岡崎いるかの生存戦略   作:戎韜

4 / 25
原作で描かれてないところだから難しいよ〜。
でもいるかちゃんの幼少期書きたい。原作に合わせていのりさん小学5からだと、この設定的にしっくり来ないから仕方ない。


岡崎いるか7才、夏

 氷の上で走ってはいけない。

 スケートは滑って進むスポーツだ。

 滑走しなきゃいけない。誰でも知っている当たり前のこと。しかし、言うは易し行うは難し。スムーズに滑走するためには、靴の(エッジ)を傾け、上手く重心を乗せることが肝要だ。

 スケート靴の刃というのは、親指側(うちがわ)小指側(そとがわ)の二つにわかれている。それを上手く利用して加速し、ステップを踏み、跳躍する。

 そのエッジの使い方ははっきり言って難しい。

 加速する際に乗せすぎる──エッジを傾けすぎるとバランスを崩すし、安定させようとエッジを立てると加速できない。

 最短時間で最高速度までいけるような、ベストな重心を探す。それが、上手なフィギュアスケート選手になるために必要なことだ。

 

 

「飛ばしていますね……彼。あんなに小さいのに」

 

 二度目のオリンピックを目指している青年、鴗鳥(そにどり)慎一郎(しんいちろう)は足を止めた。

 名古屋にある邦和スケートリンク。練習ではなくコーチとの面談のために足を運んだのだが、思わぬ出会いがあった。リンクを覗きに来てみたら、小さな子供が見ていて怖いくらい飛ばしていた。小学校高学年の女子が先導しているらしく、ポニーテールの女子は心配するどころか煽っている。「もっといけるもっといけるガンガンいこうぜあははは!」と。

 

「あれな、理依奈(りいな)が英才教育してる新入り。まだ小学校1年生じゃぞ」 

 

 慎一郎は驚いてコーチを見た。

 となりに立っている白髪の老人は、皺だらけの顔で得意げに笑う。

 

「いちねっ……本当ですか先生。てっきり身長が小さいだけで、3年生くらいかと」

「それ、本人には言わんといてあげてな。チビって言われるとショックらしいから」

 

 多くの才能を見てきた彼によれば、あれはダイヤの原石だそうだ。

 一緒に滑っている理依奈(りいな)と一緒に、将来はクラブを背負って立って欲しいと言う。気が早いことだが、1年生であれだけ飛ばせるのは凄いことだ。

 普通はもっとばたばたした感じになるし、減速なして人を避けて滑り続けるのも難しい。スケートリンクは貸し切りでない限りは一般客がいる。ぶつからないように気をつけなければいけない。

 

「じゃあトリプルサルコウやるぞー! (きょう)はダブルトウループに挑戦だ!」

「はーい!」

 

 慎一郎は「ほう」と目を細めた。ダブルジャンプもできるのか。それに、理依奈(りいな)が随分と状態を上げてきたようだ。少し前まで足の不調で練習をセーブしていたはずだが、今見ている感じではかなり良くなったように見える。

 どこかを庇っている様子はないし、表情も含めて冴えている。振り上げた右足が一瞬、体に巻き付くようにしなる。体を締めてしっかり3回転。着氷からのステップもスムーズだ。

 

「トリプルサルコウ……以前より安定している」

「うむ。身体的な不安がなくなった途端にの。まあ、お前さんも知っての通り、あの子はフィジカル自体はあったからな。少し元気がなかった時もあったが、いい遊び相手ができたこともあって今は張り切りまくっておるよ」

 

 今年はいけるんじゃないか、とコーチは続ける。

 慎一郎は「なるほど」と頷いた。小学1年生を氷の上で煽るのはどうかと思うが、前向きにやれているならそれは何より。

 二人ともこのまま元気に頑張って欲しいと思う。

 あの子達が上の世界に来る頃には、自分は引退しているだろうから、その時は立場を変えて見守ろう。

 

「よっしゃ私の勝ちだ! おそいぞ! もっとスピード上げな! 私をぶっ倒してみろ! 次も負けたら外で100メートル100本だ!」

「りいなちゃんひどいよ! イジメだ! ──イジメだ!」

 

 その通りだな。

 慎一郎は少年に向かって頷いた。

 楽しそうなのは何よりだが、あまり悪ノリしてはいけない。ガムシャラに加速しすぎて怪我してもいけないから、ここらで止めさせることにする。

 

「……先生。なぜ止めさせないのですか?」

「お前さんに任せた。たまには子供と触れ合って、その仏頂面をなんとかせえ」

「……む」

 

 慎一郎のこれは仏頂面ではない。

 元々そういう顔なのだ。喜怒哀楽があまり顔に出ないだけ。真顔でいることが多いだけだ。無理して笑うと怖いと言われるので、直すつもりはない。

 

「ほれ、行ってこんか。後輩にアドバイスのひとつでもしてやれ」

「わかりました」

「それから、あの子はスケートを始めたのは今年の3月だ。見込みあるだろう?」

「なるほど……」

 

 それはたしかに原石だ。

 レッスンの頻度やセンスによってばらつきはあるものの、半年以内に2回転ジャンプができたのなら間違いなく才能はある。加えて彼の場合、バランス感覚が良いのかエッジを深く倒しても転ばない。それができるからスピードが出せるのだが、あの歳ではなかなかできない技術だ。

 というか、競技開始から4ヶ月程度。

 それでガンガン飛ばせる小学1年生はそうそういないし、スピードに乗った状態で()()余裕なんて普通はない。

 

(適当にステップを踏んでいるのか。大したものだな……)

 

 慎一郎はリンクに入った直後、そのままフェンスに手を置いて立ち止まった。

 追いかけっこが終わってしまったので、止めに行く必要がなくなったのである。どうしたものかと思い真顔で立っていると、理依奈(りいな)がぱあっと目を輝かせて滑ってきた。

 

「やった! 慎一郎さんだ! 競走しよう!」

「ふ……いいでしょう」

 

 挑まれた勝負から逃げてはいけない。

 慎一郎は静かな笑みを浮かべた。全力で勝利したら大人気ないとバカにされた。コーチに。

 

 

 

 

 

 7月1日、土曜日の昼前。

 大須スケートリンクには普段とは違う空気が流れていた。練習に励む子供達はどこか集中し切れていない様子で、どこか浮き足立っているようにも見える。

 氷に乗っている一般客はやや少なく、リンクサイドの一角には人集(ひとだか)りができていた。

 私服の女性アナウンサーが選手にマイクを向けて、あれやこれやと質問している。テレビ局が取材に来ているのだ。

 

「今年の目標は、茉莉花(まりか)ちゃんと一緒に全日本ノービスに行くことです! 茉莉花(まりか)ちゃんは凄いなって、私いつもびっくりしているんで、もっとみなさん栗尾根(くりおね)茉莉花(まりか)ちゃんをよろしくお願します! とっても綺麗なスケートでお姫様みたいに可愛いんです!」

「ちょ、ちゃっと実叶ちゃんっ」

 

 結束実叶(みか)は目標について聞かれると、笑顔でハキハキと答えた。喋った内容の半分以上は友達を褒める言葉だったが、これは仕方ない。

 実叶はじつのところ、自分に才能があるとはあまり思っていない。しっかり成功できるのは2回転ジャンプで限界だと感じていて、それじゃずっと続けるのは無理なことも知っている。

 隣でモジモジしている小学4年生、栗尾根(くりおね)茉莉花(まりか)は違う。人見知りな性格ですぐに実叶の後ろに隠れてしまうが、実叶よりも可愛いしジャンプの才能もある。

 だからきっと、そう遠くない将来、名古屋だけじゃなくて日本中から注目される選手になる。実叶にはそうなるという確信があった。実際にどうなるかは神様しかわからないけど、そうなって欲しいと願っていた。

 

「見てください! とっても可愛いんです! ほら、こんなに! お肌プルプルでおめめぱっちり! 次のフィギュアスケート界のアイドルです!」

「スケート関係ないっ……お、お願いですからやめてくださぁい……みかちゃん」

「なるほど! たしかにとても可愛いですし、お二人の仲の良さが伝わってきますね!」 

「はい! ですから一面に使うんでしたら、どうか茉莉花(まりか)ちゃんの写真を!」

「ご、ごめんね実叶ちゃん……これ、新聞の記事にはならないんだ」

 

 アナウンサーの女性は後ずさりながら、思わずといった様子で口調を崩す。実叶がハイテンションな笑顔で詰め寄ってきたからだ。お姫様みたいで定評のある茉莉花(まりか)はプルプルしている。

 実叶の強い意志──何がなんでもスポットライトを当ててやろう! という想いと行動のせいで、恥ずかしくて死にそうになっている。

 

「そうですよね……あっ、アナウンサーのお仕事って楽しいですか? 働くって大変なことだって、よくお母さんが言ってます! どうしておねえさんはアナウンサーに?」

「えぇーっと……あれ、なにこれ逆質問?」

「み、実叶ちゃ〜ん……」

 

 実叶は自分では緊張していないと思っていたが、傍から見たら大暴走であった。

 可愛い友人であり後輩の茉莉花(まりか)に注目して欲しい。この子を褒めて欲しいの想いが爆発して自分そっちのけでゴリ押し。そうだアナウンサーにも感謝の気持ちを伝えなきゃと、スケートに全く関係のない質問を始めた。

 

「あ、ああ……なにしてるのあの子……普通に答えなさいっ……普通にっ」

 

 母、のぞみは両手で顔を覆っている。

 顔は火が出そうなほど真っ赤である。 

 

「えーっと……時間が限られているから、私のことは撮影が終わってからね? それでは、ここまでは順調に調整できているとのお話でしたが、今月の名港杯で新たなチャレンジなどはあるのでしょうか?」

「新しいことはないんですけど、3連続のコンビネーションの精度を高めていきたいと思っています!」

「なるほど。結束(ゆいつか)選手の代名詞とも言える得点源のコンビネーション。是非とも注目してみていきたいですね。ブロック大会前に行われる名港杯。場所は邦和スケート」

 

 実叶はやる気満々な顔で、アナウンサーの話を遮ってトークを続ける。

 

茉莉花(まりか)ちゃんのスケートは見ていてとっても勉強になるので…………見ます! それから大会の時はお姫さまレベルが上がるので、見てください! 私は最近わかったのですが、キラキラという言葉は……コホン。ごめんなさい。少し話が逸れてしまったのですが、私が男の子だったら、絶対に茉莉花ちゃんと結婚します! 好きになります!」

「実叶ちゃんっ! おねがい……おねがいですからもうやめて……もうやめてっ」

 

 野次馬たちはざわつき、名港クラウンのコーチ達は頭を抱え、羞恥プレイに耐えきれなくなった茉莉花が泣き出す。

 アナウンサーは(すす)けた笑顔でこう言った。

「素晴らしい友情ですね」と。

 結局、映像は殆どがカットされることになり、実叶はお母さんに叱られた。

 

 

 

 

 

 

「もっと練習する! がんばる! うまくならないと、みかちゃんとけっこんできない! ……ぐすっ」

 

 そして、岡崎いるか(7)は、大好きな人が取られるんじゃないかとビビりまくって、泣いた。もっと頑張らないと実叶がとられる。このままじゃ遊んで貰えなくなるかも。どうすればいいのかはわからないけど、とにかくめちゃくちゃ練習しよう。

 

「いるかちゃん!‍? なんで泣いてるの!‍? いるかちゃんダメだよ! 泣きながらジャンプしたら転んじゃうよっ!」

「みかちゃんのばか!」

「なんで怒ってるの!‍?」

 

 いるかに可愛さはない。茉莉花ちゃんみたいになれる可能性はゼロなので、スケートで認めてもらうしかない。だからガンバる……ガンバる……。どんなに転んでも頑張ろうと思った。

 みかちゃんに捨てられたら死んでしまう。

 お母さんから『ぶす』とか『いるかって海のブタっていみだから』とか言われても、笑えているのは実叶との時間が楽しいからだ。それがなくなるくらいなら、世界が滅んだ方がマシ。いるかは、それくらい実叶にどっぷりと懐いていた。依存とも言う。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。