FALBRIGHT・ONLINE ーフルブライト・オンラインー 作:ひーどらん
----- 2XX6年。世界は“フルダイブVR”という夢より深いゲームの中に逃げ込んだ。
現実の喧騒は、もはや透明な膜越しの出来事に過ぎない。人々の意識は触れられる仮想へと“落ちていける”時代になった。
灰宮燼太郎(はいみや・じんたろう)は、薄暗いオフィスの一角でホログラム・キーボードを叩き続けていた。リモートワークが常態化した世界でも、彼の“戦場”は未だモニターの向こう側だ。
執筆中の記事タイトルは――
「VRウォッチ:新作VRゲーム市場の価格高騰について」
フルダイブ技術の普及とともにゲーム制作のコストは跳ね上がり、新作値段は右肩上がり。その結果ユーザーは慎重になり、**“信頼できるレビューと攻略記事”**の価値だけが急上昇していた。その需要に応えるのが、灰宮の食い扶持だった。
彼はどんなクソゲーであれ、VRであれば24時間もあれば完全攻略してしまう。職業病ともいえる“何千という死にポイントの記憶”が、彼を一流の攻略ライターにしていた。
……その代償として、彼の目元には常に深い隈が沈み、意識もすでに夢と現の狭間を彷徨っていた。うとうとと船を漕ぎ始めた瞬間――肩に手が置かれた。
「うわっ!? ……びっくりした……日野先輩、脅かさないでくださいよ」
声の主・日野は、元はピカピカの新卒だった後輩。しかし今では灰宮と同じく、目の下にくっきりクレーターのような隈を刻んでいる。灰宮に声をかける同僚の理由は決まっている。
「新作レビュー、ですよね……?」
日野は申し訳なさそうに、ひとつの青いパッケージを差し出した。
《FALBRIGHT ONLINE》ベータテスト版来年発売予定のフルダイブVRMMORPG。
売り文句は――
“魂の輪廻を司る聖杯《メビウス》が砕け散り、
不死の呪いに沈んだ大陸を巡る重厚ファンタジー。”
(だった気がする、と灰宮は思った。ジャンル的には、だいたい死にゲーの匂いがした。)
「企業枠、ウチが勝ち取ったらしいですよ」
「……マジか。これ絶対キツいやつだろ」
死にゲーはクリアに時間がかかる。それを“最速で”やらねば記事にならない。
灰宮は盛大にため息をついた。オフィスに二人しかいないのに、響くほど大きな音で。
「とりあえず……七時間ほど潜る。
何かあったら電源引っこ抜いてでも起こしてくれ」
「七時間!? 休憩とか……」
心配する日野を手で制し、
灰宮は近代的なゴーグルを頭へ装着する。
“情報は鮮度が命。
一秒ごとに価値が下がる。
だから――潜るしかない。”
彼が自覚するより早く、視界は深い闇に溶けていった。
そして、光のない世界の底で――
灰宮燼太郎は“灰の狩人(アッシュ)”として目を覚ますことになる。