FALBRIGHT・ONLINE ーフルブライト・オンラインー 作:ひーどらん
灰宮は、深い闇の中で夢を見ていた。
なぜ自分が「VRウォッチ」の記事を書く仕事を選んだのか――
その理由を、静かに思い返していた。
彼の両親はいわゆる“ネット恋愛”から始まった関係だった。
フルダイブ技術が発達し、ゲームと現実の境界が曖昧になった時代では珍しくもない。
二人は仲が良く、灰宮が生まれた当初は、穏やかで満ち足りた家庭だった。
しかし、灰宮が小学生になった頃から、両親の様子は少しずつ変わり始めた。
フルダイブの時間が、まるで水位が上がるように、静かに、しかし確実に増えていったのだ。
食卓の会話は、ある日を境にすり替わった。
息子が語る“現実”の話ではなく、
両親が語る“仮想世界”ばかりがテーブルの上に並ぶようになった。
昨日のテストで100点を取ったことも、
今日の天気が晴れだったことも、
友だちとサッカーをして泥だらけになったことも――
灰宮の言葉は、薄い膜を通して届くように、両親の耳からすり抜けていった。
家計に困っていたわけではない。
家が荒れていたわけでもない。
ただ、灰宮が中学生になる頃には、
両親との会話は完全に消えていた。
なぜ、両親は自分よりもゲームの世界を愛したのか。
その理由を知りたい一心で、灰宮は自らも後を追ってフルダイブゲームを始めた。
1本、10本、100本、1000本と。
両親が遊んできたゲームを、片っ端からプレイし尽くした。
攻略し、分析し、記事にまとめ、
“理解するため”だけにゲームを続けた。
けれど――答えは、どこにもなかった。
ゲームの中では、失敗の理由がはっきりしていた。
何が悪かったか、何を改善すれば前に進めるのか。
それが数値で示される世界。
だが現実で、両親が灰宮から離れていった理由は――
どこを探しても、見つからなかった。
なぜ?
なぜ?
……なぜ?
その問いが、ずっと灰宮の内側で渦を巻き続けていた。
だから、彼は“VRゲームを観測する仕事”を選んだのだ。
かつて両親が落ちていった場所を。
二人の心が沈んでいった“仮想世界”を。
ただ知りたい一心で、理解するために。
そして今、彼はまた新しい世界へ潜ろうとしている。
《FALBRIGHT ONLINE》。
両親が愛した“もうひとつの人生”の、その先へ。
それは、灰宮にとって恐れでもあり、救いでもあった。
もしこの世界のどこかに、両親が惹かれた“理由”が眠っているのなら――
自分もまた、その答えに触れられるかもしれない。
たとえそれが、痛みの続きであったとしても。