TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ   作:匿名希望

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第三話

 

 

 ――私は上下左右も分からない暗闇の中を漂っていた。とても長い時間を。体に纏わりつくその影は、非常に重たく、指一本すらまともに動かせない。

 そんな一寸先も見通せない、自分の姿すら見えない闇の中。唯一許されていた思考に私は耽る。

 忘れてはいけない何かを。大事な誰かを必死に思い出そうとして。

 

 

 喉の先まで出かかっているのに。口が動いてくれない。記憶の中の『誰か』には、顔や姿形、声にも靄がかかっている。

 

 

 ――ごめんなさい、ごめんなさい。お■さん。

 

 

 ただ言葉にならない謝罪をひたすら繰り返すだけ。胸にぽっかりと穴が空いた喪失感にうなされていた。

 

 

 そんな時、頭を起点として温かい何かが流れ込んできた。どこか懐かしく感じられた。

 闇の中に一筋の光が差す。そこから聞き覚えがない歌のような、優しい声が聞こえてきた。

 

 

 感覚を取り戻しつつあった手を、その光に目がけて目一杯に伸ばす。無我夢中で。

 

 

 そして光に手が届いて、目の前が真っ白に塗り潰された直後。私の意識は暗い水底から引っ張り上げられた――。

 

 

 

 

 ――重たい瞼をゆっくりと開ける。ぼやける視界を正常に戻す為に、何度も瞬きをした。世界が元に戻っていく。

 

 

「……良かった、目が覚めて。体は大丈夫そう?」

「――っ!?」

 

 

 悲鳴を上げなかった自分を褒めてほしい。何故ならば、私の顔を覗き込んでくる長耳の金髪の少女がいたのだから。

 

 

 私は古いベッドのように寝かされているらしい。少女の問いかけには答えず、可能な限り後退する。すぐに背中が壁に当たったが、何もしないよりも気分的にはマシだった。

 別に少女の作り物のような、無機質な表情に恐怖したのではない。

 

 

 脳裏にこびり付いた、意識を失う前に見てしまった人型の『何か』。人間を加工したような『何か』。成れの果て。

 この少女は、ソレを作り出したと思われるからだ。

 

 

 今よりももっと小さな頃。私が悪いことをしてしまった時に、お母さんが叱る時に度々していた話。

 

 

 ――悪い子供は、夜中に森にいる邪悪な魔女に連れ去られてしまう。子供はどんなに家に帰りたがっても、帰ることはできないの。二度とね。

 だから、良い子にしておくのよ。

 

 

 そんな話をふと思い出した。森の奥にあるボロボロな小屋。そこにいた『良くないこと』をしているだろう長耳の少女。

 彼女を件の話の『魔女』に結びつけたのは、私にとって極々自然な話だった。

 

 

 そんな魔女に捕まってしまった私は、一体どうなるのか。『何か』の仲間入りをしてしまうのだろうか。人間としての自由を奪われて、何もできずに。そもそも私は何の為に、こんな所に――。

 

 

 そこまで思考を巡らした瞬間に、曖昧だった記憶が完全な形を取り戻す。どんな目的で、この森を訪れたのか――。

 

 

(――私は、お母さんの為に薬草を)

 

 

 家で未だに苦しんでいるであろうお母さんを助ける為に、衝動的とはいえ危険を冒したのだ。私が優先すべきは自分の保身よりも、お母さんが元気になること。

 

 

 森に住む魔女であるならば、色々な知識を持っているはず。つまりはお母さんの病状を回復させる薬の類を知っていても、何もおかしくはない。

 

 

 そう考えた私が真っ先にしたことは、ベッドの上で姿勢を正して、頭を擦りつけながら懇願した。

 

 

「私は……どうなっても良いですから、お母さんを助けてくださいっ!? 魔女様……!?」

 

 

 縋るような私に対して、長耳の少女の困惑した様子の声が聞こえてきた。

 

 

「えっと……魔女って、僕? いや、今はそれよりも……とりあえず話を聞かせて。もしかしたら、力になれるかも」

 

 

 予想していない返答に、私は思わず顔を上げた。長耳の少女の表情は、悪い魔女を連想させる悪辣なものではなく、無表情ながらもこちらを慮る意思が感じられるものであった。

 どことなく、お母さんが私を心配してくれる時の顔つきに似ていた。

 

 

 だから、だろうか。魔女に対する恐れは薄れて、ぽつりぽつりとここに来た経緯を私は話し始めた。――あの『成れの果て』については、この際は触れないでおくことにした。『アレ』は、目の前の彼女にとって『禁忌』である予感がしたから。

 それに、今はお母さんの方を何よりも優先すべきだ。

 

 

 つっかえつっかえで、まとまりのない話し方でも長耳の少女はただ黙って最後まで話を聞いてくれた。

 

 

「……つまり、君の母親が原因不明の病気で寝込んでいるから治療してほしいと」

「はい……そうです。どんなことでもしますから、お願いします……! 魔女様……!」

「……別に構わない。一応薬は持っている。……ただ絶対に効く保証はない。君には効いたとはいえ、前提が違う。後、対価とかも特に要らないから」

 

 

 そう言って、長耳の少女は透明なガラスの容器を懐から取り出した。その容器の中には、薄い緑色の液体が入っている。

 日光の反射を受けて淡く輝くそれが、見失いかけていた希望の灯に見えた。私は軽くなった体で衝動的に、長耳の少女の両手を握った。

 

 

「ありがとうございます……!」

 

 

 私の心からの感謝に対して、長耳の少女は無表情のままではあるが、少し照れくさそうに顔を背けた。

 

 

 だが、もう一つだけ大切なことを忘れていたことに気づく。背中に冷水をかけられたような錯覚に陥る。

 

 

 自分が意識を失ってから、どのくらいの時間が経っているのか。確かあの時はもう日が沈み始めていたはず。しかし、窓の方に視線を向けてみれば既に日は差している。

 少なくとも、一晩以上は経過していることを意味する。下手をしたら数日が過ぎていて、お母さんは既に――。

 

 

「――大丈夫、落ち着いて。まだ君がここに来てから一晩しか経っていない」

 

 

 冷静な言葉が、私の乱れ切った思考を冷やそうとしてくる。けれど、それだけでは収まらない。

 

 

「で、でも……急がないとお母さんがっ!?」

「なら、すぐに君の母親の所に行こう。ぼ……『私』もついて行くから。君みたいな子供も、一人だけで帰らせるなんて冗談じゃない」

「……本当に、ありがとうございます!」

「その言葉は君の母親が助かった時に取っておくように。

病み上がりで辛いかもしれないけど、村までの道案内を頼むよ」

 

 

 ベッドから起き上がった私の体は、長耳の少女の懸念とは裏腹に、意識を失うまでとは打って変わって軽かった。それが薬の効能の高さのお陰か、お母さんが助かるかもしれないという希望を再び見出すことができたからなのか。

 

 

 もう一度その希望を裏切られる――長耳の少女(魔女)が良からぬことを企てている可能性については考えないことにする。脳裏にこびり付いた『アレ』の幻影を、無理やりにでも頭の中から追い出す。

 今はお母さんのことを優先しないと。

 

 

 村までの道のりは険しいながらも、何度か森に来たことのある私にはさほど問題はない。一方で森に住んでいるはずの長耳の少女は、大分辛そうに私の後をついて来ていた。

 体力的には問題なさそうだが、慣れない動作で苦労しているような感じに見えた。

 

 

 正確な時間は分からないが、日が傾く前には私達は村の入口付近まで戻ってくることができた。私は積もっていた感情が爆発して、まだまだ足元が悪いのにも関わらずに一気に駆け出そうとしてしまう。

 そんな私の背中に、長耳の少女の制止の言葉が投げかけられる。その言葉に対して、恩人ではあるものの不満を抱いてしまう。

 

 

「ちょっと……待ってくれるっ!?」

「ここまで来たんですから、早くお母さんにこの薬を届けないと……!」

「……とりあえず『私』がついて行けるのは、ここまで」

「それは、どうしてですかっ!?」

 

 

 その突き放したような答えに、思わず声を荒げてしまう。しかし、長耳の少女は特に気にした様子はない。冷静にその理由を説明してくれる。

 

 

「明らかに怪しい余所者である『私』が居たら、余計な問題が発生しかねない。しばらくはこの辺りに隠れているから、何かあった時には呼んで」

「ご、ごめんなさい……いきなり叫んじゃって……」

「早く行ってらっしゃい。母親が待っているよ」

「は、はいっ……!」

 

 

 今度こそ長耳の少女に背を向けて、地面を蹴って駆け出した。目的地は当然私の家。お母さんを助ける為に。

 

 

 村にはいつもの長閑で村人達の温もりに満ちた雰囲気ではなく、どんよりと暗く沈んだ空気が漂っていた。遊びに耽る小さな子供達の明るい声は聞こえてこない。

 それでも、何人の大人達はそれぞれの生活を維持するべく、各々の仕事に従事しているようだった。

 

 

 そんな彼らは、突然現れた私の姿に驚きの声を上げる。

 

 

「み、ミナちゃんっ!? 無事だったのかい!? 今まで一体どこに――」

 

 

 けれど、今の私には彼らの言葉は耳には入らない。自宅までの距離が、異様に遠く感じられる。森の中で宛もなく彷徨っていた時以上に。

 

 

 そして、ようやく私は自分の家の前に到着した。胸に片手を添えて、小さく息を整える。私の緊迫した感情とは正反対に、木製の扉は軽かった。

 

 

 十数時間振りの我が家。懐かしいと感傷に浸りたくなるも、そんな暇はない。お母さんの寝室まで、最後の追い込みをかけた。

 寝室の扉を開けて、中に飛び込む。胸に溜まっていた感情と空気を、思いっきり口から吐き出す。

 

 

「――お母さんっ!?」

「ミナっ!?」

「っ!?」

 

 

 いきなりの私の大声に反応したのは、室内にいた人間の三人中二人。隣の村の教会にまで、シスターさんを呼びに出かけていたお父さんと、黒色の修道服姿の金髪の女性――お父さんが連れて来てくれたシスターさんだろう。

 それが意味することは――。

 

 

(――お父さんは間に合ったんだ……!)

 

 

 しかし、だというのに何故お父さんやシスターさんの表情は暗いのだろうか。何故お母さんは未だに、目を閉じてベッドに横たわっているのだろうか。

 

 

 悪夢が、最悪の形で現実になろうとしている。動悸が激しくなり、また視界がぐらつきそうになる。

 だが、ポケットに入った『お守り』の感触が私を正気に戻してくれた。

 

 

(そうだ……! 私には魔女様からもらったこの薬がある!)

 

 

 私はシスターさんを押しのけて、急いで眠っているお母さんの下に近寄る。苦しげな顔色ではあるが、お母さんの胸はまだ上下している。まだ生きている!

 

 

 スカートのポケットから、『お守り』――長耳の少女がくれた薬の入ったガラス瓶を取り出し。その蓋を開けて、液体をお母さんの口の隙間から、むせないように流し込む。

 

 

 シスターさんが何やら止めようとしてきたが、私の行動の方が一手早かった。お母さんの体内に薬が侵入する。

 その直後に、シスターさんにお母さんから引き離された。

 

 

「貴女っ!? この方に一体何を飲ませた――の?」

 

 

 問い質そうとしたシスターさんの声が、徐々に萎んでいく。だって、私達の視線の先では――固く閉じられていたお母さんの瞼が開かれたのだから。

 

 

 虚空を彷徨っていた瞳が私を捉える。

 

 

「……ミナ?」

 

 

 お母さんの小さく、掠れた声。だけど、生きているという何よりの証拠。目の錯覚でなければ、顔色も幾分か良くなっている。

 私は緩んだシスターさんの腕の拘束から抜け出して、お母さんに強く抱きついた。今度は熱い液体で、視界が歪む。

 そうしていると、頭を優しく撫でられた。

 

 

「良かった……! 良かったよお……!」

 

 

 緊張が決壊して、涙で頬を濡らしながらお母さんの胸に顔を埋め、その温もりに身を沈めた。

 

 

 ――一つの大きな『違和感』を無視して。

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