TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ 作:匿名希望
――セシリアさんには大人しくしているようには言われていたが、はいそうですかと引っ込んでいられる性質ではない。
セシリアさん達に気づかれないように、奥からじっと彼らが話し合う一部始終を見ていた。いや見た感想としては、話し合いという穏当なものではなく、何人もの村人達はセシリアさん一人に助けを求めているような構図であった。
内容から察するに、何人もの村人達がまるで示し合わせたかのように、一斉に原因不明の病か何かで倒れ込んでしまったらしい。
その状況に既視感を抱きつつも、
だが、ぱっと見だけでも相当な人数を治さないといけないはず。一度に短期間で全員を助けるには、彼女一人の魔力量では難しく負担も大きい。
それに加えて、患者には優先順位がつけられるが、全ての人間が納得してくれはしないだろう。
だって、今も耳を傾けなくても聞こえてくるではないか。
――私の夫を、妻を、子供達を助けて。友達を見捨てないで。自分がどうなっても構わないから彼を、彼女を救ってくれ。
己の大切な人を誰よりも早く、と叫ぶ悲痛な声が。下手をしたらセシリアさん一人だけでは、逆に彼女が潰されてしまうかもしれない。
ならば、セシリアさんにお世話になっている身の上の僕がすべきことは、彼女の負担を少しでも減らすことだ。だけど、僕には神聖術が使えない。だったら、代わりの手段を取るしかない。たとえ、あまり望まれない方法であったとしても。
セシリアさんとの約束を破るような真似をすることに罪悪感を覚えるも、彼女への恩返しの一環であると自分に言い聞かせる。……もっとも全く私欲がないとは言えない。錬金術の有用性を披露し、悪影響が出ない程度に使える許可を取りたいという思惑も、僅かながら僕の行動に含まれていた。
病気なのか、それとも別の原因なのかを確かめるには、まずは実際に患者を見た方が早い。そう村人達を説得し、セシリアさんはこの場での混乱を収め、教会の外へと出ていく彼らの慌ただしい背中を物陰から見送る。
外は相変わらず騒がしいけれど、教会の中は一気に静かになる。僕以外の人間がいなくなったタイミングで、貴重な道具類や書物が保管されている書斎へと移動。
そして僕が真っ直ぐに向かったのは、とある本棚。適当な椅子を引っ張ってきて足場にし、上の方にある一冊の本の背表紙を押し込む。
ガコン、と奥の方で何かが噛み合うような音が鳴る。それと同時に、そこの本棚が鈍い音を響かせながら、徐々に横にズレ動いていく。
僕はさっと椅子から飛び降り距離を取って、その様子を見ていた。しばらくすると、その先に現れたのは地下へと続く石段作りの階段であった。
セシリアさん曰く、この妙に男の子心をくすぐる仕掛けは何かしらの非常事態を想定したもので、ただの地下室だけではなく、村の外への脱出経路にもなっているらしい。
この地下室や隠し通路の存在を知っているのは、今ではセシリアさんと僕だけらしく、本当の意味で『秘密の場所』。
『私用』というか『日課』ではよく地下室を利用するが、隠し通路に関しては今後とも使う機会がないことを祈るばかりだ。
右手に持ったランプ代わりの魔道具で辺りを照らしながら、慎重にさほど長くない階段を降りきる。数歩歩みを進めて、地下室で過ごしてもらっている僕とセシリアさん以外の『同居人』に軽く挨拶と謝罪の言葉をかける。
「こんにちは、『フィリア』。……残念だけど、今日はお話できそうにない、ごめん。
それに、ここを少々騒がしくしてしまうだろうが、構わない?」
「――――」
当然、返事があるはずもないが、こうして目の前に『
『彼女』と離れ離れにならずに、同じ屋根の下で暮らせるセシリアさんに少しでも報いる為にも――あわよくば、新しい『推し』を作る許しを得る為にも、これから『作業』に入る断りを入れる。
後ろ髪を引かれるような思いに胸にチクリとした痛みが走るが、僕は地下室の中心部に向かう。修道服に取り付けられたポケットから、調理スペースから持ち出していた小振りのナイフを一本取り出す。
前回までと同様に、教会の生活では碌な触媒を得られる機会はなかった。正確に言えば、この教会には
しかしセシリアさんを手助けするのに、彼女に大きな迷惑をかけたら本末転倒だ。これまで通りに、自分で捻出できる『材料』を触媒として用いることにする。
ランプ代わりの魔道具を適当な場所に置き、左手にナイフを持ち替える。そして――僕は躊躇いなく、その刃を右の掌に振り下ろした。
鋭利な刃が柔らかい肉を貫き、凄まじい激痛が瞬時に脳に伝達をされ、視界が明滅し始める。苦痛に顔が歪み、膝から力が抜けて思わず蹲りそうになる。
掌からは蛇口を捻ったかのような量の血が、石造りの床を汚していく。
負傷に関しては自力でも、最悪セシリアさんの神聖術でも治療が適うので無視をする。
目眩や吐き気を堪えつつ、僕は屈んで溢れ落ちた血を塗料として肉体に染み付いている魔法陣を描いていく。その途中で、とある失敗に気づく。
(あっ、ヤバい……汚れても大丈夫な服に着替えれば良かった)
セシリアさんの好意で貸してもらっていた修道服には、べったりと血が付着してしまっていた。少しでも早く『作業』を進めないとという焦りが、当たり前のことを失念させたようだ。
(まあ……仕方ないか。今は『作業』に集中しないと)
相変わらず出血する右の掌が筆の役割を果たして、深紅の魔法陣を完成させる。そして次は触媒の投入になるのだが、今回は効能は元より数が重要になってくる。
髪の毛というケチ臭い代物では、何本焚べた所で二、三本の錬成が限界だろう。そのくせに、ドール作成に匹敵する魔力が消耗されるだろう。
今までの経験則から、何となくの消費量や傾向が推測できる。
なるべく修道服の袖に隠れて目立たない腕に、ナイフを走らせて少量の肉を魔法陣の中心部に切り落とす。ざくざく。
べちゃ。そんな粘着質な音が鳴る。結構痛い、おかしいな? 痛覚は麻痺しつつあるというのに。
「――――」
それでも僕は口を動かす。錬金術を成立させるのに必要な最後のピース。詠唱を紡ぐ為に。
――予想通りに、等身大ドール作成以上の時間と魔力、体力を消費して、一つの奇跡が具現化される。詠唱が唱え終わると発生した閃光が収まると、魔法陣の上には十数個の緑色の薬液が入った硝子瓶が無造作に転がっていた。
「やった……これだけあれば足りるはず」
震える足取りで近寄り、割れないことだけに注意しながら硝子瓶を修道服のポケットに突っ込んでいく。絶対に効く保証はないが、神聖術での治療が不可能だった病を完治させた実績がある薬だ。なので、問題ないはずである。
「後はセシリアさんに届けるだけ……でも先に着替えた方が良さそう。変に心配をかけたくないし、村の人達に疑われるかも……」
掠れた声で呟く。倦怠感や激痛から逃れたい為に、一瞬だけ先ほど錬成したばかりの薬を使ってしまいたい衝動に駆られる。
自分自身の体調を万全にした方が、より迅速に行動ができると理論武装して。けれど、その思考に待ったをかける。
(正確な人数が分からないから……薬は使えない。もしも足りなくなったら困る。今日はもう体力的に錬金術は使えそうにない)
僕は床に放置していたランプ代わりの魔道具を引っ掴み、片手で壁を支えにしながら僕は転倒しないように階段を登り始めた。
◆
――私は我先に自分の親しい人間を助けてくれと懇願してくる村人達を説得し、一番症状が重たそうな人の所へと急行する。
「シスター様、こちらになります……!」
必死な様子の女性の案内の下、私はベッドで寝込む幼い少女と向かい合う。
「大丈夫ですかっ!? 私の声が聞こえますかっ!」
少女に声をかける。だが、私の声が彼女に届いているようには思えない。彼女は酷くうなされおり、意識が朦朧としているように見られる。
顔中には汗が際限なく流れ出て、試しに額に手を当ててみれば火傷をしそうな程の熱を発していた。
ここに来るまでの道中で事前に説明されいた通りの症状。一見すれば、ただの風邪を拗らせたかと判断しそうになる。
「あっ、あのっ……シスター様!? 私の娘は助かるんでしょうか……!?」
「……落ち着いて下さい。これから神聖術を行使しますので。お母さんは別室か部屋の外で待機して頂けますか?」
不安そうな面持ちの女性に言い含めて、部屋から退出してもらう。
私は一度深く息を吐き出した後、苦しむ少女に手をかざして魔力を集中。慣れた手順で術式を構成していく。
「……『神聖術・リカバリー』」
少女を温かな光が包む。肉体の異常を取り除き、健康な状態にする癒しの魔法。通常であれば、これで少女の病状は回復へと向かう――はずだった。
結果だけを語れば、少女の状態は一切の改善が見受けられない。息が詰まるような感覚に襲われる。つい最近、似たようなことがあったばかり。
ソーマちゃんと出会う切っ掛けとなった――私の力の至らなさを突きつけられた例の原因不明の『病』のことが想起される。
あの時も、私の神聖術は全くの効果が見込めなかった。
無力感が飛来すると同時に、一つの最悪の未来予想図が描かれていく。
(――まさか他の村の人達も、同じ症状……)
むしろ、その可能性が高いだろう。ということは、私がどれだけ力を尽くしたとしても、眼前の少女を含めて誰一人として救えない。
つい、この間のように。あの時の、私が死なせてしまった『彼』のように。
心の奥底に蓋をして封じ込めていたトラウマが、似たような状況で顔を覗かせようとしてくる。呼吸が段々と荒くなり、視界がぐらつぐ。
「――ター様っ! シスター様っ!」
そんな時だった。意識がどこかに飛びかけていた私を現実に戻すかのように、横からかけられていた声に気づく。声の方に視線を向ける――少女の母親だ。
人々を安心させるシスターの仮面を被り直し、すぐに応対する。
「……どうかしましたか?」
「そ、それが……シスター様のお弟子さん、ソーマちゃんが、こちらのお薬をお渡ししてほしいと……」
「これは……!?」
そう言って女性から差し出されたのは、一本の硝子瓶。その中には、見覚えのある緑色の薬液。この状況を打開するには最善の――無意識の内に選択肢から除外していた代物だった。
私や村人達の物々しい雰囲気から、何があったのかは薄々とソーマちゃんは察していただろうが、直接的には伝えていない。
それに一緒に教会で生活していても、『禁術』を隠れて使っていた素振りも見られず、きちんと私との約束を守ってくれていた。
秘匿していた分――という訳でもないだろう。だったら、この薬を作ったタイミングは、私が教会を出て以降しかない。
私は焦る気持ちを抑え込んで、女性に簡潔に指示を出す。
「娘さんには、この薬を飲ませて下さい。すぐに良くなるはずです。……それでソーマちゃんはどちらに?」
「えっと、他のお宅の所に薬を届けに行くと言って……お待ち下さい、シスター様っ!?」
女性の制止の言葉が投げかけられるが、それを振り切るようにして私はその家を飛び出す。本当に薬が効くまで見ていないことに、自責の念に駆られてしまう。
だが、薬の効能自体は確かなものである為、あの少女は絶対に回復するだろう。その点については、一切心配していない。
ソーマちゃんの姿を追い求めて、村中を駆け巡る。しかし、どこに行っても薬が行き届いた後で、ソーマちゃんは見つからない。
訪れる家々からお礼を言われるが、私は何もしていない。全てはソーマちゃんのお陰で、彼女に二度と『禁術』を使わせないと決めていたのに。
私は何一つ、決心したことを守れていなかった。
――その私の罪が突きつけられる。
成果を得られなかった私の足は、自然と教会に戻ってきていた。ソーマちゃんの名前を震える声で呼びながら、教会の中を探していく。
床の所々に、おびただしい血痕の後が。ソーマちゃんの部屋には、脱ぎ捨てられた赤黒く染まった修道服が。
嫌な想像が掻き立てられていく。それを否定したくて、血痕をたどり、私は書斎の隠し階段から行ける地下室へと。
――初めて出会ったあの小屋以上に、血なまぐさい地下室の冷たい床に、探し人はいた。物言わぬ姉に向かい、乱雑に包帯が巻かれた右手を差し伸ばそうとし、そのまま力尽きたように倒れ伏した姿で。
もしも、この作品を面白いと思って頂けたら、お気に入り登録・高評価の方をお願いします。
執筆の励みになります。