岡崎いるかの生存戦略   作:戎韜

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ゴールデンウィークだー!


本編 《1 - 2》遠い氷解、現実と現実
夢を見る


 うちの両親はよく怒る。

 お母さんは癇癪(かんしゃく)持ち。

 お父さんはお母さんほど怒鳴らないけどネチネチしてる。それだけならともかく、怒り出す理由が意味不明なことが多くてタチが悪い。

 たとえば、私が牡蠣(カキ)にあたって寝込んだ時。

 

『せっかくの誕生日が台無(だいな)しだね。なんでこう、いるかって間が悪いんだろうね?』

 

 お父さんはブツブツ言いながら私を病院に連行して、途中は結構(けっこう)心配してくれたんだ。吐きたくなったらすぐ言えってね。でも、帰りにトイレ行きたいって言ったら怒られた。車に乗る前に言えなかったのかって。

 私はあれから牡蠣が嫌いだ。真面目にトラウマで、牡蠣とバースデーケーキのどっちからならバースデーケーキを食べる。クリスマスケーキでもいいよ。味が完全にダメとかじゃないし、イチゴなくても別にいいから。

 

『いるか、知ってる? 通知表の3ってお情けみたいなものなんだよ。あんまりバカだと恥ずかしいからさ、もっと頑張った方がいいんじゃない?』

 

 うちには色んなクソエピソードがある。

 ある時、通知表を見ながらお父さんがいらんことを言って、私はうっかり口を滑らせた。

 

『えっ、でもお母さんは普通だっていってた……』

『お母さんも学生時代はバカだったからそう思うんじゃないの?』

 

 結果、キッチンで聞いてたお母さんがキレた。『ああそう! バカの作るご飯とか食べなくていいよね!』ってブチ切れた。鍋の中身を全部ゴミ箱にぶち込んで、一人でご飯食べに出かけちゃった。

 帰ってきた後も怒りはおさまってなくて、ブチ切れられたよ。私がじゃなくて(きょう)がね。

 

『いるかちゃんはねてていいよ。僕はお母さんにコーヒーでもいれてあげるから』

『そう? じゃあ、ねる。お母さんにあいたくないし……』

 

 後でお母さんの甲高い声が聞こえてきたよ。『ああもー鬱陶(うっとう)しい! 空気くらい読めるようになってよ!』って叫んでた。(きょう)が腕を真っ赤にして部屋に戻ってきて、私はその日は寝れなかった。

 

『いるか、お箸の持ち方が汚いよ。お母さんから教えてもらわなかったの? わからないならなんでちゃんと聞かないの?』

『え、え……』

 

 別の時はいきなりお箸の持ち方について叱られ、お父さんはため息をつきながら教えてくれた。

 

『バツにならないように、こう持つんだよ』

『うん、わかっ』

『うんじゃなくて、はいだろう!』

『!?』

 

 ありがとうって言おうとしたら、なんか知らないけどもっと叱られた。(きょう)がビビった顔で持ってた茶碗をブン投げて、今度はお母さんも怒り出して収拾がつかなくなって私は死んだ。精神的に。

 うちのエピソードはほんとロクなのがない。

 マジでタチが悪いのは、昨日までオッケーだったことが朝になったらダメになってるパターンがめっちゃ多くて、『うん』と『はい』もそのひとつだ。

 ほんと意味不明なんだけど、いきなり夜の0時以降にトイレ行くのが禁止になったり。いつの間にかなくなってたけど、禁止期間はしんどかった。

 もちろん他にも色々ある。ご飯の時に水を飲んだら怒られたり、喋ったら行儀が悪いって叱られたり、学校の先生への悪口に同調しなかったらキレられたり。

 そんな感じで、うちの日常は常に戦いだ。どこに地雷があるのかわからない。喋っててハラハラするから、今の私は家庭内で口数が少ない。

 

『……』

『思ったんだけど、いるかってなんか暗いよね。友達とちゃんとやれてる? 大丈夫?』

 

 まあ、優しい時もあるんだけどね。それが長く続いた期間は今んとこ数えるほどしかなくて、大体の場合はお母さんかお父さんのどっちかがキレて、最終的に私か(きょう)が怒られる。もしくは仲良く叱られる。

 

『友達とかいなくてもよくない? 私は一人でも映画とか行けるし』

『まあまあ母さん。子供は親とは違う人間なんだから、一緒にするのは可哀想だよ』

 

 でも、完全には嫌いにはなれないんだよね。繰り返しになるけど、優しい時もあるから。庇ってくれることもあったし。

 

『そうやって、あなたが甘やかすからダメなんじゃないの? 強くならないと将来困るわよ? まあ、本人がそれでいいなら私は何も言わないけど。どうなろうと知ったこっちゃないわ』

『お前さぁ、良くないよそういうの。いるか、お母さんとはもう喋らなくていいよ。間違ってる人に謝る必要なんてないからね』

『あらそう。じゃあもう面倒は見ないからね。折角色々してあげてるのに無視されるなんてバカバカしいし、いるかのお母さんはやめるわー』

『え、え……』

『いるか、放っておきなさい』

『いるか、あんたってほんとハッキリしないわよね。あんた、どっちの味方なの』

 

 この時は、ハッキリしない私のせいでお父さんもお母さんもイライラするって言われた。だから喧嘩になるんだからもっとしっかりなさいって。

 (きょう)がまた茶碗ブン投げようとしてたから、私は慌てて止めた。カオスを広げんなって。

 二人はいつの間にか普通に喋ってたよ。私は精神的に死んだ状態で寝た。抱き枕かじりながら寝たけど無理だったな。次の日の夜まで寝れなかった。 

 

『……』

『なーんか可愛げがないわよね、あんたって。そんなんじゃ友達と上手くやれないでしょ。人間関係がちゃんとできないと将来苦労するから、ちゃんとできるように頑張りなさいね』

『いるか、無理して他人に媚びを売る必要はないぞ? 社会に出たら実力がないと話にならない。よくいるんだよ、友達作りに会社来てるような低レベルな奴ら。ああいう風になっちゃダメだ』

 

 友達うんぬんの話があってから半年後くらい。お父さんとお母さんの意見は完全に逆転していて、私はぶったまげてしまった。こいつらヤバいって顔で二人を見てたら、馬鹿にしてるのかって叱られた。

 さっきまで普通に喋ってたのに突然キレられて、私はまたもパニック状態。でも、この時のお説教はすぐ終わった。(きょう)が何もないとこですっ転んで流血して、お父さんもお母さんもそっちにつきっきりになったからだ。

 

『──いるか、お風呂に入ったらちゃんと乾燥かけておきなさい!』

 

 思い返すと、ほんと色々なことで叱られた。ある時は、乾燥なんてもったいないって言われたから何もつけないでいたら、何考えてんだと怒られ

 

『──歯磨きが長いのよ! さっさと洗面所あけて! お母さん急いでるんだから! 1秒の重さがあんたらとは違うの! わかる!?』

 

 またある時は、歯磨きが甘くて汚らしいって言われたから頑張って磨いてたら、邪魔だとキレられ

 

『──謝ったんだからいつまでも泣かないでよ。お父さん、謝ってるじゃん。なんで気持ちよく許さないの』

 

 酔っ払ったお父さんが干してあった私の服を『似合ってないから』ってゴミ箱に捨てて、もう着られなくなったから泣いてたら、謝ってるのに泣くとか非常識だって叱られたこともあったな。

 世の中は謝ったもん勝ちらしい。勉強になるなー、とか泣きながら考えたのが懐かしい。今はもう素直に話を聞こうとか、そんなアホなことは思ってない。

 いつからか私はメンタルが劇的に強化された。

 理由は怒る技術を身につけたから。正確には怒られる前に怒っておく必殺技だ。そうしておけば何があっても強い気持ちで対処できる。コツは顔に怒りを出さないこと。反抗的だって思われると更にキレられるから、殊勝にしているように見せてその場を凌ぐ。それができるようになったから、今はよっぽどのことがなければ大騒ぎにはならなくなった。

 

 

 ──怒られる前に怒っておく。怒るための準備を常日頃からしておく。カンペキ。

 

 とか自信満々でキレる練習をしていたら、いつの間にか出来上がったのが今みたいな性格だ。

 怒るのがデフォルトになっちゃったせいで、昔よりも更に人間関係が悪化した。でも別にいいんだ。どうせ他人は他人だし、いざとなったら簡単に離れていくんだから。

 私は決めている。そんな不確かな連中に頼らなくても、生きていけるようになるんだって。少しでも可能性のあるスケートで、いけるとこまでいってやる。

 始めたきっかけは、お母さんのため。でも今はそんなの関係なくて、私は私のためにキツい練習を頑張ってる。人生変えるために。このまま泣きながら生きていくとか絶対やだから、どんなに苦しくても頑張れる。

 

 

────────────

 

 

 恥ずかしい。

 僕が本気でそう思ったのは、結構(けっこう)最近のことだ。知り合いと喋ってる時にそう思った。

 とてもじゃないけど家のこととか話せない。話したくない。知られたくない無理だ隠そう。そこまで思ったことは初めてで、全く嬉しくないお初だった。割と本気で悩んで死にたくなった。

 思えば、昔から嫌だとは感じていた。僕はともかく実の娘を精神的に痛めつけて、当人達に罪の意識はほとんどない。全くないかもしれない。そういう人達から生まれてきたと思うと気持ちが落ちるし、いつか自分もああなってしまうんじゃないかっていう、よくわかんない不安。漠然とした怖さが常にあった。

 

 ──たまにハッとする。

 

 たとえば、誰かに対して余計なことを言っちゃった時。何がダメだったのかわからなくて、まあとりあえず謝っとくかって、勝手に口が動いちゃってる時。

 りんなにはハッキリ言われたことがある。そういうのよくないって。具体的に何がどうダメなのかって細かいところまでは言われなかったけど、なんとなくは伝わってきた。それからは気をつけてるつもりなんだけど、上手くできているのかはわからない。

 僕は多分、人の気持ちが分からない人間だ。ある程度は想像はできるけど、あの人達と同じように共感力はないんだろうと思う。過剰に気を回したりしてしまうのは、嫌な自分でありたくないから。最近は特にその想いが強くなった。こういう自分本位なところは、両親と似ているんだなあって感じてる。

 

 

 ──────────

 

 

 宿泊先についた後、フラフラと外に出て雨の匂いを嗅いでいた。瓦に叩きつけられた雨粒が次々に地面に落ちてくる。空は真っ黒。外は真っ暗。空気は冷たくて、とても綺麗だ。

 落ち着いた雰囲気の旅館。夕食は美味しいらしいってナッチン先生が言ってた。楽しみにしておこう。

 

(合宿中は変なことが起きなきゃいいな。人のこと言えないけど変な人多いし、ただでさえ最近は変なこと多いし)

 

 知らない人からお金を貰うという恐怖体験もそうだけど、それ以外にも記憶に残っていることがある。

 あれは、名港杯で初級女子が行われた日の翌日。

 理依奈(りいな)ちゃんは総合3位で表彰台に上がったものの、悔しさ全開でプロテインをガブ飲みしていた。紙パックをガジガジ齧りながら、ショートで転ばなければ優勝できたのにって。そんな理依奈(りいな)ちゃんと会場の外で喋っていた時、ちっちゃい女の子が突撃してきた。

 

『うわ……なによ、あんたって女としかいっしょにいないの? キッショ』

『そういう君はなんでまだ名古屋にいるの?』

 

 お人形さんみたいな小学3年生、初級クラスで暴言を吐き散らかした挙げ句、僕の足を踏みつけた暴れん坊。守山(もりやま)のひななちゃんである。

 ゴスロリ衣装でうろついていた彼女に、僕は引きつった顔を向けた。演技が終わった翌日なのに、なんでまだ滋賀に帰っていないのか。帰ってて欲しかったなぁと本気で思った。だって、鉢合わせた瞬間に暴言吐いてきたんだもの。

 

『は? そんなんどーでもよくない? お前に関係ないわー。耳が痛くなるから近くで喋んな!』

『だったら近づいて来ないで欲しいなー』

『……ウッザ。なんなんお前、ほんまウザい』

『……あのねぇ』

 

 彼女は初対面の時とは違って、ちょいちょい関西弁で罵倒してきた。くりっとした瞳の憎悪度はマシマシだった。指からはパキパキ音が鳴ってるしで、全身からオマエキライオーラが鼻たれていた。いやほんと、なんで近づいてきたのか意味不明。

 

『な、なんかすげー子だな。もしかして元カノ……?』

『りいなちゃん。なんでそうなるの。こんな狂犬と付き合うとか絶対やだから』

『ぶっ殺すわよアンタ! その首へし折ったろかこのクソボケ!』

『いやー、この憎悪はやばいって。ドラマとか出てくる、浮気した相手にブチ切れてる人みたい』

 

 りいなちゃんは半分面白(おもしろ)がっていた。これが同い年くらいなら真面目な修羅場だけど、ひななちゃん3年生だし、ちっちゃいし……。シリアスにならないのも納得だった。

 

『チッ……女好きのクズ』

『ははは! 言われてんぞー!』

『保護者かコーチはどこ行ったのかなー。この口の悪すぎる子を早く回収してくれないかなー』

『荷物(あつか)いすんなこのボケ!』

 

 ひななちゃんはその後も頭の悪い暴言を吐き散らしてきて、僕はひたすら適当にあしらった。

 5分くらい経ったあとでコーチの男性がやって来て、ひななちゃんは無事に回収してもらえたんだけど……なーんかモヤッとしたんだよね。そのコーチ、謝罪はしてくれたけどあからさまに口だけだった。ハイハイすみませんねって感じで、ひななちゃんは最後までこっちを睨みつけてきていたし。

 

『──そのアホ面こっちに向けんなッ! 色んな女にヘラヘラヘラヘラッ! ほんまイラつくお前なんか大嫌いやくたばれクソボケッ!』

 

 しっかり暴言も吐いていたし。まあでも、それだけなら別に良かったんだよ。他人から罵倒されるのが全然オッケーってわけじゃないけど、関係が上手くいってない相手から口撃されるなら納得できるってこと。

 でもあの子の場合、関係性もクソもない。刹那(せつな)ちゃんへの対応が気に食わなかったとしても、それだけであそこまで憎悪むき出しで突撃してくるっておかしくないだろうか。僕は理解に苦しんだ。

 あれから何度も理由を考えてみたけど、わかるわけもなくて、今も少しモヤモヤしている。尋常じゃない敵意を向けられることに理由は必ずあるはず。見た目がウザイとか鼻につくとか、そういう単純な理由ではない気がしている。まあ、あの子がちょっとしたことで呪殺できそうなくらい他人を憎悪できる、そんなヤバい闇の持ち主って可能性もあるけれども。

 

 

「あんな目で睨まれるってそうそうないぞ……ほんとなんなんだあの子」

「睨まれるようなことをしたのでは?」

「はい?」

 

 後ろから聞こえてきた声に、現実に引き戻される。

 考えるより先に振り向いて、僕は「ウワァ!?」と仰け反った。ぼんやりとした(あか)りの中に、少女マンガから出てきたみたいな可愛い女の子が出現していた。ちなみに無表情。着ている服が黒いせいもあって、可愛いと美しいと不気味が混在してしまっている。

 

「っ、び、びっくりした……足音しなかったし、びっくりした……」

 

 ダリアちゃんだ。

 烏羽(からすば)ダリアちゃん。列車から降りてお別れだと姉さんはホッとしていたけど、宿泊先が(かぶ)っていたのだ。まあ、この場合は被せてきたと言った方が正しい。

 

「気配消えてませんでした……?」

「でしょうね。細心の注意を払って近づいたので」

 

 透明感のある声がしっとり耳に入ってくる。

 澄ました感じの佇まいといい上品な人だ。いいところのお嬢様って感じだけど、名城の茉莉花(まりか)さんとはまた違うタイプに思える。いるかちゃんは同じ系統だろって言ってたけど、僕はあんまり似てるようには感じないな。

 

「細心の注意って、なんでそんなことを」

「そんなもの、決まっているではありませんか。ほいほいと気軽に接近すると、野生動物は逃げてしまいますからね」

「……」

 

 僕、野良犬とか野良猫(あつか)い?

 表情が固まったのが自分でわかった。軽くショックである。扱いが動物と同じとか。

 

「あっ、冗談です。冗談。実際に会って話す時は冗談を交えた方がいいという、(わたくし)独自の経験論がございまして」

「……それ、上手くいってますか?」

「今のところ……半分くらいは逃げるように去っていきますね」

「上手くいってませんよね、それ……」

 

 冗談だったのは何よりだけど、やっぱり間違いないな。この人の波長は独特だ。そして間違いなく陽の人ではない。りいなちゃんタイプではない。アンニュイな感じの服ばっかり着てたり、外見も含めて独特な世界観を持っている。

 

「そうなのでしょうか。そうなのでしょうね。でも別にいいんです。私は私を理解してくれる人とだけお付き合い出来ればそれで良いので」

「それは僕もそうですけど、って何しに来たんですか? 散歩?」

 

 ダリアちゃんはそっと目を伏せた。(まぶた)が微動するのに合わせて、長い睫毛が上下に動く。

 

「岡崎いるかをデコろうとしたら、やりすぎだと先生に叱られてしまったので……気晴らしに。明るい景色でも見て気を取り直そうかと」

「真っ暗ですよ……しかも豪雨」

「世の中、うまくいかないものですね……」

「あ、はい……」

 

 腕をきゅっと握り締めて、なんだこの悲壮感。姉さんに拒否られたのがそんなショックだったの? ていうかデコるってなんだろう。デコに落書きでもしようとしたとか? 何をしようとしたにしても、この人って見た目によらず押しが強すぎるな。最初に見た時はすごく控えめな人だと思ったのにな。

 

「……戻りましょっか。ご飯食べてさっさと寝ないと。お風呂も入らなきゃですし」

 

 僕は少し体を伸ばすと、旅館の入口の方向に体を向けた。明日に向けてちゃんと体を休めないと。

 しかし、最近の姉さんもそうだけど、この人も凸凹に乏しいというか……スレンダーがすぎる。ちゃんとごはん食べてるのか心配になるくらいだ。

 

「そうですね。しかし、混浴ではありませんよ?」

「知ってます」

 

 僕の肩がびくりと震えた。ジロジロ見てないはずなのに、なんか釘を刺されたからだ。

 あらぬ疑いをかけられると困るので、直視しないようにしながら旅館の中に戻った。

 そして、なんだろう。

 去年の段階から連絡先は知ってたけど、実物と相対すると何を話していいやら結構(けっこう)困る。自分のトーク力のなさを実感した。

 

 

 

────────────────

 

 

 

「なあなあ、四葉ちゃんの連絡先……」

「いい加減にしないとトイレに埋めるぞ。なんで菊次郎くんまで宿泊先が一緒なの……」

 

 露天風呂。

 屋根がついているから雨で大丈夫で、ってそんなことはどうでもよくて、このやかましい変態を今すぐどうにかして欲しい。

 僕の隣には裸の菊次郎(きくじろう)くんがいる。ヒョロそうに見えてしっかり筋肉はついているけど、僕はこいつの体に興味などない。

 

「そら運命ってやつやろ! 友情パワーや! 四葉ちゃんと岡崎と俺! 赤い糸で繋がってるんや!」

「今すぐぶった切ってあげるから包丁ちょうだい?」

 

 そして、悩ましいことにもう一人。 

 全裸で仁王立ちしている顔のうるさいイケメンが、憐れむような眼差しをこちらに向けてきている。

 星海のような碧眼がキラキラと輝いている……ような気がした。身長167センチのイケメン、聖澤(ひじりざわ)天馬(てんま)である。みんなして前泊しすぎだろ。しかもなんで一緒の宿なんだよ。よりにもよってこの2人が。

 

「岡崎、提案してあげよう。そのやかましい珍獣についてだが、近くの山に放逐してきてはどうかな?」

 

 天馬くんは「フッ」と微笑んだ。フルチンで。僕はとても驚いてしまう。筋肉はともかく下半身はとても馬とは言えない。チワワとかポメラニアンみたいだ、って僕は何を考えているんだろうか。

 

「岡崎ぃ! このナルシスト捨ててきていい!? イラッとすんねん! そんでなんやそのチンコは! 俺の方がデカいわボケェ!」

 

 菊次郎くんは腰のタオルをぶん投げた。お前もフルチンになるんかい。

 僕は無言で立ち上がった。もちろんタオルは腰に巻き付けている。この珍獣達と一緒にフルチンになるのなんてごめんだ。

 

「岡崎、どこ行くねん!」

「フッ、君はせっかちな男だね。そんなことでは女の子に嫌われてしまうよ? 早い男は低評価だと本に書いてあったからね」

「天馬くんは何の話をしてるのかな! そうだ二人でゆっくり裸の付き合いでもしてればいいよ! じゃあ僕はもう行くから!」

 

 僕はガックリと肩を落とした。スケートで結果出してる男子って変な人しかいないのだろうか。その変な人達の中に自分も入っているであろうことを、ちょっとばかり悲しく思った。 

 夕凪からも『へんなひとだよね』って言われたことあるし、僕自身も大概なのは自覚している。生まれ変わることができたら普通の人間になりたい。

 

 

────────────

 

 

 普通だと思われたい。

 変な家の子だって知られるのは嫌だ。バカにされるにしても同情されるにしても、どっちみちロクなもんじゃないってわかってるからだ。

 弟と話したことがある。可哀想だって思われたらその時点で対等じゃなくなるよねって。私も(きょう)も互いに可哀想だと思ってはいるけど、それはどっちも同じ境遇だからいいんだ。片方が普通の子だったら対等にはなれない。一方的に施されるような関係、私は嫌だ。

 

「いるか、別に仲良くしようとは言わないけどさ……スケートの話はちゃんとしようぜ? たしかに私は飛べなくなって辞めちゃって、大した実績もないけど、それでも今はお前のコーチで、私なりに色んなこと考えてるつもりだから……」

 

 寝る前。

 ナッチンと2人になったタイミングで、すげー真剣な感じで言われた。

 上手く返事はできなかったけど、わかってるよ。考えてくれてるのはわかってるし、強い選手だったのも知ってるんだ。竜宮先生から聞いたことあるから、うちの親より遥かに出来た人間だってことも分かってる。

 

「まあ、安心って言ったら変だけど……明日からは私より凄いコーチに沢山教えて貰えるんだ。でも、課題とか絶対出てくるだろうから、帰ったらちゃんと振り返りして、今年は全日本でメダル取れるように」

「わかってるよ。私は結果出す。そうするのが1番わかりやすいし、ナッチンにとってもいいでしょ」

 

 でも、どうせ今だけだ。

 どうせこの人もいざとなったら離れていく。そもそも全日本ノービスまでって話でまとまったみたいだし、ずっと一緒にやるのは無理だ。そして、もしその先があったとしても、いつか終わりは来る。

 だから、誰かがいなきゃダメとか、そういう選手になりたくない。なっちゃいけない。そして、私みたいな考え方のやつに親身になる必要はないし、なられたところで虚しいよ。

 

(可哀想って、やっぱやだな)

 

 たまにほんとにしんどい時。

 平和に生きてる奴らに、思い知らせたくなることがある。私はこんな境遇でも頑張ってるんだ。頑張ってるんだよって。実叶ちゃんに突撃して、全部ぶちまけて。昔も今もどんな想いでいるのか、全部全部(ぜんぶぜんぶ)、言ってやりたい時もある。

 

「結果は出すから。それで勘弁してよ。ベタベタ仲良くするのは無理。私、無理なものは無理だから」

「いいよそれで。それでいいから、ガンバレ」

 

 でも、そういうのはやめようって弟と約束した。

 可哀想だって優しくされるのは、一時的には嬉しいけど、すぐに目は覚めるから。時間が経ったら虚しくなって、余計に思い知らされるんだ。

 生まれた時から運命は決まってて、死ぬまで可哀想から抜け出せない。誰とも対等にはなれないんだ、ってね。それは嫌だ。個人的にも嫌だし、私がそうなったら(きょう)は凄く悲しむからね。

 ヘナヘナ格好悪くは生きられない。お姉ちゃってのは大変なのよ。

 

 

 ──凄い奴らと4日間も一緒に過ごせる。盗めるもんはなんだって吸収してやる。

 

 

 私達は普通のフリして勝っていく。そしていつか夢を叶えて、本当の普通も手に入れるんだ。

 それはそうと、烏羽ダリアがやばい。

 なんであんなグイグイ来るのか意味不明。勢いが怖いんだけど、悪いやつじゃないのはとりあえずわかって、意外と趣味も合う。猫の動画くれたし。顔が可愛いのもプラスだ。それと岡山って遠方なのは凄いプラス。たまに連絡できる相手がいても困らないって弟に言われたけど、たしかに。

 家のこととか何も知られないで友達付き合いできるし、遠くに住んでるヤツはありかもな。でも、あんまりしつこくデコろうとしてきたら絶交しよう。髪の毛を弄らせるのは嫌だ。断固として拒否させてもらう。

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