TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ   作:匿名希望

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第一話

 

 

 

 僕は、どこにでもいる平均的な日本人オタクだった。休日は配信サイトで、溜まっているアニメを徹夜で消化。数少ない給料をやり繰りしながら、たくさんの『推し』のフィギュアを始めとしたグッズを少しずつネット通販で買って眺めたり。

 細やかながら、個人的にはかなり充実した休日を送れていた。……平日についてはノーコメントで。

 

 

 そんなサイクルをただ何となく繰り返していたのだが、それは突然終わりを告げてしまう。より具体的に言うなら、僕の人生が終わってしまった。死んだのだ。

 死因は恐らく過労死だと思う。いや、問題はそこではない。重要なのは、『その後』の話について。

 

 

 なんと気がつけば、巷で流行り(?)の異世界転生というものを経験する羽目になっていた。しかも性別は男性から女性へ。種族は人間ですらない。ファンタジー世界では、お馴染みの定番異種族であるエルフだった。耳が長くて、顔面偏差値が高い感じの。

 残念ながら、鏡やその代わりとなる物がないので、今現在の自分の顔は確認できないけれど。

 

 

 いや、そこは百万歩譲って我慢するとして、問題は別にある。

 

 

 この肉体の『記憶』は碌にないから断言はできないが、エルフという種族が存在する。ほぼ間違いなく現代日本ではない。僕が嗜んでいたアニメや漫画など、当たり前だが影も形もないのだ!?

 つまりは、命の次に大事にしていた『推し』達のグッズも、前の世界に置き去り。二度と手で触れることや見ることすら叶わない。

 僕は目覚めた時にいた人の手が一切入っていない森のど真ん中で、深い絶望の底へと突き落とされた――。

 

 

 ――それから、どのくらいの時間が経っただろうか。少なくとも、太陽が十回ぐらいは昇り沈みをしたような気がする。正確な回数は分からない。ちゃんと数える気力もない。

 

 

 空腹や喉の渇きを感じない、エルフの肉体の丈夫さには感謝したら良いのだろうか? それとも、餓死という逃げ道を封じられたことに悲観すれば良いのか?

 

 

 だからと言って自殺とかは痛いし、怖いからしたくない。エルフということは無駄に長生きで、寿命死も期待できないだろうし、どうすれば――。

 

 

 ――あっ、そうだ。『推し』不足がこの絶望の原因であるのなら、その解決方法は至ってシンプル。

 『推し』のグッズがないのなら、自給自足。自分で作れば万事解決。せっかくだから掌サイズとは言わず、等身大の人形でも作ってみようかな?

 

 

 手先は決して器用とは言えないが、『推し』達の姿は網膜に焼き付いている。時間も腐る程ある。

 

 

 方針が固まり、沈んでいた気力が一気に回復する。僕は立ち上がり、腕を目一杯空高く広げて宣言した。

 

 

「――僕はこの異世界でも推し活をしてやる! 絶対に諦めない!」

 

 

 ……などと自信満々に言ってみたものの、冷静になって考えてみれば、僕は人形作りの専門的な知識は全くない。しかも、ここが本当に未知の異世界であるのなら、一から学ぶのも容易ではないだろう。

 

 

 しかし、異世界ならではの可能性に賭けることもできる。それは魔法だ。それについての最低限の知識は、運が良いことに今の肉体に『記憶』として残っている。

 

 

 ――魔法。魔力というエネルギーを用いて、世界の法則の一部を術者にとって都合の良いように改変する技術。

 

 

 このエルフが習得していた魔法である錬金術。前世の史実では科学の基礎となり。創作においてはあらゆる物質を生み出すだけではなく、生命の創造や不老不死を実現させる奇跡。神の御業に等しい位置づけだった。

 そして、それはこの世界においてもほぼ同じらしい。とこのエルフの『記憶』の残滓にあった。

 

 

 これを改良していけば、等身大の人形を。『推し』をこの異世界に生み出すのも不可能ではないはず。理論上は。

 

 

 ちなみに、作り出すのはあくまでも魂のない人形。生命体や自我を備えた人形を作る予定は一切ない。だって、そんなの無責任だしね。

 

 

 方針は固まり、それを実現する為の手段も一応は見つかった。さっそく魔法――錬金術の試し打ちでもしようと思ったが、寸での所で思いとどまる。

 

 

 前述したように、錬金術を使える存在はこの世界でも希少らしい。なので森の中とはいえ、不用意には魔法は使いづらい。

 発動の瞬間を観測されて、捕まるようなことは避けたい。どうやら、このエルフは錬金術以外の魔法は使えないみたいだし。

 本当に、どういう来歴の持ち主だろうか。謎である。

 

 

「……取りあえずは、もっと安全そうな場所でも探しに行こうか。拠点もほしい。その次は材料集めかな。そもそも材料というか触媒がないと、錬金術は使用できない」

 

 

 ぽつりと独り言を呟き、僕は鬱蒼と木が生い茂る森を彷徨い始めた。『記憶』がもっと残っていれば、具体的な地理が分かっていただろうが、残念ながらそれはない。

 宛もなく、歩き続けるしかないのだ。幸いなことに飢えて死ぬことはないので、気長にいくとしよう。再び、形ある『推し』達に出会う為に。

 

 

 

 

 ――あれから、さらに二日が経過した。それだけの時間を要して、森の中に一軒の小屋を発見。木造で、しっかりとした造り。建てられてからの年数は推測できそうにない。

 

 

 恐る恐る中を確認してみると、誰もいない。念の為に、近くに隠れ潜みながら一日ほど小屋を監視してみたが、これまた誰も出入りするどころか、近くに野生動物以外の気配や姿を見ることはなかった。

 

 

「つまりは、僕が好き勝手使っても問題ないはず」

 

 

 中に誰もいないことは分かっているので、正面から堂々と小屋へお邪魔する。内装は思ったよりも綺麗――という訳もなく。数少ない家具の机や椅子、本棚にも埃は被っている。

 天井や部屋の隅の至る所に、蜘蛛の巣が張っている。かび臭く、反射的に右手で鼻と口を覆う。

 どこにも生活感の欠片も見られない。ほんのちょっとでも、近くにあったこの小屋が元の肉体の持ち主の物であり。素性を知る為のヒントがあることを僅かに期待していたのが、どうやら空振りらしい。

 残念と思いつつも、意識を切り替える。

 

 

「……まずは掃除」

 

 

 これまた埃塗れの箒が転がっていたので、時間をかけて大掃除を行う。と言っても、雑巾代わりに使えそうなものはないので、拭き掃除はできそうにない。水場も近くにないしね。よって、取りあえずは掃き掃除のみ。

 それでも、当初よりは大分マシになった。後の掃除に関しては、水や布の確保ができてからで良いだろう。

 

 

 椅子に腰をかけて、休憩と言わんばかりに脱力する。いや、まだまだしないといけないことはある。

 

 

「じゃあ、次はお待ちかねの錬金術の試し打ち」

 

 

 この世界の錬金術についての詳細を、『記憶』の中からサルベージしていく。錬金術において、必要となるのは術者の魔力はもちろんのこと、触媒たる物質。

 それも、そこら辺に転がっているような小石や木の棒では論外。触媒として機能し得るのは、魔力の籠った鉱石『魔石』、魔法薬、魔力によって突然変異した生物『魔物』の一部である――らしい。

 

 

 しかし、この場にはそのどれも存在しない。森を彷徨い歩いていた時ですら、ただの野生動物しか見かけておらず、魔石や魔法薬の類が落ちているはずもない。

 通常であれば、この段階で頓挫。大人しく行動範囲を広げて、宛のない触媒探しに奔走するしかなかっただろう。

 

 

 だが、この場には最高級の触媒候補が存在する。それは、魔法の扱いに長けた種族でエルフの血肉。低級の魔物のものよりも質は圧倒的に上回っていると、紐解いた『記憶』から読み取れる。

 流石に、使える量は限られるが。魔力に関しては種族特性でクリアしているので、そのまま準備に入る。

 錬金術は、一回ごとに儀式が必要不可欠。中々に面倒なのだ。

 

 

 手首を噛み切り、血で『記憶』に残っていた複雑怪奇な模様の魔法陣を描いていく。

 

 

(あっ、思ったよりもキツ。一回ぐらいが限界だ、これ)

 

 

 途中までは順調ではあったが、一度に大量の血を失ったせいか立ちくらみや目眩が襲ってくる。空腹や喉の渇きは大丈夫だったのに、この辺は生物として当たり前の反応を示す。そこまでは都合の良いようにはできていないようだ。

 

 

 体調不良を抑えつけて、何とか魔法陣を描き切る。その魔法陣の中心部には――体の一部を置いておく。と言っても、別に肉を千切ったという訳ではない。ピンと抜いた金色の髪の毛の一本。

 前世でも女性の髪の毛には魔力が宿るというらしいので、お試し程度には充分だろう。

 

 

「よし、ようやく準備ができた……」

 

 

 限界も近いので、手早く済ませよう。

 魔法陣の正面に立って、神経を研ぎ澄ます。魔法において、触媒よりも大事な要素がある。それはイメージ。何を創り出すのか。具体的な設計図を思い描くことは、絶対に欠かせない。

 

 

(……誰にしようかな? 今の僕はエルフだし、最初に作るのは『あの子』に決めた)

 

 

 このエルフの『記憶』ではなく、前世から持ち越した僕自身の魂に刻み込まれた記憶。灰色であった僕の日々に、色彩をくれた『推し』の一人。

 『彼女』との思い出が、走馬灯のように駆け巡る。『設計図』はできた。

 

 

「――――」

 

 

 『記憶』の残滓に従って、意味も分からない詠唱を口ずさむ。それに呼応するように、深紅の魔法陣の輝きが増していく。

 後押しと言わんばかりに、僕は掌に残った血を一滴魔法陣の上に落とす。その瞬間、視界が光に塗り潰された。魔力が高まり、小屋の中で風が荒れ狂う。

 魔力が消費されていく。

 

 

 しかし、その変化も一瞬。突風や光も、既に収まっていた。反射的に閉じてしまった目を開けようとしたタイミングで、虚脱感がどっと来る。

 膝から力が抜けて、床の上に崩れ落ちる。打ちどころが悪いのか、ちょっと痛い。

 だが痛覚よりも、突然の眠気が上回る。重たい瞼を無理やりに持ち上げて、初の試作品。『推し』の似姿が、この異世界に顕現しているはず。

 

 

 苦節数日。霞む視界の中で、僕は『推し』を拝むことが――できなかった。

 

 

 輝きを失った魔法陣の中心部に鎮座していたのは、辛うじて完成形が人型であることが分かる異形。言ってしまえば、腕や足、その他諸々のパーツが足りない人体模型があったのだから。

 他にも前世の理科室で見たものとの違いは、もちろんある。

 

 

 肌の質感が『本物』と見間違う程のリアルさ。そして一番の差異は、今の僕と同じように異様に尖った耳。所謂エルフ耳という奴があること。

 

 

 成功か失敗かで言えば、材料不足と初回という観点を考慮すれば充分に成功と言えるだろう。

 もしも、この現場を誰かに見られてしまった場合、とんでもない勘違いを引き起こす可能性を無視すれば、だが。

 

 

 しかし、その心配は全くない。何故ならば、この数日間で僕の行動範囲内に人間がいないことは確認済み。だから心配する必要はない。どこか遠くから聞こえる悲鳴(・・・・・・・・・・・・・)も幻聴の類だろう。きっと――。

 そう信じて、僕は数日振りの就寝という名の気絶をした。

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