盛られた土がうごめき始める。
それは先ほど、この場を去った正邪が死体を埋めた場所であった。
徐々に勢いよく盛り上がっていく土。
途端に二本の白い腕が姿を現した。
水の流れに音はかき消されたがしかし、がしりとその腕は大地を掴んだ。
「ぷはっ」
ついで言葉とともに土の中から姿を現す影が一つ。
のそりと、大地に五体満足の姿が現れる。
優しい手つきで体の汚れを両手でひと叩きすれば、
たちまち体に纏った大地の名残は消えてなくなった。
山の向こうに沈みゆく夕暮れの太陽に視線を向けて、影は眩しそうにその双眼を細めた。
これは随分と骨が折れたな。
そう思って苦笑を浮かべる。
そして長く伸びた自身の影に視線を落とすと、隣にもう一つの影が伸びていることに気づいた。
隣に現れたその影が気遣うように優しく語りかけてくる。
「大変だったわね」
「そりゃあもう。まさか首を落とされるとは思わなかったからのう。おまけに埋められるとは思ってもおらなんだ。まぁ、色々と言いたいことはあるが。依頼された内容自体には不満はないよ」
大地から這い出た影が、口に残った土を勢いよく地面に吐き出して笑った。
「金目のものはすっかり持って行きよった。いい性格しとる」
「そこまで用意する必要があったのかしら?」
現れたもう一つの影が呆れた口調で語りかけた。
その問いに真面目くさった顔を作って応じる。
「何、儂は薬箱の中にはちゃんと薬を入れるたちなんでな」
「あら、私その映画好きよ」
「依頼された仕事には辛辣に取り組むのが儂の流儀じゃからな」
「高尚ですこと」
「お前さんには負けるよ。先ほどの演技、たいしたものじゃったぞ。さしずめ炎のディーヴァといったところか」
「ふふ…ならあなたは黒蘭ね」
お互いのやり取りに二つの影が可笑しがって揺れて、まもなく消えていった。
「しかし紫よ。儂にはどうも読めんことがある」
「随分と回りくどいことをしたが、正直ここまでした意味とはなんじゃ?」
「あら、それはお代には含まれていませんわ」
疑問を口にして訝しむ相手に、紫は口元を扇で隠しながら呟いた。
直後、彼女の背後に隙間が現れ、中から出てきたのは金子の詰まった袋だった。
「報酬よ」
言われて、差し出された袋を受け取った相手は複雑な表情で呟く。
「ありがたく頂戴する。まぁ、今は詮索はすまい。ゆくゆくは見えてくる事じゃろう。お前さんのこと、何か考えあってのこと……ん? 約束よりも随分多いじゃないか」
袋の中身を確認するとそこには約束よりも随分と多くの金子が詰まっていた。
「追加の依頼をお願いします」
口元を覆っていた扇子を畳み、そう言って紫はいつの間にか取り出した物を差し出した。
「なんじゃこれは?」
手渡されたのは銀色に輝く長方形の箱。
ポケットにすんなりと入りそうな大きさのその箱を紫から受け取って、相手が疑問を口にした。
「彼が欲しがっていたものが入っています」
「……あぁ」
なるほど。
言われて中身を確認すれば、そこには形の良い葉巻が入っていた。
それはシガーケースである。
「二ツ岩マミゾウ様。どうでしょう、彼に届けてくれませんか?」
「受け取ってから言うことではあるまいよ」
油断も隙もない。
そう言って、金子の入った袋を顔の前で揺らしたマミゾウは苦笑を浮かべた。
「受けていただけるでしょうか?」
「是非もない」
それを聞いた紫が微笑む。
「私のことは伏せておいて下さいね」
「ほぅ、ならば追加分じゃな」
紫からの言葉に意地悪そうに目を細めるマミゾウ。
そこには商人然とした彼女の姿が見て取れる。
それを聞いた紫は、まるで追加でおやつをねだる子供に対面するかのように、困った顔をした後で言葉を返す。
「先ず行ない、その言や而る後之に従うこととしましょう」
今は語れぬと言うことか。
随分と古い言い回しをするあたり、特別な想いがあると言外に語っている。
その意味こそが追加分の代金ということだろう。
「……よかろう。何時になるのかは聞くまい」
興味は尽きぬが。
そう思いながら、受け取ったシガーケースを金子の入った袋と共に懐に忍ばせ、マミゾウは軽く頷いた。
「どうじゃ仕事の後じゃ。一杯やらぬか?」
途端、砕けた笑みで語りかけたマミゾウは左手で空の盃を仰いだ。
その様子に紫は微笑みを浮かべる。
「えぇ、そうしたいのだけど。あいにくと藍が不調なのよ」
「そりゃ、珍しいこともあるもんじゃな」
「少し無理をさせてしまったから……。 ごめんなさい。今日はこれで失礼いたしますわ。依頼、よろしくお願いします」
そう言って軽く手を振ると、紫は隙間へと消えていった。
彼女を見送ったあと、マミゾウは顎を手で撫でながら呟いた。
「さて、一人で飲むのも乙なものじゃが……」
「答えてはくれなんだが、調べるのが駄目だとは言われてないからのう」
意地の悪い笑みを浮かべる古狸が一匹。
沈んだ太陽の代わりに出てきた月に照らされて。
意気揚々と、目的地への歩みを始めるのであった。