FALBRIGHT・ONLINE ーフルブライト・オンラインー 作:ひーどらん
豚巨人の体力ゲージが、半分を割った。
先ほどのクリティカルが、決定的な致命傷になったのだ。
通常攻撃なら一割削れれば上出来。
だが、≪紫電≫を“正しいタイミング”で叩き込めば――
それだけで戦況をひっくり返せる火力がある。
「……この紫電ってスキル、絶対修正されるだろうな」
あまりの手応えに、アッシュは思わず苦笑する。
序盤スキルで確定クリティカルを量産できるなど、バランスブレイカーの匂いしかしない。
だが、彼はためらわない。
情報の鮮度は価値。
攻略屋は一秒の遅れが“敗北”に直結する。
その信念が、アッシュの足を止めない。
豚巨人は、怒り狂ったように咆哮を上げた。
血の泡を撒き散らし、斧を振り上げながら突進してくる。
しかし――
アッシュはもう、
この怪物の“すべての癖”を学習し終えていた。
右足を引く癖。
踏み込み前のわずかな溜め。
攻撃範囲の端で起きる吸い込み判定。
「もう、お前は学習済みだ……」
アッシュが低く呟いた瞬間、彼の身体が紫の残光に包まれる。
≪紫電≫――発動。
次の瞬間、アッシュは豚巨人の懐に滑り込み、
刃が膝関節の弱点を正確に裂いた。
ドシュッ――!
巨体がぐらりと揺れ、
豚巨人はたまらず膝をついた。
巨人の咆哮は、苦痛と恐怖が混じった濁った声へと変わる。
アッシュは息を吐き、チョッパーナイフを構え直した。
「悪いが……ここからは、狩りだ」
ハンターの視線が、獲物を捉える。
豚の巨人を倒した直後、アッシュの視界にウィンドウが展開された。
≪貪欲者の指輪≫を入手
効果: クリティカル時の与ダメージ上昇
「……悪くない」
序盤の火力不足を補うには、申し分ない性能だ。
アッシュは指輪を装備し、そのまま先へ進もうとして――ふと、光に気づいた。
プレイヤー救難信号。
無視しても問題はない。
だが、アッシュには豚の巨人で検証したい事柄が一つあった。
「……まぁ、実験台としてはちょうどいいか」
そう呟き、光に手を伸ばす。
次の瞬間、転移先で一人のプレイヤーと対峙していた。
男性アバター。
――なのに、装備はどう見てもシスター服。
ちぐはぐ極まりない格好で、少し挙動が落ち着かない。
「……ッ! よかった~!
もう誰も助けてくれないかと思ってました!」
低めだが若い声。
ボイスチェンジャー込みだろうと、アッシュは即座に判断する。
「ええ。このボスで、ちょっと試したいことがあって」
「……え? ってことは、もう倒したんですか?」
無言で頷く。
すると、そのプレイヤーは目を輝かせた。
――こんな“まっすぐな目”を最後に見たのはいつだったか。
後輩の日野が入社してきた日以来かもしれない。
「え、でも……かなり早くないです?
自分、何回かマルチで挑んだんですけど、全然ダメージ通らなくって……」
「ああ。マルチだと、ボスのHPが増えるんですよ」
「……え?」
このゲーム、難易度調整がだいぶ意地悪だ。
ソロの方が楽なケースも多い。
「……このゲーム、思った以上に難しいんですね。
知り合いに勧められて応募したんですけど……」
その“知り合い”とは距離を置いた方がいい。
アッシュはそう思ったが、口には出さない。
「あ、そうだ。私はホムラっていいます」
「ご丁寧に。自分はアッシュです」
挨拶を済ませ、アッシュは言った。
「じゃあ、さっさと片付けますか」
「……え? 今すぐ行くんですよね?」
ホムラの視線の先、ボス部屋の霧の前で――
アッシュは、動かなかった。
「いや、1つだけ試したいことがあるんで」
そう言うと、戦闘中でもないのに弓を構え――
霧の奥へ矢を放った。
「え、なにを――」
次の瞬間。
豚巨人のHPバーが、わずかに削れる。
「……!?
も、もしかして……ここからでも攻撃、当たるんですか!?」
アッシュは答えず、ニヤリと口元だけを歪める。
奥で豚巨人が咆哮する。
だが、霧を越えてこちらへ来ることはない。
「この霧、ボス取り合い防止のために“個別空間”になってますよね」
ホムラが、はっとしたように口を開く。
「……つまり、通れるのは“プレイヤーとボスだけ”?
攻撃は防いでない……?」
「その仮説で検証しました。
弓チクは正直、楽しくないですが」
アッシュは淡々と続ける。
「なので――矢に、毒を仕込みました」
「えっ!?
そんなスキル、もう取ってるんですか!?」
「いえ」
アッシュは平然と言った。
「さっき倒した豚巨人のウンコを拝借しました」
「…………」
ホムラは、言葉を失った。
どれほど世界観が作り込まれていようと、
破傷風狙いの糞毒矢を思いつく攻略者など想定外だったのだ。
「……ちなみにウンコはどこにでも落ちてて、序盤の敵は大体耐性低めです」
追撃の一言に、
ホムラはゆっくりと、距離を取った。