TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ 作:匿名希望
「――ソーマちゃんっ!?」
私は彼女の姿を視界に捉えた瞬間、名前を叫び何も考えずに駆け寄っていた。
半狂乱になりながらも、壊れ物を扱うような手つきでソーマちゃんを抱き起こす。新しく着替えたであろう修道服にも少ないながら血が付着していて、それが私の方にも付いてしまう――いや、今はそんな些細なことはどうでも良い。
ソーマちゃんの状態をすぐに確認しないと。シスターとして培った観察眼が、彼女の容態を正確に伝えてくれる。
損なわれることのない体温、正常な心臓の鼓動や呼吸音。それらがソーマちゃんの生存を証明してくれる。少なくとも、命だけは繋がっていた。
だが、その事実がイコールで彼女に全くの異常がないという訳ではない。
私の視線は自然とソーマちゃんの右腕――そこに巻かれた包帯に吸い寄せられていく。
お世辞にも丁寧な処置とは言えず、却って傷跡や患部が悪化しそうな巻きつけ方だった。実際に意味がないのか、ただ単に出血量が多いのか、包帯にはかなりの血が滲んでいる。
このまま放置しておいたら、徒にソーマちゃんの体力を削り、場合によっては最悪の結果を招くことになりかねない。
そう一瞬の内に判断を下して、私は彼女の苦痛を少しでも早く取り除く為に、ほぼ反射的に魔法を行使していた。
「――『神聖術・ヒール』っ!?」
神聖術の中でも、もっとも使われている術式。その効果は、対象の傷を癒やすというもの。どうしても、先ほどまでの出来事があり、「効かないかもしれない」という不安を振り払うことができずにいた。
しかし、そんな私の心配を他所に、癒しの奇跡は徐々にソーマちゃんの傷跡を治していく。苦痛に歪んでいた表情が和らいでいく。乱れていた呼吸も、正常なリズムを刻み始めた。
そこで、私はようやく胸を撫で下ろすことができた。けれど、そもそもこの事態を招いたのは私と言っても過言ではない。私に今以上の力さえあれば、あの村人達やソーマちゃんも苦しい思いをせずに済んだのに。
目の前の心配事がなくなったことで、思考に余裕ができ、それが逆に自己嫌悪を誘発させ、底なし沼に意識が吸い込まれるような錯覚に陥る。
「ぅ……あっ……」
それを寸前の所で食い止めるかのように、私の腕の中からか細いうめき声が聞こえてきた。
「――大丈夫ですかっ、ソーマちゃんっ!?」
慌てて彼女の名前を呼ぶ。それに反応したのか、重たい瞼がゆっくりと開けられて、焦点の定まらない瞳が私の方に向けられる。
「あれ……セシリアさん? ぼ、『私』……一体何が……?」
「無理に喋らなくて良いんですよ……!」
魔法は確実に効いているはずなのに、ソーマちゃんは掠れた声で辛そうに口を動かし続ける。
「あっ、そうか……錬金術で薬を作って……村の人達に渡して……。セシリアさん、薬はちゃんと効いた?」
ソーマちゃんが尋ねてきたのは、村人達の安否について。自らの身を削ってまで、多くの人達を助けようとする献身、優しさに私は胸を打たれた。
そして、彼女の行使する『禁術』への理解がまだまだ浅かったことを突きつけられる。不完全な形とはいえ死者の復活を可能とし、正体不明の病さえ後遺症なく治す万能薬。
これだけの奇跡が、何の代償も要求しないはずがない。その当たり前の事実に、私は思い至ることができなかった。もしくは、初めからその可能性から目を逸らしていたのか。
彼女と出会ってから、一番近くにいたというのに。
『禁術』が欲する対価――私が見習い時代に聞きかじった知識には、汚れなき生者の血肉や魂、あるいは希少な素材等が挙げられていた。
ソーマちゃんが差し出していた対価が何であるかは、この状況を見れば一目瞭然。彼女が自分勝手な都合で、他者を犠牲にすることはないだろう。その代用品にできる物などは持っている様子ではなかったし、この教会にある物を無断で使うような手癖の悪さもない。
動揺で再び取り乱しそうになるが、ソーマちゃんの問いに答えなければ。その一心で、頼りになるシスターの仮面を被り続ける。
「――はい、ソーマちゃんが持ってきてくれたお薬はきちんと効きました。皆さん元気になって、喜んでいましたよ……だから、安心して下さい」
「ああ……良かった」
私の言葉に心底安堵した反応を見せるソーマちゃん。彼女の瞼が段々と下がっていき、ただでさえか細い声も徐々に小さくなっていく。
その一連の様子が、まるでロウソクの火が消えていく一部始終と重なってしまい、再び大声で彼女の名前を呼ぶ。
「ソーマちゃんっ!?」
だが、その心配は杞憂であったようで、腕の中のソーマちゃんは安らかな寝息を立てていた。今度こそ本当にソーマちゃんの容態は落ち着いたと判断でき、体からどっと力が抜ける。『あのシスターさん』を模倣した仮面がずれ落ちる。
それでも、ソーマちゃんを抱きしめる腕の力だけは緩めることはしなかった。私自身から発露した矜持として。
(……ソーマちゃんが無事で良かった。だけど、何でしょうか? このどうしても拭い切れない『違和感』は……?)
幾分かの冷静さを取り戻した私の思考が向かった先は、とある一つの『違和感』。それはソーマちゃんの扱う『禁術』について――ではなく、そもそもが使う切っ掛けとなった神聖術が効かなかった原因不明な謎の病。
この村だけではなく、隣村でも類似した症例が一人はあった。
偶然この辺りで流行ってしまった特異なだけの病気か、それとも――。
(――いえ、一介の修道女にしか過ぎない私がそれ以上のことを考えても仕方ありません)
一人の人間に救える数なんてものは、どうせ知れている。それは神聖術が使える私であったとしても……『禁術』が使えるソーマちゃんであっても変わりはない。たとえ、そこに『差』があるとしても。
だから、私はソーマちゃんを。フィリアちゃんを。そして、この村の人達を優先して助けていきたい。そう思っている。
『あのシスターさん』は、今の私を――救うべき人間に優先順位を付けてしまった私のことを軽蔑するだろうか。非難するのだろうか。
憧れであった人に負の感情をぶつけられるという『あり得ない想像』――悪く言えば妄想が浮かんでしまうが、それも一瞬。
一人ひとりの笑顔を守ることが、やがては全ての人間の笑顔を守ることに繋がる。そう信じて、やれることを一つずつやっていこう。
そう結論づけた私は、とりあえずはソーマちゃんを清潔な服に着替えさせて寝させるべく、そっと行動を開始した。――相変わらず一言も発そうとしない、もう一人の『同居人』の視線を背に受けながら。
◆
――僕が錬金術の反動でぶっ倒れてから、さらに数日の時が経過した。僕自身の体調はセシリアさんの神聖術で問題なく回復している上に、寝込んでいた村人達も今は全員ぴんぴんしている。新たな患者が出ることもない、本当に平穏な日々が続いている。
ただ一つ、問題点を挙げるとするならば――。
(――結局、錬金術の使用許可、新しい『推し』の等身大ドールを作るのは許してくれなかったぁ、セシリアさん。むしろ、絶対に錬金術を使わないでほしいって強く言われちゃった……でも、セシリアさんが僕を発見した時の状況を考えたら仕方ないか……)
当時のことは意識が朦朧としていて、あまり覚えていないが、朧げな記憶ではかなりの疲労状態で、触媒の用意で多少血塗れになっていた気がする。
確かに、その光景は少し心臓に悪いものであっただろう。セシリアさんの手助けをするはずが、余計な心労をかけてしまっては本末転倒だと反省し、錬金術の使用禁止を今回は全面的に受け入れている。
もしも使わざるを得ない状況であったとしても、事前に相談してほしい。意識を取り戻して、しばらくしてから、そう厳重に言われ――懇願された。
今は包帯が巻かれておらず、綺麗になって傷跡一つない右手を眺めながら、その時のことが想起される。くっきりと、鮮明に。
『――もう絶対に、『ソレ』は使わないで下さい……! たとえそれで多くの人達の命が助かったとしても、貴女が傷ついたら私や……フィリアちゃんが笑えませんっ!』
……次の『推し』の等身大ドールを作れないことは少々残念ではあるが、今の僕は衣食住の全てをセシリアさんに面倒を見てもらっている状態だ。
その彼女の意向を無視することはできない。二体目以降の『推し』達の作成は、この世界におけるある程度の常識を学んだ上で、独り立ちできる基盤を整えてからになるだろう。
(まあ、その辺は気長にやっていこう。今世の僕の寿命はまだまだあるだろうし)
「……だから、もう少しだけ待ってて『フィリア』。貴女の仲間は、いつか絶対に作ってあげる。それまでも僕がいるから、独りぼっちにはさせないから」
有事のことを考慮して、他人に見られたら不味い魔法陣を残したままの地下室で、僕は今日の『日課』――『フィリア』とのお話を切り上げる。
元々僕の『推し』活にも寛容的で、先日の一件もあるが、やはり長時間地下室に籠もっていると、セシリアさんはあまり良い顔をしない。
ただ嫌がっているようには見えないが……あの苦虫を噛み潰したような表情は。悲哀に満ちた視線は、果たして一体どういう意味だろうか。
いつもそれらを浮かべているのは一瞬であるので、単なる僕の勘違いかもしれないが。なので、深くは気にし過ぎないようにしている。
『推し』活自体を表立って否定されている訳でもないので。
「……また夜に来るから」
そう微笑みをずっとたたえる『フィリア』に告げて、僕は足元に気をつけながら階段を登り、一階の書斎へと戻る。
もちろん仕掛けを操作して、隠し階段と本棚を元通りにすることは忘れない。『
さて、現在の時刻はお昼過ぎ。午前中のセシリアさんが直接指導してくれる座学――主にこの世界での常識や神聖術について――は既に終わり、昼食前である。
その準備の手伝いに一刻も早く合流する為に、調理スペースに向かおうとしたタイミングで、どんどんと教会の正面玄関の扉が激しくノックされる音が響いてきた。
ここ数週間ほど、この教会で過ごしてきた経験則として、今回の来訪者の焦りのようなものが扉を叩く音から読み取れた。
(……何かデジャヴを感じるなぁ)
既視感を抱きつつ、それが現実となってしまっても錬金術が使えない僕にはセシリアさんを手助けをすることができない。
薬瓶一、二本ぐらいであったら、血も少量しか使わないと言っても恐らく聞き入れてくれないだろう。
それでも、何かできることがあるかもしれない。もしかしたら錬金術が必要とされる緊急事態なのかもしれない。その時の『対策法』――
そう思考を慌ただしく巡らしながら、ドタバタと駆けていくセシリアさんの後を静かについて行った。
もしも、この作品を面白いと思って頂けたら、お気に入り登録・高評価の方をお願いします。
執筆の励みになります。