東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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私は女でお前は男。本当は死ぬほど嫌だが仕方ない


第九話 「虚像」

 

 

香霖堂の入口の扉が開かれ、二人の男女が姿を現す。

一人は壮年の男性で、その身なりは酷く、所々服が破け、傷だらけの様相を呈していた。

もう一方の少女は身なりこそ綺麗だったが、深く顔を隠すように被った頭巾が印象的で、男性の前に一歩踏み出すと、店内を伺った。

その男女はアルベルトと正邪である。

そして香霖の姿を目に留めた彼女は、すぐさまカウンターへと走りよった。

 

「あんたがこの店の店主だな」

「だとしたら、何だい?」

 

椅子に腰掛けたままで、香霖は不躾な正邪に続きを促す。

 

「なら、取引をしよう」

「取引?」

「あぁ」

 

頷いた正邪は、懐から取り出した袋をカウンターにざくりと置いた。

その音を聞く限り、その中には金子が詰まっているのだろう。

 

「ここで宿を借りたい。それと、あいつの治療もだ」

 

振り返る正邪の視線の先では、店内を見回し物色しているアルベルトの姿があった。

 

「ここは道具屋なんだがね」

「金ならあるだろう?」

 

頭巾に隠れた瞳に殺気を宿し、脅すように香霖を見つめる正邪。

それは言外に断れば酷い目にあわせると告げていた。

しかしその視線を受けても彼が怯えることはなかった。

視線を外した彼は、それまで黙って商品を物色していたアルベルトの方へと声をかける。

 

「何か気に入ったものが見つかったかい?」

「煙草を扱っているのか」

 

水煙草に視線を向けていたアルベルトが香霖へと視線を向けた。

 

「あぁ、それは非売品だけど。他にもキセルや紙巻き煙草、葉巻なんてものもあるね」

「葉巻か」

 

香霖の言葉に微かに眉を動かすアルベルト。

 

「おい!」

 

無視される形となった正邪が香霖に詰め寄る。

 

「どうなんだ、泊めるのか泊めないのか?」

「早急に返答を求めるのは愚策とは思わないかい、鬼人正邪」

 

突然に香霖に正体を見破られ、言葉を受けた正邪の動きが静止する。

 

「あくまでも君は頼む立場だ。そのように脅しを行って得られるものは皆無と言ってもいい。 その相手が商人ならばなおさらだね。 君が取るべき行動は決して脅しではない。 いくらお金を持っていると言ってもね」

 

金子の袋に視線を落とし、香霖は愚か者だと言わんばかりに正邪に言葉を続ける。

 

「愚か者のすることだ。 お尋ね者の君が取引をする以上、君は僕を納得させる必要がある」

 

正邪は舌打ちをして被っていた頭巾に手をかける。

当てが外れて彼女は、今にも殴りかからんばかりに拳を握りこんだ。

 

「随分と親切な物言いだな」

 

いつの間にかカウンターへと歩み寄ったアルベルトが、正邪の肩越しに香霖へと語りかけたことで、正邪の拳が突き出されることにはならなかった。

 

「御仁は話せるようだね」

「しかし必要があれば、殺すこともする」

 

抑揚のないアルベルトの声と冷たい瞳。

微かな緊迫が二人の間に生まれる。

言葉を受けた香霖は口をつぐみ、伺うようにアルベルトの瞳を覗き込んだ。

 

「脅しではないようだね」

「葉巻があれば話は変わるがな」

「……なるほど」

 

微かに抑揚を持たせたアルベルトの返答に視線を交わしたあと、香霖は苦笑してカウンターに置いてある金子の入った袋を掴んだ。

 

「裏の部屋を自由に使うといい。 手当てもしよう。 それと…」

 

そう言って、香霖はカウンターの引き出しの中にあるヒュミドールから葉巻を一本取り出した。

 

「ご所望のものだよ、お客様」

 

葉巻を受け取ったアルベルトが微かに頷く。

それまで彼らの短いやり取りを黙って聞いていた正邪であったが、無事ねぐらを確保できたにも関わらず、納得いかないと不満の表情を浮かべていた。

その顔に気づいたアルベルトであったが、気にせず正邪に奥の部屋に行くぞと促した。

 

「心配しなくても大事な客を密告するようなことはしないよ」

 

正邪の背に声をかけて、香霖はアルベルトに笑顔とともに語りかけた。

 

「落ち着いたら戻ってくるといい。手当てをしよう」

「いらんことだ」

 

言葉を残し、アルベルトと正邪は奥の部屋へと消えていった。

その姿が視線から消えて、香霖は浮かべていた笑顔を消し、深く長く息を吐いたのだった。

 

 

 

与えられた部屋の中で立ったまま対峙するアルベルトと正邪。

夜も随分と遅く、天井に吊るされた裸電球の暖かな光だけが、暗い六畳ほどの畳の部屋を照らしていた。

 

「おい」

「なんだ?」

 

静かな部屋で第一声を放った正邪にアルベルトが応じる。

 

「私は疲れているんだ」

「…」

「百歩譲って同室は仕方ないとしよう。それはもう、私は女でお前は男。本当は死ぬほど嫌だが仕方ない」

 

アルベルトは黙って、話を続ける正邪を見下ろす。

ちんまい体で何を言っておるのかと少々呆れ気味である。

しかしそれには気づかず、彼女は真剣に訴える。

 

「説得したのは確かにお前だ。だけど、この場所に案内したのも金を払ったのも私だ」

「だから…」

 

そう言って正邪は二人の間にある一組しかない布団へと視線を落とした。

 

「お前は畳で寝「手当てをしてくる」―――!?」

 

 

正邪が言い終わる前に声を重ねて、アルベルトは踵を返し部屋を出て行く。

その背に正邪が何やら言っているが、それを全て無視して、彼は先ほどのカウンターへと部屋を後にした。

 

 

 

「やぁ、なにやら騒々しかったようだけど」

 

再び現れたアルベルトに微かに驚きながらも、香霖は声をかけた。

それに返事をせず、彼は手近な椅子に腰をかけた。

 

「手当てをしようか」

「必要ないと言った」

 

そう言ってアルベルトは先ほど受け取った葉巻を口に咥える。

すると自然発火のように火が灯されて、葉巻からはゆらりと紫煙が立ち込めた。

 

「葉巻、好きなのかい?」

「…だろうな」

 

煙を吐き出し、ほんの少しの間を置いて、アルベルトが返事をした。

 

「その服、僕が繕おうか?」

「直せるのか?」

 

ボロボロになったアルベルトの服を指さしながら香霖が言葉を続ける。

 

「繕いものは得意でね。手当てが必要ないんだったら、その分の仕事だと思ってくれて結構だよ。代わりに今晩はこれを着るといい」

 

一度店の奥へと消えた香霖が手に着物を持って帰ってきた。

 

「一番大きなものだが、君に合うと思うよ」

 

香霖はアルベルトが脱いだ服を手に取り、代わりの着物を彼に渡した。

手渡された着物は長身の彼には丁度良かった。

 

「良かったら飲まないかい?」

 

アルベルトが着替えている間に持ってきた洋酒と、氷の入ったグラスをカウンターに置いて、香霖は彼を酒に誘った。

その誘いに彼は暫し逡巡したが、やがてグラスに手を差し向けた。

 

 

 

グラスに注がれた琥珀色の液体に口をつけると、アルベルトは軽く頷いた。

同じように酒の入ったグラスを傾けた香霖もまた頷き、息を吐く。

しばしの静寂が店内に流れる。

しかしそれは香霖の言葉で破られた。

 

「君はどこまで知っているんだい?」

「少なくとも、あやつがお尋ね者だということは初めて聞かされたな」

 

予想外の返答に香霖が苦笑を浮かべる。

 

「そういう意味で聞いたんじゃなかったんだけどね」

「こけおどしは好かん」

「性分でね。客商売をしていると、どうも相手を見定めるのが癖になるようだ」

「難儀な男だ」

「よく言われるよ」

 

そのまま暫く会話は途切れ、再び静けさが店内に戻る。

紫煙が立ち込め、カランと溶けた氷がグラスを鳴らした。

 

「受けてくれるとは思わなかったよ」

 

グラスを掲げた香霖がアルベルトに語りかけた。

 

「君はそういう風には見えないからね」

 

香霖の言葉に何も答えず、ただ微かに眉間に皺を寄せたアルベルトは、グラスに口をつけると、残った酒を飲み干した。

短くなった葉巻を差し出された灰皿に押し付けると、立ち上がり、部屋へと向かう。

そんな彼に香霖もまた何も語りかけず、ただその背中を見送った。

 

「異邦人……」

 

アルベルトが奥の部屋へと姿を消した後、香霖は小さく呟いて、カウンターに畳んである彼の服に視線を落とした。

 

 

 

きっと彼は外の世界の人間だろう。

色々と推測は出来た。

その格好に、喋り方、彼が興味を示した物や、立ち振る舞い。

判断する材料は多くあったのだから。

しかし、自分が興味を惹かれたのはそこではない。

店に訪れた時の彼との会話を思い出す。

必要があれば、殺すこともする。

たった一言の短い会話に、言い知れぬ理不尽を感じた。

彼が必要と判断すれば、躊躇いなく目の前の僕を殺す。

これは脅しではない。

事実を突きつけているだけだと、彼の言葉と瞳は告げていた。

商人が脅しに屈することはない、しかしそれは商談が成り立っているからこそ。

あれはそういうものではなく、一方的な略奪者の言だ。

しかしだからこそ、違和感があった。

自分は客商売で本質を見抜くことには一定の自信がある。

もちろん、相手がひた隠しにしていればそれを見抜くことは難しいだろう。

しかし、彼からはそういった隠しているもの特有の表情や仕草が垣間見られなかった。

むしろ自然体だったからこそ、短い会話の中でも彼の本質を感じられた。

それは理性的な怪物。

およそ己の当然のためなら、何者にも立ち向かう孤独の存在。

彼を表すならこういった表現が正しいのではないだろうか。

されどぬぐい去れないこの違和感の正体はなにか。

彼が鬼人正邪と一緒にいることか。

誘われるままにグラスを傾けたことか。

その行動のどれもがこの違和感の答えで、また違う気もした。

まだ会って間もないというのに、ここまで興味をそそる彼の存在。

自身の思考に埋没したとき、ふと昔読んだ小説の題名が脳裏によぎった。

異邦人。

およそ自分の描く彼という虚像とは正反対の言葉であったが、それが不思議に胸に収まった。

なるほど、彼をこれ以上追求するには、僕は彼を知りすぎてしまっているのか。

決して推論することを無意味とは言わないが、結論を出すことは不可能だろう。

なぜなら、彼自身が●●●なのだから。

まったくとんでもない客が来たものだ。

大事な客と言ったレミリアの姿を思い浮かべて、それ以上、その違和感について考えることをやめることにした。

 

 

 

部屋に戻ったアルベルトが目にしたのは布団に包まって寝息を立てる正邪の姿だった。

布団の横には綺麗にたたまれた服。

電球は消されていなかったが気持ちよさそうに眠っている。

ひどく無用心な寝顔をちらりと見て、彼が何を思ったのかは、彼の眉間の皺が物語っていた。

無言で灯りを消す。

横になって、つかの間の休息に意識を沈めるアルベルト。

彼がどこで眠ったのか、暗くなった部屋でそれを確認するものは誰もいなかった。

 

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