東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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所謂お姫様抱っこというやつで。


第二話 「契約」

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

正邪の叫び声が空に消え去った頃、アルベルトは彼女に語りかけた。

その言葉に彼女は息を一つ吐く。

そして二つの角を、持っていた巾着の中に丁寧にしまいこむ。

伺える表情からは先ほどの赤ら顔は消えて、心地良ささえ感じられた。

 

「取れてしまったものは仕方ないか」

「怒っていた割に随分と切り替えが早いことだ」

「こんなもんでしょ。ずっと取り乱していても意味ないし」

「美徳だな」

 

くつくつとアルベルトが楽しそうに笑う。

 

「あぁ、でも」

 

そう言って、笑うアルベルトに詰め寄る正邪。

半目で彼を見据え、両手を腰に当てながら彼女は責め立てた。

 

「別に怒ってないわけじゃないよ。 あんたがやったこと」

 

ずぶ濡れにされ、角を折られ、髪を触られた事。

まぁ、あの程度で角が折れるわけもなく、これはやはり力を失ったことと関係しているのかもしれないが。

しかし、アルベルトがその事実を知る由もなく。

これはいい機会だと、正邪は内心で喜んでいた。

 

「濡れ鼠にされて、髪を勝手に触ってきて、あまつさえ私の大事な角を折るなんて随分酷いことをしてくれるじゃない」

「まぁ、あんたには助けてもらった借りがあるし、ずぶ濡れにされたのはこの際許してあげてもいいわ」

「でも、私の大事な角を折ったことには責任を感じて欲しいんだけど」

 

アルベルトを利用するときに負い目を持たせることは、非常に有利に働くはずだ。

まぁ、命を助けてもらった以上の借りがあるかと言われればそれまでだが。

しかし、そんなものはそれぞれの考え方。

正邪は先手を打つことで、少しでも自分に有利になるように語るのだ。

この角がいかに自分にとって大切なものであったかという風に。

 

「この角は妖怪の私にとって大事なものだったんだ」

「それを折られたんだ。見ろ。おかげで妖力が無くなってしまった」

「これじゃあ人間と同じだ。生きていけない。惨めに殺されるだけだ」

「仕方ないけどさ。でも、あんまりだろ?」

 

別に角が折れたから妖力が無くなったわけでは無いだろうに。

しかし、正邪はさもお前のせいだと言わんばかりに語った。

声の抑揚をつけ、最初は攻めるように、しかし最後にはしおらしく。

実にいい演技だと彼女を知る者が見たら思うだろう。

しかし、それに対してアルベルトが気弱になる事はなかった。

 

「鬼人正邪と言ったか」

「え?そうだけど」

「別にお前を助けたのは結果としてそうなっただけで、助けたとは思ってない。わしは貸しを作ったとは思ってもいない」

 

これは不味いことになった。

つまり借りも作った覚えがないと言いたいのだろうか。

苦々しい思いを表情に出さず、正邪は内心で舌打ちをする。

 

「妖怪と言ったか?」

 

そう聞かれて、今度こそ正邪の表情に内心の気持ちが浮かび上がる。

迂闊にも妖怪ということが自分の言動から分かってしまった。

いや、しかし普通なら私の角を見た時点で気づいてもいいことだ。

やはりこの男、外からの人間か。

そう思った彼女はアルベルトに疑問をぶつけた。

 

「あんた、もしかしなくても外の人間?」

「ふむ、詳しく聞かせてもらおうか」

 

なんで私がとも思ったが、これはいい機会だ。

利用できると思ったのだ。

そして正邪はこの幻想郷と外の世界の事を語った。

なるべく簡潔に分かりやすく。

もちろん後々自分に都合がいいように脚色を加える事を忘れずに。

 

「で、幻想郷はその八雲紫みたいな強い妖怪が支配してるんだ」

「だから私みたいな妖怪に居場所なんてないのさ」

「蔑まれて生きるのはまっぴら」

 

いつの間にか自分語りになっていた正邪だったが、アルベルトは黙って彼女の話を聞いていた。

 

「つまり力のなくなった私なんか、すぐに殺されちゃうってわけ」

 

言外にそれはアルベルトのせいだということを付け加える。

こんなところ。

そう言って正邪は説明を切り上げる。

 

「なら、ひとつ聞きたいことがある」

「何?」

「わしはこの幻想郷から出ることができるのか?」

「もちろん」

 

その質問を待っていたとばかりに、満足そうに正邪は頷いた。

 

「本当は一度この世界に捉えられたものは二度と外の世界に出ることは叶わない。でも、この世界には打ち出の小槌っていうものがあって、それはどんな願いも叶えてくれる」

「つまりその道具を使えば、外の世界に戻ることも不可能じゃないわ」

「どんな願いも、か」

 

アルベルトの表情は変わらなかったが、その言葉だけで正邪は満足だった。

どんな願いも叶える。

夢物語なようなそんな道具に、アルベルトが興味を持ったことが伺えたのだ。

正邪は手応えを感じて、今度はしおらしく語りはじめる。

 

「でも、それが今はどこにあるのか分からない。いや、心当たりはあるんだけど」

 

そのまま俯き、黙り込む正邪。

アルベルトが食いついてくるのを待ったのである。

 

「随分と胡散臭い話だな」

 

しかし期待とは裏腹に返ってきた答えはため息混じりのものだった。

それを聞いて正邪が反論の声を上げようとした。

だがそれは続けざまのアルベルトの声にかき消される。

 

「しかし今は情報が少ない。安心はせんが、まぁ、信頼はしよう」

 

じつはこの時のアルベルトの発言は、正邪に対する彼なりの幾つかの考えから導き出された、結果によるものであった。

彼女が襲われているのを見かけた時から今まで、彼は鋭い観察眼でこの鬼人正邪という妖怪を見ていたのだ。

彼女の行動、言動や仕草。

彼なりの考えに則って、彼女がどういった人物かを導き出したのだ。

もちろん彼のだした結論がどういったものであるかを彼の口から語るのはまだ、先のことではあるのだが。

それでも、今は信頼をしているとして、彼女に手を差し伸べた。

 

「どうした?」

 

差し出された手を見つめて固まる正邪にアルベルトが告げる。

 

「あ、えと」

 

自分でも正直、こんなに上手くいくとは思っていなかった。

正邪はそのために、ほかにもいくつかの話を考えていたが、こうすんなりいくと力が抜けて逆に演技が出来なくなって、戸惑ってしまうだけだった。

 

「なに、お互いを利用しようとしているのだ。これはその始まりの為の契約の印」

「利用とかじゃ…」

「それとも手も握れぬほど初心ではなかろう?」

「わ、わかったよ!握ればいいんだろ、握れば!」

 

アルベルトの挑発に戸惑っていた正邪が声を上げる。

勢い任せに、まるで手を払うかのように彼女は手を握り返した。

 

「契約成立だ」

 

そう言ってアルベルトは正邪の手を握ったまま、彼女を胸に引き寄せた。

そして有無を言わさず、彼女を抱き上げたのだ。

そう、所謂お姫様抱っこというやつで。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

もちろんこれには面食らった正邪が声をあげようとする。

 

「まずは、葉巻の確保が先だな。場所を教えろ」

「意味がわかんないんだけど。まずは私を降ろして!」

「わしがお前を抱えて走ったほうが早い。それに」

 

皮肉たっぷりにアルベルトは腕の中で暴れる正邪に語りかけた。

 

「お前に作っている借りを返さなくてはな」

 

あぁ、このアルベルトという男は私へ貸しを作った覚えはないと言ったくせに、

借りは作ったというのだ。

だから返すと。

その返済方法が非常に納得できない形であったが、本当に非常に納得いかないが、

なるほど、少しだけ彼の事が理解出来た気がする。

正邪は妙に納得して、だがそれはそれ、これはこれと、降ろせと言って暴れるのを止めなかった。

 

「わかった。教えるから。だから降ろして!」

「それは出来ない相談だな」

「なんでよ!?」

「空を見ろ」

 

それは夕闇が押し迫った空。

話が長引いたのもあったが、彼が何を言いたいのか理解できない正邪は再び疑問をぶつける。

 

「だからなによ?」

「もうすぐ夜になるだろう」

「そうだけど。それが何よ。というか降ろせ」

「……全く」

 

ため息を吐いて、アルベルトは大きく空へと跳躍する。

 

「降ろせー!」

「場所はどっちだ?」

「おーろーせー!」

「お前は今、人間並みなのだろう?」

 

そう言ってこの高さから降ろせば死ぬと言外に語る。

 

「ぐぬぬ……」

 

歯噛みして、しかし正邪は暴れるのをやめて、諦めたのか指で方角を示す。

それに満足したのか、アルベルトは頷いて、指し示された方角に視線を向けた。

そこには幻想郷の美しい夕闇の空と大地が広がっていた。

 

 

さぁ、はじめよう。

契約はなされた。

これは天邪鬼の少女と衝撃の名を持つ男の反逆の物語。

 

 

 

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