TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ 作:匿名希望
僕は開いた口が塞がらなかった。この場所には絶対にいないはずの『フィリア』がいたからだ。僕の驚愕の視線を受けても、『彼女』は儚げな微笑みをたたえるのみ。
つまりは特に変わった所はなく、『フィリア』は今日も可愛いという事実を再認識しただけに終わった。
寝ぼけていた思考が、段々とクリアになっていく。しかし、それに伴って一つの疑問が浮かび上がる。何故『フィリア』はこの教会にいるのかということ。
まず最初に思いついたのは、『フィリア』が自分で動いてやって来た可能性。だが、すぐにそれはないと切り捨てる。
僕の使用する錬金術は、構成する術式や素材によっては生命の創造すらも可能とする。自意識が宿った人形を作るのもやり方によってはできるだろう。
しかし、僕が『フィリア』の作成に用いた魔法陣の構成に、そのようなものは含めていない。僕が求めているのは、あくまでも『推し』活を充実させる為のグッズであって、『推し』そのものではない。
それに僕が『推し』の性格や思考パターンを再現して、自我を搭載した所で『彼ら』がその誕生を果たして喜ぶだろうか。
本人が望まない、他者の都合による命の創造は悲劇しか生まないと、僕は『とある映画』で英才教育を受けている。その轍は絶対に踏まない。
だから、残された可能性は一つ。セシリアさんが何かしらの方法で『フィリア』を運んできてくれて、サプライズとして枕元に置いてくれたのだろう。
その肝心の方法が全く想像もつかないが、セシリアさんも神聖術と呼ばれる魔法を使用できる。きっと最適な魔法があったのだろう。
「……セシリアさんもひとが悪い。運んでくれるんだったら、別に隠さなくても良いのに」
ぽつりと、独りごちる。隠し事をされたようで若干傷つくも、それを上回る嬉しさとセシリアさんへの感謝があった。
結構な距離を人目につかずに『フィリア』を運ぶのは、たとえ魔法があったとしても決して簡単なことではなかったはずだから。
何十時間振りに対面できた『
体感でたっぷりと十分以上が経過し、僕は再び『フィリア』を正面に見据え「おはよう」と挨拶をする。当然返事はないが、それで良いのだ。
これは、僕の一日の始まりを告げる儀式になる。
ちなみに『推し』達に囲まれていた前世では、『推し』一人ずつにこの儀式を行っていたせいで、電車の時間に遅刻しそうになったことが数回もある。
今はそういうしがらみもなく、『フィリア』一人だけなので、存分に時間を使ってあげられる。僕にとっても、きっと『彼女』にとっても幸せな時間……だと思いたい。
その儀式が終わったのを見計らったようなタイミングで、部屋の扉がコンコンとノックされる。
「ソーマちゃん、入ってもよろしいですか?」
ノック音の後に、女性の声が聞こえてくる。セシリアさんのものだ。寝間着のままではあるが、別に構わないだろう。着替えは挨拶を済ませてからにしよう。
そう判断をして、僕は扉の外へと声をかける。
「入ってきても大丈夫」
「……では、失礼します。おはようございます、ソーマちゃん。昨晩はよく眠れまし――っ!?」
扉が開けられて、あの心が安らぐような声が聞こえてきたと思ったら、それが唐突に中断される。何事かと思い、慌ててセシリアさんの方に視線を向ける。
セシリアさんの目はぎょっと見開かれている。その目線の先をたどって見れば、そこには僕の傍にいた『フィリア』があった。
(……ん? 何でセシリアさんが『フィリア』を見て驚いているんだ? セシリアさんが内緒で持ってきてくれたんじゃ……)
怪しい雲行きになり、室内の空気が不味いものに変わっていくのが肌で感じられた。だが、それは一瞬のことであり、僕の杞憂であったようだ。
セシリアさんは頬を引きつらせているような気もするが笑みを浮かべて、僕の不安を吹き飛ばしてくれる。
「あはは……そういえばソーマちゃんには言い忘れていました。……驚いてくれましたか?」
「うん、凄く驚いた。……でも、それ以上に嬉しい。また『フィリア』と一緒にいれて」
◆
「――ここに来るまでは、基本的にはずっと傍にいてくれたんだ、フィリアは。他の子達もいっぱいいて……懐かしいなぁ」
そう寂しげに、彼女の中にしかない過去を語るソーマちゃん。そんな彼女の痛々しさが見ていられず、私は衝動的に駆けてソーマちゃんを強く抱きしめていた。
腕の中のソーマちゃんは、困惑した反応を示す。
「えっと……セシリアさん?」
「大丈夫……大丈夫ですから。昔とは違う
「う、うん」
「……では、その為の第一歩として、着替えを済ませたら一緒に朝食を食べましょう。昨日と同じ部屋で待っていますので、急がないように」
湿っぽい雰囲気を切り替える為に、わざと別の話題を提示した。それに対して、ソーマちゃんは素直に頷く。目論みは成功したと判断し、身じたくの邪魔にならないように部屋を退出した。
――突き刺さる視線から、半ば逃げるようにして。
扉を閉めて、謎の視線を感じなくなり始めて息を深く吐き出すことができた。
「はあ……はあ……」
そこで、ようやく思考に少しだけ余裕が生じる。次に考えるのは、謎の視線の持ち主の正体。そもそもこの教会にいたのは、私とソーマちゃんだけ――のはずだった。昨晩の時点では。
それなのに、ソーマちゃんに朝の挨拶をしにきたら、ここからは一日以上の距離がある場所に置いてきたはずのフィリアちゃん――であったモノがそこにはいた。
その理由はソーマちゃんも知らない様子で、問われた際にも咄嗟に私が運んだと嘘を吐いてしまった。
(……だとしたら、考えられるのはフィリアちゃんが自力で動いて、ソーマちゃんをここまで追いかけてきた。それしかない)
あくまでも憶測でしかないが、そう仮定すると私が今まで彼女達に感じていた『違和感』に説明がつく。
あの小屋でフィリアちゃんが動いたように見えたのも、気のせいや目の錯覚ではなかったに違いない。
そして恐らくソーマちゃん自身は、フィリアちゃんが
ソーマちゃんのことを考えるのであれば、フィリアちゃんのことを教えてあげるべきだろうか。貴女の『禁術』は完璧に成功していて、お姉さんは生き返ったと。
(――いいえ、それは違います)
その弱音を振り切るように、頭を強く揺らす。ソーマちゃんには過去に縛られ過ぎずに、
これは私の自分勝手な押しつけかもしれないが、フィリアちゃんも同じことを思っているはず。そうでなければ、彼女はとっくにソーマちゃんに話しかけているだろうから。
私に対して、まるで自分の存在を主張するかのような視線を向けてくる理由は……きっと私を試す為だろう。『禁術』を知った私が、どのような行動に走るのか。
もしも私が血迷えば、フィリアちゃんは多分私を――。
(……だけど、ソーマちゃんの『禁術』が本当に成功しているのであれば、ますます彼女達の存在を知られる訳にはいきません)
エルフというだけでも希少であるのに、そこに死者さえも蘇らせる『禁術』も合わせたら、その利用価値の高さは一介のシスターである私の想像を軽く超えるだろう。
一時は薬の魔力を前にして、魅了されかけた私だから断言できる。『禁術』は絶対に人の手に渡るべきものではなく、その力を望まずに持つエルフの少女達には幸せになってほしいと。
「……その為には、私も頑張りませんと」
そう自身の中で決意を新たにし、私は朝食の準備をしに移動をした。
◆
――ソーマちゃん達が、私の勤める教会にやって来てから既に数日が経過していた。彼女達の『秘密』が露見することはなく、私の当初の懸念が嘘のように穏やかな日々を過ごしていた。
やはりこの村の人達は親切な方ばかりで、記憶喪失――という設定になっているソーマちゃんも優しく受け入れられている。
内気な性格のせいなのか、村の子供達に混ざって遊ぶことはあまりないようだが、完全に仲間外れにされている様子もなく。偶に一緒に遊ぶ際には、見た目相応な笑顔を浮かべて楽しそうにしている。
それ以外の時間は、基本的にソーマちゃんには私の仕事の手伝いをしてもらっている。今の彼女の肩書きも、見習いシスターということになっているので。
もちろん村人達の目を欺く――良心が若干痛む――以外にも、大事な意味がある。ソーマちゃんに、『禁術』とは別の魔法を身につけてほしい思惑があったから。
『禁術』の危険性とその使用の禁止に関しては、一回の説明でソーマちゃんは渋々ながらも理解してくれたので良いとして。それに代わる生きる為の力は、彼女の今後の長い生においては必要になってくるはずだ。……それにいつまでも、私が彼女の傍にいられないのだし。
だが、そんな私の思いに反して、ソーマちゃんの神聖術の習得は遅々としか進まない。というか、初歩の初歩の術すら行使に至っていない。
どうやら彼女には、神聖術の才能がほぼないことが私にも分かってしまう。それでも私には、この修練を止めさせる選択肢はなかった。
ソーマちゃんに、なるべく――二度と『禁術』を使わせないようにする為に。
「――では、今日はここまでにしましょうか。お疲れ様です、ソーマちゃん」
「は、はい……ありがとうございます。セシリアさん」
教会の私の自室にて、日課となっている神聖術の勉強会を私達は行っていた。たとえ、その進捗が絶望的なものであったとしても、必ず意味があると信じて……。
固まった体を解したソーマちゃんは、私に一言断りを入れた後向かおうとした。彼女の姉が待つ、教会の地下へと。
本当は一緒の部屋で過ごしてもらいたいのだが、フィリアちゃんの存在が村人達に知られるような事態を防ぐ為には、この方法しかなかった。
これにはソーマちゃん自身も納得してくれている。
姉との語らい――ソーマちゃんの一方的なものではあるが――を日々の楽しみにしている彼女の背を、何とも言い難い感情で見送ろうとした瞬間。
教会の正面入口の方から、大扉が激しい物音を立てて開けられる音が響いてきた。
「――っ!? 私が見てきますので、ソーマちゃんは決して出てこないように。良いですね?」
「はい……」
ソーマちゃんが首肯するのを横目に、私は出入り口の方へと向かう。そこにいたのは、血相を変えた数人の村人達であった。
私の姿を見た村人達の一人が叫ぶ。
「お、お願いしますっ、シスター様!? 家の家族を助けて下さいっ!?」
「私の家族もっ!?」
「俺のもっ!」
それを皮切りに、他の面々も同様のことを訴え始めた。静謐な教会全体が、一瞬にして悲痛な喧騒に上書きされる。
何が起きているか不明な異様な状況に、かつてのトラウマが――『彼』の死に顔が脳裏を過ぎる。だが、それを何とか呑み込み、私は村人達の混乱を少しでも和らげる為に冷静に声をかける。
「――皆さん、どうか落ち着いて下さいっ! これから私が順番に患者の方の家を回って行きますので――」
必死に村人達を宥める為に、言葉を尽くす。――そのせいだろうか、奥の方から私に注がれる視線に。その持ち主が取ろうとしている行動に一切気がつくことはなかった。
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