東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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お尋ね者だったの!?


第十九話 「酒」

 

 

 

静かな夜を迎えた暗い森に赤い提灯の仄かな明かりがひっそりと灯った。

その灯りは一人の妖怪が切り盛りする移動式屋台の営業が始まった事を意味していた。

森の暗く切ない雰囲気が漂う開けた場所で、今日はここで営業しようと決めた屋台の主の名はミスティア・ローレライという。

下準備を済ませ、屋台の軒先に吊るされた提灯に明かりを灯した彼女は、今夜は誰が来るだろうと呟いて、出汁に浸かるおでんの具合を箸でつついて確認していた。

今日も良い出来だと、おでんの出来に微笑んで、暖簾をくぐる客を待つ。

ちらりとまな板の隣に目線を移せば、桶に用意した八目鰻が張った水に元気よく音を立てていた。

この屋台の主力商品の生きの良さに満足して、彼女は一度頷くと、客の呼び込みを目的に歌を歌い始めた。

 

「夜の鳥ぃ、夜の歌ぁ♪ 人は暗夜に灯を消せぇ♪」

 

実際に誰か客が来れば、やすやすと歌えなくなる為、誰もいない今を見計らって歌うしかない。

鼻歌くらいはいいだろうが、それでも客の前で歌うのは控えていた。

ミスティア自身が以前それで手痛い目にあった事があるからだ。

人を惑わす為とは違う、自分を表現するための音楽。

もちろんそれを誰に咎められることもなく、森の中で友人の前で歌を披露する事はよくあった。

しかし日に日に強くなる他の沢山の者にも聞いてもらいたいという思いは、やはり仲間内だけで歌う事では満たされなかった。

その鬱憤を晴らすように始めたのが鳥獣伎楽での活動。

幽谷響子とバンドを組んで大勢の前で自分を表現する事は何より楽しかったし、ある種の生き甲斐のようなものにも感じられていた。

自分たちの音楽を支持してくれる者もいた。

それが何より嬉しかったのだ。

しかし最近はとある事情でその活動も休止に追い込まれている。

その不満を少しでも解消するために、彼女は客引きの歌に想いをのせて歌い続けた。

 

「夜の夢ぇ、夜の紅ぁ♪ 人は暗夜に礫を喰らえぇ♪」

 

通りがかった誰かがこの歌を耳にしてくれればいい。

その彼女のいじらしさが実ったのか、開店したばかりの店に暖簾をくぐって客が訪れた。

 

「いらっしゃい!」

 

ミスティアは歌うのを止めて、今日初めての客に笑顔を向ける。

 

「他に客はいないのか」

 

そう言ってくぐった暖簾から姿を現したのは正邪だった。

彼女に続いてアルベルトもまた姿を現すと、二人揃って誰もいない席に腰を下ろした。

 

「今、店を開いたばかりだからね」

 

苦笑してグラスを二つ用意するミスティアに、そうかと短く告げて、正邪が目の前のおでんに視線を向けた。

 

「適当におでんと酒、それとお前はどうする?」

 

横に座っているアルベルトに視線を向けて、正邪は一度首を鳴らした。

 

「ブランデーをもらおうか」

「屋台だろ、ここは」

 

アルベルトの場違いな注文に呆れて、彼の代わりに正邪が適当に注文をする。

それに微笑みながら頷いて、ミスティアは手早くグラスに酒を注ぐと二人の目の前にそれを差し出した。

 

「はぁ、それにしても。 よくもまぁこれだけ次から次に……」

 

グラスを傾けて一口酒を飲んだ正邪が、先ほどの萃香の襲撃を思い返して愚痴をこぼした。

お尋ね者の自分が言えた義理ではないがと心の中で付け加えて、酒に続き供されたおでんの昆布に箸をのばす。

 

「美味い」

「ありがと」

 

腹がすいていたのと、先程までの緊張感から解放された事もあって、正邪の箸が進む。

隣に座っているアルベルトはというと、無言でグラスの酒を傾けているだけだった。

 

「食わないのか?」

 

箸を置いてグラスに残った酒を飲み干した正邪がアルベルトに声をかける。

 

「八目鰻とは珍しいな」

 

どうやら、アルベルトの興味は桶の中を泳ぐ八目鰻に向いたようだ。

 

「八目鰻屋台だからね。 新鮮だよ。 お客さん、一匹どう?」

「では、それをもらおう」

「毎度」

 

嬉しそうに言って、ミスティアが桶から一匹の八目鰻を器用に片手で掴み取り、それを捌いて串に刺すと、用意してある竹炭の網の上で焼き始めた。

 

「で、結局今日は里には行かないのか?」

「日が落ちきったからな」

「別に、月が出てるんだ。 真っ暗って訳じゃないんだから、もう少し我慢して里に向かったってよかったんじゃないのか?」

 

萃香から逃げ延びて、里からだいぶ遠くになってしまった場所からここまで暫く歩いてきた。

最初は再び里を目指す為に歩いていたが、すっかり日が落ちてしまった頃合にアルベルトが歩みを止めて少し休むと提案してきた。

別にこのまま里を目指してもいいと思って、正邪は一度その提案に首を振ったが、それは彼に受け入れられなかった。

そう言えば前もこんな事があったなと思い出した彼女が、一人地面に座った彼に話しかけようとした時に、彼女の腹から音が鳴った。

静かな森の中だった故に、正邪の腹の虫の音は誤魔化しようもなく、彼女の顔が暗い中でも分かるように赤く染まった。

 

「あ、え、えっと」

 

アルベルトに話しかけるために開きかけた口が半開きのままで、正邪はそのまま彼の前で固まってしまう。

握りこんだ拳を小刻みに震わせながら、次に言う言葉が思い浮かばない彼女に、アルベルトが立ち上がると、背中を向けて付いてこいと彼女に話しかけた。

恥ずかしい思いをしてしまった彼女が、その言葉に従うのは当然で、そのまま歩き始めた彼の背中を無言で追った。

なかったことにしよう。

少し歩いて自分の中でようやく気持ちの整理がついた正邪に、立ち止まったアルベルトが声をかけた。

それまで彼の背中ばかり眺めていた彼女であったが、立ち止まったことで、背中の先にある屋台に視線が移った。

 

「あれは…」

 

行ったことはなかったが、噂に聞く夜雀の屋台というやつだろう。

すぐさま思い当たって、正邪がアルベルトに話しかけた。

 

「屋台があるなんてよく分かったな?」

 

ここまでのアルベルトの足取りに迷いはなかった。

その為、けっして屋台がこの場所にあったのは偶然ではないだろうと正邪が考えていると、彼からの返答があった。

 

「歌が聞こえた」

「歌?」

 

確かに屋台の方からミスティアの歌が聞こえてくる。

しかしそれだけで屋台だとは分からないだろう。

首をかしげる正邪にアルベルトが、まぁ随分と可愛いらしい歌だったが、と彼女に聞こえないように呟いたのは彼なりの皮肉だったのだろう。

すぐさま、食べ物の匂いがしたと言い換えて正邪を納得させる。

 

「随分と鼻が利くんだな」

「お前よりはな」

 

開けたその場所には確かに食欲を掻き立てる美味しそうな匂いが漂っていた。

二度目の腹の虫がなる前に何か食べ物を腹に入れようと考えた正邪であったが、その前に屋台に客がいないか遠目に確認する。

どうやら誰もいないようだ。

巫女でもいたら殺されかねないからな、と先客のいない屋台に安堵して暖簾をくぐった。

 

「いらっしゃい!」

 

あとはミスティアがどう出るか、と多少の不安を感じていた正邪であったが、その不安も彼女の笑顔での言葉に消え去って、今はこうして食事にありついている。

 

「里に向かうのは明日の朝でいい」

「そう急いでもいないんだな」

 

出来るだけ早く力を取り戻したいと思っている正邪が、箸で大根を四つに切り分けながらグラスに口をつけるアルベルトに話しかけた。

 

「別に急かしている訳じゃないよ。 ただ……」

 

不安なだけだとは口にしない。

正邪は弱みを見せることを何よりも嫌うからだ。

それでもやはり力が戻らないことには、命の危険がつきまとう事に苛立ちはつもり、せめて何かしらの道具がこの手に残っていればと彼女は考える。

 

「……おかわり」

 

グラスに残った酒をあおると、正邪は空になったグラスをミスティアに差し出した。

カウンター越しに、再び一升瓶からグラスに注がれる酒を見ながら、彼女は切り分けた大根を一つ、箸でつまむと口に運んだ。

 

「休息が必要な時は誰にでもある。 何事も万全成らずして、急いて事を成そうとするのは避けるべきだ。 例え事を成すことができても、手痛い目にあうだろうからな。 もちろん不測もある。 だがわしは今がその時ではないと考えている。 今のまま、もう一度奴と対峙したくはないからな」

「あんたも弱気な事を言うんだね」

「お前はわしが弱気に見えるか?」

「まったく」

 

肩をすくめて正邪がアルベルトを見る。

グラスの酒を飲み干した彼の顔はどこか嬉しそうに見えた。

空っぽになった彼のグラスに酒が注がれる。

萃香と対峙したとき、彼女の目を見た彼は、実に好ましいその視線に自分が求めるモノを垣間見て、気持ちが高ぶるのを感じた。

その後に見せつけられた彼女の実力に、アルベルトは撤退を余儀なくされたが、次はそうはいかないだろう。

万全の状態でたたきつぶす。

どうして彼がそう思うのか、それは彼が今ここにいる理由でもあった。

 

「あれは鬼だよ。 それもとびきりのね。 幻想郷でも最強の一角さ」

「そうか」

 

短く答えて、アルベルトが注がれた酒を一気に飲み干す。

自分の流儀ではなかったが、今はこの高ぶった気持ちを抑えたかったのだ。

そこにこの場の三人とは別の声が投げかけられる。

 

「お兄さん、いい飲みっぷりだね」

 

暖簾をかき分けて現れたのは小野塚小町であった。

 

「うわっ!?」

 

その姿に大根を平らげた正邪が嫌そうに口を開いた。

 

「なんだい、そんなにあたいが嫌いかい? 悲しいねぇ」

 

さして傷ついた様子もなく、笑顔を浮かべた小町が空いているアルベルトの隣に断りもなく腰を下ろした。

 

「いらっしゃい。 何にする?」

「酒と八目をお願い」

 

手早く注文を済ませた小町が視線を正邪に向けた。

視線を向けられた本人といえば、箸を止めて、座った小町に険しい視線を送り返していた。

 

「心配しなくてもいいよ。 今は非番だからね。 それとも、あんたは酒が不味くなるような真似がしたいのかい? ねぇ、お尋ね者の鬼人正邪?」

「お尋ね者だったの!?」

「なんであんたが驚いてるのさ。 見れば分かるだろ?」

 

小町の言葉にカウンターの向こうのミスティアが驚いて声を上げる。

 

「いや、だって、妖力も感じないし、角も……」

「あぁ、そういえばそうだね。 どうしたんだい?」

 

しげしげと正邪の頭を見つめて、小町が疑問を口にする。

しかしその質問には答えずに、大きなさつま揚げを一口かじって、グラスの酒で一気に流し込むと彼女は不機嫌そうに呟いた。

 

「別にあんたに話す義理はないだろ」

「まぁ、それはそうだ」

 

特に深く聞く気もなかった小町がそれ以上、正邪に対して質問をする事はなかった。

しかし代わりに彼女の標的になったのはアルベルトだった。

 

「お兄さん。 どうだい、あたいに酌をさせてくれないかい?」

 

アルベルトの何が気に入ったのか、小町はミスティアから一升瓶を受け取ると空になった彼のグラスに勝手に酒を注いでみせた。

それを何も言わず見ていた彼の目の前に、皿に乗せられた焼きたての八目鰻がミスティアから差し出された。

 

「はい、八目鰻。 それと小町さんにはグラスね。 小町さんの分の八目鰻はもうちょっと待って」

「ありがと」

 

お礼とともにグラスを受け取った小町の表情は変わらず、にこやかであった。

アルベルトは何も言わず、八目鰻に手を伸ばす前に小町の手から一升瓶を受け取ると、空になった正邪のグラスに酒を注いだ。

 

「あたいじゃないの!?」

 

それまでの笑顔を消して、残念そうに声を上げる小町のグラスに、アルベルトがなみなみと酒を注いだ。

 

「あんた面白いやつだね」

 

再び笑顔を取り戻して、小町がアルベルトの背中を二度三度、勢いよく叩いた。

それを微動だにせず受け止めて、彼が一升瓶をカウンターに置くと、今度こそ八目鰻にかぶりついた。

 

「お味はどうですか?」

「もう一本もらおう」

 

アルベルトの言葉に微笑んで、ミスティアは三匹目の八目鰻に手を伸ばした。

 

「しかし珍しい組み合わせだね」

 

先ほどのやりとりから、二人が連れ合っているのを察した小町は、興味深く二人に視線を交互に向けた。

妖怪と人間。

この幻想郷では珍しくない組み合わせだが、お尋ね者の正邪と一緒にいるのは興味深い。

さきほどの自分の発言で、お尋ね者という言葉を聞いたはずの男が、別段反応した様子もなかったので、それを承知しての事だろう。

好き好んで天邪鬼といる男のことをよくよく見れば、成程、彼が只者ではないことがよく分かる。

 

「まぁ、私には関係ないか」

 

別にだからと言って何をしようという気もなく、小町はグラスを傾けてミスティアに話しかけた。

 

「聞いてくれよミスティア。 今日は散々だったんだよ」

「どうしたの?」

「いやね。 あたいの船が沈められて大変だったのさ」

「沈められて?」

「そうそう。 命蓮寺の舟幽霊。 バケツでさ。 ちょっと昼寝、いや目を離した隙にやられたんだよ。 全く、上司に絞られるのはこりごりだっていうのに」

「それはあんたが昼寝をして、さぼっていたからなんじゃないのか?」

 

横槍を入れた正邪の言葉に呻いて、小町が残った酒を飲み干した。

 

「そりゃぁ、妖怪の性だから仕方がないのはわかるけど、あの人の説教は堪えるんだよ」

 

正邪の言葉を聞かなかったことにして、小町が話を続ける。

 

「挙句の果てには、私生活がどうとか、気持ちが弛んでいるってんで、あたいを裁こうとするんだ。 それもすっごく良い笑顔で」

「大変だったのね」

 

そう言ってミスティアが焼けた八目鰻を皿にのせて小町に差し出すと、カウンターの一升瓶を手に取り、空いた彼女のグラスに酒を注いだ。

 

「命蓮寺の舟幽霊っていうと、村紗さんのこと?」

「そうそう。 あいつ、白蓮に言いつけてやろうかなぁ」

「それはやめてあげて欲しいな」

 

苦笑してミスティアが話を続ける。

 

「実は私も鳥獣伎楽での活動を叱られて、それはもう怖い思いをしたから。 出来れば、本人が気付くまでは告げ口はやめてあげて欲しいなって」

 

鳥獣伎楽の活動が休止された原因がまさにそれだった。

白蓮に、他人の迷惑になるという理由で説教された事を思い出し、あの時の笑顔は本当に怖かったと背筋を震わせるミスティア。

 

「妖怪の性っていうのがあるから。 やっぱり中々、どこかで発散したいっていうのはあるのよ」

「冗談さ。 告げ口なんてしないよ。 でもまぁ、あたいも分かってはいるんだけどね」

 

迷惑してるんだよと付け足して八目鰻を口に運ぶ小町。

 

「その白蓮と言うのはどんな人物だ?」

 

それまで黙って酒を飲んでいたアルベルトが、不意に二人に話しかけた。

 

「厳しい人かな」

「好々爺」

「気持ち悪い奴」

 

正邪を含む三人が同時に口を開いた。

その中で好々爺と評した小町が続いて話を続ける。

 

「僧侶だからね。 善意に溢れているよ。 まぁ、その善意が本当に良いものかは別にして、基本は善良で気のいいやつだろうさ」

「お前は気持ち悪いと言ったな?」

 

アルベルトが酒をあおる正邪に声をかけた。

 

「おかわり。 あと私にも八目鰻を一本ちょうだい」

「はいはい。 あとこれ、追加の八目鰻ね」

 

そう言ってアルベルトの皿に追加の八目鰻を置くミスティア。

 

「白蓮っていうのは、いけ好かない奴さ。 自分よがりの同情で弱い妖怪を囲って、人間との共存を叫びやがる。 仏教の教えを持ち出して、非暴力を訴えるのさ。 そのくせ必要なら力のある自分が矢面に立つ。 その影で守られている妖怪はどんな奴だろうね。 あいつは妖怪から存在意義を摘み取るのさ。 私はそんなのは御免こうむるね」

「あんた随分、白蓮について詳しいね」

「別に、前にかち合ったからね。 情報は敵を破る基本だろ?」

「へぇ、あたいはてっきりあんたの事、馬鹿な奴だと思ってたけど、やっぱり実際見ると聞くとじゃ大違いだね」

「そりゃどうも」

 

ミスティアに注がれた酒の入ったグラスを傾けて、一度長い息を吐いた正邪はおでんのお代わりを頼もうか思案して、一口かじったさつま揚げの残りを平らげると、やはりと決めて、たけのことすじ肉を追加で注文した。

 

「それにしたってお兄さん。 どうして白蓮に興味を抱いたんだい?」

 

話の流れを変えるように、小町がアルベルトに幅を寄せて言葉を続けた。

 

「見た目はかなりの美人だからね。 体つきの方も中々だよ」

 

意地悪く目を細める小町がアルベルトに視線を向けると、しかし本人は一言、女かと呟いただけで、グラスを傾けるだけだった。

 

「はい、追加の八目鰻。 おでんの追加もね」

 

ミスティアが正邪に八目鰻とおでんを追加して、自身の手が空いたこともあって話に参加した。

 

「白蓮さんは怖い所もあるけど、命蓮寺の妖怪からは慕われているかな。 興味があるなら会いに行ってみるのが一番良いと思うよ。 邪険にされることはないだろうし」

 

そう言ってミスティアがちらりと正邪に視線を向けた。

その視線の意味を理解して、八目鰻を頬張っていた正邪がそれを飲み込んでから、口を開いた。

 

「まぁ、私は嫌われてるかもな」

「あはは」

 

苦笑いを浮かべるミスティア。

何とも気まずくなって、会話の間に空になった小町とアルベルトのグラスに視線を向けると、おかわりはいるかと二人に尋ねる。

それに頷きをもって答える二人。

再びなみなみと注がれたグラスを同時に傾けて、やっと気分が高揚してきた小町が追加のおでんを注文すると、アルベルトは残った八目鰻を一口かじった。

 

「おかわり」

「あんたも中々いける口じゃないか?」

 

顔が赤くなってきた正邪に小町が嬉しそうに笑ってグラスを傾ける。

 

「久しぶりの酒だからな」

「逃亡中じゃ、酒を飲む余裕もなかったみたいだね」

「いつもさぼってる、あんたと違ってね」

「なに、ただあたいは仕事の効率を考えて、適度な休息をとってるだけさ」

「閻魔にも同じことが言えるといいな」

「あっはっは、言うじゃないか。 私は嫌いじゃないよ、あんたの事」

「私は大嫌いだね」

「ふふん、面白いやつじゃないか。 私もおかわり頼むよ」

 

鼻で笑った小町が、残った酒を一気に飲み干してグラスをカウンターに置いた。

そのグラスに再び酒が満たされるのと同時に、頼んだおでんが差し出される。

 

「たけのこが美味しいんだよ」

 

おでんのたけのこをつまみ上げると、小町は美味しそうに齧り付く。

 

「妹紅さんから、炭と一緒に頂くの」

「おかわり」

「わしも一杯もらおうか」

 

アルベルトと正邪が空になったグラスをカウンターに置く。

再び注がれる酒を見ながら、気づけば正邪の目が大分据わっていた。

 

「それくらいにしておいたら……」

「はっ! 夜雀が、私は誰の指図もうけないね。 そこの死神も、酒が残っているじゃないか」

「あんたそういう酔い方するんだ。 まぁいいさ、今日は嫌なこと忘れてトコトン付き合ってあげるよ。 ……おかわり!」

「ちゃんとお代を払ってね?」

「金ならあるさ」

 

そう言って正邪が懐から金子の入った袋をカウンターに置いた。

 

「あ、もっといいお酒ありますよ。 どうですか?」

 

お代が払えると分かってから、満面の笑みで高い酒を勧めるあたり、ミスティアも良い性格をしている。

 

「言葉使い!」

 

ミスティアの口調が変わったことが面白かったのか、小町が可笑しそうに笑って、自分にもその高い酒をと彼女に催促する。

そう、それが全ての間違いだったとも知らずに。

 

「はい、どうぞ」

 

差し出されたのは竹のコップに満たされた芳香を放つ伝説の酒。

ミスティアが復活させた雀酒であった。

二つ用意されたそれを正邪と小町が受け取って、その芳香に息を吐く。

 

「これは……」

 

一口飲んだ小町が目を見開いて、雀酒の味に感嘆する。

 

「こんな旨い酒があったんなら、もっと早く教えてくれれば良かったのに」

「ツケを払ってくれればね」

「うっ、まぁ今日はちゃんと払うよ」

 

再び雀酒に口をつけて、小町の視線が正邪に向いた。

 

「あらら、寝ちゃってるじゃないか」

 

視線の先では、正邪が竹のコップを握り締めたままカウンターに突っ伏して、小さな寝息を立てていた。

どうやら口をつける前に眠ってしまったようだ。

もったいないと小町が口にして、視線をアルベルトへと移した。

彼はというと、その表情は全くもって変わることなく、こんこんとグラスに満たされた酒を飲み続けていた。

 

「あんたは、この酒飲まないのかい? 美味しいよ?」

「外で酒の種類は変えないようにしている」

「へぇ、飲み口が変わって美味しく感じるんだけどねぇ」

 

飲み干した雀酒の竹のコップを名残惜しそうに眺めて、目ざとく正邪の雀酒を見つければ、小町の手がそのコップに伸びた。

 

「酒が可哀想だ」

 

誰に言い訳をするのか、小町が手にとった竹のコップの中身を覗き込んで、再び美味そうに雀酒をあおった。

本当に可哀想な事になるのは自分だとも知らずに。

 

「さて、あんたが代わりに付き合ってくれるんだろ?」

「……」

「なぁ、聞いてくれよ。 うちの上司がさぁ、これがまた説教が長いのなんのって……」

 

出来上がった小町が、返事も聞かずに喋り始める。

ミスティアはそれを苦笑して眺めると、アルベルトもまた酒の追加を頼んで彼女の話を聞き流す。

森の夜は淡々と更けていく。

その日、八目鰻屋台に他の客が訪れることはなかったが、宴は深夜まで小町一人で盛り上がった。

その後に小町自身に地獄が訪れるとも知らずに。

 

 

 

「起きろ」

「うぁ……おあよう」

「寝ぼけるな。 顔を洗え」

「うぃ」

 

言われるままに頷いて、正邪は寝ぼけ眼で立ち上がると、近くにあった川にふらふらとした足取りで近づく。

その場にしゃがみこんで顔を洗うと、目を瞬かせて辺りを見回した。

 

「あれ? ここ何処だ?」

 

覚醒した意識によって鮮明となった視界を辺りに向けて、正邪が疑問を口にした。

太陽は既に東から昇りきって、彼女はその眩しさに目を細める。

頭はすっきりとしていて、しかし昨日の夜、酒を飲んで途中からの記憶がない。

 

「私、あの後どうしたんだ?」

 

記憶がないというのは実に恐ろしいことだ。

自分が何をしたのか。

何か変な事を口走っていないか。

不安に駆られた正邪が、恐る恐るアルベルトに視線を向ける。

 

「いくぞ。 里まで案内しろ」

「変な事を言ったりしてなかったか?」

「……」

「なんで無言なんだよ!?」

 

しかし正邪の叫びに、アルベルトの言葉が返ってくる事はなかった。

しばらくして、何もなかったということが分かった彼女であったが、起き抜けの自分の間抜けな言動を思い出して、一人森の中で頭を抱えたのだった。

 

 

 

 

 

 

その頃の三途の川。

 

「こ、小町?」

 

四季映姫が見たもの。

それはニコニコキラキラしながら鎌を振り回して踊りに勤しむ小野塚小町の姿だった。

その後、踊り疲れて突っ伏した彼女がどうなったのか、それは四季映姫と小野塚小町、そして一部始終を見ていた村紗水蜜だけの秘密である。

彼女は言った。

 

「しばらく船を沈めるのは止めてさしあげよう」

 

 

 

 

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