岡崎いるかの生存戦略 作:戎韜
なんだかんだ生きてる
7月6日。
岡崎
本当は気遣いなどではない。お祝いごとの時はロクなことが起こらないからだ。イチゴの数を姉と弟で差をつけてみたり、変な切り分けられ方をして争いが生まれてみたり、カスタードケーキは嫌いだって言ったはずなのに半年後には忘れてたり。ちなみにイチゴの数はいるかの方が少なかった。お姉ちゃんなんだから弟に優しくしなさい、とのこと。意味がわからん。
悲しそうな顔でイチゴを見つめてくる姉の前で、美味しくイチゴなんて食えるかという話だ。ほんと嫌がらせとしか思えないのだが、母も父も自分達は大したことはしてないと考えている。本気で。つまり話し合うだけ無駄である。
「あー、ダメだ滑り足りない……もっとやんないと……もっと」
場所は名港ウインドのホームリンク。
邦和スケートリンクにて、
どうせなら時間ギリギリまでやっていこう。
オーバーワークはよくないが、不完全燃焼のせいで非行に走ってしまう方がまずい。たまに夜中に北に向かって走り出したくなる。そんな意味のわからん状態になるよりはマシなので、とことん体をいじめることにする。
(どうせ
エッジの角度は45度。限界まで倒して加速チャレンジ。ガンガン飛ばしてたまに吹っ飛ぶ。
首が痛くなるんじゃないかってくらい踊って、高揚感の中でジャンプジャンプジャンプ。頭の中に流れるのは『モスクワ協奏曲第2番』。雪と氷に包まれた暗い世界に響き渡る、寄せては返す終わりと黎明。みたいな解釈がネットに書いてあった。
「あー! ダメだよー! 終わりって言われたのに、なんでばりばり練習してるの!?」
ゼーハー言いながらランナーズハイならぬスケーティングハイで気持ちよくなっていると、ちっちゃい女の子がぷんすかしながら滑ってきた。
可愛いけど口うるさい鬼が来た。
「なんで慎一郎先生の言うことむしするの! しかも、そんなメチャクチャな練習のしかた……ダメだってわたしでもわかるよ!」
「そうだね。メチャクチャだ。ごめんね?」
「そのあやまりかた、なんかやだ!」
セミロングの髪の女子は、じとりと
「ヤダって言われても……何が嫌なの?」
「上手く言えないんだけど、つうじてない? っていうか……きょう君たまにそういうのあるよ。言葉は日本語でわかるのに、なんだろ……ちがう国の人とお話してるみたいな」
「僕は日本人でしかないよ? 他の国の血とか入ってないし……」
「そういうことじゃないの!」
「どういうことなの」
夕凪は年齢こそ8才だが、上の学年の人間とも近い目線で話ができる。大人びている。ませているとも言う。スケートはキラリと光る才能あり。不屈で知られる鴗鳥慎一郎の一番弟子なだけあって、幼いながら強い芯を持った女の子だ。
「もういいや……理凰くんがスイーツ買ってきてくれたから、ロビーで食べよ? お母さんまだ家にいないんだよね? 今日もコンビニのお弁当だよね? 一緒に食べようよ」
「なんで?」
「誕生日じゃん。何もないなんて悲しすぎるよ」
「何もないことはないよ。お金はもらえるよ?」
「そういうことじゃないの!」
夕凪はぷんすかしている。
可愛い鬼の角が生えていたら似合いそう。
「誕生日っていうのは大切な日なの! 生まれてきてくれてありがとうって、おいわいしなきゃだめなの!」
一緒にリンクを出たところで、夕凪はぷんすかを加速させた。いつも落ち着いている彼女にしては珍しく、「うー」と唇を尖らせている。どういう感情なのか
「い……いやなら、やめるけど」
「嫌じゃないからプルプルするのやめて。虐めてるみたいに見えるから!」
ぜひとも祝って欲しいとは思わないが、こんな風に言ってくれることはありがたいと思う。
色々あって殺気を抑える日々が続いているが、善意を踏みつけるほど拗らせてはいない。そこまでいったら終わりだ。この子にまで強く当たってしまうようになったら、死んだ方がいいなとさえ思っている。
「ありがと、夕凪。僕は大丈夫だけど、みんなの親御さんは? 迷惑じゃない?」
「よていが大丈夫な人だけだから、心配しなくていいよ。めいわくって言うならさ、勝手に3回転ジャンプをバンバン飛んでることがめいわく」
「……」
「やめてよ。なんでケガしそうなことするの? おかしいよ」
「ごめんって……」
フィギュアスケートは個人競技だ。
クラブが同じでも団体種目に比べると繋がりは薄いが、夕凪は仲間意識が強い方。優等生気質ではあるが、たまにびっくりするほどグイグイ来る。
損得勘定とかはあまり考えていないようだ。自分が正しいと思うことをそのままできるタイプ。つまり良い子ということだ。
「……あっ、りおう君。何買ってきたのー……って、雪見だいふく!? なんで!?」
ロビーに向かうと、将来は間違いなくイケメンになりそうな少年がこちらを見た。鴗鳥理凰である。
テーブルにアイスの雪見だいふくを並べて、自分はおにぎりを食べている。子供は他に女子が三人ほどいて、雪見だいふくを見つめている。
「いや……ケーキはダメって言われたから、どーしよっかなってすごい悩んで。母さんに相談したら、母さんもめっちゃ悩んじゃって……とりあえず白いヤツにしようって話になって……」
「フフっ、ユキミダイフクおいしいよ〜?」
保護者その1、鴗鳥慎一郎の妻にしてりおう君の母、エイヴァ先生が可憐にウインクを決めた。りおう君は日本人とアメリカ人のハーフなのである。
ちなみにエイヴァ先生はオリンピック経験者だ。アメリカ代表として名を馳せ、現在は夫と一緒に名港ウインドを支えている。
「私達も行けばよかったわね……」
「誕生日に雪見だいふくって……」
「真面目に考えすぎてこうなってるから、何も言えないわねぇ……」
ママたちが何とも言えない顔で、雪見だいふくだらけのテーブルを見ている。
いや、
ケーキあんま好きじゃないっていうの考慮してくれてるだけでも感激だから、もう何でもいい。食べられるものなら。お弁当も用意してくれてるみたいだから、食べられないものでも食べる所存だ。
「夕凪。雪見だいふくはご飯の前に食べよう」
「そうだね。とけちゃうもんね」
「うん……そう。溶けるからね。てなわけでみんな、ジャンケンするよ。なぜなら明らかに数が多いから。17個もあるじゃん。
「…………わかんない」
「わかんないかぁ……」
まあ仕方ない。
何やら上の空だが、何も言うまい。
悩めるお年頃だから、色々あるのだろう。
「きょうくん、あらためておめでと。これからはさ、もっと色んなことお話してくれると嬉しいな」
夕凪ちゃん、なんていい子なのか。
全日本ノービスにいい子部門があったら、迷わず1万票くらい入れてるところだ。
「ありがと。なんかね、家で何もなくても別にいいやってなった。今」
しかし、よく覚えてたもんだ。
こんな奴の誕生日といい、プレゼントはお金って話も。たしか2年前に1回だけうっかり口を滑らせた記憶があるけど、それきり。去年は何もなかったから、話したことすら今の今まで忘れていた。
「おい……その、5,000円あげる」
「いらない」
数時間後、ベッドの上から現れた姉の顔に向かって、即答した。
二段ベッドの上の主、いるかである。
ニュッと顔を出したかと思えば、金やるとか言い出した。いらない。くれるくらいなら自分で使いなさいと思った。