TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ 作:匿名希望
――私は今年で十歳となる村娘である。名前はミナ。決して裕福な暮らしを送っているとは口が裂けても言えないけれど、私は充分に幸せ者と断言できる。
優しい両親に、人と人同士の繋がりが強い村人達。これ以上、一体何を望むというのだろうか。
しかし、その幸福にも陰りが見えてきた。ある日突然、お母さんが倒れてしまった。家で家事をしている時に、ばったりと。
体は火のように熱く、汗を滝のように全身から流して、呼吸は非常に乱れて苦しそうだった。
そんなお母さんの第一発見者は、他の人達のお仕事のお手伝いから帰ってきた私。いつも「おかえりなさい」と迎えてくれる、温かい一言がなくて不思議に思いつつ、探し回った先で見つけた。
「――お母さんっ!?」
床に倒れ込むお母さんの姿を見た瞬間に、私の頭はどうかしてしまった。お父さんなり、他の村の大人達に助けを求めれば良いのに、お母さんに駆け寄って声を荒げて、呼びかけ続けるだけ。
ただ慌てふためくだけで、無駄どころか貴重な時間を浪費してしまった。
そうしている内に、森に狩りに行っていたお父さんが帰ってきた。床に崩れ落ちたお母さんと、それに泣きつく私。
それらを視界に入れたお父さんは、普段の温和な態度をかなぐり捨てて、私達の方へと駆け寄ってきた。
「一体、どうしたんだ!? アリア!? ミナ!?」
「お父さん……お母さんが、お母さんが」
お母さんは意識が朦朧としていているし、肝心の私は完全に動揺していて説明するのに戸惑うし。お父さんが事態を理解するのには、さらに時間を要した。
お母さんが倒れた詳しい原因は不明。普通であったら、教会の司祭さんやシスターさんの回復魔法やお薬で治してもらうのだが、ここで問題が一つ。
この村には教会なんてなく、一番の近場は隣村。距離は歩きで二日程度。
「じゃあ、お父さんが帰って来るまでお母さんのことを頼んだよ。ミナ」
「……うん。早く帰ってきてね」
「もちろんさ。ほんの少しだけ待っててくれ」
そう言って、お父さんは村を出立した。三日から四日間は、私だけでお母さんをお世話しないと。守らないと。
ベッドで苦しそうにうめくお母さん。症状自体は、昨日よりは少しは落ち着いている。と思う。
それが不安を誤魔化したい自分の思い込みなのか、本当の事実であるのか、今の私には判断がつかない。
汗で濡れた顔を拭く為に、すっかりと温くなっていた額の上の手拭いを冷水に浸けて、固く絞る。お母さんの頬に、手拭い越しに触れる。燃えるように熱い。
不安の火種が、心の片隅で燻る。お父さんが出かけてから、まだ二日半。時間の経過が、やけに遅く感じられた。
三日目に突入。まだ、お父さんは帰ってこない。お母さんの顔色は変わらない。偶に目を開けて、私を安心させようと「大丈夫、大丈夫よ」と辛そうに笑う。
私は涙を堪えて、ぎこちない笑顔を浮かべる。
昼食である薄味のスープ。お母さんが口にしたのは、二口ぐらい。もう我慢できそうになかった。隣のおばさんにお母さんのことを頼んで、私も村を飛び出した。
背後からおばさんの制止の言葉がかけられたが、今の私の耳には届かない。
お父さんの後を追いかけた訳ではなく、村のすぐ外にある森。そこの深奥に自生している薬草、それを取ってくるのが目的だった。
日に日に弱っていくお母さんの姿を見ていたくなかったのか、何もできない自分に嫌気が差したのか。そのどっちかは、私には分からなかった。
■
ほぼ着の身着のまま、私は森の中に入ってしまった。この行動自体が、衝動的なものだったから。
幸いなことに、目的の薬草の群生地の大まかな位置を把握している。何度かお父さんと一緒に採りに訪れたことがあるから。
しかも深奥と言っても、子供の足で夕方を少し回った時間帯には戻れる目算であった。だって、いつもはそのぐらいで戻れていた。
(お母さん、待っててね……!)
暗い気持ちに蓋をして、なるべく前向きなことを考える。今私がしていることは、お母さんの為であって、現実逃避ではないと。
草木をかき分けて、私は森の奥へ奥へと進んでいった。冷静な判断能力はとっくに喪失しているのに、絶対に大丈夫と信じ込んで。
数時間が経過後。結果的に言えば、私は完全に迷っていた。
「どこ、どこなの!?」
私の絶叫が、森の中に木霊する。
どこで道を間違えたのだろうか。記憶を頼りに進んでいたのだが、いつになっても記憶のある場所にはたどり着かない。
「早く薬草を持って帰らないと……!?」
切羽詰まった状況が、最悪な未来を想起させる。薬草を持って帰れずに、お母さんが失われてしまう未来を。
そもそも私自身が村に帰れる保証や、目的の薬草がお母さんの不調に効く確証もないのだが。
半狂乱になりながら、森を走り続けた。木の枝が引っかかり、腕や足に擦り傷、服が解れたとしても気にする余裕もなく。
そして、その無茶な暴走の果てに私の体力は尽きてしまった。いや、むしろ保った方だろう。お母さんの看病を優先して、碌に食事を摂っていないから、なるべくしてなった結果だ。
日も落ち始めて、辺りにも陰りが生じつつある。まるで、闇が私を呑み込もうとしているような錯覚に襲われる。
それでも諦め切れなくて、首だけでも。視線だけも動かす。すると、その先には人の手が入っていない森の中には不自然な空間が一つ。一軒の小屋があった。
(……あんな所に、どうして小屋が?)
今までお父さんと来た時には見たことがない。ということは、やはりいつも訪れている場所とは全く違うことになる。
数時間の努力が全て水の泡となってしまう。それは嫌だ。私は最後の希望に縋るように、私は何とか体を起こして覚束ない足取りで小屋まで向かう。
遠目でも分かるぐらいに小屋はボロボロで、人が利用している痕跡はない。もう既に立ち込めていた諦観の念が、再び首を持ち上げ始める。――いや、あった。僅かにだが、つい最近ついたと思わしき私以外の足跡が、小屋の周辺に散見される。
疲れ切った表情筋が綻ぶのを感じる。そこにいる人物が、魔法のような手段でお母さんを救ってくれる。
そんな有りもしない妄想に取り憑かれて、私は疲労を忘れて駆け出した。だが、そんな妄想を肯定するかのように、小屋の中から強い光が漏れ出る。
乾いた心が歓喜で満ちていく。
扉の前に立つ。劣化が進み、隙間風が酷いだろうものの前に。ノックをする暇すら惜しい。私は扉を開けた――そこにあった猟奇的な光景は、私をただの少女に戻すには充分すぎた。
血で描かれた複雑な模様の真っ赤な円。その中心部分に鎮座していた、不完全な『人型』。所々の『部品』から、その『人型』が女性の
――あまりの悍ましき事実に、限界を迎えた私は悲鳴を上げてしまう。視界も段々と暗くなり、体が床に崩れ落ちる。
斜めになった視界で、この光景を作り出した思わしき少女が転がっているのを捉える。私よりも少し背が高い、金髪の少女。異様に長い耳が特徴的。ちらりと見えた横顔は、場にそぐわない程に整っていた。――そこで、私は意識を失ってしまった。ごめんなさい、お母さん……。薬草を持って帰れなくて。
私も、
■
硬い床の感触に体が悲鳴を上げる。それが切っ掛けとなり、僕の意識は覚醒した。
「痛たた……」
まだ体には倦怠感は残っているが、多少はマシになっている。体調不良が完全に治まったら、ここを活動拠点として触媒探しと錬金術によるドール作成を平行していこう。
今回の失敗は素材不足ももちろんあるが、回数が全然足りないという点も大きく関係している――。
そこまで思考を巡らして、とある違和感を抱く。自分以外の気配が増えている。まさかと思い、魔法陣を見る。『推し』の一人の等身大ドール、その失敗作に何かの間違いで自我が宿った訳ではないようだ。
「良かった……」
安堵の息を吐く。だって、もしも現実にそれが起きたとしたらホラーそのものだから。
しかし、だったらこの気配の持ち主は一体どこに――閉めていたはずの扉が開いていた。入口で倒れている茶髪の少女が一人。息はしているようなので、気絶しているだけのようだ。
彼女の姿を見ていると、意識を失う前の記憶が想起される。
(そういえば、悲鳴が聞こえたんだっけ? ……ということは、コレを見られた? そもそも、どこから来たんだ? この子は? こんな森の奥深くに……)
『推し』の等身大ドールの作成という目標への第一歩を踏み出せたと思ったら、突然降って湧いてきたトラブル。一体どうしたものか。
「……取りあえずはベッドにでも寝かせよう。地べたじゃ、起きた時が辛い」
少女を何とか起こさないように、小屋のベッドまで運ぶ。体格差のせいで引きずるような形になったことと、ベッドがかび臭いのは勘弁してほしい。
そう内心詫びながら、少女が起きる前に証拠隠滅を図ることにした。寝起きにコレがあったら、心臓に悪いだろうから。
とは言っても、外の適当な茂みに隠すだけだが。ちなみに魔法陣は、まだ残しておく。後で使うからだ。
ひとまず証拠隠滅を終えた僕は、次の作業に取りかかる。『記憶』の残滓にある体力回復の効能を持つ薬草でも摘んでくるとしよう。
あの少女がどこから来たかは不明だが、かなりの距離を歩いてきたに違いない。数日彷徨い歩いてきた僕が、森から脱出できていないのだ。
僕が方向音痴ということはない……と思う。
なるべく小屋から離れないように気をつけながら、薬草を探して歩く。おっ、あった。
転生をしてから、ずっと着続けているワンピースのポケットに目当ての薬草を次々と突っ込んでいく。
このぐらいで充分だろう。切り上げて、小屋の方に戻る。ゆっくりと扉を開ければ、まだ少女は眠っていた。しかし、その眠りは良いものではなく、うなされている。
それを見兼ねて僕は、少女の傍に近寄り頭を優しく撫でる。前世のうろ覚えの子守唄を歌いながら。
「――♪ ――♪」
それが功を奏したのか、少女の顔が和らいでいく。
それを見届けた後、そっと少女の頭から手を離し、移動しようとした。
すると、
「……お母さん」
少女の小さな口から、悲しそうなトーンで寝言が溢れる。胸にチクリと刺されたような痛みが走る。
しかし、今の僕にできることはそう多くない。後ろ髪を引かれるような思いで、魔法陣の前に立つ。
魔法陣の中心部分に薬草を配置して、僕は再び指から血を一雫垂らす。――二回目の錬金術の発動だ。