「……そ、その、ごめんなさい……?」
「「…………」」
僕の間抜けな謝罪の言葉が、辺りに虚しく響いた。
風が草を揺らす音だけが、やけに大きく耳に残る。
女の子と僕の間に、気まずい沈黙が落ちた。女の子は呆れたような、怒っているような、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた。
「あ、あははは……す、すごいね。女の子なのに一瞬でゴブリンを倒すなんて……」
乾いた笑いで誤魔化しながら、僕は視線を逸らす。
自分でも何を言っているのか分からない。とにかく、この重苦しい空気から逃げ出したかった。
逃げるように、倒れたゴブリンへと足を向ける。
まだ本当に死んでいるのか確かめようと、そっと近づき、死骸の前で屈み込む。
「待ってください! 不用意に近づかないで!」
「へ?」
女の子の鋭い制止の声が飛んだ瞬間――。
ギョロリ。
倒れていたゴブリンの目が、突然こちらを向いた。
濁った瞳が、確かに僕を捉えている。
「――っ!?」
死んだフリ!?まだ生きている!?
「ギャアアアアアッ!!」
跳ね起きたゴブリンが、そのまま僕に覆いかぶさるように襲いかかってきた。
顔がすぐ目の前に迫り、生臭い息が爆の顔にかかる。
「ライトア――っ!?(――っ、駄目っ!近すぎる!あの子にも当たっちゃう!?)」
女の子の焦った声が響く。
けれど、彼女は魔法を撃てないようだった。僕に近づきすぎていて、当たるのを恐れている。
振り上げられる石のナイフ。
鈍く光る刃先が、一直線に僕へと向けられる。
押し退けようと思っても、恐怖で体が強張って動かない。
――殺される!
そう思った瞬間、頭の中が真っ白になった。
咄嗟に手を伸ばす。
指先に触れたのは、地面に転がっていた拳大の石。
「うああああっ!!」
考えるより先に、僕はそれを掴み、全力で振り抜いた。
ゴキッ!
嫌な音が、やけに鮮明に響いた。
ゴブリンの頭がべこりと不自然に歪む。
手に鈍い衝撃と、肉や骨が潰れる不愉快な感触が伝わる……。
「ギ……ィ………」
ゴブリンはぐらりと体を揺らし、そのまま力無く倒れ込んだ。
体がびくん、と痙攣した後……今度こそ、完全に動かなくなった。
「……はぁ……はぁ……」
荒い呼吸だけが耳に残る。
殴った右手がじんじんと痺れ、小刻みに震えていた。
そのとき――。
倒れたゴブリンの体から、淡い青白い光の粒子がふわりと漏れ出した
それは螢のようにふわふわと揺らめきながら宙へ浮かび、やがて意思を持つかのように、ゆっくりと僕の身体へと吸い込まれていく。
「……え?」
僕の意志とは関係なく、光はすーっと体の中へ入り込んできた。
全身に、熱いような、痺れるような、言葉にしようのない不思議な感覚が広がった。
奥底から何かが湧き上がってくるような、力が満ちていくような感覚。
それと同時に、頭の奥がじんわりと熱を帯びていく。
まるで熱が出たときみたいに、意識が少しだけ遠のいて、世界の輪郭がぼやけていく。
足元がふわふわして、現実感が薄れていくような、奇妙な浮遊感。
「な、に……これ……?」
僕は呆然としたまま、自分の手を見つめた。
確かに、何かが変わった気がする。僕の身体で何かが……。
けれど、それが何なのかは、まだ分からなかった……。
Connect:04「出会い+」
「大丈夫ですか!?顔色が悪いみたいですけど!?」
呆然としている僕へ、女の子が慌てて駆け寄ってきた。
白い法衣の裾を翻し、黒髪をなびかせながら、彼女は僕の顔を覗き込む。
「……怪我は無いみたいですが、もしかしてマナ酔いかもしれませんね。大量のマナを取り込んだ人はよくこうなります」
「マナ酔い?マナ?」
聞き慣れた単語に、思わず顔を上げる。
マナ。ゲームでよく聞くMPとかそんな感じの奴だ!
「マナって……RPGとかでよく聞く、魔力とかエネルギーみたいなモノのこと?」
目を輝かせてそう尋ねる僕に、女の子は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、小さく首をかしげた。
「その……あーるぴーじー?が何なのかは分かりませんが……たぶん、そういう認識で間違っていないと思います」
少し考えるように言葉を選びながら、彼女は続ける。
「マナは、生命であり、魂であり……この世界のすべてを形作る根源的な力です。私たちは、それを“マナ”と呼んでいます」
そう言って、女の子は静かに片手を持ち上げた。
すると、何もなかったはずの掌の上に、淡い光がにじむように現れ、やがて野球ボールほどの大きさの光の球となって形を成した。
「生物が死ねば、魂は肉体から解き放たれ、マナへと還ります。そして大地へ還り、世界を巡るのです」
彼女の言葉に呼応するように光の球はふわりとほどけ、無数の粒子へと分かれていく。
きらきらと宙に散ったそれらは、やがて流れるように彼女の身体へと引き寄せられ、そのまま静かに吸い込まれて消えていった。
「他者の命を奪うという行為は、魂を、マナを奪うということ。マナを取り込むということは……魂そのものが強くなる、ということでもあります」
マナを取り込んで強くなる。つまり、経験値を手に入れてレベルアップするってことか……?
「ですが……変ですね」
ふと、彼女は首をかしげる。
「普通、ゴブリン一匹分のマナを取り込んだくらいでは、マナ酔いは起こらないはずなんですが……」
「そう、なんだ……」
マナに酔う、か……。
確かに今のこの感覚。熱が出たときみたいにふわふわしていて、どこか夢心地で現実感が薄い。
酒なんて飲んだことはないけど、多分こんな感じなんだろう。
「あなた……本当に何も知らないんですか? こんなこと子供でも知っていることですよ?」
じとーっと疑うような視線が、僕に向けられる。
「それにその変わった服……見たことがありません。どこから来られたんですか?」
「変わった服?……あっ」
服のことを言われて、今更ながら自分の格好に意識が向く。
……今、僕が着ているのは学校の制服じゃないか。
見慣れたはずの制服。けれど、彼女言うように確かにこの場ではまるで似つかわしくない異物のように感じられるだろう。
確かに、ゲームを始める直前はこの格好だった。でも、なんでゲームの世界でも制服を着てるんだ……?
僕が困惑しているのを他所に、女の子の問い詰めは止まらない。
「しかも、武器も防具もなしに……」
言いかけて、女の子ははっと何かに気づいたように顔を上げた。
「あっ!そうです!どうして装備もなしに、こんな場所にいるんですかっ!?」
「どうしてって……」
思わず言葉を濁す。
そんなの僕が聞きたいくらいだ。装備なしで初期スポーン直後にモンスターと遭遇とかどんな理不尽仕様だよ。
「そ・れ・で!どこから来たんです!?」
語気を強めてさらに一歩踏み込んでくる女の子。
「え、ええっと……」
近い。というか、圧がすごい。
ずいっと距離を詰められ、思わずたじろいでしまう。
どう答えればいいのか分からず視線を彷徨わせていると……ふと、一つの可能性が頭をよぎった。
あっ、これってもしかして……最初のプロフィール設定的なやつなんじゃないか?
オンラインゲームでよくある、プレイヤー情報の登録。
名前とか、性別とか、場合によっては国籍まで聞かれる、あの手のやつだ。
だとしたら、この質問もその一環なのかもしれない。
タイミングよく彼女が助けに入ったのも、ここまでの流れがチュートリアルだったと考えれば、辻褄は合う。
装備もなしにのやり取りも「武器はちゃんと装備しないと意味がないぞ!」みたいな、伝説的なあのRPGの台詞のオマージュなのかな?
なら、この女の子はお助け兼案内役NPC?だとしたら凄いな、普通に人と会話してるたいだ…。
そんなことを考えながら、僕は恐る恐る口を開いた。
「えっと……に、日本です……」
「「………」」
ぴたり、と空気が止まる。
女の子はぱちぱちと瞬きをしたあと、コテン、と可愛らしく首を傾げた。
「……ニホン?聞いたことのない地方ですね?どの辺りにあるんですか?」
「え……」
言葉が詰まる。
どの辺りって…。
頭の中で地図を思い浮かべようとしてすぐに止める。
いやいや、なに真面目に説明しようとしてるんだ。ここはゲームの世界だぞ?伝わるわけないし……。
もしかして、国籍だけじゃなく詳しい住所まで聞こうとしてるんだろうか?だとしたらそこまで詳しく個人情報は明かしたくないな。そもそも出所不明の怪しいゲームな訳だし……。
ぐるぐると考えが空回りした挙げ句、口から出たのは―――。
「ど、どの辺りにあるんでしょうね……?」
「私に聞かれても……」
即座に返ってきた、もっともすぎる一言。
女の子は困惑とも呆れともつかない表情を浮かべ、頬に手を当てて小さくため息をついた。
「ご、ごめん。ちょっと混乱してて……記憶が曖昧なんだ」
だんだん冷たくなっていく視線に耐えきれず、苦し紛れの言い訳を口にする。
……いや、無理あるよね。
自分で言っておきながら、内心で苦笑する。
こんなのどう考えても怪しいに決まっている。
けれど、女の子の反応は僕の予想とは違っていた。
「……えっ?」
記憶が曖昧と言う言葉に、ピクリとその表情が強張る。
驚きのような、悲しみのような、憐れみのような……複雑な表情を彼女は浮かべる。
「記憶が……曖昧、って……名前も分からないのですか?」
「な、名前は分かるよ!檜や―――」
反射的に口をついて出かけた言葉を、慌てて手で押さえ込む。
――っと、危ない!リアルネームを教えるのは不味いよね。
僕は少し悩んだあと―――。
「ソ、ソラです!」
フルネームではなく下の名前のみを名乗った。
「ソラさん、ですか」
女の子はまるで噛み締めるように、ゆっくりと僕の名前を呟く。
そして……ふっと力が抜けたように、胸に手を当てて小さく息をついた。
「良かったです。名前を覚えていて……」
その声音には、はっきりと安堵が滲んでいた。
まるで自分のことのように、心からほっとした様子で彼女はやわらかく微笑んでいる。
「自分のことが分からないって辛いですよね。分かります、その気持ち……」
い、いやいやいや……待って待って!?
「信じてくれるの!?明らかに怪しいのに!?」
僕は思わず声が裏返しながらも聞き返した。
こんな状況どう考えても疑われても仕方がないのに。そんな僕の反応にも彼女はくすりと小さく笑ってこくりと頷いた。
「はい、信じます。確かに変わった服を着ていますし、怪しいですけど野盗にも見えませんし……」
「それに……」
真っ直ぐに僕の目を見つめてくる。
「そんなに悪い人にも見えませんから」
屈託のない笑顔でそう言われ、ズキリと良心が痛む。
NPCが相手のはずなのに、どうしてこんなにも後ろめたい気持ちになってしまうのだろう。
あまりにも自然で……まるで、本当に人と話しているみたいだからだろうか?
ユイはそんな僕の様子など気にした様子もなく、明るく言葉を続けた。
「ここに居ると、またゴブリンに襲われるかもしれませんし……とりあえず村に戻りましょう!」
「村?近くに村があるの?」
僕がそう訊ねると、女の子は「はい!」と元気に返事をして、彼女が来たであろう方角を指差した。
「この先に、私が暮らしている村があるんです!みんな優しくて、とても素敵な村ですよ!」
きっと、自分の故郷が大好きなんだろう。
その気持ちは表情を見れば十分すぎるほど伝わってきた。
彼女は軽やかに歩き出し、僕も慌ててその後に続いた。
「あっ!そう言えば、自己紹介がまだでしたね!」
先を歩いていた女の子が、くるりとこちらを振り返った。
黒い長い髪が風に靡き、陽の光を受けてキラキラと輝く。
彼女は柔らかな笑みを浮かべて言った。
「私、ユイって言います!」
木々の陰から、二人の背中をじっと見つめる影があった。
怒りと憎悪に満ちたその瞳が、離れていく僕たちを追い続けている。
けれど、その視線に僕たちは気づくことはなかった……。
おはようございます。こんにちは。こんばんは。金髪のグゥレイトゥ!です。
これで書き溜め終了です。1話5000文字を1週間ペースで投稿できるように頑張っていきます。