東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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でも、悪い人なんだよね


第十一話 「自然」

 

 

 

苔むす大地に降り注ぐ木々の合間から伸びる線状の光。

風の音が森にたゆたい、新鮮な空気が満ちている。

その溢れる自然の中を正邪とアルベルトが肩を並べて歩いていた。

香霖堂を後にした初めこそ彼に文句を垂れていた彼女であったが、相手にされなかった為、傷の事やいつの間にか直っていた服の事など、他にも色々と聞きたいこともあったが、どうせまともな返事は返ってこないだろうと、今は口を閉じ、紅魔館への案内に徹していた。

それから暫く大地を踏みしめる音が続いたが、それは風に乗った微かな笑い声が木々の隙間を縫って二人の耳に届いた事で終わりを告げた。

 

「妖精だな」

 

歩みを止めず、声の正体を正邪はアルベルトに告げる。

 

「色々といるものだ」

「幻想郷じゃ人間より多いって話だな。 子供みたいなもんさ、悪戯にさえ気をつけていれば、特に気に止める事もない。まぁ、妖精ならね…」

「歯切れが悪いな」

「何事にも例外ってのはいるもんさ」

 

言葉と同時に正邪の脳裏にある者の姿が思い浮かんだ。

それは時の邂逅からくる病のようなもの。

行き着いた多様化の化身。

彼女は思い浮かべたその姿に一度身震いし、そぞろ寒い経験を忘れようとして首を振った。

二度と会いたくないものだ。

一人胸の中で呟いて、彼女はそれ以上この話を話題にすることはなかった。

 

 

 

「あれが紅魔館」

 

森を抜け、たどり着いた先に広がる湖。

正邪が指さしたその先に紅魔館はそびえていた。

この場所から歩いても、そう時間がかかることはないだろう。

そう思った正邪が湖に近づいて跪くと、湖面に顔を覗かせて、湖の水を両手で掬い上げた。

 

「顔も洗ってなかったんだよな」

 

起き抜けに連れ出された為、顔を洗うことも出来ずにこの場所まで歩き通しだった。

火照った顔を洗い流す湖の水が心地よく、もう一度すくい上げた水で喉を潤す。

昨日から何も入ってない胃の中に流れ込んでいく水の精気を実感しながら、正邪が深く息を吐いた時、その彼女の眼が突然自身に向けて高速で飛来してきた物を捉えた。

避けることすら間に合わず、腰を下ろしたまま固まっていた正邪であったが、しかしそれはいつの間にか彼女と物体の間に割って入ったアルベルトの手の中に収まっていた。

 

「外した!」

 

悔しそうな声が辺りに響く。

それは子供のよく通る声だった。

 

「チ、チルノか?」

 

呆気にとられていた正邪であったが、すぐさま立ち上がり、畔に立つチルノに目を向けた。

空から降り立ち、彼女の前に現れたのは、氷精のチルノであった。

湖の煌く光を反射するように氷の羽を大きく開くと、彼女は正邪を指差して、尊大な態度で言い放つ。

 

「見つけたわよ、お尋ね者!」

 

その姿を見て取って、アルベルトが正邪に疑問をぶつける。

 

「あれが妖精か?」

「だいぶ特別ではあるけどね」

 

手に持った氷塊に目を落とし、アルベルトがチルノに話しかけた。

 

「チルノと言ったか?」

「そうよ!」

 

訝しげにアルベルトに目を向けるチルノ。

その視線を受けて、彼は片手に持つ氷塊を彼女に掲げた。

 

「これはお前がやったのか?」

「…? そうだけど」

 

アルベルトの意図が分からなかったチルノが素直に答える。

この氷塊、中にはカエルが凍りづけにされていた。

つまり、この妖精は氷を操り、生き物を簡単に凍りづけにすることが出来るのだ。

正邪が特別と言った理由が良くわかった。

その規模がどのようなものなのか知らないアルベルトであったが、なかなか凶暴な力を持つものがいると得心する。

話には聞いたが、この幻想郷には多くの異能が住んでいる。

力を持たぬ者からしたら、実に危険な世界だ。

しかしそれはスペルカードというルールによって保たれているが故に、安定しているのだろう。

だからこそ、ある疑問がアルベルトの脳裏に浮かんだ。

 

「妖精が皆、このような能力を持っているのか?」

「言っただろ、特別だって」

「急に襲ってきたな」

「何をいまさら…」

 

確認の為に聞いたアルベルトに正邪が彼へと歩み寄って答える。

その答えに何が納得いかないのか、彼は一度眉間に皺を寄せるとチルノを見つめ、しばらくして興味を失ったかのように、他へと視線を逸らした。

その行動を訝しんで首をかしげる正邪であったが、自分たちに向かってきたチルノの声で有耶無耶になる。

 

「二人だけで何喋ってるのよ!」

 

二人の短いやりとりに業を煮やしたチルノが両手を上げて怒り出す。

その姿を見たアルベルトは無邪気な子供そのままだと思った。

 

「そこのお尋ね者!」

「何よ?」

 

チルノに指を指された正邪が面倒そうに返事をする。

 

「スペルカードで勝負よ!」

「あ――――」

 

やはりか、と正邪は後頭部を掻きながら困ったという表情を作った。

力を失った彼女がスペルカード宣言に応じることは出来ない。

けれども、予想通りの展開に彼女は内心で笑みを浮かべていた。

 

「生憎、スペルカードの持ち合わせがないんだけど、その場合どうなるんだい?」

「え?」

 

予想してなかった正邪の言葉にチルノの動きが止まる。

勿論これは嘘である。

スペルカードは携帯しているが、それを発揮する力がないだけ。

 

「どうすればいいんだ?」

「あ、あれ? えっと…」

 

腕を組み、考え込むチルノを見て、正邪が見えないように舌を出す。

他の者ならばこうは上手くいかないが、妖精ならば話は別だ。

いくら力を持っていようと、基本彼女らは馬鹿なのだから、そこをつけばいいだけの話。

 

「ほら、行くぞ」

 

云々と考え込んでいるチルノを尻目に、アルベルトの腕を掴み、先を促す正邪。

 

「いつまで持ってるのよ」

 

手に持つ氷塊を正邪に指摘され、アルベルトはそれを湖へと放り投げた。

氷塊が放物線を描き着水するまでの間、氷は綺麗に取り除かれ、中からカエルが姿を現す。

着水したカエルが湖面に顔を出し、まるで礼を言うかのように、げこりと一度鳴いて水中へと消えていった。

 

「随分器用ね」

 

その様子を見ていた正邪が呆れるようにアルベルトに声をかけ、もう一度先を促した。

しかし、アルベルトは動かない。

どうしたんだと声を掛けようとした瞬間、彼に強く胸を押された為、その場から後方へと彼女は尻餅を着くことになった。

 

「何を――――!?」

 

するんだと声を上げようとした正邪であったが、それは今しがた自分のいた場所に炸裂した弾幕にかき消された。

 

「チルノちゃん!」

 

その声は頭上から聞こえた。

声の主はチルノの隣に降り立つと、考え込んで唸りを上げる彼女の肩に優しく手を乗せて言葉を続けた。

 

「平気? 怪我してない?」

「大ちゃん」

 

自分を労わるように覗き込む声の主に視線を重ねて、チルノがはっとして呟いた。

現れた者の名前は大妖精。

チルノの無二の友達だった。

 

「大丈夫だよ。 ちょっと悩んでただけ」

 

なんでもないと彼女に笑顔を向けるチルノ。

 

「悩んで?」

「聞いてよ大ちゃん。 こいつスペルカードを持ってないって言うんだ!」

 

尻餅を着いて地面に座っている正邪を指差して、チルノは困ったように言葉を続けた。

 

「そうなんだ…」

 

心配そうにチルノに寄り添っていた大妖精が正邪へと視線を向ける。

 

「どうすればいいんだろ…」

「見逃してくれていいんじゃないか?」

 

返事をしたのは立ち上がった正邪だった。

 

「スペルカード宣言が出来ないんだ。 戦えないだろ。 なら、次に会った時でいいさ」

 

尻に付着した汚れを払いのけながら、もっともな理由を口にする正邪。

その言葉に、首を傾げながらも納得しようとするチルノであったが、しかしそれは大妖精の言葉に邪魔されることになる。

 

「……でも、悪い人なんだよね」

 

ぼそりとつぶやいた言葉。

一種の異様な雰囲気が畔に集まる彼女らの時間を止めた。

 

「大ちゃん?」

 

きょとんとして、チルノが大妖精を見つめ返す。

 

「あ…ち、違うの。 てっきり、チルノちゃんがお尋ね者さんに虐められてると思って。でも、そうなんだ。 まだ始まってなかったんだ」

 

慌てた風に両手であたふたしながらも、安心したように大妖精がチルノの手を取る。

 

「ごめんなさい。 私、勘違いしちゃって」

「謝ることないよ。 悪いのはこいつらなんだから」

 

視線を向けられた正邪が忌々しそうに顔を背ける。

その横でアルベルトは、突如姿を現した大妖精へと視線を向けていた。

そしてその視線に気づいた大妖精が怯えるようにチルノの影に隠れて声を発する。

 

「あの、チルノちゃん。 あの人は誰?」

「え? そういえば、誰だろ」

 

それまで正邪と戦うことばかりが頭にあったチルノにとって、初めて見る男の正体を今まで気に止めることがなかったため、大妖精に問われて初めてその意識が目の前の男に向けられた。

 

「あんた誰? 人間?」

「そうだ」

 

以外に素直に答えたアルベルトであったが、その視線はチルノの影に隠れる大妖精に注がれたままであった。

 

「あんたはスペルカード持ってるの?」

「生憎だが、わしはそんなものは持ち合わせておらん」

 

その言葉に目に見えて落胆するチルノ。

それを大妖精が諌める。

 

「もう、チルノちゃん駄目だよ」

「だって、昨日からやられてばっかりなんだから。 戦いたくもなるよ!」

 

昨日戦った緑髪の巫女にこっぴどく返り討ちにあった事を思い出し、その鬱憤が晴れないでいたチルノ。

その腹いせに今日、大ちゃんと二人でカエルを凍りづけにしていた所に、お尋ね者が丁度良く姿を表したのだ。

胸にわだかまる鬱憤を解消するために戦いを挑んだのに、これでは振り上げた拳の先を見失ってしまった。

その事に憤るチルノに事情をよく知る大妖精が声をかける。

 

「仕方ないよ。 でも、お尋ね者さんと一緒にいるって事は悪い人なのかな? 仲間っぽかったけど」

 

怯えながらもアルベルトに視線を重ねる大妖精。

チルノの背中に隠れていたため、顔の半分だけしか出ていない。

 

「なんだか怖い人だね。チルノちゃん、何もされなかった?」

「何言ってるのさ。 最強のあたいが只の人間に遅れを取るわけないよ!」

「そうだよね。 チルノちゃんは最強だからね」

 

大妖精がチルノの言葉に嬉しそうに頷く。

それは本当に彼女が無事だったことを喜ぶような笑顔だった。

 

「捕まえられないかな」

「スペルカード持ってないよ?」

「うん。 でも……」

「なるほど」

 

何かを言おうとした大妖精であったが、それはアルベルトの言葉と共に放った衝撃波によってかき消された。

地面を抉りとりながら突き進んだ衝撃波は彼女達が立っていた場所を直撃し、激しく唸りを上げた。

粉塵とともに舞い上がった砂の欠片がパラパラと音を立てて再び地面へと落ちていく頃。

事の成り行きを見ていた正邪が彼に話しかけた。

 

「随分いきなりだな」

 

大きなクレーターに視線をやると、そこには先程まで立っていた彼女たちの姿は跡形もなく消え去っていた。

 

「流儀に沿っただけだ」

「?」

「気にするな。 先を急ぐぞ」

 

一言告げて、なに食わぬ顔で歩みを始めたアルベルト。

死ぬことがないと言っても、問答無用で妖精を吹き飛ばした。

それを彼が知っているのかは分からないが、随分乱暴に事を終わらせるな、と正邪が彼の背中に視線を向けながら内心で呟く。 

これでは先が思いやられる。

注意が必要だろう。

紅魔館への道すがら、よく言ってきかせなければならない。

そう決意した彼女は彼の背中を追い、声をかける。

森での時間を取り返すかのように語りかけてくる正邪に対して、いつものように淡々と聞き流すアルベルトの視線の先には、目的地の紅魔館が映りこんでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だね……」

 

横に抱えたチルノは気絶している。

彼女の無傷を確認し、大妖精はほっと胸を撫で下ろす。

 

「無事でよかった」

 

視線の先で遠ざかっていく二つの影。

それを笑顔で見送る大妖精。

 

「待っててね―――――――」

 

見上げた空には煌く太陽。

それを眩しそうに、されど愛おしそうに見つめた彼女の瞳は如何様な色か。

そよ風はその場から二人を消し。

残されたのは変わらぬ陽光に照らされた幻想郷の大地だった。

 

 

 

 

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