Imperial Cavalry   作:クマぴょん

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【第五話 老騎兵の戦場】

——モンコメ郊外。

 ブリュージュ隊は、前進を続けていた。目的は明確だった。敵機甲部隊——その指揮官、シャルル・ド・ゴール。それを叩く。ただ、それだけのために。

 やがて、街が見えた。モンコメ。本来なら、ただの小さな街に過ぎない。だが今は違う。道路は塞がれ、交差点には障害物。建物の影には火点が潜み、通りはすべて射線に変わっている。そして、その奥。装甲車両の影。——待ち構えている。

「やってくれる。」

誰かが低く呟く。ブリュージュは答えない。ただ、その配置を見ていた。無駄がない。急造ではあるが、十分に機能している。——抜けん。正面からでは・・・。Ⅱ号戦車やLT-38は軽いし、速い。だが——足りない。火力も、装甲も。この街を正面から砕くには。

「・・・」

一瞬だけ沈黙。だが迷いは長く続かない。

「ウィンター隊は後方だ。」

誰に言うでもなく、呟くように。

「まだ早い。」

ステファニーのような少年少女に、これは重すぎる。——これは。経験で押し切る戦いだ。理屈ではない。綺麗でもない。

「行くぞ!」

短く言う。それだけで十分だった。エンジンが唸る。軽戦車が、ゆっくりと前へ出る。整然とした隊形ではない。だが——崩れない。老いた騎兵たちが、そこにいた。言葉は少ない。だが、理解は速い。

「距離を詰める!」

「側面を取る!」

「止まるな!」

短い言葉が無線を走る。かつて馬で戦った者たちが。今は鉄に乗り、同じように前へ出る。モンコメの街が、目の前にある。難攻不落。そう呼ぶにふさわしい配置。だが——それでも。

「騎兵は止まらない」

誰が言ったのかは分からない。だが、その言葉は確かにあった。そして。老騎兵たちの戦いが、始まる。

 

 最初に違和感を覚えたのは、動きだった。敵は動かない。いや——動いている。だが、それは突撃でも、後退でもない。配置を変え、角度を変え、射線を重ねる。まるで、街そのものが意思を持っているかのように。

「厄介だな。」

無線の向こうで、誰かが低く言う。ブリュージュは答えない。ただ、その動きを見ていた。

交差点を押さえる車両。

建物の陰に潜む火点。

前に出たと思えば、すぐに引く。無駄がない。焦りもない。——指揮が通っている。

「これがド・ゴールの力か。」

誰ともなく呟く。その名に、軽さはなかった。次の瞬間、砲撃がした。壁が砕け、破片が飛び散る。

「散開!」

「右に振れ!」

Ⅱ号戦車たちが一斉に動く。軽い車体が、狭い路地を滑るように抜けていく。さっきまでいた場所を、砲弾が抉る。

「さすがに読まれているか?・・・いや——誘われている。」

敵は、ただ守っているわけではない。引き込み、撃ち、また引く。こちらの動きを見て、配置を変えている。

「面倒な戦い方だ。」

だが。ブリュージュの口元が、わずかに動く。嫌いではない。そういう戦いだ。

「止まるな。動き続けろ。」

それだけで、隊は動く。路地を抜け、角を取り、視線を外す。撃ってはすぐに動く。そしてまた撃つ。敵の重戦車が、ゆっくりと旋回する。かなり遅い旋回だ。同時に——重い。正面に立てば終わる。

「正面に出るな!」

「距離を取れ!」

「側面を探せ!」

無線が飛び交う。だが混乱はない。遅れながらも、確実に噛み合っている。

「空軍を呼ぶか?」

誰かが言う。その選択は、常にある。空を見上げれば、答えはすぐに来る。

だが——

「まだだ。」

ブリュージュは短く言った。

「来るぞ。」

次の砲撃。また一両が大きく揺れる。

「被弾!」

「動ける!」

「なら動け!」

怒号が飛ぶ。それでも、誰も止まらない。街の中で、鉄の群れがぶつかり合う。

フランス陸軍の重装甲。

ドイツ陸軍の機動。

重騎兵と竜騎兵。

どちらが上かなど——まだ分からない。だがブリュージュは見ていた。

重戦車の動き。

旋回速度。

進路。

そして——間。

「・・・遅いな。」

誰にも聞かれないほどの声で小さく呟く。だが、それで十分だった。

遅い。

強い。

でも遅い。

「数で押せる。」

静かに言った。

「動きで崩せる。」

結論は、出ていた。時間はかかる。損害も出る。

だが——勝てる。

「行くぞ!」

確信のこもった声。それだけで、十分だった。老騎兵たちは、再び前へ出る。止まらず崩すために。

 

 戦いは、止まらなかった。押し、引き、また押し返される。モンコメの街路は、すでに原形を留めていない。

崩れた壁。

焼けた車両。

砕けた石畳。

その間を、戦車が行き交う。重いものと、速いもの。フランス陸軍の重装甲が、前へ出る。ゆっくりと。確実に。砲撃で建物ごと吹き飛ばす。その圧力に、押し戻される。

「下がるな!」

「横へ抜けろ!」

Ⅱ号戦車が路地へ滑り込む。LT-38がその後を追う。撃つ。動く。また撃つ。だが——止めきれない。

「硬すぎる!」

無線の声が荒れる。

「正面じゃ無理だ!」

「分かってる、回り込め!」

だが回り込もうとすれば、別の火点が待っている。

「くそ!」

着弾し、また一両、動きが鈍る。煙が上がる。

「被弾、後退する!」

「後退するな、動け!」

怒号が飛ぶ。それでも——押されている。少しずつ。確実に。それがド・ゴールの戦い方だった。前に出る。圧をかける。逃げ場を削る。重騎兵のように。正面から、叩き潰す。

「来るぞ!」

また一歩、前へ出てくる重戦車。その影が、路地を覆う。ブリュージュは、それを見ていた。まずは逃げる。正面は取らない。角を曲がり、視線を切る。別の場所で、また現れる。

「受けるな、流せ。」

それがすべてだった。力でぶつかれば負ける。だから、受けない。

逸らす。

躱す。

削る。

その繰り返し。

「時間がかかるな。」

誰かが言う。

「だが、崩せる。」

ブリュージュは短く返した。そのとき無線に、別の声が割り込む。

『こちら別動隊——進入に成功。』

一瞬、全員の意識がそちらへ向く。

『モンコメ中心部へ接近中。』

ブリュージュの目が、わずかに細まる。

「続けろ。」

と短く命じる。

『敵司令部を確認。』

ノイズが入る。そして——

『これより強襲する。』

ほんの一瞬の沈黙。だが、その意味は重い。

「始まるぞ。」

誰かが呟く。ブリュージュは、前を見たまま言う。

「持ちこたえろ。」

それだけだった。目の前の戦いは、変わらない。押されている。削られている。だが——止まらない。

 別の場所で、別の戦いが動いている。この戦場は、まだ終わらない。そして——勝負は、正面だけでは決まらない。

 

 無線が割り込んだ。

『——司令部、制圧。』

短い報告。だが、その意味は大きい。続けて、別動隊の声がする。

『敵部隊、後退を開始。』

一瞬の静寂。誰もすぐには言葉を出さなかった。やがて——

「退いたか。」

誰かが呟く。煙の向こう。さっきまで押し込んできていた重戦車が、ゆっくりと向きを変えている。前進ではない。後退。組織的に崩れてはいない。ただ、引いている。

「イギリスへ逃げる気だ。」

別の声。その言葉に、わずかな安堵が混じる。だが——

「違う。」

ブリュージュは低く言った。

「退いたんだ。」

逃走ではない。選択された後退。それだけで十分だった。戦いは、終わっていない。ただ、この場が終わっただけだ。

「前進。」

短く命じる。慎重に。ゆっくりと。ブリュージュ隊は、街の奥へ進む。崩れた壁の間を抜け、煙の中を進む。

やがて——別動隊と合流する。装甲車両の周囲に、歩兵が集まっている。その顔には、疲労と興奮が混ざっていた。

「閣下!」

誰かが敬礼する。ブリュージュは軽く手を上げただけだった。それどころではない。額から汗が流れる。軍帽の下、顔色は明らかに悪い。呼吸も、わずかに荒い。それでも——立っている。

「やったな!」

誰かが言う。勝利の言葉。だが。ブリュージュは首を振った。

「違う。運が良かっただけだ。」

周囲が静まる。

「別動隊が刺さっただけだ。」

それだけだ、と続ける。

「ド・ゴールが退いたのは、単なる判断だ。」

こちらに押し切られたわけではない。崩したわけでもない。ただ——この場を捨てただけだ。

「・・・」

誰も反論しなかった。できるはずがない。全員、分かっている。あのまま続いていれば——どうなっていたか。ブリュージュはゆっくりと視線を上げる。モンコメの街。崩れ、焼け、沈黙している。

「入るぞ。」

戦車が動く。ゆっくりと、街の中心へ。その足取りは、決して軽くはない。だが——止まらない。街に入った瞬間。ほんのわずかに。ブリュージュの肩から力が抜けた。誰にも気づかれない程度に。

それでも。確かに。——生き延びた。ただ、それだけだった。

 

——スダンの街にて。

 報告は、簡潔だった。

「——モンコメの戦い、終結。」

それだけ。詳しい経緯も、損害も、まだ届いていない。だが、それで十分だった。ステファニーは、ゆっくりと目を閉じた。言葉はない。ただ、静かに息を整える。誰のために、とは考えない。考えれば、止まってしまう。

だから、ただ——祈る。

生きていることを。

戻ってくることを。

外では、風がわずかに動いている。遠くで、エンジン音が響く。戦争は、止まっていない。目を開ける。現実が、そこにある。

「次は——」

小さく呟く。地図に視線を落とす。

モンコメ。

その先の——ダンケルク。連合軍の集結地点。

「終わらないな。」

シュミットが、後ろで言う。誰も否定しない。終わるはずがない。ここまで来た以上、止まることは許されない。

「崩す。崩せるはず。」

ステファニーは静かに言う。

「ダンケルクで、連合軍を崩すんだ。」

そのためにまだ、戦わなければならない。だが——視線が、わずかに逸れる。自分の部隊に目を向ける。

減った車両。

疲労の色。

「・・・」

言葉にはしない。だが、理解している。このままでは、持たない。そのとき、彼女たちの耳に足音が入る。

振り向くとホフマン中尉とベッカー少尉だった。二人とも、すでに動いていた。

「部隊を再編成する。」

ホフマンが短く言う。

「行動可能な車両を優先しろ。」

ベッカーが続ける。

「遅れは許されない。」

それだけだった。だが、それで十分だった。ステファニーは、わずかに頷く。

「了解。」

命令ではない。だが、従うべき流れだった。エリアスがエンジンをかける。低い振動が戻る。リサが砲を確認する。サンドラが無線を調整する。シュミットが小さく息を吐く。誰も、多くは語らない。必要がないからだ。

「行くぞ。」

ステファニーが言う。それだけで、十分だった。戦車が動き出す。

ゆっくりと。

だが確実に。

モンコメへ向かって。

その先にいるのは——老騎兵たち。そして、まだ終わらない戦場。

 

 

 

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