Imperial Cavalry   作:クマぴょん

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【第九話 遠き日の騎兵】

 少年少女たちの兵舎テントは、いつになく騒がしかった。ざわめき。笑い声。そして——どこか浮ついた空気。その中に、三つの影が立つ。

ゲオルク・フォン・ブリュージュ。

ホフマン中尉。

ベッカー少尉。

ブリュージュは手当たり次第に少年少女に声を掛ける。

「君、ウィンターはいるか?」

だが、返事はない。代わりに、ひとりの少女が駆け寄ってくる。リサだった。

「閣下!」

そのまま、躊躇なく手を取る。

「こっちです!」

引かれるままに進む。止める暇もない。テントの奥へ。

すると——

「サインください!」

「閣下、こっちにも!」

一斉に声が上がる。少年少女たちが、取り囲む。無邪気な熱気。だが、その顔には、戦場を潜った影がある。ブリュージュは、無言でそれをかき分けた。その先にステファニーがいた。そして、その周囲には生き残った兵士たち。ほとんどが士官学校を出た若者たちだった。まだ幼さの残る顔。だが、すでに戦場を知っている。ホフマンとベッカーも、その中に立てば大人に見える。

それでも本質的には、まだ若い。ブリュージュは、一度だけ周囲を見渡した。そして——

「・・・よし。」

ブリュージュは短く言い、地図を取り出す。それを、地面に広げた。

「聞け。」

それだけで、空気が変わる。ざわめきが、止まる。

「——二十年以上の前だ。」

ブリュージュは静かに語り始める。

「俺が十九の頃。」

指が、地図の一点をなぞる。

「東部戦線にいた。」

今と同じ場所。だが、まったく違う戦場。

「軽騎兵だった。」

一拍置いて言う。

「威力偵察がメイン任務だった。」

前に出て、見て、戻る。それが役割だった。

「敵はコサック騎兵が主体だ。」

騎兵でありながら、銃火器で固められていた。

「条件は、向こうが上だ。」

淡々と言う。誇張はない。事実だけ。

「だが——」

ほんのわずかに、言葉が変わる。

「馬が良かった。」

小さく言う。

「ロメオ。」

その名だけが、少しだけ柔らかい。

「彼の生まれはハンガリーだ。」

速い。

強い。

そして、よく応えた。

「何度も助けられた。」

それだけだった。英雄譚にはならない。だが、確かな支えだった。

「敵は多かったが、抜けることが出来た。」

撃ち、避け、走る。ただそれの繰り返し。

だが——

「それだけでは終わらなかった。」

声が少しだけ低くなる。

「歩兵が来た。」

波のように押し寄せる敵歩兵。

「そして三日で司令部が潰れた。」

「それで終わりだったんだ。」

戦いは。

指揮も。

何もかも。

終わったはずだった。

「その後は——生き延びるだけだ。」

掠奪はしない。できない。

「いずれ食えなくなる。」

現実だった。

「ポーランドから東プロイセンまで——」

長い距離。味方戦線を目指して——

「歩いた。」

騎兵なのに——

「寝る場所は土だ。」

天井はない。壁もない。ただ、地面。

「戦いより生きることが長かった。」

その時間の方が——

「ほとんど、それだった。」

ブリュージュの言葉に誰もが沈黙している。誰も軽くは聞いていない。ブリュージュは、顔を上げ、若者たちを見る。

「お前たちとは違う。」

ブリュージュははっきりと言う。

「士官学校も出ていない・・・徴兵だ。」

選ばれたわけではない。流れ着いただけだ。

「華はない。」

短く言う。

「泥水をすすって、生き延びただけだ。」

それが、すべてだった。誇るものではない。だが、偽りもない。

「何とも面白くもない話だ。」

ブリュージュはわずかに肩をすくめる。

「だが——何かの足しになるなら、それでいい。」

それだけだった。静寂が包む。誰もすぐには言葉を出さない。必要がなかった。

その話は——十分すぎるほど、重かった。ブリュージュの話が終わったあとしばらくは誰も口を開かなかった。言葉が出てこない。軽く受け止められる話ではなかった。ステファニーも同じだった。何かを感じている。それは確かだ。

だが——それを言葉にすることができない。

複雑だった。理解できたとは言えない。だが、何も分からなかったわけでもない。胸の奥に、何かが引っかかっている。それだけが、はっきりしていた。ブリュージュは、その様子を見ていた。何かを問うように。あるいは、確かめるように。特に、ステファニーを。

「ステファニー、どう思う?」

短く問い、ブリュージュには見ない静かな声だった。だがステファニーは、すぐに答えられない。言葉が見つからない。視線がわずかに揺れる。やがて何も言えずに、口を閉じた。それだけで、十分だった。

 ブリュージュは、他の少年少女たちにも目を向ける。だが誰一人として、はっきりとした答えを返すことはできなかった。沈黙が広がる。その空気を、ブリュージュは受け止める。そして——

「それでいい。それが正常だ。」

それ以上は、何も言わない。答えを求めることもない。そのまま、足早にテントを後にする。ホフマンとベッカーも、無言でそれに続いた。呼び止める者はいない。ただ、見送る。その背中が、見えなくなるまで。

 やがて静寂だけが残る。誰かが、小さく息を吐いた。張り詰めていたものが、少しだけ緩む。

「——何か、したいな。」

ぽつりと、声が上がる。

「恩返し、とか?」

別の声が続く。すぐに、苦笑が混じる。

「……いらん、って言いそうだな。」

「“生き残れ”ってな。」

短い笑いが、いくつか重なる。それが、答えだった。しばらくの間、彼らは話し合った。

何ができるのか。

何をすべきか。

だが——結論は出ない。

そして時間も、ない。

「もう寝るか。」

誰かが言う。それに、誰も反対しなかった。明日は、早い。戦いは、待ってくれない。

 その夜誰もポーカーをしなかった。カードの音も、笑い声もない。ただ、それぞれが横になり。静かに、目を閉じる。眠れたかどうかは、分からない。

だが——確かに何かが、変わっていた。

 

 

 

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