サイゴ村を出て、数ヶ月後、魔王城に辿り着いた勇者パーティ。
雑魚敵たちを難なく倒しながら進み、モレルたちはついに魔王がいる玉座の間の前まで来ていた。
「ここまで長かったな……」
モレルが感慨深げに言うと、魔法使いがげんなりとした表情になる。
「ええ、あんたがトイレ行きまくるせいでね……」
モレルは柔和に微笑んだ。
「フッ、でも、そんなことも今ではいい思い出だよな」
「いえ、全然」
僧侶がすぐさま否定した。
「さぁ、いつまでも感慨に浸っている暇はない、行くぞ!」
覚悟を決めた表情で、モレルは扉に手をかける――が、彼は急に動きを止めた。
「どうしたんだ?」
戦士が言うと、モレルは股間を抑えながら振り返り、
「わりぃ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「ええ……」
呆れた表情の戦士。他の仲間たちも明らかにドン引きしていた。
そして五分後――
「よし、気を取り直して、行くぞ!」
「なんかテンション下がるなぁ」
ひとりだけやる気に満ち溢れているモレルを見て、戦士が冷めた表情で言う。
他の仲間たちも明らかにやる気をなくしていた。
みんながなかなか動こうとしないので、しかたなくモレルが扉を開けた。
すると、部屋の奥で、魔王が玉座にふんぞり返っていた。
「ようこそ、勇者たちよ」
「出たな、魔王!」
勇者は剣を鞘から抜いた。
きらん、と輝く美しい銀色の刀身のロングソード。
王からもらったひのきの棒はとっくのとうに捨てていた。
「待ちわびたぞ、勇者よ、さぁ、かかってくるがよい!」
その声を皮切りに、勇者たちと魔王の戦闘が始まった。
モレルたちは自信があった。今の自分たちは魔王に渡り合えるくらい強いはずだと。
しかし、実際は防戦一方になってしまっていた。
「くはははははは、どうした、そんなんじゃ、私は倒せないぞ!」
「くっ、強すぎる」
「こんなの、どうやって倒すのよ!」
「まったく隙がないですね」
戦士、魔法使い、僧侶が苦虫を噛みつぶした表情で言う。
ちなみに、吟遊詩人は戦闘ではあまり役に立たないため、離れたところで仲間たちを見守っていた。
「ふぅ、勇者パーティもこの程度か、興ざめだ、さっさと終わらせよう」
失望した顔で魔王は言うと、邪悪なオーラを手に纏わせた。
そして、そのオーラを一気に放出する。
「食らえ、我が最終奥義、ブラックサンダー!」
黒い雷が勇者パーティに降り注ぐ。
「ぐああああっ!」
「きゃああっ!」
「ああああぁあっ!」
戦士、魔法使い、僧侶が悲鳴を上げながらぶっ倒れる。
その場に立っているのはモレルだけになってしまった。
「ふ、さすが勇者だ、私の最強の魔法でも倒れないとはな」
「調子に乗るな、魔王、お前は俺が倒す」
「よく言った、さぁ一騎打ちといこうではないか!」
勇者と魔王の激しい戦闘が始まった。
ほぼ互角の戦い。
しかし、涼しげな魔王の顔とは対照的に、勇者の表情には焦りがあった。
それは自分の力が魔王に劣っていると思っているためか、いいや、違う!
彼はこの時、こんなことを考えていた。
(やべぇ、トイレ超行きてぇ!)
実は彼の尿意は限界が近かったのだ。
魔王が険しい表情の勇者を見て、わかったような顔で嘲笑する。
「ふ、勇者よ、強がっているが、焦りが見えるぞ?」
(な、こいつ、まさか俺がおしっこもれそうなことに気づいているのか!?)
「私より弱いということが本当は自分でわかっているんだろう?」
「なんだ、そっちか」
「……ん? 違ったのか?」
「さぁな!」
再び、勇者と魔王の激しい攻防が続く。
しかし、モレルの尿意はもうほぼ限界だった。
彼は後ろにバッと飛んで、一旦魔王と距離を取る。
「どうした、急に攻撃をやめて、もう終わりか?」
にやにやとする魔王。
しかたない、そう考え、モレルは恥を承知で魔王に頼んだ。
「あのさ、悪いんだけど、トイレ行っていい? もれそうなんだ」
「は?」
これは完全に魔王の想定外の発言だったようで、口をあんぐりと開けていた。
「頼む、このままだとまじでもれるんだ、行かせてくれ!」
「ふざけているのか? 行かせるわけないだろ!」
怒りで顔を赤くした魔王が、一気に距離を詰めてきた。
そして、強烈な一撃を勇者にぶちかます。
「ぐ、おおおおおおっっ!」
なんとか勇者はそれを防ぐが、その分、尿意はさらに増してしまった。
(やべ、今、もれそうになった、くそ、魔王のやつ、手加減してくれよっ、俺今もれそうなんだぞ!?)
モレルは心の中でそう叫ぶが、そんな彼に対しても、魔王は容赦なく攻め続ける。
「くははは、しょんべんを我慢した状態で私に勝てるかな?」
「くそ、卑怯だぞ、魔王!」
「いや、おまえが事前にトイレ行かなかったのが悪いんだろ」
「五分前に行ったばかりだわ!」
「トイレ近すぎだろ!?」
そんな会話をしながらも魔王の猛攻をモレルは何とか防ぐ。
しかし強烈な攻撃をガードするたびに、彼の股間は決壊しそうになっていた。
「やめろ、そんな強い攻撃を何度も放つな、もらしちまうだろうが!」
「知らんわ!」
「なんだと、俺がもらしてもいいっていうのか!?」
「別にいいわ!」
だんだんモレルが明らかに劣勢になってくる。
(くそ、このままだと、敗因が頻尿であることだと歴史書に書かれ、俺の汚名が後世にまで語り継がれてしまう、そんなの嫌だ!)
モレルはそう考え、ある覚悟を決めた。
魔王が押されっぱなしの勇者を見て、ニタリと笑う。
「どうだ、私が怖いだろう、勇者よ」
「いや、もう俺に怖いものなんてない」
「くはははは、強がるな!」
「強がってなどない、その証拠に、俺の下半身を見てみろ」
「な! びしょびしょじゃないか、まさか!?」
「そうだ、今さっき漏らした」
どや顔で言うモレルに、唖然とした表情になる魔王。
だが、すぐにごほんと咳払いをして、気を引き締める。
「ふん、たかがおしっこを我慢する必要がなくなっただけで、図に乗るな! 今のおまえが強そうな言葉を使っても弱く見えるだけなんだよ!」
とびしょびしょの勇者のズボンを見て嘲笑う魔王。
しかしモレルの顔は涼しげだった。
「ふっ、それはどうかな?」
不敵な笑みを浮かべると、次の瞬間、一気にモレルは攻撃のスピードを加速させた。
「な、急に動きにキレが増した!? さっきと本当に同じ人間か?」
汗を額に浮かべながら、目をぎょっと見開く魔王。
おしっこがもれそうになったらもらせばいい。そう吹っ切れたことで、モレルは本来の力を発揮し、この時、真に最強の勇者と至ったのだ。
「くっ、こいつ、おしっこもらしたくせに、ぐぬぬぅっ、つ、強い!」
魔王の表情から余裕がなくなる、
しかし、これでようやく実力的には互角と言ったところ。
ここからはお互いに隙を見せた方が負け、そういう勝負になる。
だが、魔王はなかなか隙を見せなかった。もちろんモレルも。
このまま勝負が一向に着かないかと思われたが、しかし、その瞬間はやってきた。
「行くぞ!」
このままじゃらちがあかないと考え、モレルが一気に間合いを縮めた、その時――
「うっ!」
勇者が眼前まで近づいてきたことで漂ってきたしょんべんの悪臭に耐えられず、魔王はつい鼻をつまんでしまった。
(ここだ!)
モレルはそのわずかな隙を逃さず、必殺の一撃を放つ。
「くらえ、豪炎斬!」
赤き炎を纏いし刃が、魔王を縦に切り刻む。
「ぐああああああ! こんな、死にかた…いやだ……」
燃え盛る炎に抱かれながら、魔王は真っ二つに割けていった。
魔王は死んだ。戦いは終わったのだ。
「決着が着いたの……?」
倒れていた魔法使いがゆっくりと立ち上がる。
他の仲間たちも起き上がり出した。
「みんな、やったぞ! 魔王を倒したんだ!」
モレルは仲間たちの所に走り、魔法使いに抱きつこうとしたが、彼女にすっと避けられてしまう。
「なぜ避ける!?」
彼女は無言で鼻をつまみ、彼の湿ったズボンを指差した。
(そういえば、漏らしたんだった……)
吟遊詩人は離れたところからその様子をしかと目に焼き付け、羊皮紙に記録していた。
数ヶ月後、彼は『頻尿勇者モレルがもらすまで』という題名の歌を作った。
勇者パーティが解散した後、吟遊詩人はモレルの英雄譚を広めるため、世界中を旅し、各地で歌を歌った。
かくして、モレルは魔王城でおしっこをもらした頻尿の英雄として、後世まで語り継がれたとさ、めでたしめでたし。