東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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私はお前を喰らいたい


第四話 「食慾」

 

 

「こんばんわ」

 

黒球が呟いた。

そのどこか場違いに幼い少女の声にアルベルトは眉をひそめる。

 

「ちょっと降ろしてよ」

 

正邪の言葉に素直に従って、アルベルトはゆっくりと彼女を地面に降ろした。

 

「ルーミアだろ?」

 

漂う黒球に語りかける正邪。

アルベルトはその横で観察するように、目の前に漂う黒球を無言で眺めていた。

正邪の問いに反応したのか黒球が消え去り、現れたのは金髪の少女。

宵闇の妖怪、ルーミアであった。

 

「なんだか声が聞こえたから」

 

そう言って、花が咲いたように微笑むルーミア。

月明かりに照らされた少女の微笑みは可愛らしかったが、しかしこの場にそぐわないものであったようで異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「私たちに何かよう?」

 

正邪の質問に人差し指を口に当てて、ルーミアは楽しそうに呟いた。

 

「うん。お腹もすいてたし。運良く人間を見つけちゃったんだよね」

「夜にこんな場所で活動しているってことは」

「ねぇ、あなたたちは……」

「食べてもいい人類?」

 

口を三日月の形に変え、ルーミアが両手を広げた。

そして答えを待つかのように真紅の瞳が二人に注がれる。

 

「ちょっと待って。あんた勘違いしてるわ」

「何が?」

「あいにく私たちはあんたの食べたい人類じゃないわ。だって私は天邪鬼なんだから」

 

正邪の言葉を聞いて、きょとんとした顔を浮かべるルーミア。

急激に彼女の異様さが萎んでいく。

しかし次第にさも可笑しな事を聞いたというふうに笑い始めた。

 

「あはは。あなた面白いこと言うのね」

 

ルーミアの様子を訝しんで、正邪は言葉を返した。

 

「なにがそんなにおかしいのよ?」

「だって…ふふ…あなた達から妖力なんて感じないし、何より……」

「……人間のいい匂いがする」

「はぁ!?」

 

ルーミアの言葉に驚いたのは正邪。

確かに妖力を失ったこの体はまるで人間のように脆弱だ。

しかし、人間の匂いとはなんだ。

アルベルトならまだしも、私を含めてあいつは人間と言っているのだ。

 

「違う! 私は妖怪だ!」

 

自身の身に何が起こっているのか理解できないまま、正邪が叫んだ。

しかしその訴えに溜め息を吐いてルーミアが応える。

 

「そう、じゃぁ、スペルカード出して」

 

その言葉を受けて正邪は閉口してしまう。

試しにいつもの感覚で力を込めるが、全くその片鱗を現さない。

一筋の汗が彼女の頬を伝った。

その様子を見て満足したのか、ルーミアが得意げに語った。

 

「スペルバトルが出来ないんじゃ、しょうがないよね?あなた妖怪だって嘘を吐くし。嘘つきさんなんだね。そんな嘘つきは、ふふ…食べてもいい人類だ」

 

自身の中で答えを見つけ、ルーミアは歓喜の声を上げる。

萎んでいた彼女の異様さ、興奮が膨れ上がり、辺りを包み込む。

非常に不味い。

内心の焦りを隠しながら、正邪はどうすればこの人食い妖怪から逃げられるかを考えた。

どうする?

何かあいつの注意を引くものはないか?

視線を彷徨わせ、すぐ隣のアルベルトの姿が瞳に映る。

仕方ない、どうにかこいつを囮に逃げるか。

ちっ、せっかくの駒が台無しだ。

しかし命には代えられない。

まずは口八丁でルーミアにこいつを差し向けるか。

そう考えて、彼女が行動に移そうと口を開きかけたとき、それまでルーミアに視線を向けていた彼の瞳が彼女へと向けられた。

 

「おい。あの妖怪はわしたちを喰らおうとしているんだな?」

「そ、そうだけど」

「面白い」

 

アルベルトが獰猛に笑って、目の前のルーミアへと向き直った。

 

「下がっていろ」

「え?」

「下がっていろと言ったんだ。できるだけ遠くにな」

 

ルーミアから視線を逸らすことなく正邪に告げるアルベルト。

その言葉に正邪は一瞬だけ呆けたものの、それでも無言ですぐにその場から走り去る。

 

「逃げられちゃった」

 

逃げた正邪に視線を向けることもせずに、ルーミアは事も無げに呟いた。

 

「いいのか?」

 

もちろんアルベルトは正邪の逃走を邪魔させる気はない。

 

「えぇ、だってわたし、すぐに追いつけるもの」

 

それはつまり、瞬く間に目の前の男を殺し、食らった後で、女を追いかけるという事を語っているのだ。

飛ぶことの出来るルーミアには、地を這うことしかできない人間に追いつくなど造作も無いことだった。

 

「随分な自信だな」

「あなた勇敢なのね。全く逃げようとしないなんて」

 

そう言って笑みをこぼすルーミア。

その蛮勇は無意味に終わるだろう。

彼女は今まで幾人もの無力な人間を見てきた。

元来面倒くさがり屋の彼女が好んで人を襲うことは殆どない。

しかし、目の前に食べてもいい人類が現れて、逃したことは一度として無かった。

スペルバトルも出来ない只の人間に遅れを取ることはない。

何度もこのような場面に出くわした。

一人を囮に、他が逃げて。

その都度それらは余すことなく胃袋に収まった。

だから今回もその行動は意味がない。

せめて苦しまずに殺してやろう。

その蛮勇に畏敬の念を込めながら。

 

「さようなら。いただきます」

 

そして宵闇が動いた。

彼女の右手がアルベルトに向かってかざされる。

その直後、彼女の手のひらから溢れ出した泥のような闇の濁流が彼に襲いかかった。

声を上げる間もなく、彼の立っていた空間が濁流によって侵食された。

そして闇の濁流が咀嚼するように蠢くのを見て、ルーミアは満足そうに笑みを浮かべる。

しかし徐々に彼女の笑みが崩れはじめ、困惑した表情が浮かび上がる。

感触がない。

今食った人間の。

砕ける骨の感触、引きちぎれる肉の感触、断末魔の叫び声の感触さえも。

味がしない。

血の味、肉の味、内蔵の味、皮の味、絶望の味がしない。

いつも感じるはずのものが自身の体の一部である闇を通じて伝わってこないのだ。

 

「空気は美味いか?」

「嘘!?」

 

突如背後から聞こえた声に信じられないと声を上げて、ルーミアはすぐさま後ろを振り返った。

そこにいつの間にか立っていたのはアルベルトであった。

その体は傷一つなく、紛れもなく闇に飲み込まれる前の彼の姿のままである。

 

「なん、がはっ!」

 

ルーミアが何かを言い終わる前に、アルベルトはその体の中心を蹴り飛ばす。

的確に正中線を捉えられた彼女の体は九の字に曲がったままで吹き飛び、数メートル先の森の木に激突した。

その木は衝撃に耐え切れず、当たった場所から砕け散り、勢いよく後方へと倒れていく。

森に倒れていく木が作り出すけたたましい音が辺りに鳴り響く。

 

「どうした? もう終わりか?」

 

構えることもせず、アルベルトは倒れた木の下で動かないルーミアに声をかけた。

しかし返事は返ってこない。

が、次の瞬間だった。

彼の周りを囲むように、地面を突き抜けて突如として現れた無数の黒い手が、アルベルトの体を絡め取り身動きを封じた。

 

「逃がさない」

 

ゆっくりと起き上がるルーミア。

その赤い双眼がアルベルトに注がれる。

顔は無表情のままで彼から目を逸らすことなく、口からだくだくと流れる血を唾と一緒に地面に吐きつける。

そして彼に語りかけながら、はっきりとした足取りで歩みを始めた。

 

「油断したわ。まさか、こんなに早いなんて。だけど、動きは封じた」

ぎしりと、アルベルトを締め付ける黒い手に力が一層込められた。

常人ならば骨が砕けるほどの力を込めているはずなのに、しかし彼の表情は崩れない。

しかも余裕の表情でルーミアに語りかける。

 

「耐久力は中々だな」

 

アルベルトの蹴りをまともにくらっておきながら、ルーミアの足取りに狂いはない。

 

「うるさい。喋るな」

 

羽虫をうざがる様に、ルーミアは眉間に皺を寄せて、吐き捨てる。

しかしすぐに彼女は微笑を浮かべた。

 

「もう逃げられないわ」

 

ルーミアは手を広げ、拘束されて動けないアルベルトに甘く囁いた。

両手から闇の濁流が溢れ出る。

それは地面を伝い、黒い手と折り重なるようにして、彼を包みこんでいく。

ゆっくりと確かめるように、彼女はその闇で彼が確実に囚われていくさまを見つめていた。

 

 

 

わたしはこの闇で人を食う。

自分の分身の闇は綺麗に食べてくれる。

人間は暗闇で自身の体がゆっくりと咀嚼されていくと絶望する。

目に見えない痛みと苦しみだけの世界で、彼らは狂ったように叫び声を上げるのだ。

絶望とともに狂っていく。

狂って狂って狂いきっていくまでのその過程。

痛い。

苦しい。

死にたくない。

まだ生きていたい。

綯交ぜになった負の感情がなによりのスパイスになる。

だからわたしは闇を使って人間を食う。

その方が何倍も美味しいからだ。

好んで人間を食うわけではないけれど、それでも美味しく食べたいと思う。

あぁ、この男のその余裕の表情が醜く歪んで、どんな悲鳴を上げるんだろう?

どんな絶望というスパイスをわたしに味あわせてくれるの?

楽しみだ。

本当に楽しみだ。

こんなにも、こんなにも胸が高鳴る。

そしてわたしは男が確実に闇の中に収まりきったのを確認して、もう一度告げる。

 

「いただきます」

 

闇が蠕動し、咀嚼を開始しようとする。

 

「手緩いわぁぁあああ!」

 

しかし彼女の耳に届いたのは絶望の叫び声などではなく、気合の入った雄叫びであった。

突如激しい衝撃波に襲われたルーミア。

両手で顔を覆い、吹き飛ばされまいと足を踏ん張った。

 

「お前の力はこんなものか!」

「がっ!?」

 

頭上からの衝撃にルーミアの体が地面に叩きつけられバウンドする。

 

「随分と自信があったようだが」

「ぎゃん!」

 

バウンドした勢いのままの彼女の顔面を捉えるアルベルトの右手のアッパーカット。

血飛沫を舞い散らせながら彼女の体が森の木よりも高い天空へと突き抜けていく。

舐めるな。

ルーミアは軋む全身に力を込めて急減速し、空中で静止する。

彼女は地面へと向き直りながら、だらだらと口から流れる血を拭うこともせずに、手の中に作った闇を即座に開放した。

 

闇符 「ディマーケイション」

 

相手の姿を確認する暇が無い以上、時間を稼ぐために彼女は手当たり次第に辺りを闇で侵食する。

 

「どこに目をつけている」

「なっ、飛べっ!?」

 

自身の背後に現れた影。

振り向いた先には月を背負うアルベルトの姿があった。

驚愕し、言葉を言い終わる隙も与えてもらえずに、彼が放った踵落としがルーミアを捉える。

衝撃が彼女を貫き、そのまま大地へと墜落していった。

激突し、その衝撃で森が砂塵で覆われていく。

 

「けふっ。は……あはは……」

 

地面に出来たクレーターの中心にルーミアは仰向けに倒れていた。

あたりは砂塵で覆われ数センチ先も見えない。

そんな状況の中、ルーミアは血を吐きながらも笑っていた。

 

あぁ、そうか。

最初から読み違えていたんだ。

スペルバトルが出来ない、妖力もない。

いや、人間だから霊力か。

少なくとも力を持つ人間じゃないと決めつけていた。

巫女や陰陽師ではない只の人間。 

私に食べられるだけの人類だと。

それがどうだ?

わたしは指一本触れられないまま地に伏している。

読み違えた?

いや、違う。

たとえ最初から警戒していたとしてもこうなっていた。

あの男が強く、今のわたしが弱かっただけ。

ちょっかいをかけたのが全ての過ち。

このまま殺されるのだろう。

当たり前だ。

だってわたしはあの男を食おうとした。

だから殺される_______本当か?

わたしは素直に殺されるのか?

諦め、絶望するのか?

人間のように?

このわたしが?

_________この闇の化身たる妖怪のこの私が?

 

「死ねぇぇえええええ!!!」

 

私の存在を証明するかのように叫び声を上げる。

そして砂塵を突き抜け空に立つあの男に牙を剥く。

当然の如く、男は私に拳を向けてきた。

衝撃波を纏ったその拳が眼前に迫ってくる。

瞬き一つ出来ない刹那の瞬間。

私は月明かりが見えた気がした。

そして私はこの首を衝撃波へと差し出した。

 

 

 

「ようやく本番か小娘」

 

宙に浮いていたアルベルトは、自身のカウンターを浴びせられ、再び砂塵の中へと落ちていったルーミアの方へと声を掛けた。

彼の周りには赤い破片が無数に漂っていた。

そしてそれは羽のように中空をゆっくりと舞い落ちていく。

砂塵がその赤い破片と入れ替わるように消えてなくなった頃。

赤い羽に包まれて、少女が姿を現した。

 

「私はお前を喰らいたい」

 

____________さぁお前を喰らってやろう。

________________この溢れ出る復讐の念を込めながら。

 

 

 

 

 

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