東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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よければ酌をしてもらえんか?


第三話 「すれ違い」

 

 

 

下弦の月が上り、人間の里を優しく照らす。

夜の帳を迎えた通りでは、ひしめく居酒屋から多くの笑い声が漏れてくる。

しかし、その楽しそうな声とは裏腹に一人、沈んだ表情で通りを歩くものがいた。

肩を落とし、顔を俯かせ、力のない足取りで溜め息を吐く。

陰気な様子が分かりやすく見て取れた。

俯いているせいで、それが誰かを判断するのは難しかったが、

たとえ彼女を知るものでも気安く声をかけられないほど落ち込んでいる様であった。

 

「はぁ……」

 

何度目になるか自分でも分からない溜め息を吐いて顔を上げる。

月明かりに照らされて、初めてそれが誰であるかが見て取れた。

本居小鈴である。

いつも着ている赤白のチェックの服とは違い、黒い外套と深めに被った帽子を被っていた。

寂しくカランコロンと履いた下駄を鳴らしながら、小鈴は独りごちる。

 

「うぅ、今月のおこずかい全部使っちゃった」

「あともうちょっとで手に入ったのに」

「どうしよう……」

 

再び顔を俯かせ通りを進む。

耳に届く楽しそうな笑い声が憎々しい。

特に意味もなく覗いた財布の中は、やはり空っぽで、それが一層小鈴の気持ちを落胆させた。

 

「なんじゃ。お前さん湿気た顔をしておるのう」

 

急に声をかけられて、慌てて顔を上げてみれば、小鈴の目の前には彼女が良く見知った顔があった。

それは小鈴の店によく顔を出してくれる人物。

二ツ岩マミゾウである。

 

「あ、こんばんわ」

 

まだ小鈴はマミゾウの名前を知らなかった。

しかし見知った彼女に特別な憧れを持っていたため、声を掛けられただけで幾分先ほどの陰鬱な気持ちが和らいだのを感じた。

 

「こんばんわ。それにしても随分と陰気な顔をしとるのう。お前さんにそんな顔は似合わんよ。どうじゃ、もし悩みがあるというのなら儂が相談に乗ろうか?」

 

マミゾウの申し出に心が弱くなっていた小鈴は感動し、愚痴ですが、と前置きして語り始める。

 

「これは私の自業自得なんですが」

 

首を左右に一度振ってから小鈴は話を続ける。

 

「以前、私は賭け事が苦手という話をしましたよね?」

「うむ。そうじゃったな」

「実はその賭け事でお金をすってしまって。で、でもお金が欲しかったとかじゃないんです。実は賭けの対象に妖魔本があったので、それで…」

 

小鈴の声色の勢いが目に見えるように弱くなる。

 

「気がついたら熱くなり、金を全てすってしまったと」

「……はい」

 

言われて小鈴は俯いた。

それを見てマミゾウが後頭部を掻きながら、苦笑して言った。

 

「まぁこればかりは水物じゃからな。逆に良い経験をした高めの授業料と思っとくしかないじゃろうなぁ。しかし、妖魔本が賭けの対象とは。まっとうなシノギの場ではないじゃろう?」

「どうなんでしょう? 私、詳しくないからわからないんですが、ポーカーと言うもので。他にもお客さんは結構いました」

「ほぅ、ポーカーか」

 

マミゾウは感心したように頷いた。

自身の知っている賭場といえば、丁半やチンチロリンが主だったからだ。

麻雀なんかもあった気がするが、あれは身内同士でやるのがほとんどだ。

西洋の遊びが絡んでくるとは、これは新しもの好きのあの吸血鬼が絡んでいるのか?

ならばかなり分が悪いんじゃなかろうか。

なんせ相手は運命を操れる化物じゃからな。

そうして一人思案していると突然、彼女の耳に可愛らしい音が届いた。

それは小鈴の腹の虫であった。

 

「あぅ」

 

小鈴の顔が真っ赤に染まる。

それを見たマミゾウが笑みを浮かべて、彼女の手を取った。

 

「元気をだせ。飯を食わせてやろう」

「え? そんな悪いです」

「なーに気にすることはない。情報量というやつじゃ」

「情報量ですか?」

「うむ、ポーカーの話詳しく聞かせてもらいたい。その礼だと思ってくれ。それに腹も膨れれば気分も少しは晴れるじゃろ?」

「そんな、お礼だなんて。私、そんなつもりじゃ……」

 

頬を染めたままで断ろうとする小鈴に、マミゾウは苦笑して言葉を告げる。

 

「あぁ、違うんじゃ。これはな、口実じゃ」

「口実?」

「じつは一杯やろうと思っていたんじゃが、一人でのう。相手を探しておったんじゃよ。どうじゃ、よければ酌をしてもらえんか?」

 

そう言ってマミゾウはウインク一つして、小鈴の握った手にほんの少し力を込めた。

それを聞いた彼女は顔を俯けながら、ありがとうございます、と小さく呟くのが精一杯であった。

彼女の気遣いが嬉しく、先ほどの陰鬱な気持ちはすでにぬぐい去られていた。

 

「よし、それではいこうか」

 

小鈴の手を引き、マミゾウは当たりをつけた店の中に入っていく。

暖簾をくぐるその瞬間、彼女は通りを振り返って見回した。

当てが外れた。

口に出さずに心で呟いた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ」

 

訝しむ小鈴に答えて、マミゾウは今度こそ店の中に姿を消した。

当てが外れた。

てっきり人里に現れると思っていたが。

彼女が本当に探していた相手の姿が見当たらなかったことで、自分の読みが外れたことに軽く落胆する。

まぁ、機会はいくらでもあるじゃろう。

そう思って気持ちを切り替えた彼女は手頃に空いている席に腰をおろしたのだった。

 

 

 

 

マミゾウが小鈴に出会うことになった時間を遡り、場所は人里から少し離れた森の中。

月光が差し込む小道で、アルベルトと正邪は目の前の黒球に対面していた。

 

「なんだあれは?」

 

正邪を抱えたままでアルベルトが呟く。

森を縫うように疾走してきた彼。

その速さはまるで突風の如く。

しかし、抱えられた彼女が僅かばかりの振動しか感じなかったのは、彼の類希なバランス感覚によるもので、上半身を固定しているかのように、足だけを猛禽類もかくやという速さで地を蹴って走ってきたのだ。

早すぎだろ。

抱えられていることで居心地の悪さを感じていた彼女は心の中で呟き、その常人離れした動きに、やはりこいつは只者ではないと彼の顔を見上げながら思っていたところ、突然その歩みを止めた彼の言葉が耳に届いた。

言われるままに視線を前に移してみると、そこには道の中央を塞ぐように、ゆらりと漂う黒い球が浮かんでいた。

 

「あれは…」

 

その球の大きさと闇よりもなお暗き、漆黒に身に覚えのあった正邪は言葉を続ける。

 

「あれは、ルーミア。宵闇の妖怪よ」

 

言葉と同時に黒い球がこちらに近づいてくる。

ゆっくりと、漂うように。

しかし確実にこちらに向かって。

 

「こんばんわ」

 

目の前に迫った黒球が動きを止めた頃、中から可愛らしく幼い少女の声が二人の耳に届いたのだった。

 

 

 

 

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