FALBRIGHT・ONLINE ーフルブライト・オンラインー 作:ひーどらん
薄ぼんやりとした霧が、壁のように立ちはだかっていた。
他プレイヤー同士の“ボス取り合い”を防ぐため、
この霧の先――ボス部屋はプレイヤーごとに独立したサーバ領域になっている。
アッシュは迷いなくその霧を突き抜けた。
そして――
遺跡の奥で彼を待っていたものは、
豚の面(ツラ)をした巨人だった。
ボリボリ、ガリッ。
骨を噛み砕くような音が鳴り響く。
本来匂うはずのないゲーム世界でさえ、
“臭い”と錯覚させるほどの不快感と圧が漂っていた。
豚巨人はアッシュに気づくと、
口の端からだらりと唾液を垂らし、獣じみた咆哮を上げた。
「……来い。捌くには、うってつけだ」
アッシュは小さく息を吐くと、
意識の奥でスイッチを切り替えた。
――攻略者としての自分を、ゲームの中へ沈める。
戦闘開始。
豚巨人は粗削りの大斧を振りかぶり、突進してきた。
大振りで、品など欠片もない動き。
だが初見のプレイヤーなら焦って回避ボタンを連打するだろう。
アッシュは――まだ避けない。
早すぎる回避は、死につながる。
大斧の“吸い込み判定”に巻き込まれ、蒸発する未来が見えているからだ。
斧が振り下ろされる。
影が重なる。
刃がアッシュの肩へ届く、その瞬間――
アッシュの身体が、床を滑るように前へ消えた。
ギィンッ!
斧と地面が擦れあい、紫色の火花が散る。
紙一重の回避。
超至近距離で抜ける“前ステップ”による無敵判定。
「……クソッ、どんだけ範囲広いんだよ」
ぼそりと文句をこぼしながらも、アッシュの動きは止まらない。
豚巨人の脇腹――いや、太ももの肉が裂けた。
赤黒い血が噴き出す。
アッシュがすれ違いざまに繰り出したのは、
ハンター初期スキルの一つ。
≪紫電(しでん)≫。
瞬間的に踏み込み、
敵の攻撃判定の“スキマ”を刺し抜く近接スキル。
FALBRIGHT ONLINEには攻撃・回避・支援といった膨大なスキルが存在するが、
この≪紫電≫は“死にゲー初心者”と“攻略勢”を分ける、
最初の生存技術と言っていい。
「――さて。
ここからが本番だろう?」
アッシュの目が、獣の狩人のように細くなる。
豚巨人が激昂し、斧を振り回しながら突進してくる。
霧の奥で、“初の死闘”がゆっくりと始まった。
スキルの発動にはMPを消費する。
アッシュの現在ステータスでは――≪紫電≫はあと三回が限界だ。
一見ジリ貧。
だが、アッシュは焦らない。
豚巨人の動きは粗暴。
だが“粗暴=読みやすい”でもある。
戦っているうちに、パターンがはっきりと見えてくる。
大斧を振り回しながらの直進突撃
周囲を荒々しく薙ぎ払う横振り
重心を沈めてからのジャンプ → 踏みつけ
“死にゲーのボス”としては、ごく初歩的な三パターン。
だが、動きが分かれば差し込みのタイミングはいくらでもある。
特に――
ジャンプ後の踏みつけは“ごちそう”だ。
着地の硬直が長い。
隙が大きい。
そして何より、豚巨人の体勢が最も乱れる瞬間。
「今だ」
豚巨人が地を揺らすほどの重音とともに着地した瞬間、
アッシュは獣のように踏み込み、
≪紫電≫の残光を纏ったチョッパーナイフで先ほどつけた傷跡へ深く切り込む。
ズブリ――!
豚巨人の太ももから赤黒い血が噴き上がった。
同時にシステムログが弾けた。
≪クリティカル≫
「……なるほど」
アッシュは一瞬だけ目を細めた。
どうやら――
≪紫電≫で付けた切り傷は“クリティカル誘発”の特殊効果を持つ。
傷跡を狙うほどダメージ効率が跳ね上がる設計らしい。
豚巨人は痛苦の叫びをあげ、
大斧を振り乱しながら暴れ回る。
アッシュは後退しつつ、その動きとリーチと癖を冷静に観測し続ける。
「ハンターの初期スキルにしては……なかなか優秀じゃないか」
MP残量はあと二回。
敵の致命範囲は把握済み。
パターンは読み切りつつある。
死にゲーの戦闘は――
“敵の情報をどれだけ奪うか”で難度が変わる。
アッシュはそのすべてを理解し、
そして利用する。
「さあ……次で沈める」
ハンターの瞳が、わずかに輝きを帯びた。