「よし、結構持ってたな」
袋の中身に視線を落として、正邪は喜んだ。
その袋の中には結構な金が入っていた。
この金は先ほど殺された男たちの懐から抜き取ったものだ。
その男たちの亡骸といえば彼女が一人で森に埋めた。
助けられてからの八雲紫の干渉はなかったが、見逃されたということは考えにくかったため、
言葉通り成り行きを見ないまま去ったのだろう。
あいつは今、私が死んだと思っているはず。
少なくともこの死体を処理すれば、幾ばくかの時間稼ぎにはなるだろう。
そう思ったがゆえに、彼女はアルベルトに死体を埋めることを提案した。
「乱暴されたが、死んでしまえば関係ない」
「罰は閻魔様が裁いてくれる」
「ならせめて、死体だけは埋めてやるのがせめてもの慈悲だろ」
死体を片付けながら、金目のものを抜き取り集め、使えそうな道具などを引っペがして、心でざまあみろと男達にほくそ笑みながら、正邪はアルベルトにそう告げた。
もちろん彼女に男たちへの慈悲などなく、あくまでも体のいい口実を語っただけである。
それを聞いた彼は特に何も言わず、沢の手頃な岩に腰をかけて彼女を待った。
死体を埋め終わるまでの暫くの間、彼は何もせずに時折、正邪の行いを眺めていただけだった。
手伝ってくれてもいいだろうに。
内心で悪態を吐く正邪。
たとえ手伝うと言われても天邪鬼の彼女は断ったかもしれないが。
しかし期待以上の成果である金が手に入ったので、特に気にすることもなかった。
「随分待たせたね」
「時間が掛かり過ぎだ」
言われて正邪は内心嬉しかった。
ひどく微々たることではあったが、この正体不明の男を困らせてやれたのが嬉しかったのだ。
死体を埋めるのに、彼女は大分苦労させられた。
力が出ないのだ。
まるで人間のようにからっきし。
これはきっと八雲紫の仕業だろう。
そう辺りを付けながら、彼女は都合二刻程かけて作業を終わらせた。
その間、彼はずっと待ちぼうけだったのだ。
それは憤りもするだろう。
しかし彼女は天邪鬼の鬼人正邪。
嫌がられたり、怒らせたりするのが大好きなのだ。
期せずしてアルベルトを困らせることが出来たのが嬉しかった。
しかしながら、そんな彼女の喜びが長く続くことはなかったのだが。
「随分と汗と泥、それに血に塗れている」
「そうだな」
指摘された正邪はおどけた様に両手を上げる。
それはそうだ、暴れまわったあと、返り血を浴びて、死体を片付けたのだ。
服や体は泥や血で酷い有様になっている。
あぁ、水で流せば何とかなるだろうか。
そう思って沢に目を向ける。
また暫く時間を貰うことになりそうだ。
困らせてやろう。
内心の喜びを隠しながら、彼女はアルベルトに向き直る。
「ちょっと待っていてもらえない?」
しかしその願いに反してアルベルトの回答は予想していないものだった。
「その必要はない」
「え?」
「なに、簡単なことだ」
「何が?」
「わしが綺麗にしてやろう」
あ、こいつ変態だ。
急に身の危険を感じて正邪は一歩後退る。
ちょっと待て。
確かにこの男の奇抜な髪型や、モノクル、つまりは服装は、あまり見たことのないものだ。
あぁ、もしかしなくても外から来た奴なのかも知れない。
しかし、今までの態度に変態的な要素はなかったはずだ。
急にお前の体を綺麗にしてやると言われれば、身の危険を感じるのも当然だろう。
「あんた何言ってんの?」
「言っただろう。時間が掛かり過ぎだと」
「いまから沢で服を洗って乾かすのにどれ程かかる?」
「わしは待ってもいいが、夜になってしまうぞ」
「だからって、どうしてそれをあんたが私を洗うって道理になるのさ?」
当然の疑問にアルベルトは皮肉っぽく笑みを浮かべる。
その方が早いからだ。
言うと同時に彼は右手を正邪に向けた。
「ちょっと、意味がわかんな、って、きゃぁぁあああ!!!」
自分でも随分可愛い声が出たなと、的外れなことが頭をよぎった。
瞬間正邪の周りに竜巻のような水流が現れ、それに食われるように包まれる。
その水は彼女の体や服の汚れを取り除いていく。
そしてそれはそれほど時間もかけずに霧散し、その場に残されたのは濡れ鼠が一匹。
「げほっ、ごほっ。ちょ、ちょっといきなり、何すんのって、またかぁあああ!!!」
続いて現れたのは竜巻のような風。
その風は再び正邪を包み込み、濡れ鼠の水分を奪い去っていく。
風が止んだ頃、そこに取り残されたのは綺麗になった、しかし髪が乱れた彼女だった。
この頃になると先ほどの、彼女の身の危険に対する焦りのようなものも消えていた。
かわりに怒りがこみ上げてはいたが。
「うむ、綺麗にはなったが髪が少々乱れたな」
そう言ってアルベルトは正邪に近づき、取り出した櫛で彼女の髪を整え始めた。
されるがままの彼女は、無言で、しかし次第に肩を震わせ始める。
その顔を徐々に真っ赤にしながら。
「まだ、精密なコントロールが効かんな」
「……おい」
「勘というのもある」
「……やめろ」
「しかし、この頭のアクセサリーが邪魔だな」
独りごちながら、慣れた手つきで髪の毛を整えていくアルベルト。
そこに正邪の低い唸り声のような抗議の声は耳に入ってはいなかった。
「だから、やめろ!」
「むっ、取れた」
とうとう耐えられなくなった正邪がアルベルトの手を払いのける。
「いいかげんにしろ! いきなり人を水浸しにしたとおもったら、今度は風に包まれて」
「だと思えば、今度は人の許可も取らずにあ、あ、頭に触りやがって」
「私は頭に触られるのが大嫌いなんだ!二度と、私のあたま…に…え?」
肩で息をしながら彼女は一息で喋り終えたあと、途端に体を硬直させた。
「どうやらまだコントロールが悪いらしい」
そう言ってアルベルトは手に持った二つの物を正邪に手渡す。
それは彼女の頭についていた物だった。
さきほどの怒りはどこへやら。
それを呆然と受け取った彼女の顔がみるみる青くなっていく。
「え?これって?」
「髪は綺麗に整ったな。なかなか美しい髪をしている」
「いや、だから」
「お前の頭のアクセサリーが取れた」
「アク…セサ…リ?」
ふらふらとした足取りで沢に歩み寄り、水面を覗き込む正邪。
確認に自分の頭に手を添えるが、そこにある物がなかった。
手渡されたのは彼女の二本の角だったのだ。
彼女の青ざめた顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
そんな彼女の背中にアルベルトの声が届く。
「趣味は人それぞれだが、無い方がわしは好みだな」
後に正邪は語る。
得意顔で自分を見つめるアルベルトを見て。
絶対に仕返しをしてやる。
そう思った、と。
「ふざけんなぁぁあああああ!!!」
何度目になるのか。
今日、その身に幾度も降り注ぐ不条理にとうとう憤りを爆発させ、正邪が叫んだ。
赤燈に染まり始めた空に向かって。
それはただただ虚しく、微睡むような空の彼方へと消えていったのだった。