岡崎いるかの生存戦略 作:戎韜
いつもコメントなどありがとうございます! 筆が進む!
そういえば先週、いるかちゃんと一緒に再放送のアニメを見た。少年少女
敵は色んな奴がいて、人型で二足歩行するパターンもあれば目玉オンリーだったりもする。後は微生物タイプで味方のロボットに取り憑いたりとか。敵の見た目はバラエティに富んでいるが、大体の場合は派手なロボットバトルになる。
僕もいるかちゃんも
序盤は友情と愛の物語な雰囲気だったのに、途中から様子がおかしくなっていくのが面白かった。出るわ出るわ爆散即死シーン、敵からの捕食シーン、味方を捕食して殺してしまう名シーン。
そのアニメの主人公は1話の後半で、戦いへの恐怖からこんなセリフを吐くんだよね。
『逃げたらアカン、アカンねん! 逃げたらアカン逃げたらアカン逃げたらアッカッン〜!』
可愛い女の子が白目むいて発狂している姿は、視聴者達に大きなインパクトを与えてくれた。
状況は世界の危機とかではないけど、僕は今、アニメ『イブナイトイヴ』の主人公──ツカサちゃんの魂の叫びを思い出している。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
目のキリッとした女の子が絶望している。
青いタヌキと侍のハーフだという二頭身のご当地キャラ、『はちえもん』と一緒に写真が撮れる顔ハメ看板の裏側で、血の気が引いた顔でうずくまっている。
「逃げちゃった、どうしよう……逃げちゃった逃げちゃった逃げちゃった……」
震える唇から同じ言葉が何度も漏れた。
逃げたらアカンよと声をかけても意味はない。残念ながら刹那ちゃんは逃げちゃった後だ。最終グループの4分間練習は既に終わっている。今は13番滑走の演技が始まったところ。わざわざ滋賀県から来ているという2回転持ちの選手だ。
(……どうしようはこっちのセリフだ。いや、ホントどうしようかこれ)
まだ間に合う。でも、それをしてしまって良いものなのか。
(それもりんなの目の前で)
仮にこのまま刹那ちゃんが失格になれば、りんなの台乗りはほぼ確定。これより後に滑る選手の中で、10点超えの可能性があるのは刹那ちゃん含めて2人だけだ。1人脱落すれば自動的に表彰台。2人ともベストな滑りができたらりんなは落ちる。
(嫌な計算だ……なんにしても放置するわけにはいかないから、名城のコーチを探しに行くかな。騒ぎになってるはずだけど、どこにいるんだ……?)
どうしたのかと聞いてみると、逃げてしまったとの返答だった。ちょっと色々あってとも呟いていたが、その内容は不明。詳しく聞いている時間がもったいないし、早くコーチを探しに──そう思って立ち上がろうとした、その時。
「私、名城の人を探してくるね。エイヴァ先生にも話して、なるたけ早く戻ってくるから……きょうや君はちょっとお話してあげて」
一緒にしゃがんでいた、りんなが先に立ち上がった。細い眉毛を内側に寄せて、「私はだいじょぶだから」とハッキリした声で続ける。
僕はハッと顔を上げた。え、なんでかっこいい感じに変身してるの? 私生活では優柔不断にヘラヘラしてることが多いのに。もしかして結果が出て自信ついた? ついちゃった?
「いいの?」
年下に何を聞いてるんだか。
自分で自分に呆れながら、垂れ目がちな可愛らしい瞳を見つめる。りんなはコクコクと
「うん。もちろんメダルはほしいよ。でも、そのためにきょーや君に嫌な思いはしてほしくないの。それにね、だれかの失格をおいのりするような人間になりたくない。だって、きょーや君もりいなちゃんも、慎一郎先生もきじた先生たちだって、そこまでして勝てなんて言ってないし」
そして、やっぱりハッキリと言った。
「どうしても勝たなきゃいけない時はあるんだとおもう。けおとしてでも勝ちたいって思う時はくるのかもしれないけど、それは今日じゃないの」
だから大丈夫。
ちゃんと戦わせてあげようよ、って。
正直、びっくりした。ちゃんと愛されて育ったんだなーって思えるような、そんな性格が良い子だとは思ってたけど、精神年齢はそこまで高くないと思ってたから。今みたいな状況でちゃんと
「よろしくね。もしメダルとれても、このままだとモヤッとしちゃうから。わたし、そういうのはヤダ。夕凪ちゃんとはあんまり仲良くないけど、あの子もこういうのはヤダとおもうよ?」
「わかった。りんなもよろしく。焦らなくていいから、名城の人を見つけたら誰でもいいから連れてきて」
「うん。まかせて!」
りんなはクルッと体を回転させると、ぴょんぴょんと軽やかに走っていった。
疲れているだろうに、低学年は元気だなぁ。とか感心している場合じゃない。自尊心が風前の灯みたくなっている刹那ちゃんを、どうにかして滑ることのできる状態にしないと……難易度高いな!
喋ったことないし、実際のところどういう性格なのかもわからない。そもそも嫌われてたりしたら逆ギレされる可能性もあるわけで。
「体調悪いわけじゃないなら、まだ間に合う。でもその前に、なんでこんなんなったの? 大会はこれが初めてじゃないよね……?」
ドキドキしながら聞いてみると、刹那ちゃんはギロリと目を見開いた。そして、ゆらりと顔を上げてこっちを見て……っていや、
「め……」
「……め?」
僕はビビりながらも聞き返した。めだけじゃ何も分からない。まさか目が痛いのかと、目力のある瞳を覗き込んだところ。
「……めっ、メンタルが、弱いからです!」
「……!?」
刹那ちゃんは今度は大きな声で、身も蓋もないことを、叫んだ。
通行人の方々が何事かと足を止める。「大丈夫でーす」と手を振ってあげると、見知らぬ男子達はキョトンとした顔で去っていった。
「メンタルがっ、わたっ、メンタルがあれで、だからクソザコナメクジメンタルとか言われるんだ! あーもうなんでこんなことになってるの!」
そして、刹那ちゃんは爆発した。いきなり。振り切れてしまったようにキレ始めて、自分の頭を握りつぶす勢いで左右から押し始める。
指にひっかかった髪からブチブチっ、と音がした。
やばいなこれは。うちのいるかちゃんが
「こんなナメクジザコッ、クソザコナメクジメンタルじゃ、勝てるわけないっ! あの子が言ってたのただしいよっ、恥かくくらいなら棄権した方がっ」
「落ち着け! あの子って誰! なに! なんか酷いことでも言われたの?」
「滋賀から来てるひななって子がっ、私はクソザコナメクジブスメンタルだから消えた方がいいってっ」
それは……ひどいな。
ボロボロ泣き始めた刹那ちゃんを、僕は沈痛な気持ちで見つめた。他の選手にそんな暴言を吐いて動揺させるなんて、
「ブスニワトリとか……あっこれは違くて、ブスニワトリはさなちゃんで……違うッ! ブスとか言っちゃダメ! ッッ、責任、とらないと」
刹那ちゃんはわけのわかんないことをブツブツと呟き、
もう13番滑走の子は終わってるよな。いらんこと言って刹那ちゃんを口撃したという、守山の
「責任ッ」
「だから落ち着け! 落ち着きなさい! 責任とか言うなら戻って滑る! 刹那ちゃんとは喋ったことなかったけど、君も間違いなくモノが違う選手だから!」
静かに諭している時間はなさそうだから、ここは強引にいくしかない。勢いには勢いをぶつければ何とかなる。何とかならなければ大爆発してお互いに怪我するけど、その時はしゃあない。逆ギレした刹那ちゃん殴られたり噛みつかれたりしたら、その時は広い心で許すので大丈夫!
「ブスでもなければナメクジでもないし、ニワトリさんは他にいるよね? 名城のさなひな
「うん! いる! います!」
寂しげにすぼまった撫で肩を、両手でガシッと掴んで、伝える。刹那ちゃんは目がグルグルしている。どうやら余計に混乱してしまっているようだ。
「お姉ちゃんがさなちゃんで合ってる!?」
「合ってますぅ!」
ここがチャンス! 一気に畳み掛けて、何としてもスケートリンクに送り返してやる! この時点で、僕はスイッチが入ったことを自覚していた。遠回しに言っても相手によっては伝わらない。だったらビシバシどストレートにいかないと。いるかちゃんにビシバシしばかれながら至った、僕のひとつの結論だ。
「だったら、いるかちゃん知ってる!? 姉なんだけど、あの人!」
「話しかけたら、ムシされました!」
「ほんとごめん! とにかく、怪我でもないのに棄権とかしない! わかった!?」
「ハイわかりました! ……アレ?」
よし言質とったぁ! って、無理やり言わせたところでなんの意味もないんだけど、どうやら震えはおさまったようだ。危ない目付きも普通に戻った。
溜め込んだ熱は1回発散しないとだから。
去年、本番前にATフィールド展開しちゃった時の経験が役に立ったな。なぜかいきなりブチ切れてロッカーに閉じこもっちゃったのは、僕じゃなくて姉のほうね。あの人はホントにもう。不安定の極みだ。
「よしよし。ちょっと落ち着いたね。次は手を握って」
「握って……」
「開いて」
「開いて……」
グーパーさせてはいオッケー。
少なすぎる時間の中では、発狂状態を解除してあげるのが精一杯だった。ほんとにもう時間ない。
りんなが戻って来ないんだけど、まさか何かアクシデントでもあったのか……? なんか救急車来てるっぽいし、名城のコーチ倒れたりしてないよね?
もういい。迎えに来ないからこっちから行かせる。
「改めて言うよ。普通に滑れば君はモノが違う。凄い選手だ。怪我なら仕方ないけど、そうじゃないなら逃げちゃダメだ。これからノービスに上がってくるんでしょ? 勝てる選手になりたいから、小さいうちからこんなに努力してるんでしょ?」
自分のことを知らない人間が何を……とか思われたかもしれないけど、人間的には知らなくてもどんなスケーターなのかは知ってる。
現時点での完成度は、間違いなく名古屋の中ではトップクラス。センスだけでやってるような選手じゃない。幼少期からの積み上げてきたものがあることは、滑り方を見てればわかる。
「……うん。がんばった。けど、メンタル弱くて、お父さんもお母さんも、ガッカリさせちゃうことが結構あって、コーチも」
期待を力に変えられるタイプでは、まだない。と。
こればかりは個人の持つ資質だから、簡単には変えられないとは思うけど、この子にしろ僕にしろまだ先は長いんだ。まあ、僕はどこまで続けられるかは未知数だけど。
「ガッカリさせるのが嫌なら、いつか喜んでもらえるように頑張ればいい。それにね、1番ガッカリしちゃうのはさ……君が苦しさに負けて、スケート嫌いになっちゃうことだと思うよ」
「……」
この子のご両親がどんな人かは知らないし、名城のコーチにも同じことが言えるけど、心ある大人ならそういう風に感じると思う。そうであって欲しい。これは願いみたいなもんだ。
「ごめんなさい……なんか、頭まっしろになっちゃって……どうしよう。とんでもないことしちゃった」
「まだ終わってないよ? 急いで戻って全力でアップして、今できることをしっかりやる。さあ、行こうか。コーチが怒ってたら代わりに謝ってあげるから。小走りで体あっためて、今からはひたすら準備して」
尻もちをついていた刹那ちゃんを引っ張り上げて、小走りで控えスペースに向かう。体をあたためる時間は十分とは言えないものの、猛スピードで準備してもらうしかない。お説教されてる時間はないので、コーチがヤバそうなら一旦代わりに怒られよう。
「……え、っと。私、別のクラブだし、そういえばなんで……?」
「そんなことどうでもいいから、準備!」
「は、はひ……!」
つまんないこと言ってるからダッシュだ!
走れ! なんでもいいからあっためるの。
最終グループは7人。今、17番目の選手の得点が出た。激しい足音が反響する広い通路に、女性の落ち着いた声が放送される。
──
──────────────────────
「! 刹那! なにしてたの!? いきなりいなくなって、今までどこにいたのっ!?」
戻ってきた刹那を見るなり、母親らしき女性が血相を変えて走ってきた。顔は真っ赤。目も真っ赤。他のアシスタントコーチたちの姿は見当たらず、刹那のことを外まで探しに行っているとのこと。
「お、おかあさ……」
「時間ない! 怪我したくなかったらアップ! 次だからねっ!?」
「は、はひ……っ」
お説教されている時間はない。
鯨哉は母親の前に飛び出すと、しっしっと刹那を追い払った。当然、なんだコイツはという鋭い視線が注がれたが
「ちょっとなによ君……あれ? いるかちゃんのところの鯨哉くん?」
「ぜぇぜぇ……は、はじめまして。いるかちゃ……姉がお世話になってます。本当にすみません、あんな姉で、ほんとに……もう」
「い、いえいえ……こちらこそ?」
すぐに誰かわかったようで、刹那ママから殺気が消えた。岡崎鯨哉は昨年の全日本ノービス準優勝者としてもそうだが、いるか弟としても有名である。とりあえず謝り倒したのも大いに効果があったようだ。
「! 刹那! 戻ってきたんだね! ああよかった……一時はどうなることかと……」
刹那ママの口から次の言葉が出ないでいると、名城のヘッドコーチが走ってきた。キス・アンド・クライで教え子の点数を見届けた後、急いで戻ってきたらしい。
初老の男性コーチ、
いるかはともかく、母が迷惑をかけていそうな人物だ。失礼なこととか凄く言っていそうだが、お願いだから姉のことは見捨てないで欲しい。
「先生! うちの子がすみません! 本当に申し訳ございませんでした!」
刹那ママは真っ青な顔に変わり、土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。「まあまあ」と笑顔で対応する竜宮コーチ。
「お話は後で。こちらこそすみませんでした。何人も大人が走り回って見つけられなかった。その辺で転んだり、階段から転がり落ちたり……非常時でももう少し冷静に対応できるよう、後でしっかり反省会をしますので」
「いえいえ、そんな……そんな、もう! 私が全部悪いんです土下座しますっ」
「ははは、土下座はやめてください。心からのお願いです」
なんというか、とても穏やかな方だ。
鯨哉は少しずつ後ろに下がりながら、姉のクラブのヘッドコーチを観察した。名城と名港はホームリンクが異なる。話したことは何度かあったが、
「刹那の演技が終われば、少し時間が空きます。他のコーチ達も戻ってきますし、お母さんも一緒に反省会といきましょう」
竜宮コーチは刹那ママの肩をポンポンと叩くと、息を整えている刹那の方を向いた。
「ですがその前に……刹那、どうだい? 準備しているということは、戦う意思がある。そう思って構わないのかな?」
「はい……すみませんでした。いけます」
刹那は腕で汗を拭ってから、小さく会釈をした。
程なくして前の選手の演技が終わり、あっという間に点数が出る。本当に目まぐるしかったが、初級女子の時間ももうすぐ終わりだ。
──
足音に気をつけてこっそりと、鯨哉はその場を離れようとした。が、すぐに足を止めさせられる。竜宮コーチから声を掛けられたのだ。
「──君が連れてきてくれたんだね。ありがとうねぇ。お姉さんとは似ていないかと思っていたけど、僕の勘違いだったみたいだ」
びくりと振り返って、まじまじと竜宮コーチの顔を見つめる。今のはどういうことだろう。普通、逆の感想が出ると思うのだが。
似ていると言われることはほとんどない。そして、全く嬉しくないので苦笑いになってしまう。友達相手なら冷たい目を向けていたかもしれない。弟の首を絞める様な姉と似ているとか、普通に嫌だ。
「気のせいですよ。気のせい。そんなこと言ったら怒りますから、あの人。姉に言うのはやめといた方がいいと思います」
「ははは、わかった。気をつけておくよ」
ここで軽く頭を下げる。
その際、
そういえばりんなはどうしたのだろうか。
そして、理凰のトイレの行方はいかに。お腹が爆発してなければ良いなぁと思った。
──────────────────
『連れ戻したとかバッカじゃないの。関係ない奴が余計なことしてんじゃないわよ』
観客席に戻る途中で、口の悪い少女に絡まれた。
所属は近畿ブロック、守山FSCの
鯨哉の行動を見ていたのか他の人から聞いたのか、いずれにしても気に食わなかったらしく、すれ違いざまに舌打ちをかましてきた。
憎しみたっぷりの顔での口撃もしてきたが、鯨哉の取った対応は
『よくわからないけど、バカで結構。もういいかな? 本当はお説教したいって思ってたんだけど、疲れちゃったからいいや』
『は? なんなのあんた。ムカつく』
『ムカついてるのはこっちもだからね。僕、君には優勝して欲しくないな。じゃあね。バイバイ』
『ッ、ばかにすんな!』
『いたい!』
立ち去る際、足を思い切り踏みつけられたが、殴る蹴るの反撃はナシ。そんなことしたら大騒ぎになってしまうし、所詮は3年生の踏み付けだ。骨が折れることもなかったし大きな問題はなかった。もちろん普通に痛かったが。
(なんちゅう日だ……今日は)
心の中で愚痴をこぼしながら観客席に戻ると、刹那が
やっぱ上手いなと感心していると、座って観戦していた
「りんなちゃんから聞いたよ。おつかれさま。あー、
「……うん」
鯨哉の目の前までやって来ると、唇をとんがらせて肩を落とす。りんなはああは言ってくれたが、ライバルを助けてしまったのは事実。そこはかとない罪悪感に襲われる鯨哉だったが、夕凪が言っているのは刹那のことではないようで
「0.59点だよっ……たったそれだけだったのに……あー、挑戦なんてするんじゃなかったぁ……。あんな人に負けたくなかったなぁ……」
暫定1位。
「刀根山ひななの演技は見てなかったけど……2回転はできても雑だったみたいだね?」
「うん。なんか難しいジャンプを順番に飛んでそれだっけ感じで、スケーティングも雑だったよ……あー、悔しい……悔しいなぁ」
やっぱりそうだったのかと
構成のわりに点数が伸びていないから、まあそういうことだろうとは思っていた。2回転2本を転倒なしで飛んだのだとしたら、11点台に乗ってもいい。そうならなかったということは、他の部分が
それでも点数の高いジャンプさえ降りることができれば、結果は見ての通り。初級クラスなら十分に上位に食い込むことができる。
「それに比べて、やっぱ刹那ちゃんは凄いよ……身長あって手足長いのもあるけど、スケーティングが綺麗だもん……」
「そうね。動きが滑らかで、余裕あるように見える。いつもアレができればいいんだろうけど……メンタルの問題は難しいからなぁ」
今は開き直っているのか、硬さは見られず柔らかで滑らか。流れている疾走感のある音楽は、大作曲家プロコフィエフが手がけたピアノ協奏曲第3番。
指先まで醸し出される、緩急のリズム。
「ゆっくりに見える。きょーや君みたい」
「足元の安定感が初級レベルじゃないね。強い。シングルジャンプくらいなら、全てにおいて余裕があるんだね。体力もあるからバタバタしないし、ちゃんと踊ることにも意識がいってる」
転調に合わせたシングルアクセル。飛び上がった体の到達点は、1回転半には十分すぎる高さ。着氷から足を組み替えるまでの動きもスムーズ。体が全く振られない強さは、夕凪やりんな達にはまだない。
着氷の瞬間に巻き起こった拍手が長い。多分、今日1番。ここまでノーミス。コンビネーション含めて5本目のジャンプが決まった意味を、観客席は理解していた。
「4分間練習なしでも、こんなにできるんだ……強いなぁ」
「少し前までは……死にかけのチワワみたいになってたけどね……」
「きょーやくん、ひどくない……?」
「うん……今のはひどかったね」
素晴らしい演技を見ながらのくだらない会話の内容はともかく、これで名港の低学年組は皆がスタートを切ることができた。
「刹那ちゃんが滑ってくれて良かった」
「夕凪?」
「おかげでちゃんと見れたし。同じ大会に出てはだでかんじれたっていうか、勝たなきゃいけない相手がちゃんと見えたかんじ……うまくいえないけど」
「うん。伝わる。そういうのわかる」
最後のスピンを無難にこなし、キリッとした笑顔で刹那は締めた。
生じる歓声。巻き起こる拍手。
最終滑走ということもあってか、立ち上がって手を叩いている人もいる。
これにて初級女子は終幕。
波乱続きでやたら濃密な時間だった。
他人の演技を見るのは自分がやるより緊張する。楽しいけども、手汗かくほどドキドキするのだ。
でも、ひとまずは良かった。安心した。全員が全員うまくいくことはなかったが、真面目にやっている子に限って言えばみんな
「……」
二人から少し離れた場所で、りんなはきゅっと拳を握り締めていた。でも顔に悲壮感はなくて、何かを噛み締めているようかそんな表情。目に焼きつけるようにリンクの中を見ている。
「りんなちゃんもスイッチ入っちゃったみたいだし、わたしも頑張らないと」
「そうだね。がんばれ名港ナンバーツー」
「ナンバーツーは鯨哉くんでしょ……適当なこと言うのやめてよ」
出迎えた竜宮コーチから1度ギュッと抱きしめられて、刹那はキス・アンド・クライに向かっていく。
束の間の静寂。すぐに場内アナウンスが流れ、その時点で最終結果が確定した。
──
────────────────────
「
鴗鳥理凰は死にたい衝動に駆られた。
これまで味わったこともない凄まじい羞恥で。
極度の緊張で吐いてしまったものの、エイヴァに慰められて立ち直り、いざ!
気を引き締めて本番に挑んだ少年は、鯨哉にめちゃくちゃデカイ声で応援された。応援されること自体は嬉しいが、内容がアレすぎてかつてないほど恥ずい。
赤面した状態で演技を始めることになってしまい、超不安で超怖い。でも、なんだかんだ大丈夫で、シングルジャンプを全部決めてビシッと終了。男子は参加人数が少ないこともあって、なんと優勝。金メダルを取ることができて、超満足。
「りおう、すごかったよー! わたし感動しちゃった! カッコよかった! すごいすごい!」
「へ、へへへ……俺、もう死んでもいいや」
表彰式後。
光に褒められて有頂天になっている少年を、鯨哉は遠い目で見つめた。興味本位で『結婚すればいいじゃん』と光をからかってみたら、『え、なにそれおもしろーい』とゲラゲラ笑われてしまったからだ。
今のところ脈は全くなさそう。
りおう君に幸あれアーメンと鯨哉は祈った。そして自分にもほんの少しでいいから脈ちょうだいと、スケートの神様にお願いした。
────────────────
以下、今回のRESULT。