東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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一撃でしたね


第十二話 「Milestone for Ladies」

 

 

 

日差しの降り注ぐ二階のテラス。

用意された日傘付きのテーブルの下。

自身の横に控える咲夜が差し出した紅茶に口をつけるレミリア。

期待に胸を膨らませ、椅子に座っている彼女は紅魔館の門の前に立つ三人の影に視線を向けた。

一人は紅魔館の門番、紅美鈴。

彼女に対峙する中年の男。

そしてその男の後ろに控えるのはお尋ね者の鬼人正邪。

きっとあの男がそうだろう。

レミリアは目を細め、手に持ったカップをテーブルに置いた。

 

「どちらが勝つと思う?」

 

楽しそうに自身に語りかけてくる主人に、咲夜は淡々と答える。

 

「美鈴でしょう」

 

その言葉を聞いてレミリアが口を隠して微笑する。

 

「そうかしら?」

「お嬢様は、美鈴が負けると思われるんですか?」

「あなたの瞳に、あの男はどう映る?」

「雰囲気はあります。 おそらくかなりお強いでしょう。 しかしあくまでも人間の中でという括りです」

「そうだね。 その通りだ」

 

レミリアは相槌を打って話の続きを促す。

 

「今日があいにくの天気ですが、それでも人間に負ける美鈴ではありません」

「しかし能力持ちかも知れないわ」

「だとしてもです」

 

咲夜の声は抑揚のない声ではあったが、そこには確かな自信を感じ取れる。

 

「お嬢様が見ておられます」

「はは、なるほど」

 

咲夜の言葉に納得したレミリアはこれまでの事を思い返す。

今まで美鈴に挑む人妖は多くいた、彼女が負けることは多分にあったが、少なくともある二つの条件下で、彼女が負けたことは一度もない。

その一つが今の状況。

紅魔館の主であるレミリア・スカーレット。

その視線が門番に向いている中、紅美鈴が敗れることなど一度として見たことは無かった。

その事を言っているのであろう咲夜は、言葉を続ける。

 

「公式に許可がなくとも、彼女が負けることはありえません」

「まぁでも、どうやら弾幕勝負じゃなさそうよ。 少なくともいい勝負はするんじゃない?」

 

そうでなくては困るとレミリアは内心で呟く。

 

「始まるようね」

 

言葉を発したレミリアの視線の先で、初めに動いたのは美鈴の方であった。

 

 

 

 

 

 

「だから、正面からはまずいだろ」

 

視線を向けた紅魔館から目線を外し、正邪はアルベルトの背中に言葉を投げかけた。

先ほどの妖精たちとのやり取りの後、紅魔館の恐ろしさを語って聞かせ、正面から門に向かおうとする彼に、彼女は警笛を鳴らしたのだった。

 

「お尋ね者が正面から、堂々と現れてどうするんだよ」

 

そのまま向かえば確実に門番や、運が悪ければ悪魔の従者に見つかるだろうと考えた正邪は、自分を共に連れて行こうとするアルベルトに抗議の声を上げる。

 

「私は外で待つよ。 悪いが紅魔館には一人で行ってくれ」

 

自分勝手な物言いではあったが、正邪の発言は当然の事でもあった。

お尋ね者の自分が一緒では、警戒心を持たれ、まともに話など取り合ってくれないだろう。

ならば一人、このアルベルトを向かわせた方が、より目的を遂げるのには確実性が増す。

香霖堂からの届け物も持参している。

いくら紅魔館でも、問答無用で突き返すことはないだろう。

しかし、彼女の思いが彼に届くことはなく、同意の返事が返ってくることはなかった。

 

「力を取り戻すのはお前だろう」

「分かってるよ。 何回も言うようだけど、まずはあんたが話を通してくれた方が危険は少ないんだって」

 

何度となく紅魔館の説明を繰り返してきた正邪が、手を広げてアルベルトの前に立った。

 

「あんたは知らないから楽観してるんだろうけど、あそこはそんなに甘いところじゃないんだ。 下手を打てば簡単に殺されるよ」

 

そんな所にお前一人で行けという正邪も傍から見ればどうかと思うが、そんな事を一向に気に止めないアルベルトは、目の前の彼女の手を引いて、嫌がる彼女と共に紅魔館へとさらに歩みを進めていった。

 

「馬鹿、放せ!」

 

掴まれた手を何とか振りほどこうとするが、貧弱な彼女の力ではアルベルトが握った手から抜け出すことは叶わず、ずるずると地面を引きずられていくだけだった。

 

「心配するな」

「?」

 

暴れる正邪に振り向くことなく、アルベルトが声をかける。

その言葉を聞いて動きを止めた彼女の脳裏に考えが浮かぶ。

まさかこいつ、俺が守ってやる、とか言うんじゃないだろうな。

気持ちの悪くなる想像をして、彼女は顔を青くし眉間に皺を寄せる。

しかしその考えは外れたものの、次の彼の言葉でより一層、彼女の顔は青くなったのだった。

 

「とうに二人共、気づかれておるわ」

 

アルベルトの視線の先。

紅魔館から放たれる気は、とうの昔に二人の気配を捉えていた。

 

 

 

「こんにちわ」

 

笑顔で美鈴に迎えられ、正邪は居心地悪そうに地面の土を蹴った。

いくら角や力を無くそうが、この門番が自分の姿を見て、気づかないはずがない。

その証拠に門番は二人に告げる。

 

「気配は三つだったんですが、姿を現したのは二人ですか。鬼人正邪と…」

 

美鈴は視線にとらえたアルベルトに笑顔を向けた。

 

「初めまして。 紅美鈴と言います」

「香霖堂から届け物を預かっている」

「えぇ、お客様のことはお嬢様から伺っておりますよ」

 

そう言うと美鈴はスペルカードを取り出した。

その行動を見てとったアルベルトが再び口を開く。

 

「客と聞かされているなら、その態度は下賎だな」

 

至極真っ当な答えに、美鈴は笑顔で、しかし困ったように首を傾げて正邪を見た。

 

「お尋ね者がいるとは聞かされておりませんでしたので」

 

視線の先の正邪が美鈴を見つめ返して言葉を発する。

 

「別に、私はどうこうしようなんて思ってないよ。ただ、ちょっと用事があるだけさ」

「用事、ですか?」

「あぁ、届け物のついでに、あんたのところの魔法使いに用があるのさ」

「どのような要件で?」

「それは本人に会ってから話すよ」

「困りましたね。 一応聞いておきますが、アポイントメントは?」

「そんなもんあるわけないだろ」

 

形式的に問われた言葉に、不機嫌な表情を隠すことなく正邪は言葉を返す。

 

「では、どうぞ。 スペルカードを宣言してください」

 

どうやら美鈴の掲げたスペルカードは最初から正邪に向けてのものだったらしい。

しかし、それに応じる事の出来ない正邪は悔しそうに奥歯を噛む。

言い返せない彼女の代わりに口を開いたのはアルベルトだった。

 

「生憎、弾幕勝負は出来ん」

 

前に一歩踏み出したアルベルトを見て、笑顔の美鈴は一度考え込む素振りを見せるが、暫くしてスペルカードをしまう。

 

「お聞きしますが、あなたと正邪さんの関係は?」

「わしの連れだ」

「彼女をお尋ね者とご存知で?」

「回りくどいのは好かん。 要件を言え」

 

アルベルトに促されて、美鈴は頬を掻く。

 

「では、お手合せを願いましょう。 もちろん言葉通りに」

 

美鈴の笑みを向けられて、アルベルトは一度顔を上げ、彼女の後ろにそびえる紅魔館へと視線を向けた。

そして自身の後ろに立っている正邪へと振り向くと、不機嫌な顔の彼女に話しかける。

 

「お前が戦うか?」

「連れてきたのはお前だろ! 責任持てよ」

「冗談だ。 下がっていろ」

 

正邪の怒りに苦笑を浮かべると、取り出した届け物を彼女に渡して、アルベルトは再び美鈴に向き直った。

文句を言いながらも遥か後ろへ下がる正邪を確認し、美鈴は彼にだけ聞こえるように話しかける。

 

「仲がいいんですね」

「面倒なだけだ」

 

不満そうに呟くアルベルトを見て、美鈴は腰を落として構えを取る。

先程までの笑顔は消え、その表情は真剣そのもの。

対照的に彼は自然体。

ただじっと目の前の彼女を見つめるだけだった。

 

「行きます!」

 

言葉と同時に踏み込んだ美鈴。

一足飛びにアルベルトとの間合いを詰め、その胴体の中央、鳩尾へと握り込んだ己の右手を叩きこんだ。

 

「そんな…」

 

声を上げたのは美鈴だった。

自身の後を追うように舞い上がった砂塵の先で腰を落とし、拳を叩き込んだ姿勢のまま、彼女はその握りこんだ拳の先を見つめた。

彼女の視線の先。

10メートル程吹き飛ばされたアルベルトの姿が、空を眺めるように倒れ込んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

「一撃でしたね」

 

私は傍らに座るレミリアお嬢様に話しかけた。

その彼女はと言うと、眉間に皺を寄せ、倒れている男へと視線を向けていた。

無言の彼女に習って、私がそれ以上口を開くことはなかった。

代わりに、その視線を美鈴へと向ける。

拳を突き出した彼女は何故か動揺しているように見える。

一撃で決まったことに驚いているのかもしれない。

スペルバトルを行わず、格闘を行ったこと。

私から見ても、あの男は中々やるように見えた。

それがこうもあっさり、勝負が決まってしまったのだ。

正直驚いている。

それが当人であれば尚更のことだろう。

楽しみにしていた様子のお嬢様には申し訳ないが実に期待はずれの結果だ。

デザートは何にしようか。

機嫌を損ねた場合の主人に対する対策を練りながら、私は事の成り行きを見守った。

 

 

 

 

 

 

振り抜かれた拳の先。

地面に倒れこむ男を眺め、私は酷く落胆する。

手に残る確かな手応え。

気を乗せたわけでもないただの右ストレートは男の鳩尾を捉え、反応できなかった男は、そのまま後方へと吹き飛んでいった。

なんだこれは。

予想外の結果に私はしばし混乱する。

念のため、彼を注意深く確認すれば、確かに感じる息遣い。

死んではいないようだ。

しかし、痛手を負ったことは間違いないだろう。

それはこの拳に残る感触が告げている。

暫くして、男がゆっくりと膝に手を当て立ち上がった。

無言でこちらに視線を向ける彼に私は微かな希望を込めて、もう一度彼に詰め寄ると、そのガラ空きの胴体へと右足を振り抜いた。

それは確かな感触を私の右足に残し、彼を再び左方向へと吹き飛ばす。

なんだそれは。

暫くして、男は再び無言で立ち上がり、やはりこちらをじっと見つめてくる。

まるでこちらの出方を伺うように。

もしかしたら、という希望が私の中で膨れ上がる。

何かを待っているのかもしれない。

力を発揮するには条件が必要なのかも。

そう、私のように。

ならば、ここは攻めるのみ。

確かめるため。

希望を抱くため。

私は再び構えを取る。

 

「もう一度行きますよ!」

 

わざわざ攻撃を開始することを男に宣言する。

しかし彼がそれに答えて、構えを取ることはない。

それが狙いなら乗ってやろう。

私は再び彼との間合いを詰めるため、両足に力を溜める。

妖怪の脚力は、およそ人間の及ぶ所ではない。

それこそ、十数メートルの距離を瞬き一つで詰めることなど、私にとっては容易い事。

そしてその速力がこの拳に転化される。

男の目の前へと詰め寄って、私は速度を落とすことなく、今度は男の顎へと右手を振り上げた。

打撃を受けた男の顎が上がり、その体が宙に浮く。

 

「はぁぁああ!」

 

宙に浮いた僅かな間、それを気合へと変え、両手の拳に力を込めた。

 

「ふっ!」

 

一息で、宙に浮く男の正中線へと都合六ヶ所。

歯車のごとく一直線に縦に繰り出して叩き込む。

空気の断層を貫いて、その衝撃は確かに男の体を捉えた。

 

「しっ!」

 

男が再び後方へと吹き飛ぶ前に、私の右足は男の下腹部を蹴り上げ、そのままの勢いで宙に舞った私は、残った左足で男の体を地面へと叩きつけた。

衝撃を逃がさないように地面へとめり込むように。

事実、男と同時に着地した私の直下の地面には浅からぬひび割れがクモの巣のように広がった。

並の人間ならば生きてはいまい。

私は立ち上がって、顔面から倒れ込んだ男の後頭部に視線を落とす。

なんだこれは。

言い知れぬ苛立ちとともに、無言で私は右足を天へと振り上げた。

垂直を形作った私の右足は、重力と速度そして私の力を込めて、真っ直ぐに男の背中へと振り下ろされる。

大地の裂ける音が私の耳に届く。

砂塵の粒が舞い上がり、空中へと飛散する。

確かな手応え。

それを物語るように男の周りに走っていた地面のひび割れは深くなっていた。

ピクリとも動かない男。

自身に降りかかる砂粒を払うこともせず、私は一言呟いた。

 

「なんだそれは」

 

最初の混乱は微かな希望に変わり、そして失望に変わる。

これが長年待ち続けた者の実力か。

手も足も出ず、崩れ落ちたままのこんな男が。

何かの間違いではないのか。

いや、きっとそうだ。

そうでなくてはならない。

そうじゃないと説明がつかないじゃないか。

こんなものの為に私たちは待ち続けたわけじゃない。

そうでしょう?

そうでしょうレミリアお嬢様!

心の慟哭と共に、私は紅魔館を振り向いた。

視線の先、二階のテラスにいるはずの主人を伺うために。

 

 

 

パキリと手に持ったカップが割れ、中身を満たしていた紅茶がテーブルへと滴り落ちる。

白いテーブルクロスを染めたのは紅茶の色と赤い鮮血。

無意識に割られたカップの破片が、レミリアの白い手を傷つけ、彼女の血が紅茶と混じりあった。

 

「お怪我を」

 

横に控えていた咲夜が、すぐさま用意したハンカチでレミリアの手を覆う。

 

「すぐに治るわ…」

 

覆われた自身の手に視線を向けて、レミリアがゆっくりと立ち上がる。

 

「私は部屋に戻る」

 

治療はいいと咲夜に言って、彼女は一度だけこちらを見つめる門番に視線を向けた。

その紅い瞳は暗く濁り。

まるで流したいはずの涙が流れない事に悲しみを感じているようであった。

それを傍に控える咲夜に見咎められたくなかったレミリアは踵を返し、部屋に向かうため俯き加減に歩みを進めた。

 

「彼らの処遇は…」

 

聴きづらそうに咲夜はレミリアの背に声をかける。

その声に反応した彼女は振り向かずに答えた。

 

「退屈しないおもちゃが欲しいと言っていたわね」

 

まるで今思い出したかのようにレミリアが言葉を続ける。

 

「彼らは客。丁重におもてなしして差し上げて。 あと、今日は誰も部屋に通さないで。 ……誰も近づけないで。 美鈴にも伝えなさい、今日は誰も屋敷に通すな、と」

「かしこまりました」

 

部屋へと去っていく主の背中に深々とお辞儀をしながら、咲夜はその心中を察する。

彼女が何に期待していたのかは分からない。

それでも、酷く悲しそうにしていた事は見て取れた。

汚れてしまったテーブルクロスに視線を向ける。

まずはこれを綺麗に片付けよう。

そしてその後は…。

無表情に向けた彼女の視線の先には、倒れた男と、それを見守る正邪が映りこんでいた。

 

 

しかし咲夜とは対照的に事の成り行きを見ていた正邪は溜め息を吐いた。

まったく器用なやつだ。

彼女は呆れて倒れ伏したアルベルトの背中を見つめた。

馬鹿にしているわけではない。

目にも止まらぬ美鈴の連撃を受けたアルベルトをむしろ彼女は賞賛していた。

 

「おい」

 

紅魔館に視線を向けている美鈴に、正邪は声をかける。

その声に反応して、自身を振り向いた彼女に、アルベルトを指さしながら指摘してやる。

 

「服」

 

短く告げられ、美鈴はアルベルトに視線を向けて暫し、ある事に気がついて目を見開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

レミリアお嬢様の背中が屋敷の中へと消えていく。

瞳に映ったのは一人残された咲夜さんだけ。

あぁ、そうなのか。

なんて酷い。

心の中を埋め尽くす失望という感情。

彼女のあの悲しみに満ちた表情を思い出す。

こんなのってないじゃないか。

ずっと、ずっと私たちは暗闇の中でこの時を待っていたのに。

やっとこの時が来たと信じて、光を抱いたのに。

その結果がこれか。

その結末が、この悲しみなのか。

 

「おい」

 

失望し、途方に暮れる私に向かって、存在を忘れていた女が声をかけてきた。

なんだ?

今は何も聞きたくない。

本当は今すぐにでもお嬢様のところに駆け寄って、彼女を力いっぱい抱きしめたいんだ。

 

「服」

 

振り向いた私に、女は倒れた男を指し示して、言葉を続けた。

最初、何を言っているのか分からなかった。

ボロ雑巾のように私にのされて、まぁ、それでも生きているようだが、倒れ伏して動かない男。

その男を指差して、何を訳のわからない事を言っている。

服がどうしたと言うんだ。

この男は―――――――――。

 

「―――――――――っ!?」

 

ある事に気づき、私は目を見開く。

目の前に倒れている男。

吹き飛ばされ、連打を浴び、地面に串刺しにされたはずの男。

言葉のとおりボロ雑巾のようになっていなくてはいけないだろう。

そのはずなのに、この男の服は綺麗なままだ。

何かがおかしい。

ありえないはずの事に混乱する。

そしてさらに有り得ない事が目の前で起こった。

 

「どうやら行ったようだな」

 

何事も無かったようにゆっくりと立ち上がり、首を鳴らす男。

その視線の先には紅魔館があった。

 

「ありえない……」

 

目の前の男の様子を見て、私は彼から距離を取って、正直な感想を口にした。

 

「どうして!?」

 

混乱したままの私は声を上げる。

それを聞き届けた男は、視線をこちらに向けて、返事を返した。

 

「気に食わなかっただけだ」

「何の事ですか!?」

「お前も、あのガキも」

 

再び視線を紅魔館に向ける男。

その視線の先には先程まで、レミリアお嬢様が座っていたテラスがあった。

 

「貴様らはこのわしに対して何様のつもりだ? 自惚れも大概にしろ」

 

吐き捨てるように言った男は、取り出した葉巻を口にくわえ火を灯す。

 

「来るのなら、本気で来い。 試すような真似をするのなら、それはわしの方だ」

 

紫煙を吹き出して、男は厳しい瞳を私に向ける。

その視線に射抜かれて、私の中の何かが消えていく。

あぁ、これは、この消えていくものは先程までの失望か。

代わりに心を満たしていくある感情。

それは決して希望ではない。

 

「顔つきが変わったな」

「ふふふ、あはは、その様ですね」

 

これは決して希望ではない。

これは確信。

一度ついえた光が、もう一度目の前にある。

しかし同時に怒りもこみ上げてきた。

 

「あはは、でも、許せませんね」

 

笑いがこみ上げる。

それでも、この怒りをぶつけよう。

 

「レミリアお嬢様を悲しませるなんて。 あまつさえ、お嬢様をガキ呼ばわりするとは」

「高みの見物を決め込む奴には良い薬になっただろう」

「黙れ……」

 

レミリアお嬢さまを馬鹿にするな。

何も知らないお前がお嬢様を語るな。

しかして私は心を落ち着かせる。

 

「失礼しました。 どうやら見誤っていたようです」

 

私は謝罪の言葉を礼に乗せる。

 

「数々のご無礼、申し開きも御座いません。 ですが恥を忍んでもう一度、仕切り直しをさせて欲しいのです。 どうかこの願い、聞き届けてもらえませんか?」

 

最大限の礼を尽くし、この気持ちを乗せて謝罪する。

私のその姿を見た男は、口に加えた葉巻を宙に放り投げ言い放った。

 

「是非もなし」

 

ありがとうございます。

私は心で呟いて、急速に気を練り上げる。

全身へと行き渡る己の力。

先ほどとは違う。

今度はこの手に、この足に全てを乗せて、向かっていこう。

そしてお嬢様を悲しませたあなたを叩きのめす。

 

「紅魔館が門番、紅美鈴。 摧毁ッ!」

 

宙を舞った葉巻が弧を描いて、地面へと落ちていく。

その葉巻が地面へと触れたとき、それが合図となるだろう。

そしてその時が訪れる。

 

「ォォォォォォオオオオオ―――――ッ!」

 

言葉と同時に足から爆発した気が流れ出す。

それは再び男との間合いを詰める為の起爆剤。

最短距離で彼の懐に飛び込んだ私は、目の前の鳩尾に再び右手を突きつける。

握りこんでいない掌底。

その掌に己の気を集中させて一気に流し込もうとする。

 

「遅い!」

「っ!?」

 

しかし彼が繰り出した右手が私の右腕を蛇の様に絡め取ると、そのまま脇に締め込んで、私の動きを封じる。

 

「はぁぁあああ!」

 

自由な彼の左手が、ほぼ密着させた私の下腹部を捉え、突き出される。

 

「がはっ!?」

「ぬるい」

 

突き抜けた衝撃に体を前のめりにした私の背中に、彼の追撃が来る。

 

「はっ! させ、ない!」

 

コンマ一秒にも満たない間に決断して。

私は両手を地面へと着けて逆立ちをし、彼が振り下ろす拳を足でさばく。

そのまま足で、彼の腕を絡めとり、練り上げた気を注いで彼を後方へと投げ飛ばす。

すかさず彼の後を追い、私は崩拳を浴びせて叫んだ。

 

熾撃「大鵬墜撃拳」

 

鉄山靠からの揚炮。

そのまま残心を行い、再び油断なく構えを取る。

確かに決まったはずのそれは、しかし宙返りをして華麗に着地した無傷の男の姿を見て、無意味だった事を悟る。

いや、完全に無意味ではない。

一つだけわかったことがある。

 

「化物め」

「ふっ」

 

鼻で笑って答える男。

私の渾身の一撃。

それを無傷で耐えたものの正体。

彼の左手での最初の一撃から繰り出されたもの。

それは衝撃波。

この男、それを自在に操ることが出来る。

その衝撃波を操って、私が繰り出してきたことごとくの打撃を打ち消していたのだ。

およそ一瞬の判断も許さぬ攻撃のインパクトの瞬間。

目の前の男は全く同じ力、同じ方向に向けて衝撃波を放ち、力のつり合いを生み出した。

驚くのはそれだけじゃない、私が乗せて放った気も全く同様に打ち消した。

器用なんてものじゃない。

なんなんだこいつは。

私は知らない。

こんな化物。

 

「だいぶん勘が掴めてきたか?」

 

自分の手の平を眺め、男は呟く。

 

「本調子じゃないってこと?」

 

喜びが私の全てを満たしていく。

そうだ。

そうだった。

これでいい。

これくらいじゃなきゃ、全く足りない。

ずっと待っていたんだから。

 

「わからんな」

「思わせぶりね」

「なら受けてみろ」

 

軽い調子で男が繰り出したのは衝撃の刃。

しかし、その動作は遅かったため、私は難なく半身を逸らして躱す。

 

「油断だな」

 

気づいたときには遅かった。

半身を逸らしていたが為に無防備な背中に、男の右拳が叩き込まれる。

それでも無理に体を反転させ、その拳を交差させた腕に練り上げた気で受け止める。

ミシリ――――という嫌な音が聞こえた。

それでも、右足に気を注ぎ込んで、男の顎を蹴りあげようとする。

しかしそれも、左手で難なく受け止められ、そのまま私は放り投げられる。

 

「終わりだ」

 

投げ捨てられた私に男が生み出した衝撃波が襲い掛かり、その直撃を顔面に受けて、私は地面へと転がった。

それでも追撃を恐れてすぐに立ち上がり、構えを取るが、今の攻撃で血に染まった視界が揺らいでいた。

 

「はっ、ははは…」

 

息苦しく血を吐き、揺らぐ視線と全身に走る痛みに耐えているというのに、笑いがこみ上げてくる。

時は来た。

これ以上ない確信と共に、満たされていくこの感触。

この男で間違いないです、レミリアお嬢様。

思い出すあの日。

二人で語ったあの時の夢。

それは懺悔。

取り返せないと彼女は私に言った。

ごめんなさいと彼女は誰かに言った。

涙は流さず、心で泣きながら。

それは希望。

その時私は彼女を抱きとめて語ったのだ。

いつか雪解けの季節は来るのだと。

たとえどんなに時間が過ぎ去ろうとも、諦めてはいけない。

きっと取り戻せる日が来るはずだと。

それは誓い。

あれからどれくらいの時が過ぎただろう。

彼女がその瞳に運命を見て、希望を抱いたあの時から。

私たちの運命の人を待ち続ける時間が始まった。

そしてそれが今、目の前にあります。

あるんですよレミリアお嬢様。

だからあとは、お嬢様を悲しませたこの男に一撃を食らわせるためだけに、気を練り上げる。

ぼろぼろになったこの体で。

今の私に出せる全力を叩き込んでやる。

全てを証明するために。

 

「…いき、ます」

 

そして私は再び男に立ち向かうため拳を突き出した。

 

 

 

 

 

 

「終わりだと言った」

 

拳を突き出したまま気絶している美鈴に声をかけるアルベルト。

構えを取ったまま、ボロボロの体で、しかしその瞳は光を消すも彼を捉えたままだった。

その熱意。

その誇りを見て取って、彼は気絶したまま見開いている美鈴の瞳を、その手でそっと閉じた。

 

「それでもまだ、わしには分からぬな」

 

空を見上げるアルベルト。

彼は誰に聞かせるでもなく呟いた。

糸が切れたように崩れ落ちていく美鈴の体を抱きとめる。

彼が見た彼女の表情はとてもとても穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

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