東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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あんた酷いことをさらりと言うわね


第八話 「開放」

 

 

 

空に浮かぶ正邪達を発見したアルベルトは、森の木々に隠れ、彼女の様子を伺っていた。

このまま姿を現し、強引に奪還することは相手の正体が分からない以上控えるべきだろう。

彼は正邪以外の二人の少女に視線を移しながら、そう考えていた。

妖怪というものの強さを知った彼にとって、正体不明の相手二人を同時に相手し、無事正邪を奪還することは、深手を負った現状では不利と判断したからだ。

実際、空に浮かぶ霊夢や早苗を普通の人間と考えることは難しかった。

いまなによりも優先するべきは正邪の奪還。

普段の彼ならば相手の正体がわからずとも、たとえそれがどんな強敵であったとしても突き進むことを止めたりはしない。

しかしそれは戦場という場所にこの身が躍り出た時のみである。

戦闘狂ではあったが、決して時と場所を選ばぬ愚か者というわけではない。

必要があれば卑怯とも取れる策を弄することも彼にとっては吝かではないのだから。

ゆえに、今は戦う時ではない。

思慮に思慮を重ね、正邪の奪還を完遂することが、一番の優先事項なのである。

ならば一撃必殺。

相手の反撃を受ける前に仕留めてしまえばいい。

そしてアルベルトは狙いを定め、構えを取った。

一度大きく深呼吸をして、内なる力を高めるため己の意識を埋没させる。

呼吸を整え、ゆっくりと生み出される力の本流をイメージとして掴み取っていく。

高められた衝撃が唸りを上げながら両の手に集中していくのが分かる。

祈りを捧げるように、一度手を合わせ、埋没した意識を急激に覚醒させる。

獲物に向けて照純を合わせ、再び大きく息を吸い、それを吐き出す。

呼吸を止め、狙い定めた標的へと、アルベルトは目を見開いて合わせた両手を解き放った。

 

「活ぁぁあああああああ!!!」

 

生み出された土石流の如き衝撃波。

それは一直線へ上空の獲物へと無慈悲に襲いかかる。

空気の断層を幾千も貫く龍の如き咆哮をあげながら、それは狙い通り彼女たちの眼前までたどり着いた。

 

夢境「二重大結界」

 

しかしアルベルトの必殺の衝撃波は霊夢が生み出した結界によって阻まれることとなる。

 

「きゃぁぁあああ!」

 

突然の衝撃に、霊夢の隣で早苗が悲鳴を上げる。

 

「くっ…はぁぁあああ!」

 

霊夢は結界の向こうで猛然と牙を剥き続ける衝撃波を防ぐため、かざす右手に更に霊力を注ぎ込んだ。

それでもその勢いは留まることを知らず、やがてガラスが砕けるように一枚目の結界を破壊した。

受け止めきれない。

すでに眼前へと迫っていた衝撃の刃に舌打ちをする。

すぐさま霊夢は衝撃を受け止めることから、逸らすことへと切り替えた。

それまで正方形の壁として展開していた結界を、衝撃波に対して鋭角にさし向けると、結界は突き進むようにそれを両断し、後方へとその力を散らしていく。

後方へと向かった衝撃波は正邪へと襲いかかり、それは彼女を拘束していた風に直撃した。

 

「ざまあみろ!」

 

拘束から開放された正邪が右手で中指を立てながら霊夢達に向けて叫んだ。

地面へと落下しながらも、しかし彼女が怖がっている様子はなく、むしろ楽しそうに笑っていた。

なぜなら知っていたからだ。

突然襲ってきたこの衝撃波の正体を。

 

「アルベルトォォオオオ!」

「黙っていろ、舌を噛む」

 

正邪の呼びかけに、颯爽と宙に舞ったアルベルトが現れ、彼女を抱きとめる。

 

「逃げるぞ」

 

その姿を霊夢達に見とがめられまいと、アルベルトは足元に衝撃波を生み出し、その力で森を駆けた。

 

 

 

衝撃波を受け流し、霊夢は溜め息を吐いた。

 

「れ、霊夢さん大丈夫ですか?」

 

突然のことで悲鳴しか上げられなかった早苗が、霊夢に声をかけた。

 

「すいません。何も出来ませんでした」

「気にしないで。それよりあんた怪我してるわ」

 

衝撃波を逸らした時に早苗の右腕を掠めたのか、小さな擦り傷に血が滲んでいた。

 

「ごめん」

「そんな、謝らないでください。助けられたのは私の方なんですから」

 

慌てて早苗は両手を胸の前で振った。

 

「逃がしてしまいましたね」

 

逸らされた衝撃波が都合よく正邪を拘束していた風に直撃し、彼女は地面へと落ちていった。

 

「仲間がいたようですね」

 

それがどのような者であったのか確認することは出来なかったが、仲間がいたことに驚きを隠せない早苗が言葉を続ける。

 

「霊夢さんは気づいていたんですか?」

 

明らかに霊夢は衝撃波が来る前に、それに備えて札を構えていた。

つまり、仲間の存在に気がついていたということだ。

 

「どうだろ?」

 

しかし霊夢はその問いかけに肯定せず、面倒そうに頬を掻いた。

 

「勘かしら?」

「はぁ、霊夢さんが言うならそうなのかもしれませんね」

 

苦笑して、早苗は霊夢にお辞儀をする。

 

「助けていただいて有難うございます。取り逃がしましたが、正邪に仲間が居るということは考えにくいですから、やはり私の勘違いだったのでしょうか」

「あんた酷いことをさらりと言うわね」

「ですが実際、お尋ね者の彼女に仲間がいるとは考えにくいのでは?」

「それは短絡的すぎでしょ? 利用されているって可能性もあるわ」

「むぅ、しかし彼女に利用される妖怪なんて……」

 

考え込む早苗の頭に霊夢は手を乗せた。

 

「まぁ、今はいくら考えても意味がないし、早くその傷の手当てをしましょう?」

「そ、そうですね」

 

顔を赤くする早苗。

霊夢の手が頭に乗せられて、恥ずかしそうに早苗は俯いた。

 

「色々気になりますが。今は一度、帰ります」

「そう、それがいいわ。 気をつけてね」

 

一度お辞儀をしてから飛び去っていく早苗に霊夢は手をかざして見送った。

その姿が見えなくなった頃。

霊夢はかざしていた右手に視線を移した。

 

「…まだ震えてる」

 

それはさきほど、衝撃波を防ぐためにかざした右手。

霊力を注ぎ込み、襲いかかった凶刃から身を守った手は、その強大な負荷に未だ手を震わせていた。

 

「何が、ざまあみろよ。助けてやったのは私でしょうが」

 

その言葉はこの場にいない正邪に向けてのものだった。

襲い来る衝撃波を逸らした霊夢。

じつはこの時、彼女は結界の向きを操り、その衝撃を正邪が拘束されている風にのみ向けたのだ。

およそ常人では不可能な精密な動きと計算を、しかし霊夢は己の勘のみでやってのけた。

その代償が右手の震えとなって返ってくることにはなったのだが。

 

「怯えもしないんだから」

 

意趣返しに少しでも怯えれば満足であったが、あろう事か正邪は中指を立て、こちらを挑発してきた。

 

「まぁ、それくらいの気概は見せてもらわないとね」

 

せっかく逃走の機会を与えたのだ。

これから待つであろう運命に対して、それくらいの気概がなければ正邪自身、早々に潰れてしまうだろう。

それは困る。

決めたのだ。

彼女の言葉で。

私は死なない。

諦めが悪いんだ。

その言葉を信じるなら、あの時に彼女が語った夢も現実となるかもしれない。

 

「それでもまぁ……」

「今は静観ってとこね。 家に帰って寝直そっと」

 

あっけらかんと呟いて、とある決意を胸にしまい、霊夢もまた帰路へとついたのだった。

 

 

 

 

 

 

木々を抜け、正邪を胸に抱えたままでアルベルトは逃走を続けた。

 

「あはは。まんまとやった!」

 

あれほど嫌がっていたお姫様だっこをされているにも関わらず、正邪は爽快に笑い声を天に向けた。

 

「舌を噛むと言ったぞ」

 

アルベルトの言葉を正邪は気にもとめず、真っ直ぐと彼を覗き込み、自由になった右手で目の前の襟を強く掴んだ。

 

「よくやったアルベルト。 褒めてやる」

 

興奮しているのか、正邪は尊大な態度で、アルベルトを労った。

 

「ふんっ」

 

しかしそれに不満を感じたのか、彼は無愛想に視線を外す。

確かに彼女の奪還は上手くいった。

だがそれは自分の思い描いた通りのものではなかった。

自身の衝撃波があの女に逸らされて、それがたまたま正邪の枷を外したに過ぎない。

偶然にしては出来すぎている。

しかし内心の懸念を顔には表さず、相手が追ってくる気配も感じなかった為、アルベルトは徐々に走る速度を落としていった。

やがて足を止め、正邪をゆっくりと大地に立たせてから、深く息を吐いた。

 

「お前、凄い怪我じゃないか」

 

初めてアルベルトの全身に視線を向けた正邪が眉を顰めて語りかけた。

服は破れ、所々から血が流れている。

よく見れば、月明かりに照らされた顔色は決して良いとは言えなかった。

 

「すこし休む」

 

その場に座り込み、手頃な木に背中を預けるアルベルト。

 

「おい、まさかこのまま夜を過ごすのか?」

「不満か?」

「そうじゃない。 手当はいいのかって聞いているんだ」

 

珍しく正邪がアルベルトの傷をいたわったのには、彼女なりの打算も含まれていた。

見るからに消耗している彼を見て、もし万が一再び襲われるようなことがあれば、今度こそ不味い展開になりかねない。

このように森の真ん中で夜を過ごすのは愚策に思えたからだ。

 

「心配ないすぐに治る」

「すぐにって……」

 

目を瞑るアルベルトに、正邪は唇を噛んだ。

森を見渡し、辺りを見回す。

茂みの奥では何かが潜んでいるかのようで、心が落ち着かない。

自身が妖怪であった時には感じもしなかった思いだ。

しかし、やがて閃いた正邪は彼に声を掛ける。

 

「おい」

「なんだ?」

 

目を開け正邪に不満そうに視線を向けるアルベルト。

 

「近くに良いところがある」

 

自身の閃きによほど自信があったのか、正邪はアルベルトに視線を重ねながら笑みを浮かべる。

じゃらり、と。

いつの間にか彼女が掴んだ袋の中の金子が一度、二人の間に響いたのだった。

 

 

 

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