幕間「風が探すもの」
夜。
――化猫の宿の裏手。
やわらかな風が吹いている。
「……ここにいたんですね」
小さな声。
振り向くと――
**ウェンディ・マーベル**が立っていた。
「……ウェンディか」
ヨゾラが軽く頷く。
「眠れないのか?」
「はい……ちょっとだけ」
少し不安そうに笑う。
ヨゾラは視線を外す。
「……ここ、風がいい」
「え?」
「落ち着く」
「……ふふ」
ウェンディが小さく笑う。
「やっぱりヨゾラさん、優しいですね」
「……そうか?」
「はい」
迷いなく頷く。
少しの沈黙。
風が、二人の間を通り抜ける。
「……あの」
ウェンディが、少しだけ真剣な顔になる。
「ヨゾラさん」
「ん?」
「聞いてもいいですか?」
「……内容による」
「……」
少しだけ迷ってから――
「グランディーネを……知らないですか?」
その名前。
空気が、わずかに変わる。
「……」
ヨゾラは、すぐには答えない。
「……お前の竜か」
「はい」
ウェンディが頷く。
「私に天空の滅竜魔法を教えてくれた、大切な人です」
その声は、どこか寂しい。
「でも……」
俯く。
「いなくなっちゃって」
「……」
「ずっと探してるんです」
小さく拳を握る。
「きっと、どこかにいるって」
ヨゾラは、少しだけ空を見る。
星が瞬く。
「……知らない」
静かに言う。
「……そう、ですか」
ウェンディが少しだけ寂しそうに笑う。
「すみません、変なこと聞いて」
「いや」
ヨゾラが首を振る。
「普通だ」
「え?」
「探す理由がある」
ウェンディを見る。
「それだけで、十分だ」
「……」
ウェンディの目が、少しだけ揺れる。
「……ヨゾラさんも」
恐る恐る聞く。
「探してるんですか?」
「……ああ」
短く答える。
「俺も、いなくなった“何か”を」
「……竜、ですか?」
少しの沈黙。
「……わからない」
正直に言う。
「記憶がない」
「……」
ウェンディが目を見開く。
「でも」
ヨゾラは続ける。
「残ってる感覚がある」
胸に手を当てる。
「“いた”っていう確信だけは」
「……」
「名前も、顔も、声も」
目を閉じる。
「思い出せないのに」
「……それでも」
ウェンディが小さく言う。
「大切なんですね」
「……ああ」
ヨゾラが頷く。
その声は、静かで――でも確かだった。
風が吹く。
優しく、包むような風。
「……似てますね」
ウェンディがぽつりと呟く。
「何が」
「探してるもの」
少しだけ笑う。
「私と、ヨゾラさん」
「……そうかもな」
ヨゾラも小さく答える。
「じゃあ」
ウェンディが顔を上げる。
「一緒に見つけましょう!」
その目は、まっすぐだった。
「グランディーネも」
少しだけ間。
「ヨゾラさんの大切なものも」
「……」
ヨゾラは、一瞬だけ黙る。
そして――
「……ああ」
小さく頷く。
「見つける」
その約束は。
言葉にしなくても――
確かに、結ばれていた。
その時。
風が、ふわりと強くなる。
まるで――
どこかから見守るように。
「……?」
ウェンディが首を傾げる。
「今の風……」
「……さあな」
ヨゾラが空を見る。
星が、静かに瞬いていた。
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