東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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私の能力、知っているでしょ?


第十七話 「Before You Become a Memory」

 

 

 

「待たせたわね」

 

レミリアは二人に向き直ると彼らに向けて口を開いた。

 

「どうやら私の家族がお前たちに世話になったようだ」

「礼ならいらんぞ」

 

そのアルベルトの言葉を聞いて、レミリアは可笑しそうに笑った。

 

「遠慮しなくていいわ。 どうぞ受け取ってちょうだい」

 

ひとしきり笑ったあと、レミリアはそう言って口の端をつり上げた。

彼女の瞳の色は紅を深め、そして殺気となって二人に届く。

 

「ちょっと待てよ」

 

そこにそれまで様子を伺っていた正邪が口を挟んだ。

 

「確かにあんたのお怒りはごもっともだ。 だけどな、こっちの言い分だってあるんだ」

「言い分?」

 

正邪の言葉を鼻で笑って、レミリアの視線が彼女に集中した。

 

「そうだ。 私たちは、いや私はな、この部屋に無理やり飛ばされてきたんだ。 図書館の小悪魔にな。 それでそこにいるお前の妹に殺されそうになった所を、この男が助けに入ったのさ。 先に手を出したのはそっちだろ。 確かにあいつらを傷つけたが、それは結局のところお前たちの自業自得じゃないか」

 

正邪が倒れているフランドールと咲夜を交互に指さした。

殺されそうになったと言ったが、もちろんフランドールが自分を殺そうとしていなかった事は先ほど正邪自身がアルベルトに語った通り明白であった。

それでも嘘を織り交ぜたのは、何も知らずに一方的な殺意を向けてくるレミリアへの意趣返しでもあった。

お前たちにも責任がある。

そう伝えたかったのだ。

 

「それで?」

「あんた達の不手際で殺されるのは御免だってことさ」

「もっともな意見だわ」

 

レミリアは両手の指を胸の前で交互に絡ませ、正邪の言葉に耳を傾ける。

その様子を見て、彼女は話を続けた。

 

「それなら…」

「でもね、だから許すってわけにはいかないわ」

 

正邪の言葉を遮ってレミリアが口を開く。

それを聞いた彼女は眉をひそめて言葉を返した。

 

「誇り高い紅魔館の長の言葉とは思えないな。 あんたはあいつらを家族と言った。 ならその家族の不始末の責任は、長であるあんたにもあるはずだろ。 レミリア・スカーレットともあろうものが恥知らずな事を言うなよ」

「ほぅ、お前如きが私を語るのか?」

「お前如きだと?」

 

レミリアの言葉に正邪の眉がつり上がる。

 

「天邪鬼如きが吸血鬼である私によくもそれだけ意見できるものよね。 まぁいいわ。 どうせあなたの顔もすぐに見なくてよくなるんだから」

 

つまり何を言い訳にしたところでお前たちを殺すとレミリアは言っているのだ。

それを聞いた正邪の心の中で何かが音をたてて切れた。

穏便に済ませようとしていた。

出来ればこの戦いは避けたかった。

しかし、今の彼女の脳裏からそんな思惑は全て吹き飛んでしまっていた。

 

「はっ、上等だ。 あんたがその気ならやってやろうじゃないか。 いい加減穏便にやろうと思っていたけどな、あぁ、なんだか無性に腹が立ってきやがった」

 

その憤りはレミリアに向けてでもあり又、自分に向けてのものでもあった。

力を失った自分。

昨日から続く度重なる危機。

その都度、自分を守るためにアルベルトを利用し、出来るだけ危険を犯さないように努めてきた。

それはいい、こいつを利用するのも、大人しくしていたのも、全ては力を取り戻し復讐を成す為なのだから。

しかしそれでも、こんな奴に舐められるのは許せなかった。

上から目線で、人の運命を決めやがる。

上等だ。

お前のその鼻っ柱へし折ってやろうじゃないか。

決意を秘めてアルベルトを見れば、こいつは私の方を見て薄ら笑いを浮かべていた。

そう、こいつがもう一つの憤りの原因だ。

そして私はその原因に声をかけた。

 

「おい」

「なんだ?」

「あの蝙蝠女をやれ!」

「お前がやるんじゃないのか?」

「はっ、何言ってやがる。 これはお前の役目だろ」

「随分と様変わりしたな」

「なんだ、不満か?」

「いや…」

 

アルベルトは唇の端をつり上げて、正邪を真っ直ぐと見た。

 

「今のお前の方がわしの好みだ」

「言ってな」

 

アルベルトの言葉に不愉快そうな表情を浮かべる自分。

まだこいつと会って一日足らず。

その短い時間の中で、私はこいつに何度となく危機を救われた。

ルーミア、巫女、そして勘違いではあったがフランドールから。

そして今度は吸血鬼のレミリアだ。

普通に考えれば、力を失った自分が喧嘩を売るような真似は決してしない。

それでもそれが出来たのは、この男がいるからだ。

根拠はないが、この男なら大丈夫のような気がした。

実に腹立たしいことだ。

私はこいつを利用しているだけ。

何度も自分に言い聞かせる。

あぁ、本当に腹立たしいことだ。

 

 

 

 

「話は終わったかしら?」

 

頃合を見計らってレミリアが二人に語りかける。

 

「それで、男性の方が私の相手って事でいいのよね?」

「不本意ではあるがな」

「おい!」

 

正邪の抗議の声を無視するアルベルト。

 

「まぁ、私はその方がいいわね。 そっちは相手にもならなそうだし」

 

レミリアの言葉を受けて正邪が奥歯を噛みしめ、彼女が何かを言い返そうとしたが、かわりに声を発したのはアルベルトの方であった。

 

「貴様こそ、この女の相手にもならんな」

「なんですって?」

 

アルベルトの言葉にレミリアの顔色が変わる。

 

「なんだ聞こえなかったのか? 貴様如きでは、こいつの相手にもならんと言ったんだ」

 

ご丁寧に言葉を繰り返したアルベルトを無言で見つめ返すレミリア。

その瞳の色は先程よりもなお紅く染まっていた。

 

「ここでは満足に戦えないわ。 付いて来なさい」

 

やがてレミリアはそう二人に告げて部屋を出て行った。

アルベルトと正邪も彼女の後に続くようにして歩みを始める。

部屋を出る前、アルベルトは正邪にこんな事を言った。

 

「よく目に焼き付けておけ」

 

その視線は前を向いたままで、アルベルトは言葉を続ける。

 

「あれはな、わしが最も好かん類の奴だ」

 

その言葉の真意が分からず首をかしげる正邪。

 

「自己犠牲と自己陶酔を勘違いした愚か者よ。 あいつはな、わしらを挑発し殺気を送っておったが、その実、そんな気はさらさら持ち合わせてはおらん」

「どういう意味よ?」

「わしは先程、不本意だと言ったな。 この戦い、わしは最初からあいつの相手などするつもりはなかった。 しかし、わしがあいつの思い通りにしてやるのは、お前に教える良い機会だと思ったからだ」

「良い機会?」

「これからも組むというのであれば、お前は決してあの目をするな。 なぜなら、わしは今まで、あの目をして立ち向かってきた者を例外なく殺してきたのだからな」

 

正邪は未だに彼の言っている事が理解出来ないでいた。

しかし彼から放たれる殺気は本物で、それを感じた彼女は身震いを起こした。

そんな彼女を振り返って、アルベルトは薄らと笑って返したのだった。

 

 

 

 

 

 

大広間の中央で対峙するレミリアとアルベルト。

部屋の隅、大理石の柱の横には正邪が腕を組んで成り行きを見守っていた。

 

「随分とコケにしてくれたじゃないか?」

 

実に不愉快そうにレミリアは口を開いた。

その言葉に応じて相対するアルベルトは、その瞳を細めて、目の前のレミリアを睨みつけた。

 

「事実を言ったまでだ」

「よくもまぁそれだけ吠えられるものね」

「吠えているのはお前の方だろう」

「私のことは知っているのでしょう?」

「吸血鬼。 それとも犬と呼んだ方が良かったか」

「安い挑発ね」

「ふん。 救えんな」

 

鼻で笑ってアルベルトが構えを取る。

レミリアはというと、それまで浮かべていた不愉快そうな表情を消し、嬉しそうに羽を広げ相対した。

 

「さぁ、来なさい。 私を犬と呼んだこと後悔させてあげる!」

 

それが戦いの始まりだった。

レミリアの言葉にアルベルトは舌打ちをして衝撃波を放つ。

 

「舐めるなよ」

 

そう言うと、片手で襲いかかる衝撃波を受け止めたレミリアは、一足飛びにアルベルトとの距離を縮め、彼の鳩尾に向けて右手を振り抜いた。

しかしそれを左手で受け止めた彼は、空いた右手を振り下ろし、彼女の顔面を正面から打ち抜く。

 

「ぶはっ!?」

 

仰け反るレミリアであったが、アルベルトに右手を拘束されたままであった為、離れる事が出来ず続く彼の連撃をまともに浴びる事になる。

何度となく振り抜かれる拳は彼女の顔面を捉え、血飛沫が宙へと舞った。

しかし、いつまでもやられているだけの彼女ではなかった為、掴まれた右手を霧へと変化させると、その拘束を解いて離れ際、彼女の放った左足での蹴りがアルベルトの顔面を直撃した。

しかしアルベルトは怯まなかった。

衝撃波の応用で威力を減じたアルベルトは、一度距離を取って体制を立て直そうとするレミリアを追って足を踏み出すと、その左手に作り出した衝撃を彼女の身体の中心へと叩き込んだ。

しかしそれはレミリアが作り出した紅の障壁に防がれて、爆音とともに四散してしまう。

再び距離が空き相対する二人。

アルベルトが蹴りを受けた頬に痣を作っているのに対して、レミリアはあれほど連撃を浴びたにも関わらず無傷であった。

吸血鬼である彼女が、およそ単なる格闘において人間に傷つけられることなど不可能に近かったのだ。

それでもアルベルトは間を置かず再び距離を縮めると、先程レミリアが自分にしたのと同じように彼女の鳩尾に右の拳を叩き込んだ。

しかし、レミリアは体を九の字にしながらも両手で彼の右腕を掴むと、食いしばった歯を剥き出しにして笑った。

 

「格の違いを見せてあげる」

 

アルベルトの腕を拘束したまま、彼女の瞳が紅く輝いた。

 

紅符「不夜城レッド」

 

レミリアを中心に十字架を模した紅いオーラが展開される。

腕を拘束され、至近距離でその攻撃を受けるアルベルト。

彼は歯を食いしばりながらも、そのオーラの中で、空いている左手で彼女の顔面を撃ち抜いた。

 

「ぬぅ!?」

 

アルベルトの攻撃を首の動きだけで避けたレミリアは、振り抜かれて宙を泳ぐ彼の左腕に食らいついていた。

歯を立て、深く刺さった犬歯を見せつけるように彼女は彼に視線を送って目だけで笑った。

すぐさま振りほどこうと腕を引くアルベルトに、口から彼の血をまき散らしながらも、掴んでいた右腕を離し、即座に彼女は次の攻撃に移った。

 

夜王「ドラキュラクレイドル」

 

紅のオーラを身に纏い。

夜王のフェッテがアルベルトの胸元に突き刺さる。

高速で回転するレミリアの身体。

その中心軸は決してぶれる事無く、その力の全てを叩き込むように、彼の身体を穿った。

 

「がはっ!」

 

開かれたアルベルトの口から赤い血が吹き出す。

後方に飛ばされる彼の胸元には、未だその回転を続けるレミリアの姿があった。

すぐさま口を閉じた彼は、胸元の彼女を両手で覆うように捕まえようとする。

 

「無駄なことを」

 

回転を続けるレミリアが笑う。

しかしそれは次の瞬間、驚愕へと変わった。

 

「雄々ぉぉぉおおおおお!」

「何っ!?」

 

アルベルトの気合とともに、彼の両手が生み出した衝撃波がレミリアへと干渉を始める。

彼の両手からは削れるように血が流れ、しかし彼女の回転は徐々にだが収まっていった。

 

「ちっ」

 

舌打ちをして、すぐさま回転を解いたレミリアは、彼の胸元で再び力を開放した。

 

符の参「ヘルカタストロフィ」

 

「調子に……乗るなぁぁあああ!」

「馬鹿なっ!?」

 

レミリアの力が解放される間もなく、アルベルトの両腕が彼女の身体を上と下の二つに両断した。

放物線を描くようにして、彼女の上半身が宙に舞う。

下半身は地面へと崩れ落ち、アルベルトは後ろに飛ばされながらも、返す手で二つの衝撃波を繰り出した。

宙に舞う上半身と、地に崩れ落ちた下半身。

その両方にたどり着いた衝撃波は、お互いが切磋琢磨するように各々の目的物を粉微塵に破壊していく。

その間、アルベルトは体制を整えると、近くにあった大理石の柱を削り取り、器用に杭を作り上げた。

自身の身長の半分ほどの杭を手に取り、視線の先に相手を捉えれば、再び霧となったレミリアがその体を再生させようとしていた。

その隙を見逃すアルベルトではない。

急速に頭部と胴体を再生させ、次に四肢を再生させようとしているレミリア。

未だ一糸纏えぬその体の中心、彼女の心臓へと向けて、彼は作り出した杭を腕に抱え正確に打ち込んだ。

 

「これでは死ねぬか……」

「くはっ、はっ! 残念だけどね」

 

串刺しにされた状態で血を口から流しながら、レミリアはアルベルトと相対する。

杭を脇に構え、彼はレミリアと視線を交わした。

彼女の体の再生は続き、心臓は貫かれたままでも、手や服は元通りに再生されていた。

だが、未だ下半身は治りきっておらず、その周りを霧のうねりが漂うだけであった。

二人の間合いは殆どなく、すぐにでも次の攻撃に移れそうなものを、しかし二人は見つめ合ったままで動かず、会話を続ける。

 

「だが、わしなら殺せる」

「…」

 

アルベルトの言葉に無言で彼を見つめるレミリア。

その身体は傷だらけで、特に両手は血に染まって、筋肉が剥き出しであった。

そこから滴り落ちる血は杭を伝って、地面へと落ちていく。

しかしその目は死んでいなかった。

目の前のレミリアに向けるその視線はどこか苛立たしげで、なぜ彼がそんな目をしているのか、この時の彼女には分からなかった。

 

「殺して欲しいか?」

 

その問いかけにレミリアは笑みを返す。

 

「死ぬのはお前のほうだ。 嫌なら全力でかかってこい」

「戯言はやめろ。 最初から死ぬ気のお前が、何を言ったところで挑発にもならん」

「なんだと?」

 

アルベルトの言葉に笑みを消して、レミリアが目を見開いた。

 

「何故……」

 

そう思うのか。

レミリアは理由をたずねようとしたが、アルベルトは聞く耳を持たず言葉を続けた。

 

「どうして貴様らはそうなのだ」

「…」

「ちっ、わしは貴様のような奴が一番好かん。 死にたいなら一人で死ね」

 

お前の都合に自分を巻き込むなとアルベルトは言った。

死にたいなら一人で死ねばいい。

なぜそれが出来ないのか。

その批判を受けて、レミリアは悲しそうに笑った。

 

「まるで何もかも知っているような言い草ね」

「貴様の心中など理解できん。 しようとも思わん」

 

吐き捨てるように言ったアルベルトの言葉。

それをレミリアは受け止めて、真っ直ぐに彼の瞳を見つめる。

 

「殺せるの?」

「嘘は言わん」

 

アルベルトは忌々しそうにレミリアを見つめ返す。

その彼女の瞳から涙が溢れた。

 

「貴様が流していい涙などない」

「わかってるわ」

 

それでもレミリアの涙は止まらない。

その瞳に映るのはアルベルトではない誰か。

美鈴。 咲夜。 パチュリー。 紅魔館の住人。

そして最愛の妹。

流していい涙などない。

そんな事は分かっている。

それでもこの涙を止めることが出来ないのは、歓喜ゆえかそれとも後悔ゆえか。

今の彼女にはそれが分からなかった。

 

「なるほど、お前は本当の愚か者だったようだ」

 

涙を流すレミリアを見て、アルベルトは杭を持ち上げると、彼女の体から杭を引き抜いた。

未だ下半身が再生していないレミリアはその場に崩れ落ちる。

彼女の前に引き抜いた杭を投げ捨てて、アルベルトが口を開く。

 

「いいだろう、付き合ってやる。 本気で殺してやろう」

 

彼女を見下ろしアルベルトは距離を取ると、相対しながら全身に力を行き渡らせる。

全てはこの一撃をもって終わりとする。

この茶番をこれ以上続ける意味などないだろう。

両手に発生する極大の衝撃波。

渦を巻くそれは決して普通の衝撃波などではない。

それはヘリオポーズの境界面。

その内面を支配する末端衝撃波面の猛獣。

亜音速のその衝撃波の属性は太陽。

嵐の如きこの爆発力をもって、その命を刈り取ろう。

さきほど、これが効くことは証明された。

およそ人の御技では不可能なそれを、だがしかし彼なら可能にする。

 

「ごめんなさい」

 

それはレミリアの言葉だった。

今ここに、短かった戦いは幕を閉じる事となる。

 

 

 

 

 

 

「気がついたかしら?」

 

レミリア達が出て行って間もなく。

目を開けたフランドールに、パチュリーが語りかけた。

 

「ここは?」

 

気が付けばパチュリーに抱かれて横たわっている自分に、フランドールは霞む瞳を何度か瞬かせて口を開いた。

そんな彼女にパチュリーが確認するように語りかける。

 

「何があったか覚えてる?」

 

その問いかけに考えを巡らせて若干の間を置いた後、フランドールは覚えていることを口にした。

 

「ネックレスを壊そうとして、それで…」

 

次に衝撃を感じたと思った瞬間、視界が暗転した。

そして気がついたらパチュリーに抱かれていた。

 

「何があったの?」

 

弱々しい声で質問するフランドール。

その言葉を受けたパチュリーは力なく笑って、事の顛末を説明した。

ネックレスを壊そうとしたとき、あなたを攻撃したのは正邪のツレの男。

その衝撃に駆けつけた咲夜が、気を失ったあなたを見て男と相対したが、彼女もまた気絶させられてしまった。

隣で未だ気絶したままの咲夜にパチュリーが視線を移す。

それを見たフランドールが怒りの声を上げた。

 

「そいつはどうしたの!?」

 

その言葉に、パチュリーは一度目を閉じると、再び話を続けた。

「その後で部屋に現れたレミリアが二人を連れていったわ」

 

それだけを告げて、彼女はそのまま押し黙ってしまう。

 

「あいつが?」

 

眉をつり上げて訝しむように確認すると、フランドールは上体を起こして口を開いた。

 

「なんで私の部屋に…」

 

もう暫く自分の部屋に訪れた記憶のない姉の来訪にフランドールが困惑する。

その困惑を見て取ったパチュリーが意を決したように語りかけた。

 

「ねぇ、あなたはもし、二度とレミィと会えなくなったら悲しいかしら?」

「どういう意味?」

「お願い。 答えてちょうだい」

「あいつなんかと会えなくたって悲しくもなんともないわ」

 

薄ら笑いを浮かべて、フランドールが質問の答えを返す。

しかしパチュリーは真剣な眼差しで彼女を見つめると、もう一度言葉を投げかけた。

 

「本当に?」

「なによ!」

 

フランドールは堪らずその場に立ち上がった。

 

「あいつなんかどうでもいい! 今までだって会っていなかったのよ? 今更二度と会えなくなったって、何も変わりはしないわ!」

 

パチュリーを見下ろして、拳を固く握り締める。

しかしその瞳は酷く悲しそうで、それを見たパチュリーが座ったままで口を開いた。

 

「でもあなたはとても悲しそう」

「悲しくなんかっ!」

「レミィが死んだわ」

「――――――え?」

 

まるで虚を突かれたように、パチュリーの言葉を聞いたフランドールの瞳が大きく見開く。

 

「…嘘だ」

 

やがて一言だけ呟いて、フランドールはその場で呆然と立ち尽くした。

 

「お姉さまが死ぬわけない! なんでそんな嘘つくの!?」

「二度と会えなくてもいいなら、別に死んだってどうでもいいんじゃないの?」

 

その言葉を聞いたフランドールはパチュリーの首に手をかけると、その大きく紅い瞳で彼女を睨みつけ、その手に力を込めた。

そして首を絞められたパチュリーは苦しそうにうめき声をあげた。

 

「嘘だ! お姉さまが死んだなんて! そんな、なんで、嫌だ、嘘だ…」

 

言葉と共に、フランドールの目から涙が溢れる。

それを見たパチュリーが苦しそうに彼女の腕を掴むと、くぐもった声で告げた。

 

「嘘よ」

「っ!?」

 

首を絞める力が緩められる。

その場で何度も咳き込むパチュリーにフランドールは憤りをあらわにした。

 

「ふざけるな!」

「ごほっ、げほっ、ふ、ふざけてなんか、はぁ、いないわ」

 

落ち着いたパチュリーがフランドールを見つめ言葉を続ける。

 

「でもこれでわかった。 やっぱりあなた悲しいんじゃない」

「だ、だって…」

「うん。 そうね。 やっぱり私は駄目みたい」

 

何かを心に決めたのか、パチュリーもまたその場に立ち上がってフランドールの両肩に手を置くと、真剣に語り始めた。

 

「いい。 よく聞きなさい。 あなたの姉はあなたの事を愛しているわ。 そして全て知っている。 あなたが狂ってなどいないことを」

 

その事実はフランドールには衝撃だった。

頭の中が渦を巻いて平衡感覚を失い、そのまま立っていられないほどだった。

しかしそれをよしとしないパチュリーがその両肩を握る手に力を加えて話を続ける。

 

「しっかりしなさい、フランドール。 よく私の話を聞くのよ!」

「なんで……」

 

溢れ出す涙が頬を伝って流れ落ちる。

それでもパチュリーはそれを無視して声を張り上げた。

 

「フランドール・スカーレット! お前は姉を殺したいのか!?」

「そんなわけないじゃない!」

「あなたの姉は死ぬつもりよ。 でも、私はやっぱり納得出来なかった」

「どうすればいいの?」

 

すがり付くようにフランドールがパチュリーに聞き返した。

 

「時間がないわ。 目を閉じなさい。 私の魔法で教えてあげる」

 

話している時間はない。

いつ彼女が殺されてしまうかも分からなかった為、彼女は魔法を用いて己が知る真実を伝えようとした。

言われた通りに目を閉じるフランドール。

パチュリーはその額に自分の額を押しつけて、真実を彼女へと伝えるため魔法を唱えた。

それはレミリアと交わした約束を反故にする行為だった。

ごめんなさい。

心の中で呟いて、彼女は全ての真実をフランドールに伝えた。

 

 

 

 

 

 

私は全てを調べ上げた。

納得いかなかったからだ。

あの惨状。

あの妹の変わり果てた姿を。

狂ってしまったと妹は言った。

その果てに皆殺しにしたと。

そんな馬鹿なことがあるか。

もし狂っているなら、何故あの時私も殺さなかった。

きっと何かある。

何かがあるはずなんだ。

私は方々手を尽くし、あの日の夜、何があったのかを調べた。

どんな細かなことでも、少しでも怪しいと思えば徹底的に調べ上げた。

その中で奇妙な人物が浮かび上がった。

それは人間。

最近現れたこの男は、人間でありながら部下として幹部の下についていた。

何が奇妙なのか。

別に人間を囲う事が妙なことではない。

私が奇妙だと思ったのは、この男が現れるのと前後して、食料である人間が減ったことだ。

その時期がこの男が現れた時期と重なっている。

最初は偶然かも知れないとも思ったが、あの殺された現場にあった男の死体、もちろん跡形もなかったためその遺留品でしか判断できなかったが、その唯一の人間の存在が胸に引掛り、私は彼について調べ上げた。

すると様々な事実が浮かび上がってきた。

曰く男は元々敬虔なクリスチャンで、しかしある日突然、悪魔崇拝に転じたとのこと。

普通の青年であった男に何があったのか、彼は狂気に満ちて人間を殺しまわったらしい。

その殺し方も独特だったらしいが、詳しくは書かれていない。

人間に捕まらず行き着いた先で私の部下に拾われ、彼の下で働くことになった。

その男は幹部の元で人間を狩り続けた。

短い期間ではあったものの、それは膨大な人数にのぼっていたらしい。

殺された人間の中には数多のエクソシストが名を連ねていた。

丁度私たちの人間事情が困窮を始めた時期にこれだけの人間を殺しておいて、私の耳には一切その報告は届いてなかった。

まさかと思い調べてみれば、そこには信じたくない事実があった。

私を殺し、実権を握る。

男の主の側近を問い詰め、その命を助ける代わりに聞き出した真実。

信じたくはなかった。

この幹部の男は私の家族として最も長く付き合ってきた妖怪だった。

その男が私を裏切ろうとしていた。

その事実に私の胸は張り裂けそうで、また己の不甲斐なさに悔しさを覚えた。

しかし長くは落ち込んでいられなかった。

あの夜なにがあったのか。

それはきっとこの男たちに関係する事だろう。

私は妹のことを思い浮かべた。

今尚部屋に引きこもって出てこない妹。

私が尋ねると暴れだし、喚きながら部屋の物を手当たり次第に壊していった。

ありとあらゆるものを破壊する能力。

そんなものに目覚めた妹は、しかし私を直接傷つけることはなかった。

もしかしたら。

そんな考えが脳裏によぎる。

しかし確証のない私は二の足を踏んでいた。

なぜなら、そうするべき理由が妹にあるかもしれないからだ。

軽々しくは踏み込めない。

この頃の私は、もはや自分と妹の事しか頭になかった。

気が付けば私の周りには誰もいなかったし、私も誰も近づけたくはなかった。

それから何百年過ぎただろう。

あの夜の再現。

ある日の私は一人の魔女を思い出していた。

行き詰った私が求めたのは、魔法によるあの部屋で起きたことの再現。

それによって真実を知ること。

最初からこうすれば良かったんだ。

心の中で、この方法に思い至らなかった自分を罵倒して、しかし私はその魔法使いを召喚する。

全力をもって召喚した友人は、その住処とともにこの屋敷に現れた。

その傍らに一人の小悪魔を連れて。

私はその友人に事の成り行きを伝え、彼女もまたそれに同意してくれた。

部屋の記憶からの再現。

残された無機物が刻んだ記憶を魔法によって視覚化する。

私はこの時、やっと妹と和解できると喜んでいた。

それが悲劇の始まりだとも知らずに。

 

 

 

「いいわね。レミィ」

「えぇ、お願い」

 

パチュリーの声に頷いて、私は真実に直面した。

映し出されたのはあの夜の出来事。

集まった家族が男の演説によって狂気に染まり、私を殺せと口々に答える。

その中心には間違いなく、男と、その主がいた。

そうか。

やはりお前たちが仕組んだのか。

私は怒りで強く奥歯を噛んだ。

そしてその狂気の渦の中心に現れたのが私の妹。

フランドールは私のために、彼らを殺したのだ。

なんて可哀想な事をしてしまったんだろう。

私が不甲斐ないばかりに、妹にこんな真似をさせてしまった。

運命とはなんと残酷なことなのだろう。

私は涙を流しながら、最後に残った妹と男のやりとりを目に焼き付けた。

妹がその狂気の男を殺そうとする。

やめてと言いたかった。

それでもそれはただの映像で、もう起こってしまったこと。

過去の出来事はどうしたって変えることは出来ない。

そして妹が男を殺した。

しかし妹の目はこの時、後悔し苦悩に満ちてはいたが、決して狂ってなどいなかった。

 

「そんな…」

 

口元を抑えて崩れ落ちる。

私が現れた後の妹の態度を見てしまったから。

そう、妹は無理やり狂気を演じていた。

それは予想通りであり、しかしこの時の自分の振る舞いが、いかに愚かであったかということを思い知らされた。

妹は私のことを思って私を傷つけまいと、狂気を演じるような真似をしたのだ。

彼女は涙を流すのを耐えて、しかし心で泣いていた。

それに気づかなかった愚かな自分。

全ての元凶である自分から妹を遠ざけたのだ。

こんなに優しい妹なのに。

 

「あ、あぁ、うあああ」

 

嗚咽が漏れる。

どうしてこんな事になってしまったのか。

もっとはやく気づいていればこんなことにはならなかったのに。

私は運命を呪った。

何故。

どうして。

心の中で何度も反芻し、やがて私は涙を拭って立ち上がった。

そうだ。

今はこんなところで泣いてばかりはいられない。

今すぐにでも妹のところに行って、彼女を抱きしめよう。

そして感謝の言葉と愛を語ろう。

ありがとう。

愛してる。

謝るのはそれからでいい。

私は妹の姿を強く思い描いて、彼女の部屋に向かおうとした。

 

「え?」

 

数歩、歩みを進めた時だった。

突然脳裏に、車輪が鮮明に映し出されたのだ。

 

「なに、これ?」

 

頭を抱える自分。

回転する車輪が私の頭を回って、次々に妹の姿を映しはじめた。

 

「どうしたのレミィ?」

 

膝をついた私に心配そうに駆け寄って、パチュリーが何かを言っている。

しかし今の私には彼女が何を言っているのか聞こえず、ただ車輪が送り出す映像を眺めるだけだった。

 

「嘘、でしょ…」

 

それが運命なのだと自分の能力を感覚的に理解したとき。

私の能力はその運命を映し出した。

そこに映し出されたのは妹の死。

私と共に生きたその果てに、フランドールは私の胸の中で死んでいた。

それが自然な死というのならまだ救いがあっただろう。

しかしそこに映し出されたのは、人間の男に胸を穿たれ、血を口から流して倒れ込んだ妹の姿だった。

信じたくなかった。

運命を操る程度の能力。

この時私は、永遠に妹と和解することが出来なくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

パチュリーから額を離して、フランドールは瞳を開けた。

 

「それじゃぁ」

「えぇ、レミィは全てを知っていた」

「どうして…」

 

自分を抱きしめてくれなかったのかとは言わなかった。

フランドールには姉の気持ちがわかったからだ。

運命が見えてしまったが故に、自分と一緒にいれば彼女が死ぬこと。

優しい姉はそれを知ってしまったために、妹を遠ざけたのだ。

 

「なんでそんな事」

 

それでもフランドールは納得いかなかった。

知っていたなら抱きしめて欲しかった。

495年間。

私はきっと待ち続けていたんだ。

たとえ自分が死ぬとしても、それでもその長い時間を一緒に笑顔で過ごしたかった。

 

「もちろん彼女はあらゆる方法を模索したわ」

 

それでも諦められなかったレミリアは運命に抗い続けた。

その能力を駆使して。

ありとあらゆる可能性の糸口を導き出したのだ。

それでも結果は変わらなかった。

どんな時も、最後は妹の死という形で終わってしまう。

それでも何度も何度も彼女は運命を操った。

その中で彼女は美鈴や咲夜を見つけ出した。

彼女たちが運命の車輪を変えてくれると信じて。

 

「咲夜はこの事を知らないわ。 でも美鈴は知っている」

 

この事実を知っているのは自分と美鈴だけだとパチュリーが語った。

 

「そしてレミィがその先で見つけ出した答えは」

「それって…」

 

一瞬口に出すのをパチュリーは躊躇った。

秘密にしてと彼女に言われた。

そんな解決策には反対だ。

何度となく説得を試みた。

それでも彼女は悲しそうに笑って、首を振るだけだった。

私の意見を聞こうとはしてくれなかった。

それは美鈴にも伝えていない解決策。

それを今、彼女はフランドールに向けて口にしようとしている。

でも、言わなくてはならない。

パチュリーは決心して口を開いた。

 

「あなたを殺す運命の人。 その人間が現れたとき、自分が殺されることをレミィは選んだの」

 

妹を守るため。

彼女は決断した。

なんて愚かな。

なんて馬鹿なことをするんだ。

何度も説得した。

それでも。

 

「私には止められなかった」

 

涙を流すパチュリー。

馬鹿な子だと思う。

でも途方もなく優しい子だと知っている。

自分のことを友人だと言ってくれた唯一の妖怪。

その思いを裏切って、私は今、真実を彼女に語るのだ。

 

「お姉さま…」

 

真実を知り呆然と立ち尽くすフランドールに向けて、パチュリーは掠れる声で、それでも力強く言って聞かせる。

 

「これが真実にして全ての始まり。 フランドール。 今、彼女が戦っているのはその運命の人間よ!」

 

涙を流しながら、彼女はフランドールの肩を掴む。

 

「お願い。 彼女を救って。 最低なのは分かってる。 私は全てを無駄にした。 でも、あなたなら運命が変えられるだなんて思ってしまった。 殺されたっていい。 でも、でもお願い。 レミィを、私の親友を、どうか…助け…」

 

自分が最低のことをしているのはわかっていた。

友の約束を裏切り、全ての真実を伝え、フランドールに死ねと言っているようなものだ。

それでも、妹の思いを確認した。

その変わらぬ愛を知った。

レミィに聞かされたとおりの、優しい彼女の事を知ったとき、このまま彼女が殺されても、それは決して救いにはならないという事が分かったのだ。

彼女が嫌われるようにと妹を遠ざけ、本当は会いたくてたまらないのを我慢して、わざと美鈴や咲夜に相手をさせた。

自分がいなくなっても大丈夫なように。

でもフランドールは変わっていなかった。

姉が大好きなままの優しい少女ではないか。

ならば私は命をかけよう。

私のこの命をチップして、この希望にかけよう。

 

「パチュリー」

 

呆然としていたフランドールだったが、パチュリーが泣き崩れるのを見て、彼女は優しく声をかけた。

 

「私なら大丈夫」

 

その目に決意を込めて、フランドールは前を向く。

 

「私の能力、知っているでしょ?」

 

全てを知ったフランドールの瞳は、紅魔館の誰よりも強く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

レミリアは目を閉じて呟いた。

それは最愛の妹に向けて。

そして自分に関わった全ての者に向けて。

 

「――――――――――――っ!!」

 

アルベルトの掛け声はレミリアへは届かなかった。

代わりに目を閉じていても分かる、放たれた衝撃波の気配。

もうすぐ終わる。

どうか妹よ。

私のことは嫌いなままで。

私のことなんか忘れて幸せに生きて。

そして閃光が煌めいた。

 

「ぬぅ!?」

 

アルベルトは声を上げた。

自身の放った必殺の一撃。

それを食い止める者が現れたのだ。

すでに彼の制御から手放された極大の衝撃波は、勢いを衰えさせることなく現れた者に猛然と牙を剥く。

 

「させるかぁぁあああ!」

 

倒れ込んだレミリアの前に現れた者の正体。

それはフランドール・スカーレットだった。

 

「…フラン?」

 

まるで夢でも見ているかのようだった。

聞こえるはずのない妹の声に目を開けてみれば、目の前にはその妹の姿があった。

妹はその両手を掲げて、衝撃波から自分を守っているのだ。

 

「フラン!」

 

レミリアは今度こそはっきりと妹の名前を呼んだ。

 

「えへへ…」

 

レミリアに背を向けたままで、フランドールが笑う。

 

「何をしているの!?」

 

レミリアの叫びが辺りに響いた。

 

「ずるいよ、お姉さま」

「なにを…」

「やっと、あの時みたいにフランって呼んでくれたね」

「――――――っ!?」

「大丈夫。 きっと私が運命を変えてみせるから」

「あなたまさか、全部知って…」

「馬鹿だよ、お姉さまは。 でも私も同じだったね」

 

似た者同士だとフランドールが嬉しそうに笑った。

 

「お願いやめて! やめてよ!」

 

対照的にレミリアが悲鳴を上げる。

まだ再生が出来ていない下半身を引きずりながら、それでも手を使ってフランドールに這いよると、彼女は懇願するように何度も彼女に対してやめてと口にした。

 

「やめないから」

「どうして!? あなたが死んでしまう!」

「死なないよ」

 

レミリアの表情は乱れ、しかし対照的にフランドールの表情は穏やかであった。

衝撃波の牙がフランドールの体を食らっていく。

焼け焦げていく身体に、それでも表情を崩さず、彼女は能力を行使する。

衝撃波の目。

それを握りこんで破壊する。

しかしそれでも全ては消えない。

幾重にも折り重なった太陽の衝撃波。

音速で満たされたその衝撃波の全ての目を、消し去ることなどできなかったのだ。

それでも彼女は諦めない。

姉が自分にしてくれたように。

彼女は最後まで、衝撃波を消し去るために力を行使し続けた。

 

「私ね、お姉さまが大好き」

「…」

「だからね、絶対守ってみせる」

 

それは495年前から変わらない彼女の決意。

強い決意は心の現れ、吸血鬼たるフランドールはこの時、間違いなく紅魔館最強の妖怪となった。

そしてここにもう一人。

最強の妖怪が誕生した。

 

「がああああああああ!!」

 

それは衝撃波によってフランドールの片腕が吹き飛ばされた時だった。

レミリアは落ちていた杭を自分の下半身に突き刺し、彼女の横に躍り出た。

上半身の飛行能力を最大限に出力して踏ん張ると、彼女もまた両手を広げて衝撃波を食い止めた。

 

「私だって愛してるんだ!」

「お姉さま…」

「ずっとずっと仲が良かったんだ。 一緒に食事をして、勉強して、遊んで、眠って。 それだけで幸せだったんだ! それなのに、どうして!?」

 

生命の全力をもって、レミリアは衝撃波に相対する。

まるでその魂を削るようにして彼女は叫んだ。

 

「死なせない! フランを絶対に!」

 

運命の車輪に立ち向かってきた。

何度も何度もシミュレーションをして。

それでも結果はいつも同じだった。

しかしそれはまだ現実には起きていない出来事。

ならば私は、今この瞬間に全てを捧げる。

いいだろう。

操ってみせる。

運命という名の現在(いま)を。

 

「ぐぅぅ」

 

しかし衝撃波の勢いは止まらない。

衰えてはいるものの、その属性があまりにも彼女達には合わなかったからだ。

やがて二人の身体が崩壊を始める。

衰えたことで、より鋭く尖って突き刺さる衝撃波が二人を飲み込もうとした時、フランドールがレミリアの体を突き飛ばした。

 

「ありがとう、お姉さま」

 

その笑顔は彼女たちが最も幸せだった時代に見せたあの笑顔だった。

 

「フラン!?」

 

強く突き飛ばされて、それでもすぐさま顔を上げて妹の笑顔を見たとき、フランドールの体に衝撃波が突き刺さった。

 

「嫌ぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 

しかしレミリアの悲鳴は衝撃波が放つ爆音に消し去られて、遠く吹き飛んでいく妹の身体を見ていることしかできなかった。

やがて衝撃波はなくなり、その場に残されたのは、かろうじて原型を留めたフランドール。

 

「嘘よ。 なんで!?」

 

這いずるように妹の所へと駆けつけたレミリアが、倒れているフランドールを抱き上げた。

 

 

 

「そんな…」

 

その光景はあの時見た運命の結末の通りだった。

胸を穿たれ、妹は口から血を流して倒れ込んでいる。

結局変わらなかった。

終わってしまった。

妹を守れなかった。

守れなかった。

 

「あぁ、そんな、あんまりよ…」

 

嗚咽が漏れる。

血の混じった涙が頬を伝って零れ落ち、それは妹の頬へと落ちた。

私は彼女の頭を掻き抱いて、その頬に自分の頬を触れさせた。

 

「ごめんなさい。 ごめんなさいフラン」

 

こんなことなら一緒に過ごせば良かった。

495年の間。

私は妹に何もしてあげられなかった。

一緒に話をしたかった。

笑って、怒って、泣いて。

色々な事を一緒に経験したかった。

私は愚か者だ。

全てが終わった今になって、気づいてしまった。

運命が変わらないのなら、抱きしめてあげればよかったんだ。

もう私は謝ることしかできない。

彼女の頬に自分の頬を押し当てて、私は何度も謝罪する。

ごめんなさい。

ごめんなさいと。

そして悲嘆にくれて、心が折れそうになったその時。

運命は変わった。

 

「おねぇ、さま」

「……フラン?」

「あ、はは、けほっ、ごめんなさいばっかり…言ってる」

 

頬を離して目を見開く私を、妹は弱々しい笑顔を浮かべて見つめていた。

生きている?

どうして?

混乱する私に、妹が笑って声を掛けてきた。

 

「馬鹿だね。 本当に。 私、怒ってるんだよ」

「うん、うん」

 

妹の言葉を噛み締めるように、私は何度も頷く。

視界が霞んで、彼女の笑顔が見えない。

それでも、目の前の妹は生きているんだ。

 

「泣かないで」

 

私の頬にそっと触れて、妹は流れる涙を拭ってくれた。

 

「私ちゃんと生きてるよ?」

「分かるわ」

「ちゃんと運命変えられたでしょ?」

「えぇ、凄いわ」

 

私にはできなかった奇跡を妹は一人で成し遂げたのだから。

 

「違うよ。 二人だから出来たんだよ」

 

そんな私の言葉を彼女は否定してくれた。

 

「ねぇ、お姉さま」

「なに?」

「これからは一緒にいてくれる」

「あた、り…まえじゃない」

 

もう上手く喋ることができなかった。

それでも自分の気持ちを素直に伝える。

 

「えへへ、楽しみ」

「フラン?」

「ありがとう、お姉さま」

 

そう言って瞳を閉じた妹に不安を感じた私は、彼女の身体を軽く揺さぶった。

すると再び瞳を開けて、妹はくすぐったそうに笑みをこぼす。

 

「大丈夫だよ、ちょっと眠いだけだから」

「でも…」

「うふふ、お姉さま、お願いがあるの」

「なに? なんでも言って」

「抱きしめてほしい。 私が眠るまで、ぎゅっとして欲しいんだ。 昔みたいに」

「…もちろんよ」

 

そう言って瞳を閉じた妹を、私は涙を拭ってから優しく抱きしめた。

不安で一杯だったが、それでも彼女を抱きしめて、大丈夫だということが感じられた。

やがて妹の安らかな寝息が耳に届いた。

私はその寝顔を見て、胸がいっぱいになる。

運命を見れば、あの忌まわしい光景は二度と浮かんでこなかった。

私は心の底から安堵した。

天井を見上げる。

拭ったはずの涙が再びこぼれ落ちた。

でも、これは決して悲しい涙なんかじゃない。

 

「ありがとう」

 

そして私は全ての運命に向けて感謝を口にした。

 

 

 

アルベルトは二人の光景を見届けて葉巻を取り出した。

その彼の背中に言葉が投げかけられる。

 

「紅魔館は禁煙です」

 

いつの間にかアルベルトの隣に肩を並べた咲夜が、俯いたままでその場に立っていた。

 

「そうか」

 

返事をしたアルベルトだったが、構わずに葉巻に火を点け、紫煙をゆっくりと吐き出した。

その紫煙は辺りに満ちて、二人を包み込んだ。

 

「煙が目にしみるか?」

「はい」

「泣かせてしまったな」

「…いいえ」

 

今ここに495年に及んだ運命の車輪が終焉を迎えた。

そして新たに生まれた運命の鐘は二人の姉妹を祝福したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいる誰かが呟いた。

「いひひ。 決めた。 あいつは私の獲物だよ」

 

 

 

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