TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ   作:匿名希望

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第五話

 

 

 ――僕は少女に薬を持たせて見送った後、村の入口付近の茂みに隠れて、何か異常があった時の為に待機していた。少女の母親の症状に対して、僕が錬金術で作り出した薬がどの程度の効果を見込めるかは未知数である。

 少女の体調不良には抜群の効果を発揮したが、果たして――。

 

 

 ――それから、数時間が経過した。日はとっくに沈み、辺りは闇の帳が降りている。それとは反対に、村の家々の窓からはロウソクやランプらしき明かりが漏れ出ている。

 

 

「……流石に、もう大丈夫そうかな?」

 

 

 そうぽつりと呟く。最初に懸念していた事態――僕の薬が効かなかったという展開は、恐らく避けられたのだろう。でなければ、とっくに血相を変えた少女が僕を呼びに来ているはず。

 という訳で、安心して僕は帰ることができそうだ。あの少女のことが心配でついて来たは良いが、僕にはやりかけていて放置している『コト』があるのだから。

 

 

 等身大の『推し』のドール作成。それが途中で中断されている。少女や彼女の母親の安否が気になっていたことは嘘ではないし、一度関わった以上、最後までは責任を持つつもりだ。人間として、一人の大人として当然のこと。

 しかし、僕の頭の片隅には少しでも早く面倒ごとを片づけて、『推し』の完璧な御姿を拝み倒したい。

 そんな欲求がずっと燻ぶっている。今、この瞬間もだ。

 

 

 それに、これ以上留まることで目撃者を作りたくはない。まだこの世界における常識が欠如している僕ではあるが、前世でのフィクションの知識に倣えば、エルフという存在が珍しい。あるいは、偏見か何かしらの事情で恐れられているという可能性にはたどり着く。

 現にあの少女は(エルフ)のことを指して魔女だと言い、恐怖の感情を向けてきた。状況が状況だけに、その理由を尋ねることができなかったのは残念でもある。

 

 

 後は、少女が僕のことを周りに危険人物であると吹聴しないことに祈るしかない。本音を言えば、存在自体を黙っていてほしいが、薬の出どころを聞かれたら、自然と僕に行き着くだろう。

 最低限の関わりで、互いにとって損のない友好関係を築く。それが現状考えられる精一杯の妥協案だ。具体的な内容については、おいおい考えることにしよう。

 何かしらの形で、あちらの方から接触してくるだろうし。

 

 

 そもそも作りかけの『推し』を抱えたまま、右も左も分からない異世界を彷徨うという選択肢は、あまりにも自殺行為。ちなみに、『推し』関連のグッズを捨てるつもりが一切ないことは追記しておく。

 

 

 あの小屋を拠点とした隠遁生活が、今後の基本する予定である。今の段階ではだが。

 

 

「……って、どの道だっけ? こっちだったかな?」

 

 

 僕の若干震えた声が寂しく、夜の森の中に消えていく。夕闇に染まった森林は、ほんの数時間前とは全く違う相貌を覗かせている。

 そのど真ん中に自分の記憶だけを頼りに突っ込んだ僕は、案の定迷ってしまった。そして、ようやく例の小屋に戻ってきた時には、すっかりと日が昇り、お天道様が顔を見せている。所要時間は、ざっと三時間以上。

 この時ばかりは、エルフの肉体には感謝している。お陰で、空腹感や喉の渇きに苦しめられることはなかったのだから。

 

 

 と言っても、精神的な疲労が全くない訳ではない。朝帰りをしてしまった僕は、弱々しい手つきで扉を開けると、そのままボロボロなベッドに飛び込む。体が欲するままに、瞼を閉じて眠ることにした。

 

 

 ――それから、さらに何時間か経った後。僕の意識は自然と目覚めていた。窓から差し込んでくる陽光が、荒んだ心を癒やしてくれる。

 安眠ができたということは、どうやら僕に接触しにきた人は今のところはいないらしい。

 それなら僕にも都合が良い。例の『作業』――完璧な『推し』に出会う為の神聖な儀式に没頭できる。

 体を軽く解して、疲れが溜まっていないことを確認し、ベッドから降りる。

 

 

 小屋から出て、僕が向かったのは近場の茂み。そこに隠していた『推し』を迎えに行った。草木をかき分けて、窮屈であっただろう茂みから解放してあげる。

 そこから姿を現したのは、僕の『推し』の一人である『彼女』――から色々とパーツが欠けたモノである。詳細に述べるとしたら、足りないモノは両腕や両足、つまりは達磨状態である。

 そんな有様であったとしても、リアルな質感や『彼女』の種族的なトレードマークとも言える、僕ともお揃いな『長耳』。神様の被造物と評すべき整った(かんばせ)

 

 

 僕は自分の魔法で生み出した人形であり、まだまだ完成にはほど遠いと理解はしているが、紛れもなく現実に降臨した『彼女』そのもの。

 

 

 まるで眠っているようにも見える『彼女』に、僕はそっと語りかける。

 

 

「……昨日はごめん。作りかけで放置しちゃって」

 

 

 もちろん『彼女』が答えてくれる訳がない。むしろ、そんなことはあって良いはずがない。僕が作りたいのは、どれだけ『真』に迫っていたとしても、遠い異世界でも『推し』活をする為のグッズであって、無責任に人格や自我を搭載したロボットではない。

 今後も、その予定はなし。絶対に。普通の人間としての倫理観を捨てるつもりも。

 

 

 しかし、いくら僕がそう考えていても、第三者がこの光景を見たら、正気を疑われてしまうだろう。

 だが、この『推し』に話しかける行為自体は前世でも日常的にやっていたこと。錯乱している訳ではなく、あくまでもルーティンをなぞっているだけ……とは力強くは言えない。

 

 

 いきなり『推し』達に関連するグッズを没収されて、異世界にエルフの肉体で放逐。せっかく取りかかった『作業』も、仕方ない事情があったとはいえ、中断を余儀なくされた。

 知らず知らずの内にストレスが溜まっていて、それを『彼女』に縋ることで解消しようとしているのかもしれない。

 

 

(……まあ今は僕のことよりも、『彼女』の完成を優先させるか)

 

 

 もしかしたら、その思いすらも自分本位のものかもしれないが。

 

 

 僕は昨日と同様に、小さな体で『彼女』を何とか抱えながら、小屋の中まで運び込んだ。

 

 

「ふう……」

 

 

 一息を吐いて、僕は『彼女』を放置していた魔法陣の真ん中に、優しく横たえる。今度こそ一気に完全な姿にしてあげる――前回よりも、より完璧な設計図を思い描く為に、改めて『彼女』の顔を見る。『彼女』のことを想起していく。

 

 

 ちょっと足りないモノが有りつつも、色褪せることのない容姿と、今の僕と似た金髪に長耳。

 

 

 ――フィリア・ルーンフェルト。僕が前世で好きであり、今も愛し続けている『推し』の内の一人。『彼女』の名前である。

 

 

 『フィリア』は長耳という特徴からも分かる通り、その種族はエルフ。『彼女』のドールを一番最初に作ろうと思い至ったのは、それが理由だった。

 要するに、何となく……直感という奴だ。どうせ『推し』達全員分の等身大ドールは作るつもりなのだし。深い理由はない。……本当にないのだ。

 

 

 僅かに胸に走る痛みを無視。気を取り直して、僕は錬金術の発動の準備を進めていく。

 

 

(前回失敗に終わってしまった理由として考えられるのは、主に二つ。触媒の量か質に問題があったか、初めての錬金術の行使に体が驚いてしまったか。

 あるいは、その両方かも。薬を作った時には、軽く目眩がしたぐらいだし。それとも、作るものの大きとか?)

 

 

 そう考えても正確な答えが出そうにないので、一つずつ失敗に繋がりそうな可能性を潰していく。

 

 

 触媒の質については、現状では魔術的にも優れたエルフの肉体の一部を超えるものは用意できそうにない。精々改善できそうなのは、髪の毛の本数を増やすぐらいのこと。その程度だったら、大した負担にはならない。

 血肉の消費は、回復の宛が自前しかなく、実際に効果があるのかも不明なのでなるべく控えたい。

 

 

 その他の事項については、それこそ回数を重ねて検証していくしかない。もちろん、体調に万全の注意を払いながらだが。

 

 

 一瞬の痛みに耐えて、髪の毛をブチッと引き抜く。思ったよりも痛く、若干涙目になってしまう。僕の右手に握られているのは、金糸が六本。初回の一本に比べたら、倍以上の効果を期待できそうだ。

 髪の毛を広げた掌の上に乗せると、ふっと軽く息で吹き飛ばす。宙を舞う金糸は、魔法陣の上にふわりと着地した。

 

 

 次に指先を噛み切って、小さな傷を一つ作る。すぐに傷口から赤い液体が溢れ落ちようとしてくる。それを一滴残らず無駄にしないように、魔法陣に注ぎ、垂らしていく。

 

 

「――――」

 

 

 この世界独自の言語による詠唱、その言霊に魔力を乗せる。自分の肉体を対価として、供物として捧げていく。

 事前に脳内で描き切っていた『設計図』に、肉付けを行っていった。

 

 

 魔力が一瞬膨張し、魔法陣を中心として収束していく。百光が僕の視界を満たした。それに耐え切れず、反射的にぎゅっと目を瞑ってしまう。

 それと同時に、錬金術を行使した直後特有の虚脱感に見舞われた。足元が揺らぐ。

 しかし、それらの感覚が今度こその成功を確信させる。

 

 

 薄っすらと瞼を開け、魔法陣を見た。中央部分に横たえていた『彼女』は、欠損のない――僕の記憶通りの『フィリア・ルーンフェルト』と寸分違わない状態で存在していた。

 細く開かれた翡翠色のガラス製の瞳、口元に浮かべられた優しい笑み、白と緑を基調とした自然風のゆったりとしたドレス。

 

 

 人形であるという事前知識がなければ、『本物』であると――本当に生きているかと勘違いしていただろう。そうでなくても、今にでも動き出しそうな出来栄えであるのに。

 

 

 僕は『フィリア(推し)』の現実での姿に、見惚れていた。何を語りかけたとしても、『フィリア』は決して答えてくれることはない。

 だが、それで構わない。異世界転生(理不尽)によって奪われた『推し』が触れ合える程の距離にいてくれる。一ファンとして、これほど喜ばしいことはないだろう。

 

 

 望外の嬉しさや、ようやく完成させることができたことへの達成感で胸がいっぱいになり、視界が涙で滲む。

 僕はついに、異世界での『推し』活実現への一歩を踏むことができたのだ。

 

 

 それで緊張の糸が切れてしまったのか、何とか繋ぎ止めていた意識が、急速に落ちかけ始める。大仕事の後のように、体に力が碌に入らない。

 震える足取りで『フィリア』の下に近づき、寄り添い合うような形で僕自身も横たわる。

 

 

(……どうせ、まだ誰も来そうにないし、仮眠でもしようか。もしも気配を感じたら、すぐに起きて『フィリア』を隠さないと……変な誤解をされないように。まあ、でも今は――)

 

 

 『フィリア』の整った顔を見やる。ガラス製の眼球は鏡のように僕の――どことなく『フィリア』と似たエルフの少女の姿を映す。

 その少女(僕自身)を見ながら、笑みを小さく浮かべる。僕はゆっくりと瞼を閉じた。

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