TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ 作:匿名希望
私――セシリアは、王国の辺境の田舎村、そこに設けられた小さな教会に勤めるしがないシスターであった。私は元々この村の外の孤児院の出身であり、同じような境遇の子供達と一緒に育てられた。
決して豊かとは言えず、辛いこともあったけれど、そこでの生活は悪いことだけではなかった。
私が過ごしていた孤児院には、近くの教会で勤めていたシスターさんがよく炊き出しや子供達の遊び相手をしに来てくれていた。
今となってから分かるが、他にも色々と仕事があって忙しかっただろうに、彼女には頭が未だに上がりそうにない。
優しい性格や柔和な笑みが似合う容姿も相まって、シスターさんは孤児院の子供達だけではなく、周りの人達からも評判が高かった。
そしてシスターさんが人気であった、もう一つの理由。それは、本来有料であるはずの怪我人の治療――回復魔法の行使を、孤児院の子供達や貧乏な家庭の人間に対して、秘密裏に施していたこと。
教会で禁止されている行為であるのでバレたら、ただでは済まない上に、少額の報酬すらも受け取らない姿勢が、弱い立場の人間からは好かれていた。
しかし、それを良く思わない人間達からは疎ましく思われていたらしい。ある日を境にして、シスターさんは孤児院に姿を現すことはなくなった。
後から聞いた話によると、無償で神聖術による治療行為を咎められて、教会を破門されてしまったらしい。今では生きていることすら定かではない。
それでも、私はシスターさんの在り方や意志は間違っているとは思えなかった。
だから、私がシスターの意志を継ごうと決心した。決して、単なる憧れから発露しただけの感情ではない。
シスターに成る為には、最低限の条件として神聖術――信仰を媒介とした魔法体系――の適正が必要となるが、幸いなことに私にはその才能があった。と言っても、平均スレスレではあったが。
神聖術以外にもシスターとして、書類を扱う都合上、簡単な読み書きや計算などができる能力が要求される。しかし、それについては教会に所属してから学ぶこともできたので、何とか解決できた。
見習いとしての修練とかはあったが、あのシスターさんのように。憧れの人のように、困っている人達を助けられるような立派なシスターに成る為に努力は惜しまなかった。
無事に神聖術の習得度や知識面でも及第点を頂いて、十八歳の時に、私も一端のシスターとして活動する許しを得ることが叶った。
私は一人でも多くの人達を救ってあげたい。その原初の願いを叶える為に、私は自ら王都にある中央大聖堂への所属を希望した。
人が多く集まる場所であれば、助けを求めている人達もまたたくさんいる。そんな単純な考えに基づいた思いつきであった。
最初こそは大都会の雰囲気に呑まれたりしたことはあっても、私の細やかな力でも誰かの役に立っていると実感できて、嬉しかった。
だけど、どこまでいっても世間知らずの小娘の浅慮な思い上がりに過ぎなかった。
私はより多くの救済対象を求めて、ちょうど都合良く国境付近に出没した魔物の討伐任務を負った騎士団がいたので、他のシスター達と同行し――そこで、地獄を見た。
魔物によって、命を奪われた無辜の民達――その骸。一人で逃げようとしたのか、背中から致命傷を負ったであろうモノ。子を庇おうとしたであろうモノ。苦悶の表情を浮かべたモノ。
魔物から向けられる剥き出しの殺意。直接的な命のやり取りを行う戦場の緊迫した空気。――そして、私の神聖術による回復、その効力が足りずに魔物との戦いで命を落としてしまった騎士団員。私が、救えなかった。取りこぼしてしまった人。
差し伸ばされた手を取ることができなかった。光を失った虚ろな瞳が、私を責め立てる。
喉が裂ける程の悲鳴を上げてしまい、動揺してしまい、不覚にも一度気絶した。
――そこからの記憶は曖昧にしか残っていない。私を含めたシスター達は、魔物の討伐任務からは無事に帰還することはできた。
だが、騎士団には六名という決して少なくはない犠牲者が出てしまった。騎士団の方や他のシスター達からは、被害が出ることは避けられないと言われても、私には何の慰めにもならなかった。
その出来事を切っ掛けに、私は赤いものを……人間の死体を見ることに対して、拒絶反応を抱くようになってしまった。
神聖術の回復魔法によって、他人の怪我を治せる私が自分の心の傷を癒やすことができないなんて、何の皮肉だろうか。
そして、心が壊れてしまったシスターに居場所なんてない。心の傷が比較的に浅い部類とはいえ、私もその例に漏れず。
私は自ら逃げるようにして、王都の中央大聖堂から地方の田舎村にある教会――現在いる場所に落ち着くことになった。原初に抱いていた願いを、シスターさんから勝手に受け継いだ意志を裏切る形で。
だけど、私は完全に諦めることはできなかったのだろう。どんな小さな怪我であっても、私は着任した村の人達を癒やし続けた。悲鳴を上げそうになる弱い心を奥深くに押し込んで。
どうか次は失敗しないことを祈りながら。その祈りが届いていたのか、この村が王都に比べて平和なのか、私のトラウマを刺激するような患者が目の前に現れることはなかった。
それが良いこととは、決して口が裂けても言えないが。
――そんな、ある日。私が教会で祈りを捧げていると、教会の扉を近強く開ける音が背後から響いてきた。静寂な礼拝堂の空気が一変に塗り替えられる。
急いで振り返れば、酷く取り乱した様子の男性がいた。その男性の顔に見覚えはなく、この村の人間ではない彼に一瞬の警戒心を抱く。
しかし、その慌て振りから怪しい人物にはとうてい思えない。何かしら、私の助けを必要としているのだろう。その思考を裏づけるように、男性の後ろから別の初老の男性――この村の村長さんが現れる。
私は体から力を抜いて、警戒心を解き自然体な笑みを浮かべる。
「どうかしましたか?」
「――お願いしますっ、シスター様!? アリアを……私の妻を助けてくださいっ!?」
縋りつくように、私に歩みってくる男性。彼自身の体調が良くないのか、頬が少し痩けていて、目元には隈。足元も覚束ない。
それでもその言葉だけで、男性の用件は全て理解できた。私が避けていた他者の命を左右しかねない、かつてのトラウマの再来。
瞬間的に、視界がぐらつきそうになる。男性の必死な表情が、いつかの騎士団員の灯が消える直前の顔と重なった。
だが、私は暴れ狂いそうになる恐怖を封じ込めて、意識を現実に戻す。
男性は自らの危機を顧みずに、少なくとも隣村からの距離を急いで助けを求めに来たというのに、私は自分勝手な理由でそれを見捨てようというのか!
「……分かりました。すぐに支度をしますので、お待ちください。ですが、その前に――『神聖術・キュア』」
男性の傍にまで近づき、私は両手をかざすと意識を集中させる。掌の先に光が集まり、それが淡く輝き、男性の体を包む。
男性は、はっと驚いた表情を浮かべる。
「こ、これは……体が軽く……!」
「本当はしっかりと休息を取って頂きたいのですが、その様子だと一刻を争うようですので。一時しのぎに過ぎませんので、無理はし過ぎないように」
「い、いえ、ありがとうございます……!」
お礼を言いながら頭を下げてくる男性を横目に、ようやく追いつてきた村長さんに手短に伝える。
「……という訳で、私は隣村まで治療に行って参ります。なるべく早く戻ってくるつもりですが、その間は村の人達にご迷惑をかけてしまいますかもしれません」
「……申し訳ありません。こちらの都合で……」
「おっ、ほっほっ。気にしないように。困った時はお互い様。セシリア様、頼みましたよ」
「はい」
そうやり取りを終えた後、私はすぐに自室に戻り、最低限の支度を済ませ、隣村に向けて出発した。その道中で、男性――トーマさんから奥さんの病状について尋ねていた。隣村に着いたら、迅速に治療に移れるようにと。
意識の混濁や高熱。これだけを聞けば、風邪を拗らせたか、流行病にかかってしまったかと簡単な推測は立てられるが、実際に診てみるまでは断定はできない。
私が修めているのは、中級の神聖術まで。しかも、王都での過酷な修練で命からがら、文字通り死に物狂いで身につけたものだった。私の凡庸な才能で至った限界――その力で治療が叶えば良いのだが……。
仕舞い込んだトラウマが蘇りそうになるのを、必死に押さえ込む。
体力の消耗を神聖術で誤魔化しながら、私達は道中を急いだ。トーマさんの奥さんは、もっと辛いだろうし、時間的猶予がどれだけ残されているか分からないから。
そして何とか隣村に到着し、碌な休息も取らずにトーマさんのお宅にお邪魔した。奥さんはの体調は相変わらず悪いようだが、近所の方が看病をしてくれていたようなので、そこまでは悪化はしていないという話らしい。
留守番を任せていたはずの娘さんが一人でどこかに行ってしまった、という問題があったものの、トーマさんは奥さんの治療を優先してほしい。そうお願いされた。
だが、問題はそれだけではなかった。いざ実際に神聖術による治療――『神聖術・リカバリー』を行使した時に、それは発覚した。
何故か奥さん――アリアさんには、効いた様子が見られなかった。どれだけ魔力を込めてみても、別の魔法を試してみても結果は不発に終わる。ただ無駄に魔力を削るだけでしかない。
私の力不足なのか、それとも未知の病なのか、私には分からなかった。
一回失敗するごとに、周りが気落ちした――私に失望した眼差しが向けられる。いや、直接見た訳ではないので、私の錯覚かもしれない。そう信じたい。
手の震えが段々と激しくなり、呼吸が乱れそうになる。アリアさんとは似ても似つかない『彼』の死に際の表情がダブってしまいそうになる。
それは今目の前にいるアリアさんにも、『彼』にも失礼極まりないことであるのに。
二度と失敗したりしない、取りこぼしたくない。あのシスターさんに並べるような人になりたい!
そう弱気になっていた自分の心を奮い立たせ、もう一度神聖術を使おうとした瞬間――部屋の扉が大きく開けられる音がした。
既視感を抱きつつも、振り返る。そこにいたのは、一人の少女だった。ちょうどトーマさんから聞いていた娘さんの特徴と一致する容姿の。名前は確か、ミナちゃんであっただろうか。
その推測が正しいことは、トーマさんの発言で保証される。
(行方不明であったミナちゃんが見つかって良かった……いえ、今はそれよりも……!)
――私には為さないといけないことがある。発動しかけていた神聖術の術式の構築を再開しようとするよりも先に、ミナちゃんが行動を起こす。
私をいきなり押しのけてきた。神聖術の発動に集中していたせいで、歳下の少女に力負けしてしまう。
ミナちゃんは、先ほどまで私が立っていた位置に立つ。彼女の右手には、どこからともなく取り出したガラス瓶が握られていた。その中身は、薄い緑色の液体。私が見たことのないものだった。
(あれは一体、何……?)
もしかしたら危険なものかもしれない。そうでなくても、得体の知れないものを病人に飲ませる訳にはいかない。絶対に止めないと。
しかし、私やトーマさんが止めるよりも先に、ミナちゃんは、そのガラス瓶の蓋を開けて、アリアさんに飲ませていた……!
「貴女っ!? この方に一体何を飲ませた――の?」
慌ててミナちゃんをアリアさんから引き離す。と言っても、既に謎の液体はアリアさんの体に取り込まれている。対処方法を探るべく、ミナちゃんを問い質そうとした途端――アリアさんの閉じられていた瞼が開く。
「……ミナ?」
アリアさんがミナちゃんの名前を呼ぶ。それと同時に、ミナちゃんを私の腕の中から抜け出すと、アリアさんに勢いよく抱きついた。
ミナちゃんは安堵したのか、いつの間にか眠ってしまっていた。アリアさんはそんなミナちゃんの頭を優しく撫でながら、慈しみの表情を向けている。
私が見た限りでは、顔色も良くなっている。その原因は、恐らくミナちゃんが飲ませた液体で間違いないだろう。
しかし、その出どころは一体どこなのか。本当に副作用の発現は全くないのか。今すぐにでも、ミナちゃんに聞き出したかった。
安らかに眠る彼女の顔を見て、その行為は躊躇われたが。
またそれ以上に、私は動揺していた。僅かな嫉妬心を心の片隅で燻ぶらせていた。私が助けられなかった人を、目の前で救ってみせたことに対して。
その矛先を向けるべきはミナちゃん? それとも、謎の薬品を作った正体不明の人物?
私は自分の心に整理をつけることができず、トーマさんに声をかけられるまで、私が成し遂げられなかった光景をただ呆然と眺めることしかできなかった。