——モンコメ郊外。
ブリュージュ隊は、前進を続けていた。目的は明確だった。敵機甲部隊——その指揮官、シャルル・ド・ゴール。それを叩く。ただ、それだけのために。
やがて、街が見えた。モンコメ。本来なら、ただの小さな街に過ぎない。だが今は違う。道路は塞がれ、交差点には障害物。建物の影には火点が潜み、通りはすべて射線に変わっている。そして、その奥。装甲車両の影。——待ち構えている。
「やってくれる。」
誰かが低く呟く。ブリュージュは答えない。ただ、その配置を見ていた。無駄がない。急造ではあるが、十分に機能している。——抜けん。正面からでは・・・。Ⅱ号戦車やLT-38は軽いし、速い。だが——足りない。火力も、装甲も。この街を正面から砕くには。
「・・・」
一瞬だけ沈黙。だが迷いは長く続かない。
「ウィンター隊は後方だ。」
誰に言うでもなく、呟くように。
「まだ早い。」
ステファニーのような少年少女に、これは重すぎる。——これは。経験で押し切る戦いだ。理屈ではない。綺麗でもない。
「行くぞ!」
短く言う。それだけで十分だった。エンジンが唸る。軽戦車が、ゆっくりと前へ出る。整然とした隊形ではない。だが——崩れない。老いた騎兵たちが、そこにいた。言葉は少ない。だが、理解は速い。
「距離を詰める!」
「側面を取る!」
「止まるな!」
短い言葉が無線を走る。かつて馬で戦った者たちが。今は鉄に乗り、同じように前へ出る。モンコメの街が、目の前にある。難攻不落。そう呼ぶにふさわしい配置。だが——それでも。
「騎兵は止まらない」
誰が言ったのかは分からない。だが、その言葉は確かにあった。そして。老騎兵たちの戦いが、始まる。
最初に違和感を覚えたのは、動きだった。敵は動かない。いや——動いている。だが、それは突撃でも、後退でもない。配置を変え、角度を変え、射線を重ねる。まるで、街そのものが意思を持っているかのように。
「厄介だな。」
無線の向こうで、誰かが低く言う。ブリュージュは答えない。ただ、その動きを見ていた。
交差点を押さえる車両。
建物の陰に潜む火点。
前に出たと思えば、すぐに引く。無駄がない。焦りもない。——指揮が通っている。
「これがド・ゴールの力か。」
誰ともなく呟く。その名に、軽さはなかった。次の瞬間、砲撃がした。壁が砕け、破片が飛び散る。
「散開!」
「右に振れ!」
Ⅱ号戦車たちが一斉に動く。軽い車体が、狭い路地を滑るように抜けていく。さっきまでいた場所を、砲弾が抉る。
「さすがに読まれているか?・・・いや——誘われている。」
敵は、ただ守っているわけではない。引き込み、撃ち、また引く。こちらの動きを見て、配置を変えている。
「面倒な戦い方だ。」
だが。ブリュージュの口元が、わずかに動く。嫌いではない。そういう戦いだ。
「止まるな。動き続けろ。」
それだけで、隊は動く。路地を抜け、角を取り、視線を外す。撃ってはすぐに動く。そしてまた撃つ。敵の重戦車が、ゆっくりと旋回する。かなり遅い旋回だ。同時に——重い。正面に立てば終わる。
「正面に出るな!」
「距離を取れ!」
「側面を探せ!」
無線が飛び交う。だが混乱はない。遅れながらも、確実に噛み合っている。
「空軍を呼ぶか?」
誰かが言う。その選択は、常にある。空を見上げれば、答えはすぐに来る。
だが——
「まだだ。」
ブリュージュは短く言った。
「来るぞ。」
次の砲撃。また一両が大きく揺れる。
「被弾!」
「動ける!」
「なら動け!」
怒号が飛ぶ。それでも、誰も止まらない。街の中で、鉄の群れがぶつかり合う。
フランス陸軍の重装甲。
ドイツ陸軍の機動。
重騎兵と竜騎兵。
どちらが上かなど——まだ分からない。だがブリュージュは見ていた。
重戦車の動き。
旋回速度。
進路。
そして——間。
「・・・遅いな。」
誰にも聞かれないほどの声で小さく呟く。だが、それで十分だった。
遅い。
強い。
でも遅い。
「数で押せる。」
静かに言った。
「動きで崩せる。」
結論は、出ていた。時間はかかる。損害も出る。
だが——勝てる。
「行くぞ!」
確信のこもった声。それだけで、十分だった。老騎兵たちは、再び前へ出る。止まらず崩すために。
戦いは、止まらなかった。押し、引き、また押し返される。モンコメの街路は、すでに原形を留めていない。
崩れた壁。
焼けた車両。
砕けた石畳。
その間を、戦車が行き交う。重いものと、速いもの。フランス陸軍の重装甲が、前へ出る。ゆっくりと。確実に。砲撃で建物ごと吹き飛ばす。その圧力に、押し戻される。
「下がるな!」
「横へ抜けろ!」
Ⅱ号戦車が路地へ滑り込む。LT-38がその後を追う。撃つ。動く。また撃つ。だが——止めきれない。
「硬すぎる!」
無線の声が荒れる。
「正面じゃ無理だ!」
「分かってる、回り込め!」
だが回り込もうとすれば、別の火点が待っている。
「くそ!」
着弾し、また一両、動きが鈍る。煙が上がる。
「被弾、後退する!」
「後退するな、動け!」
怒号が飛ぶ。それでも——押されている。少しずつ。確実に。それがド・ゴールの戦い方だった。前に出る。圧をかける。逃げ場を削る。重騎兵のように。正面から、叩き潰す。
「来るぞ!」
また一歩、前へ出てくる重戦車。その影が、路地を覆う。ブリュージュは、それを見ていた。まずは逃げる。正面は取らない。角を曲がり、視線を切る。別の場所で、また現れる。
「受けるな、流せ。」
それがすべてだった。力でぶつかれば負ける。だから、受けない。
逸らす。
躱す。
削る。
その繰り返し。
「時間がかかるな。」
誰かが言う。
「だが、崩せる。」
ブリュージュは短く返した。そのとき無線に、別の声が割り込む。
『こちら別動隊——進入に成功。』
一瞬、全員の意識がそちらへ向く。
『モンコメ中心部へ接近中。』
ブリュージュの目が、わずかに細まる。
「続けろ。」
と短く命じる。
『敵司令部を確認。』
ノイズが入る。そして——
『これより強襲する。』
ほんの一瞬の沈黙。だが、その意味は重い。
「始まるぞ。」
誰かが呟く。ブリュージュは、前を見たまま言う。
「持ちこたえろ。」
それだけだった。目の前の戦いは、変わらない。押されている。削られている。だが——止まらない。
別の場所で、別の戦いが動いている。この戦場は、まだ終わらない。そして——勝負は、正面だけでは決まらない。
無線が割り込んだ。
『——司令部、制圧。』
短い報告。だが、その意味は大きい。続けて、別動隊の声がする。
『敵部隊、後退を開始。』
一瞬の静寂。誰もすぐには言葉を出さなかった。やがて——
「退いたか。」
誰かが呟く。煙の向こう。さっきまで押し込んできていた重戦車が、ゆっくりと向きを変えている。前進ではない。後退。組織的に崩れてはいない。ただ、引いている。
「イギリスへ逃げる気だ。」
別の声。その言葉に、わずかな安堵が混じる。だが——
「違う。」
ブリュージュは低く言った。
「退いたんだ。」
逃走ではない。選択された後退。それだけで十分だった。戦いは、終わっていない。ただ、この場が終わっただけだ。
「前進。」
短く命じる。慎重に。ゆっくりと。ブリュージュ隊は、街の奥へ進む。崩れた壁の間を抜け、煙の中を進む。
やがて——別動隊と合流する。装甲車両の周囲に、歩兵が集まっている。その顔には、疲労と興奮が混ざっていた。
「閣下!」
誰かが敬礼する。ブリュージュは軽く手を上げただけだった。それどころではない。額から汗が流れる。軍帽の下、顔色は明らかに悪い。呼吸も、わずかに荒い。それでも——立っている。
「やったな!」
誰かが言う。勝利の言葉。だが。ブリュージュは首を振った。
「違う。運が良かっただけだ。」
周囲が静まる。
「別動隊が刺さっただけだ。」
それだけだ、と続ける。
「ド・ゴールが退いたのは、単なる判断だ。」
こちらに押し切られたわけではない。崩したわけでもない。ただ——この場を捨てただけだ。
「・・・」
誰も反論しなかった。できるはずがない。全員、分かっている。あのまま続いていれば——どうなっていたか。ブリュージュはゆっくりと視線を上げる。モンコメの街。崩れ、焼け、沈黙している。
「入るぞ。」
戦車が動く。ゆっくりと、街の中心へ。その足取りは、決して軽くはない。だが——止まらない。街に入った瞬間。ほんのわずかに。ブリュージュの肩から力が抜けた。誰にも気づかれない程度に。
それでも。確かに。——生き延びた。ただ、それだけだった。
——スダンの街にて。
報告は、簡潔だった。
「——モンコメの戦い、終結。」
それだけ。詳しい経緯も、損害も、まだ届いていない。だが、それで十分だった。ステファニーは、ゆっくりと目を閉じた。言葉はない。ただ、静かに息を整える。誰のために、とは考えない。考えれば、止まってしまう。
だから、ただ——祈る。
生きていることを。
戻ってくることを。
外では、風がわずかに動いている。遠くで、エンジン音が響く。戦争は、止まっていない。目を開ける。現実が、そこにある。
「次は——」
小さく呟く。地図に視線を落とす。
モンコメ。
その先の——ダンケルク。連合軍の集結地点。
「終わらないな。」
シュミットが、後ろで言う。誰も否定しない。終わるはずがない。ここまで来た以上、止まることは許されない。
「崩す。崩せるはず。」
ステファニーは静かに言う。
「ダンケルクで、連合軍を崩すんだ。」
そのためにまだ、戦わなければならない。だが——視線が、わずかに逸れる。自分の部隊に目を向ける。
減った車両。
疲労の色。
「・・・」
言葉にはしない。だが、理解している。このままでは、持たない。そのとき、彼女たちの耳に足音が入る。
振り向くとホフマン中尉とベッカー少尉だった。二人とも、すでに動いていた。
「部隊を再編成する。」
ホフマンが短く言う。
「行動可能な車両を優先しろ。」
ベッカーが続ける。
「遅れは許されない。」
それだけだった。だが、それで十分だった。ステファニーは、わずかに頷く。
「了解。」
命令ではない。だが、従うべき流れだった。エリアスがエンジンをかける。低い振動が戻る。リサが砲を確認する。サンドラが無線を調整する。シュミットが小さく息を吐く。誰も、多くは語らない。必要がないからだ。
「行くぞ。」
ステファニーが言う。それだけで、十分だった。戦車が動き出す。
ゆっくりと。
だが確実に。
モンコメへ向かって。
その先にいるのは——老騎兵たち。そして、まだ終わらない戦場。