TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ   作:匿名希望

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第十話

 

 

 シスターさん――セシリアさんという名前らしい――と自己紹介が終わり、『推し』の一人である『フィリア』を連れて行けない問題が発生したが、それも些細なものだ。

 この異世界に放り出された時と違って、同じ空の下にいるのだから。セシリアさんも『フィリア』を必ず、今後の活動拠点になるであろう教会に運んできてくれると約束してくれたので、あまり心配しなくて良い。

 

 

 しかも、セシリアさんは身元を保証するものが一切ない異種族(エルフ)である僕に、衣食住を提供してくれるという。他にも、『推し』活にも理解がある稀有な存在。

 全幅の信頼を置くには早すぎるが、直感的に彼女であれば大丈夫だろうという気もしていた。

 そんな彼女に対して、何かしら恩返しをする方法を考えるのは優先するべき課題だ。一方的な施しばかりを受けるのは、一人の大人として正しくないから。

 現状では何も良い手段は思い浮かばないが。どうしたものか。

 

 

 そんな風に頭を悩ませながらも、一晩泊めてもらった村長さんにお礼を言い、村を出ようとした際に僕は一組の母娘に出会った。

 母親に面識はなかったが、娘の方には見覚えがあった。僕が錬金術で作った薬を渡した子だ。薬がきちんと効いたのか若干の心残りだったが、あの様子だと杞憂であったようだ。

 自分でも気がつかない内に、自然と小さな笑みが浮かぶ。

 

 

 不意打ち気味とはいえ、母親の方からも感謝の言葉をもらえた。偶然の出来事ではあるが、あの母娘に関する心配事は完全になくなったと言っていい。

 

 

 気を取り直した僕達は、今度こそセシリアさんが勤めている教会がある村へと出発した。体力が前世とは比べものにならない程に落ちた僕に合わせて、ゆっくりとした歩みで道を進んだ。

 道中にこれといった問題もなく、目的地に到着。入口付近で、さっと視線を巡らせる。

 木造建築の住宅が何軒も立ち並び、奥の方には石造りの大きな――周囲と比較したら――建物があった。その建物以外は、前の村とそこまで変わらず似たり寄ったりだ。

 

 

 時間帯は、お昼過ぎ頃。まだまだ外は明るく、少なくない村人達が出歩いていた。

 僕達――というか正確にはセシリアさんの姿を見て、何人かの村人達が周囲に近寄ってくる。

 

 

 彼らが口にするのは、数日の不在で心配し無事を祝う言葉ばかり。セシリアさんが村人達から、とても信頼されていることが窺える。

 彼女に対するなけなしの警戒心が、霞のように溶けていく。

 

 

 セシリアさんと村人達のやり取りを、僕は彼女の背中に隠れるようにして見ていた。これは初対面の人間と話すのが苦手……という訳ではなく、この世界におけるエルフの立ち位置が関係している。

 やはりと言うべきか、エルフは希少種扱いらしく、王族や貴族といった権力者に見つかったら碌なことにはならないだろうと。

 ちなみに、この情報はここまでの道中でセシリアさんから教えてもらった。僕の常識の疎さは、部分的な記憶喪失として誤魔化している。

 

 

 セシリアさんは村人達に、僕を保護した経緯を説明していた。行った先の森で生き倒れて、それでしばらくはこの村の教会で面倒を見る為に連れて帰ってきたと。

 それに合わせて、一部の記憶が欠落していると伝えてもらっている。これならば訳ありと察してくれて、深く込み入った話をされることはないだろう。

 当然ながら、一目見てエルフだと分かる長耳は少々不自然ではあるが、修道服のベールを借りて被ることで隠している。

 

 

(……今の僕のサイズにあったローブがあるかどうか、後で聞いてみよう)

 

 

 村人達との話を終えた僕達は、そのままの足で村長さん宅へお邪魔した。セシリアさんが木の扉を軽く叩きながら、声をかける。

 しばらくすると、初老の男性が姿を現した。人当たりの良い笑みが印象的であった。先んじて、セシリアさんが頭を下げる。

 

 

「村長さん、セシリアです。ただ今戻りました。長らく教会を空けてしまって……」

「よくぞご無事に戻られました、セシリア様。気にしないで下され……それであの方の奥方の容態は?」

 

 

 その問いに少しの陰を作りつつも、笑顔を崩すことなくセシリアさんはしっかりと答える。

 

 

「はい……トーマさんの奥さま、アリアさんの体調は確かに回復しました。予後も問題ないようでした」

「そうですか、それは良かった。流石はセシリア様。……ん? その子供は一体どうされたのですかな?」

「それはですね――」

 

 

 これまた同様の説明をセシリアさんは村長さんに行い、僕はそっと前の方に出る。ベールがズレ落ちないように気をつけながら、頭を軽く下げ挨拶の言葉を告げる。

 

 

「……ソーマです。よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。この村の長として君を歓迎するよ。困ったことがあったら、そちらのセシリア様だけではなく、私も遠慮なく頼ってくれて構わないから」

「はい」

 

 

 膝を曲げて、視線の高さを合わせてくれた村長さんに、僕は改めてお礼を口にした。村長さんはまた笑みを深めると立ち上がり、セシリアさんに短く一言かける。

 

 

「セシリア様も無理をなさらないように、ご自愛を」

「はい、ありがとうございます。村長さん」

「では、私はこれにて」

 

 

 そう言って、村長は恭しくお辞儀をすると家の中へと戻っていった。扉が閉じられて、しばしの沈黙が僕達の間に訪れる。

 聞こえてくるのは、奥さま方の井戸端会議の姦しい声。子供達の元気に満ちた笑い声。

 その均衡を先に破ったのは、セシリアさんの方だった。

 

 

「じゃあ、行きましょうか。ソーマちゃん」

「うん」

 

 

 当たり前のように差し出された右手を、僕は疑うことなく取った。

 

 

 教会に向かうまでの間に、セシリアさんが村に帰ってきたことと見知らぬ子供()のことが広まったのか、僕達は不本意ながらかなりの注目を集めていた。

 時折話しかけてくる御婦人や子供達の追求、興味津々な視線を躱しつつ、ようやく最終的な目的地の教会へとたどり着く。

 想定以上に体力がないのか、気疲れを起こしたのか。地面に視線を彷徨わせながら、ぼうっとしていた。

 

 

「ほら、ソーマちゃん。ここが私が勤めている教会ですよ」

 

 

 促されるように声をかけられて、俯けていた顔を上げ教会全体を見やる。先ほど遠目からは確認してみたが、間近で改めて見ると、その厳かな雰囲気に呑まれてしまいそうになる。

 村の住宅が木造建築であるのに対して、白塗りの石造り。塔の上に設けられた巨大な鐘。前世の十字と同じような役割を持つであろう、正面の入口付近に設置された女性像。

 だが、そこに傲慢さは一切感じられず、神聖さと静謐が共存している。

 

 

 手入れの行き届いた色とりどりな花の香りが、より一層その幻想的な光景に拍車をかけていた。

 

 

「どうかしましたか、ソーマちゃん? 疲れが溜まっているのでしたら、中で早く休みましょう!」

「べ、別にこれは違……」

 

 

 そう最後まで言い切る前に、僕は教会の中へと連れ込まれる。内部に関しても、落ち着いた雰囲気だ。

 村人達が説法を聞く際に用いられるだろう、八人掛けの長椅子。その中央奥には、入口にもあった同じ意匠の女性像。やはり信仰のシンボル的なものだろうか。

 

 

 ぼんやりとそう考えながら、僕はセシリアさんに半ば引きずられるような形で奥の部屋に連行される。先の礼拝堂とは違い、内装からしてセシリアさんの自室と思われる。

 

 

 セシリアさんは僕に近くにあった木製の椅子を差し出し、腰をかけるように促してきた。その言葉に甘えて、椅子の上にちょこんと座る。

 一方セシリアさんは、部屋の脇にあった箪笥の引き出しを順番に開けて、中身を確認し始めた。

 丁寧に仕舞われていた服を広げて、あーでもないこーでもない。出しては片付けの繰り返し。

 その間することもない僕は、部屋の窓から長閑な村の風景を見ながら時間を潰していた。

 

 

 それから少し経った後、セシリアさんが小さく「ありました!」と喜びの声を上げる。その声に釣られて、僕はセシリアさんの方に視線を向けた。

 セシリアさんは笑顔で、一枚の服を持って広げていた。黒色のローブに似ていて、一緒に僕が今付けているベールよりもサイズが小さなものが付属している。

 要するに、子供用の修道服であった。

 

 

「一応他のシスターが来た時の為に、年代別である程度の予備を揃えていたのですが役に立ちそうで良かったです」

「……ありがとう」

 

 

 不満自体は特にない。それよりも、改めて自分の肉体が別のモノに変わったことを突きつけられて、少し呆然としていただけだ。

 

 

(……まあ、今の体になったからリアルサイズの『フィリア』を作れたんだし、気にしないようにしよう)

 

 

 そう自分を納得させて、セシリアさんの手から修道服を受け取ろうとしたのだが、待ったをかけられる。

 

 

「……そういえば、少々臭いますね。ソーマちゃん、最後に水浴びをしたのは?」

「……覚えていない」

 

 

 転生してから、今日までの出来事を思い返す。宛もなく森の中を彷徨い、小屋を見つけてからも身を清めるようなこともせず。『フィリア』や薬の作成に時間を喰われ、自分の血で描いた魔法陣の傍で気絶をしていた。

 

 

 着ていた服や体の臭いを試しに嗅いでみた。確かに汗や鉄臭さが混ざった、何とも言い難い異臭が仄かに漂ってくる。

 なるほど、あのセシリアさんでも微妙な表情になるのも理解できる。体を清潔に保つのは、社会人のマナーとして最低限の常識だろう。

 

 

「うん、分かった。水浴び場がどこにあるか教えてくれる?」

「……もしかして一人で浴びに行くつもりですか?」

「え、そうだけど」

「全部ではないとはいえ、貴女は記憶喪失。それにエルフであることがバレるのが、どれだけ危険なのかは説明したでしょう。

 あまり村の人達を疑うような真似はしたくありませんが、不用意な一人での外出は控えて下さい。綺麗な水と布を持ってきますので」

 

 

 そう凄まれながら力説されると、こちらとしても従わざるを得ない。僕だって、自分から進んで厄介事に関わりたくはないからだ。

 僕の素直な様子に満足げに頷いたセシリアさんは、「もうちょっとだけ待っていて下さい」と言い残して、一旦部屋を出ていった。

 

 

 その後、清潔な水の入った桶と手拭いを持ってきてくれたセシリアさんの見守り……という監視を受けながら、体を隅々まで拭いていき汚れを落としていく。

 さっぱりとしたお陰か、お清め中に感じた羞恥心は幾分かマシになる。顔の熱はまだまだ引いてくれそうにないが。

 それを隠すように、渡された下着や修道服に袖を通す。着方はセシリアさんが手伝ってくれたこともあり、割と簡単に終わった。

 

 

 着替えが済むと、僕は部屋の姿見の前まで連れて行かれる。セシリアさんは横に立ち、細かい乱れを直しながら微笑む。

 

 

「よく似合っていますよ」

 

 

 その言葉は僕に届いていない。初めて直視した自分の姿にしばし目を奪われていたから。

 姿見に映っていたのは、可愛いらしい一人の新米シスター。頭のベールで隠れてはいるが、エルフとしての属性も完備している。

 自分という認識がなく、前世で嗜んでいたフィクションに登場するキャラクターであったら、ビジュアルだけで『推し』にしていたかもしれない。

 も、もちろんキャラクターの内面までじっくりと見てからだけどね!

 

 

 誰に対してか分からない言い訳をしつつも、セシリアさんに「……ありがとう」と小声で礼を言う。

 

 

「では、次は……っと、もうこんな時間帯ですか。気がつきませんでした」

 

 

 セシリアさんの目線が窓の方に向く。いつの間にか日は傾きかけて、部屋に差す光も暗い茜色だ。もう間もなく、辺りは完全に暗闇に囚われてしまうだろう。

 

 

 セシリアさんが慌てて夕食の準備に取りかかろうとしたので、僕も手伝いを申し出た。彼女と出会ってから、ずっと何かをしてもらってばかりだから。

 僕からの提案に、セシリアさんは笑みのまま了承してくれる。

 

 

 とはいえ、数日間不在にしていたせいもあり、そこまで凝ったものは用意できなかったらしい。手伝うことも木製の食器を並べるくらいだった。

 そうして本日の晩餐の内容は、とろりとした食感のお粥と保存が効きそうな黒い硬いパン。

 

 

「お手伝いありがとうございます。……まだ体力が戻りきっていない貴女には物足りないかもしれませんが」

「……こうして食べられるだけで感謝しないと、罰当たり」

 

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべるセシリアさんに、気にしないようにと伝えただけなのに、彼女がさらに悲痛そうに歪む。

 

 

(……ん? 何か変な答えだったかな?)

 

 

 首を傾けながらも、黙々と食事を進める。この体になってから食欲は薄れ、数日間は飲み食いしなくても生存できる。

 しかし、それは食事ができないという意味ではないので、しっかりと味わって頂く。薄味で質素な献立ではあるが、セシリアさんの優しさが詰まった味わい深いものだった。

 それに感動して、嬉し涙が目尻に浮かびそうになってしまう。

 

 

 食事の後は後片付けを手伝い、貸し出された寝間着に着替えてから僕は客室で寝ることにした。一緒に寝ないかと誘われたが、流石にそれは断っておく。

 

 

 前世の日課であった『推し』達との語り合い。その日一日、何があったかを順番に、思いつきで『推し』達に話しかける行為。

 『フィリア』がここにはいないせいで、その日課もできないので少し落ち着かないが、いつまで起きていても特にすることはない。

 食欲同様に睡眠欲もないけれど、客室のベッドに入り込み、枕元に置いてあるランプの火をふっと息をかけて消す。毛布を深く被って目を閉じた。

 

 

 夜中に物音がうるさく、起きかけてしまう。

 

 

(……あれ? この物音はセシリアさん? もしかして、まだお仕事かな? そうだったら明日はちゃんと手伝わないと……)

 

 

 ぼんやりとした思考は、再び闇の中へと落ちていく。それに紛れて、ガタガタと窓が開けられるような音。引きずるような重い音や、かすかな衣擦れの音が聞こえた気がした。

 

 

 ――窓から朝日が差し込み、自然と意識が浮上していく。重たい体を持ち上げて、寝ぼけ眼を擦りながら顔でも洗いに行こうと立ち上がりかけた時。一つの『違和感』に気づく。

 部屋の中に、昨夜まではなかった気配が――モノがあった。

 

 

「えっ……何で……」

 

 

 ――僕の視界に入った『違和感』の正体とは、あの小屋に置いていったはずの『フィリア』の姿であった。

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