岡崎いるかの生存戦略 作:戎韜
「ごめんなさい」
いるかちゃんがしょぼくれてる。かわいい。
ヤケクソでジャンプしちゃダメだよって言ったら反省した。とっても素直。かわいい。すごくビクビクしてるのもかわいいけど、笑っちゃダメだよね。
「怒ってないよ〜。大丈夫だよ〜。みょーんってしよ、みょーんって。こわくないよ〜」
両手を握ってバンザイして、横に広げて、みょーん、みょーん、みょーん。
「ほら、みょーん!」
「みょん? ? みょ、みょーん……」
仲良くなってから、まだ半年もたっていない。
いるかちゃんのことは正直、よくわからない。だって、いつも無理していい子でいるから。私のことを好きなのは伝わってくるけど、本音で喋ってくれないことが多くて、何を考えているのかわかりづらい。
「もういっかい。みょーん」
「みょーん……」
「もっと元気にいこう! みょーん!」
「うん! みょーん!」
声をかけたのはたまたま。ちっちゃいのに凄いなーって純粋にびっくりして、話してみたら可愛かったから愛でることにした。そしたら予想以上に懐いてくれて、私は嬉しかった!
なんでちっちゃい子と遊ぶのって言う人もいるけど、別にいいじゃんって感じ。差があるのは今だけだと思うんだ。大人になったら4才違いなんて大したことないって、お母さんも言ってた。
「元気になったね〜! じゃあ真面目に練習しよう。私はちょっと集中してやりたいから、また後でね。終わったら一緒に帰ろう」
「うんっ! がんばる!」
いるかちゃんは良い子だ。
人の話がちゃんと聞けるし、悪いことは悪いって反省できるし、とっても頑張り屋さん。
いるかちゃんの話だと、弟くんも優しいみたい。いるかちゃんの代わりにイナゴを沢山食べてくれて、クリスマスの時はケーキのイチゴをくれるんだって。イチゴとイナゴは文字が似てると思うんだけど、見た目はぜんぜん違うよね。
(3回転ジャンプ、できるようになりたかったな)
いるかちゃんは才能がある。
私の方はいつまでスケートできるだろうか。わかんない。お母さんは沢山サポートしてくれてるし、楽しんでやってるから大丈夫って笑ってくれるけど、それは大変じゃないってことじゃない。
年が明けたら職場復帰するって言ってた。のんちゃん──我が妹の『いのり』はまだ4才だけど、家計のためには仕方なし。私がスケートやめたら少しは楽になるのかなって、たまに思う。だからって今すぐやめるつもりはないけど、
──やりたいからという理由だけで、スケート選手を続けるのは難しい。
趣味くらいならともかく、本格的に選手として活動するにはお金がかかる。スケートを始めた頃はわからなかったけど、私はもう小学校6年生だ。現実的に考えてどうかって、嫌でもわかってくる。
これが何がなんでもスケートでビックになりたいとか、そういう夢があるなら話は違う。私は天才じゃないけど才能ゼロというわけでもない。もう辞めなさいって言われるまで、しがみつく選択肢もある。
──でも、私は違う。執着心が薄い。
さいきん色々、考える。考えることが増えた。
大変そうなお母さんを見てたり、まだ小さいのんちゃんを抱っこしたり、
──私には執着心が足りない。
クラブの友達はみんなすごいと思う。小さなうちから一生懸命練習して、大会でどんなに転んでも立ち上がる、みんなすごい。中でも茉莉花ちゃんは別格で、ジャンプは高いしスケーティングは柔らかい。持って生まれたセンスがあって、それで努力家なんだからそりゃ凄いよ。
そう遠くない未来、私を追い越してずっと先まで行くんだと思う。あんまり悔しくない。むしろ見ていたい。茉莉花ちゃんやいるかちゃんがどんなに凄くなったとしても、そこまで悔しくないと思ってしまう私は、多分選手には向いていない。
──問い。なんで私はスケートをするのだろう。
答え。
お母さんが喜んでくれて、そんなお母さんを見ていたら私も嬉しいから。スケートを通じて友達が沢山できたから。先生達のことが大好きだから。私がジャンプすると、のんちゃんが喜んでくれるから。
「いるかちゃんも喜んでくれるもんね〜」
6年生の夏のはじめ、いるかちゃんの寝顔を見ながらほっこりした。いるかちゃん疲れてたのかな。ご飯を待ってる途中で寝ちゃった。
ちっちゃい頭を撫でる。
髪伸ばせばもっと可愛いと思うのに、すぐ切っちゃうのはなんでなんだろ。いるかちゃんのお母さんはなんであんまり来ないんだろ。来れたら来れたで、お喋りばっかりしてるのはなんでだろ。
お母さんは私は何も気にしなくていいから、いるかちゃんと遊んであげなって言ってたけど、それは無理ってものだよ。
変だもん。いるかちゃんのお母さん。
私はよく褒めてもらうんだけど、茉莉花ちゃんよりと可愛いとか、いるかちゃんは逆立ちしても私みたいにはなれないとか言って笑ってるんだよね。そういう褒め方をする人、私はあんまり好きじゃない。
「おかーさーん、いるかちゃんねちゃったー」
「じゃあ寝かせておいてあげなさい。多分まだお母さん来ないから」
「ねえお母さん。これって普通なの?」
「……なにが? よくわかんないこと言ってないで……ってなにしてるの! いのり!」
お母さんが悲鳴をあげた。
視線の先では、のんちゃん(4)が新品のカーテンをムシャムシャ……あっ食べてる!?
「のんちゃん! ストップ! カーテンは美味しくないよ!」
「やめさせて実叶! 鍋がっ! 鍋が爆発したからっ、いのりをよろしく!」
「ラジャー! 任せてお母さん!」
私はこの時間が好きだ。
でも、お母さんが働き出したら無理だし、そうじゃなくても
私は来年は中学生。お母さんは今年のうちに職場復帰。のんちゃんは幼稚園。我が家の環境は大きく変わる。その中で私は、スケートをどこまで続けられるだろうか。
──いつか、しがみつくのか辞めるのか、もっと本気で考えなきゃいけない時が来る。
そして、その時はすぐにやってきた。
7月17日、月曜日。中部ブロック大会前の最後の大きな大会で、負傷棄権。
本番前の6分間練習で着氷をミスって、起き上がることもできずにそのまま退場。右足が半年くらい使い物にならなくなった。