東方逆天撃   作:阿鯛 斎京

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私はな、諦めが悪いんだよ


第七話 「問掛け」

 

 

 

大地に刻まれた逃走の痕跡。

月光に照らされた足跡を頼りにアルベルトは正邪を追っていた。

先程の戦いで受けた傷跡からは止めどなく血が滴り落ちていく。

それは確実に彼の体力を蝕んでいった。

彼自身、妖怪と牙を交えたのは二度目であったが、生死を掛けて戦ったのは初めてのことだった。

宵闇の妖怪、ルーミアとの戦い。

決して長いとは言えない短期決戦の中でも感じたのは、その驚異的な強さ。

あれがどのような立場の妖怪であったのかは分からない。

しかし少なくともこれまで対峙した二人の妖怪は、そのどちらもが強者で、この胸に刻むには十分だった。

妖怪とはこれほどまでか。

アルベルトは妖怪というものについて考えを巡らせる。

それは自然と、自分自身というものへと折り重なり、やがて獰猛な笑みと共に消えていった。

 

「長くなりそうではあるが…」

 

呟いた言葉に、アルベルトのある覚悟が見て取れた。

 

「探してみるか」

 

それは正邪に向けてのものか、それとも……。

この時、その答えを知るのはアルベルトのみではなかった。

 

「見失ったか」

 

痕跡が途切れた場所で、アルベルトは周囲を注意深く見回した。

正邪のものとは違う別の足跡が、その場所に存在していた。

明らかに争った形跡がある。

潰れた茂みに目を向け、その周囲をことさら注意深く観察した。

 

「これは……」

 

それはデフォルメされたカエルの髪留め。

地面に打ち捨てられたそれを拾い上げて観察する。

こんなものは持っていなかったと思うが。

正邪の髪に触れたとき、このような髪留めはしていなかった。

偶然でなければ別の足跡を刻んだ者が争いの中で落としたとみていいだろう。

だとすれば正邪は、攫われたか、運が悪ければ殺されたか。

しかし、血痕などは見当たらない。

もちろん、先ほどの妖怪のように特殊な能力で丸呑みにされてしまった、ということも考えられる。

遅かったか。

眉を潜め、手にとった髪留めを見つめる。

 

「―――――――放せっ!」

 

その時、遠くアルベルトの耳に正邪の声が届いた。

どうやら、まだ生きているらしい。

聞こえた言葉からして何者かに捕らえられているのだろう。

 

「まだ遅くはなかったな」

 

手に持った髪飾りを胸ポケットに仕舞うと、アルベルトは苦笑を浮かべた。

 

「手のかかるやつだ」

 

すぐさまアルベルトは、傷ついた体に鞭を打つように、声の聞こえた方へと全速力で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「放せ! 私は正邪なんかじゃない!」

 

早苗の背後で、捕らえられている正邪が何度となく抗議の声を上げる。

浴びせられる声に辟易しながらも、彼女は帰路へと向かっていた。

 

「畜生、どうして私がこんな目に!」

 

余りにも大きな声。

それは森の上空で、遮蔽物がないことから、辺りに大きく木霊する。

いい加減耳を塞ぎたくなって、早苗は正邪を睨みつけた。

 

「いいかげん諦めて、静かにしてください!」

「嫌だね!  誰か、誰か助けてくれ!」

 

これではまるで人さらいだ。

頭痛を感じて早苗は溜め息を吐いた。

この時、正邪にはある目論見があった。

それは、今自分たちの存在を辺りに知らしめること。

捕まって身動きの取れない彼女にできるのは、逃げる機会をこの動く口を使って自ら作り出すことだけ。

この声に反応した誰か、そう先ほどのルーミアでもいい、それらが興味を持ち、こちらの存在に気がつけば、そこに逃走の隙が生まれるかもしれない。

もし運がよければ、アルベルトが上手くやって、助けにくることもあるだろう。

それが最高の結果ではあったが、それも先ほどの轟音を聞いたからには望みは薄い。

人間がそうそう簡単に妖怪には勝てない。

もちろん、あの時の彼を覚えていないわけではない。

ふと、一瞬にして刈り取られた三人の男たちの首が脳裏に浮かぶ。

それでも、彼女は彼を信じていなかった。

希望的観測で望みを抱くには、まだ彼と正邪との付き合いは短すぎたのだ。

彼女が信じるのは自身のみ。

ならば今自分ができることをやろう。

少しでも逃走の確率を上げるのだ。

このままあの二柱の前に引きずり出されれば、殺される可能性はぐんと上がる。

その前に逃げなくてはいけない。

だからこそ声をあげる。

それがどんなに小さな可能性でも諦めない。

彼女はこれまでもそうしてきたのだから。

 

 

 

 

 

「煩いわね」

「くっ…」

 

突然、空を飛ぶ二人の目の前に現れた人影。

その予想外の人物に、正邪は苦虫を潰したように押し黙った。

 

「霊夢さん!」

「こんばんわ早苗。こんな夜遅くに随分と煩いのを連れているじゃない」

 

早苗達にそう告げたのは博麗霊夢だった。

自身と同じように妖力を感じて駆けつけただろう彼女に、随分と早かったな、と微かな違和感を覚えたが、それは正邪が押し黙ったことによる安堵で気に止めることもなかった。

 

「それで、どうしたのそいつ?」

「えぇ、実は先ほど捕まえたのですが……」

 

霊夢に促されて早苗は簡潔に説明を話し終え、と同時に溜息を吐いた。

 

「自分は正邪ではないから放せ! の一点張りで…」

「ふ~ん」

「……」

 

黙ったまま俯く正邪に、霊夢はよくよく視線を向けて観察した。

 

「確かに角がないし、妖力も感じられない。 まるで…」

「人間のようでしょう?」

 

霊夢の言葉に重ねて、早苗が困り顔で言葉を続けた。

 

「ですから、このまま連れ帰って。お二人のご指示を受けようと思っているのですが」

「へぇ、そうなんだ……」

「あの、霊夢さんはどう思われますか?」

 

聞かれた言葉にしかし霊夢は答えずに、代わりに正邪に語りかけた。

 

「あんたはどうなの?」

「私は違う…」

 

霊夢にまっすぐと見つめられ、正邪は弱々しく返答する。

 

「そう? 随分と自信なさそうな声色ね」

「ならどうしろっていうんだ!」

 

逃げるには絶望的な状況。

二人の巫女に囲まれ良い案が浮かばず、彼女の言葉にあらぬ声を上げてしまう。

その心を見透かしたのかのように霊夢は突然、彼女と唇が触れるほど顔を近づけると、覗き込むようにして黒く美しい瞳を正邪に重ねた。

 

「―――――――っ!?」

 

無表情で見つめられ、正邪は凍りつく。

 

「どうするの?」

「なに…を…」

「ここで始末してあげましょうか?」

 

彼女の耳にだけ届くように、霊夢は抑揚なく呟いた。

その言葉に戦慄し、目を見開く正邪。

 

「私もね。決めかねてるの」

 

どうするの?

その言葉は霊夢が自身に問いた言葉だった。

目の前の女がいくら人間のようでも、彼女には分かっていた。

いつもの勘が、彼女が鬼人正邪だと囁くのだ。

ならば有無を言わさず滅するのが自身の役目。

それでも決めかねているのは、今お尋ね者を目の前にしているにも関わらず、あの時の彼女の言葉が脳裏をよぎるからだ。

ここで、彼女を始末してしまえば全ては水泡に帰すだろう。

そう、それが一番良い答えのはずだ。

しかし自身の信頼する勘が殺すことを躊躇させる。

それは戸惑いなのだろうか。

いまだ決め兼ねる自身の中の答えに、霊夢は正邪に問うたのだ。

自分で決めさせてやる、と。

 

「ねぇ、あなたは死にたいの?」

 

迫る抑揚のない霊夢の声色に、正邪はそれでも必死に自分を取り戻した。

彼女がどういうつもりかは分からない。

きっと自分が正邪だと気づかれているのだろう。

それでもこうやって私に話しかけるということは、そこに何かがあるということ。

答えを間違えれば殺すと彼女の眼差しが語っている。

死にたくない、そう言ってしまえば簡単だろう。

しかし、それは違う気がした。

あなたは死にたいの?

そう聞かれて、正直に私は死にたくないと答えるのか?

もちろん死にたいと答えるのは論外だ。

どれもが違う。

他の何者も持たないわたしだけの答え。

それを導き出さなければ殺される。

ならばなんだ?

ここで言うべき、私の答えは。

 

「そう…」

 

それまでの沈黙を答えと受け取ったのか、霊夢は諦めたように近づけた顔を離した。

しかし、そこに正邪は体を乗り出して気丈に応える。

 

「死なない」

「…」

「誰が私を殺せる?」

「私はな、諦めが悪いんだよ」

「……そう」

 

しばしの沈黙。

二人の視線が混じり合いやがて、その答えを聞いた霊夢がほんの少しばかり俯いて、溜め息を漏らした。

そこにそれまで二人のやり取りに固唾を飲んで見つめていた早苗が、動揺しながらも口を挟んだ。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

二人が何を語ったのかは聞こえなかった。

意図的に聞こえないように喋っていたことも見て取れた。

それでもその異常な雰囲気に口を出せなかったのは霊夢の真剣な表情を垣間見たからだ。

早苗にはそれがどこか彼女が苦悩しているように見えていた。

次第に彼女から緊迫した表情がとれ、面倒そうに体を離したところで、言葉が返ってくる。

 

「なんでもないわ」

 

事も無げに呟いて、霊夢は札を取り出した。

 

「霊夢さん?」

 

その行動を見てとって、早苗は困惑の表情を浮かべた。

そして霊夢は取り出した札に霊力を込め、正面へと掲げたのだった。

 

 

 

 

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