TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ 作:匿名希望
――あの一件以来、私の教会を訪ねてくる客は礼拝や軽い相談事に来る村人達しかおらず、ソーマちゃんと共に穏やかな毎日を過ごしていた。
だが、そんな平穏な時間がいつまでも続くことはない。その当たり前の事実を思い知らせるように、運命の転換期となる日は突如としてやって来た。
「――貴女が、シスター・セシリア殿でありますか……!?」
つい先日のように、大きな音を立てて教会に飛び込んできたのは、それなりに高価そうな旅装束に身を包んだ若い男性。
その慌て振りや服装の隠し切れない乱れから、よほどの火急の用件であることが嫌でも窺える。また、その身なりから、高位の貴族に仕える者であることは容易に想像がついた。
その私の予測を裏づけるかのように、来訪者は彼一人だけではなく、護衛と思わしき軽量性が重視された鎧姿の騎士が三人追従し、教会の外には御者が乗った馬車が一台待機している。
この騒ぎを聞きつけてきたのか、村人達が老若男女問わず集まりつつある。あまり好ましくない状況だ。
用件の内容次第ではあるが、ソーマちゃんや地下室にあるフィリアちゃんの存在が露見する可能性は少しでも早く排除しなければ。
そんな打算を隠しつつも、本心から私は代表らしき男性に恐る恐ると言った感じで尋ね返す。
「それほど慌てて、一体何があったのですかっ!?」
「し、シスター・セシリア殿……我々は主の命により、貴女様をお連れするようにと仰せつかっております。誠に勝手で申し訳ありませんが、今すぐにでも出発の準備を……!」
「ちょっと待って下さいっ!? まずは落ち着いて、詳しい内容を教えて頂けませんか?」
「一分一秒ですら時間が惜しいのだ! 早く――」
「――止すんだ、お前達」
私の言葉にハッとした様子で、男性は何かを言おうとしてきた騎士の一人を片手で制し、姿勢を正して頭を下げてきた。
「……大変失礼を働きました。しかし急いでいることは事実ではありますので、手短になることをご容赦ください。私の名前は、オーウェン。我々は、ローゼン卿に仕える立場の者になります」
薄々と察してはいたが、やはり彼らは高い身分の者の従者のようであった。そして、男性――オーウェンさんが口にした貴族の名前は私も知るものだった。
――アルフレッド・フォン・ローゼン。ここら一帯を領地を治める貴族であり、領民達からの評判も悪くない。奥方様には先立たれており、忘れ形見でもある一人娘を溺愛しているという子煩悩な一面があることも広く知られている。
そんなローゼン卿が、直接的にも間接的にも面識がない一介のシスターを名指しで招いてくる。その時点で、理由やそうなった原因についても大方予想がつく。
「肝心のセシリア殿をお連れする理由は、ローゼン卿の御息女のリリアーナ様の治療をお願いしたいのです……!」
「……失礼ながら、何故私なのでしょうか? 私は小さな教会を預かるだけのシスターに過ぎません。ローゼン卿であるなら、私よりも腕の良いお抱えの神聖術の使い手がいらっしゃると思うのですが……」
それでも外れてほしいと細やかな願いを込めて、私はオーウェンさんに尋ね返した。
「……確かにその通りなのですが、既に家の神聖術の使い手や領内の教会のシスター達に診てもらいました。
けれど、どれだけ手を尽くしてもリリアーナ様の病状は悪化するばかり……日々やつれていき、苦しむリリアーナ様のお姿を見ているだけしか、ローゼン卿や我々にはできませんでした」
(……やっぱりそうでしたか)
嫌な予感が的中してしまう。
苦渋の色を浮かべながらオーウェンが語ったリリアーナ様の症状は、あの一件で村人達がかかり、私では太刀打ちすることすらできなかった正体不明の『病』とほぼ同一のもののようだ。
しかも図らずも、以前抱いていた私では使えない中級以上の神聖術ですら、この『病』に効く可能性がないという情報とまで得ることができた。
他にも、この『病』が私達がいる村と隣村以外にも発症者が現れた事実は、私の中での危険度を数段階引き上げる。
(……しかし、一体どこでこの『病』が治ったという情報が? 却って怪しまれない為に特に口止めはしていませんが、村人達からは神聖術ではなく、ただ単に薬を用いて治したとしか映らなかったはず……普通の病気と『病』の違いなど分からないと思っていたのですが……いえ、むしろそれが盲点だったのかもしれません)
田舎村とはいえ、ここは全く外部との交流がない訳ではない。ふらりと立ち寄った旅の行商人などに、何気ない話題の一つとして披露したりしたのだろう。
最近家族が病気にかかったが、すぐに治った――と。そして、その僅かな情報でも藁に縋る思いで、愛娘第一なローゼン卿が飛びつき、使者を派遣してきた――という流れだと考えられる。
そうであるならば、あの『薬』の特異性を嗅ぎつけてきた訳ではなく、私にも治療は不可能であると伝えれば彼らは諦めて、次の宛を探し求めに行くだろう。
ソーマちゃん達の安全を考えれば、それが最善であるはずなのに……私は口を開くことができなかった。
今この瞬間にも、苦しんでいる一人の少女を見殺しにしようとする選択肢を取ることに、罪悪感で胸が張り裂けそうだ。
けれど、私にそれはできなかった。上級の神聖術も効かなかったこの『病』を完治させてみせたのは私――ではなく、一人のエルフの少女。ソーマちゃんだ。
だが、その為の『薬』を作る為には彼女自身の肉体を削る『禁術』を行使しなければならない。
私の目の前には、巨大な天秤が一つあった。片方には、リリアーナ様が。その反対側には、ソーマちゃん達が。どちらを選んだとしても、誰かを犠牲にするしかない。
(……いえ、何を迷っているんですか。ソーマちゃん達を保護した際に、身近な大切な人達を優先したいと決めたはずです。……あの『シスター』様やローゼン卿、リリアーナ様達には会わせる顔はありませんが、私はソーマちゃん達を何としてでも守らないといけません)
そう決心を固め、オーウェンさんに向き合う。
「……申し訳ありません、オーウェンさん。どのようなお話を聞いたか分かりませんが、私はしがないシスターです。お力にはなれませんが、せめてここからリリアーナ様のご回復を祈っております」
「そうですか……分かりました。どうやら我々の早とちりのようで――」
「――待って」
「っ!?」
物凄く残念そうに肩を落としながらも、最後まで礼節な態度を崩そうとせず、教会から立ち去ろうとしたオーウェンさんの背に向けて、制止の言葉が投げかけられる。
けれど、その言葉は私から発せられたものではない。少し大人びた風に聞こえる一方で、子供らしさもある感じの声色――私にとっては聞き慣れたソーマちゃんのものであった。
私とオーウェンさん、彼の後ろで控えていた騎士達の視線がソーマちゃんに注がれる。彼女はそれに対して緊張した面持ちを見せるも、とてとてと私の方に目がけて早足で近づいてきてくれた。
そのまま私の背後に隠れながら、顔だけを覗かせた状態でオーウェンさんに目線をやり、短く言葉を紡ぐ。
「治してほしいのは、リリアーナって女の子一人だけ?」
「ああ、そうですが……セシリア殿、服装から察するにこの少女は見習いでしょうか?」
「え、ええ……」
オーウェンさんの問いに、言葉を濁しながら答える。しかし、意識は私にしがみつくソーマちゃんに向いていた。突然の来訪で、前回のように彼女には引っ込んでいるように言い含めている暇もなかった。
とはいえ、何の理由もなしに大人同士の話合いに首を突っ込んでくるような浅慮な性格でも幼い訳でもない。先ほどの質問の意図も汲み取れば、彼女はきっと『禁術』を使用するつもりで来たのだろう。
事後承諾ではないことを、前回と違い私との約束をきちんと守ってくれていると喜んで良いのだろうか。
オーウェンさん達には決して聞かれないように、ソーマちゃんが小声で私に尋ねてきた。
「……セシリアさん、一人だけなら錬金術を使っても問題ない?」
「それは……」
答えに言い淀む。確かにソーマちゃんの言うことを信じるのであれば、『禁術』による『薬』の錬成――それに要求される対価は、特定の薬草と彼女自身の数滴分の血か、それに準ずる物品というほんの軽いもの。他には体力の消耗と短時間の気絶。
少なくとも、彼女が血塗れで倒れるという痛々しい姿を晒す必要性はどこにもない。
(……一本だけなら、ソーマちゃん本人も良いと言ってますし……構いませんよね? 触媒として利用できる物を探せば、ソーマちゃんの負担もぐっと減ります)
いつか振り切ったはずの独善という名の悪魔が、何よりソーマちゃん自身が揺らいでいた私の心の中の天秤を片方に傾けてしまった。
私はソーマちゃんに小さく目配せをしながら頷く。それからオーウェンさんの方に向き直った。
「……すいません、オーウェンさん。私自身は同行することはできませんが、『お薬』を処方することは可能です。準備に時間がしばしかかりますので、教会の外でお待ち頂けませんか?」
「それは誠にありがたいのですが……薬で本当に治療が適う類の病なのでしょうか?」
オーウェンさんの疑問はもっともだ。一般的に用いられる薬は、精々自然治癒や体力回復を促進させる程度の効力しかない。
外傷や病気を問わず、根本的な治療は神聖術による方法が常識――と言っても、ここの村人達はさほど気にしていないようだが――だ。
ソーマちゃんと出会う――『禁術』の存在を実際に目の当たりにする前の私であったら、オーウェンさんと同じ不安を抱いていただろう。
それを取り除くように、私は努めて笑みを浮かべる。
「その不安は分かります……けれど、オーウェンさん達が聞いた話の中には、『薬で治療を行った』――そういうものはありませんでしたか?」
「そうですね……噂の域を出なかったので特に注視はしていませんでした。しかし、何故先ほどは治療ができないと?」
「確実に効く保証がないので……そんな不確かなものをお渡して良いのかどうか迷っていました。けれど、この子の――弟子の一言で決心がつきました。私にできる協力はさせて下さい」
「……なるほど、理解しました。それでは、我々は教会の外にて待機させて頂きます」
そう納得した素振りを見せたオーウェンさんは、未だに疑いや不満を抱える騎士達を引き連れて、教会を出ていった。恐らくは馬車の中か、村長宅で待つのであろう。
とはいえ彼らの心理状態を考えたら、少しでも早く済ませた方が良いだろう。
「私が不甲斐ないばかりに……ソーマちゃんに迷惑をかけてごめんなさい。自分がした約束を反故にするような形にもなって……」
「気にしないで、人の命には代えられない。……それよりも一人分だけで良かった。前みたいに大量に必要になるなら、セシリアさんに
「え、今何と――」
聞き捨てならない内容がソーマちゃんの口からするも、それを問い質す暇もなく、彼女は駆け足で去っていく。
(……今は時間が惜しい。さっきの発言に関しては、後でゆっくりと問い詰めましょう)
私はそう自分に言い聞かせて、ソーマちゃんを追いかけるようにして、書斎の隠し階段から行ける地下室へと向かう――その途中でランプ代わりの魔道具の一つから、動力源となる『魔晶石』を取外し、一緒に持っていく。
ソーマちゃんが『禁術』を行使する際の触媒として用いる為。これで、彼女の自傷行為は最低限で済む。
貴重な物ではあるが、ソーマちゃんの安全には代えられない。
常に冷たい空気が満ちる地下室では、フィリアちゃんが無言で私達を出迎えてくれた。軽く彼女に挨拶をした後、ソーマちゃんは例の一件以降、残してある血で描かれた魔法陣の中心に立つ。
その足元には、『薬』の材料となる薬草と先ほど回収したばかりの魔晶石が置かれる。ソーマちゃんの肉体の一部は、
「魔晶石を使わなくても、『私』の血肉や髪の毛で代用できるのに……やっぱり使うのは止めにしない? 勿体ない」
「駄目です。これはソーマちゃんの為でもあるのですから」
頭だけをこちらに向けてきたソーマちゃんが、ぽつりと呟く。けれど、これだけは譲るつもりはない。『禁術』を使わせるのも、今回限りだ――
そう耳元で囁やく『薬』への執着の欠片に蓋をしつつ、私は彼女が詠唱を唱えるのを見守る。
(……こうして実際に見せてもらうのは初めてですが、『禁術』と言ってもどこか地味ですね)
最後の工程として、指先から一雫の血が魔法陣に落とされる。本当はその程度の自傷行為も許可したくはないが、欠かせない工程らしいので我慢するしかない。
すぐにでも治してあげられるように、私も神聖術を発動できる準備をしておくと、魔法陣から発せられる光が一段と強くなり、視界を真っ白に塗り潰す。
それほど広くない地下室の空間で、魔力の嵐が吹き荒れた。
そして、徐々に回復しつつある視界で魔法陣にあるはずの『薬』を捉えようとして――失敗。地下室のどこを見渡しても、『薬』が入った硝子瓶は影も形もなく――。
「え、何で――」
――ソーマちゃん本人も何が起きているか分からないといった表情を浮かべていた。
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