷の瞬間に巻き起こった拍手が長い。多分、今日1番。ここまでノーミス。コンビネーション含めて5本目のジャンプが決まった意味を、観客席は理解していた。

 

「4分間練習なしでも、こんなにできるんだ……強いなぁ」

「少し前までは……死にかけのチワワみたいになってたけどね……」

「きょーやくん、ひどくない……?」

「うん……今のはひどかったね」

 

 素晴らしい演技を見ながらのくだらない会話の内容はともかく、これで名港の低学年組は皆がスタートを切ることができた。 

 

「刹那ちゃんが滑ってくれて良かった」

「夕凪?」

「おかげでちゃんと見れたし。同じ大会に出てはだでかんじれたっていうか、勝たなきゃいけない相手がちゃんと見えたかんじ……うまくいえないけど」

「うん。伝わる。そういうのわかる」

 

 最後のスピンを無難にこなし、キリッとした笑顔で刹那は締めた。

 生じる歓声。巻き起こる拍手。

 最終滑走ということもあってか、立ち上がって手を叩いている人もいる。

 これにて初級女子は終幕。

 波乱続きでやたら濃密な時間だった。

 他人の演技を見るのは自分がやるより緊張する。楽しいけども、手汗かくほどドキドキするのだ。

 でも、ひとまずは良かった。安心した。全員が全員うまくいくことはなかったが、真面目にやっている子に限って言えばみんな上出来(じょうでき)

 

「……」

 

 二人から少し離れた場所で、りんなはきゅっと拳を握り締めていた。でも顔に悲壮感はなくて、何かを噛み締めているようかそんな表情。目に焼きつけるようにリンクの中を見ている。

 

「りんなちゃんもスイッチ入っちゃったみたいだし、わたしも頑張らないと」

「そうだね。がんばれ名港ナンバーツー」

「ナンバーツーは鯨哉くんでしょ……適当なこと言うのやめてよ」

 

 出迎えた竜宮コーチから1度ギュッと抱きしめられて、刹那はキス・アンド・クライに向かっていく。

 束の間の静寂。すぐに場内アナウンスが流れ、その時点で最終結果が確定した。

 

 

 

 

 

 ──足利(あしかが)さんの得点、11.77。最終順位は第1位です。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

理凰(りおう)ー! キレキレだからそのまま行けー! 今の調子なら金メダリスト(ライリー・フォックス)だって夢じゃないよー! だから自信もってやればいいからー!」

 

 鴗鳥理凰は死にたい衝動に駆られた。

 これまで味わったこともない凄まじい羞恥で。

 極度の緊張で吐いてしまったものの、エイヴァに慰められて立ち直り、いざ!

 気を引き締めて本番に挑んだ少年は、鯨哉にめちゃくちゃデカイ声で応援された。応援されること自体は嬉しいが、内容がアレすぎてかつてないほど恥ずい。

 赤面した状態で演技を始めることになってしまい、超不安で超怖い。でも、なんだかんだ大丈夫で、シングルジャンプを全部決めてビシッと終了。男子は参加人数が少ないこともあって、なんと優勝。金メダルを取ることができて、超満足。

 

 

「りおう、すごかったよー! わたし感動しちゃった! カッコよかった! すごいすごい!」

「へ、へへへ……俺、もう死んでもいいや」

 

 表彰式後。

 光に褒められて有頂天になっている少年を、鯨哉は遠い目で見つめた。興味本位で『結婚すればいいじゃん』と光をからかってみたら、『え、なにそれおもしろーい』とゲラゲラ笑われてしまったからだ。

 今のところ脈は全くなさそう。

 りおう君に幸あれアーメンと鯨哉は祈った。そして自分にもほんの少しでいいから脈ちょうだいと、スケートの神様にお願いした。

 

 

 

────────────────

 

 

以下、今回のRESULT。

 

 

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