TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ   作:匿名希望

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第六話

 

 

 ――優しく、二度と手放したくない温もりに包まれながら、私は微睡みの淵にいた。久しい間、この温かいものと触れ合えてなかった気がする。詳しい前後の記憶は曖昧だが。

 それも、今の私にはどうでも良かった。未来永劫にわたって失っていたかもしれない温もりに、思う存分に触れ合うことができているだけで充分だった。

 

 

 だけど、そんな比喩抜きで夢のように心地よい時間にも終わりがやって来る。

 

 

「――ナ。ミナ」

 

 

 私の名前を呼ぶ柔らかい声。それに従うように、私の意識はゆっくりと浮上していく。

 

 

「うう……」

 

 

 瞼をパチパチと何度も開閉して、ぼやけた視界のピントを調整する。それに伴って、その他の五感も段々と機能を取り戻し始めた。

 一番最初に感じたのは触感。ふわふわとした物に横たえられている。どうやらベッドで私は眠っていたらしい。慣れ親しんだ感覚からして、自分のベッドだと判別できる。

 

 

 次に視覚は、見慣れた最愛の家族の一人――お母さんの顔を捉える。お母さんの顔には、私に対する慈しみや心配が複雑に入り混ざったような表情が浮かんでいる。

 視線だけを周囲に走らせる。どうやら私の部屋にいるのは、私とお母さんだけのようだ。

 

 

 重たい体を動かして、上半身を起こしながら考える。

 一体、何があったのだろうか。そう思ったと同時に、私の頭の中には眠ってしまう前の記憶が蘇った。

 

 

 ――魔女様から受け取った薬をお母さんに、飲ませてあげて。

 

 

「ね、ねえっ!? お母さん、もう体調は大丈夫なのっ!?」

 

 

 念の為に。今の状況が夢ではないことを再確認したくて、私は縋りつくように尋ねた。私の切羽詰まるような様子に、驚いたのか目を丸くするお母さん。

 けれど、すぐに柔らかい笑みをまた浮かべると、私を安心させる声色で口を開く。

 

 

「――大丈夫。もうこの通り、ぴんぴんしているわ」

 

 

 そう言いながら、お母さんはその細いながらも、日々の家事で鍛えられた腕に力こぶを作ってみせた。その仕草がおかしくって。いつも通りの日常が帰ってきた感じがして、私はお母さんに釣られるように笑っていた。

 

 

 自然に笑えたのは、とても久しぶりな気がした。嬉しさのあまり、充分に流したはずの涙がまた溢れそうになる。お母さんを心配をさせない為にも、私はその涙を着替えさせられていた寝間着の袖で慌てて拭う。

 

 

 何でもないと断りをお母さんに入れ、渋々とではあるが納得はしてくれた。お互いに姿勢を正して、話の続きに戻る。

 

 

「ミナが持って来てくれたお薬のお陰で助かったって、お父さんやシスターさんから聞いたわ。ありがとうね、大変だったでしょう? 一人で色々と……」

「そ、そんなことないよ……私はただお母さんに元気になってほしかっただけで。……それにお父さんとの約束を破っちゃって、勝手に家を飛び出して。薬だって、あの人が――」

 

 

 私がそう言いかけた時、ベッドの傍で椅子に腰かけていたお母さんの体や笑顔が少しだけ強張ったように感じられた。

 

 

「……ねえ、ミナ――」

 

 

 お母さんが意を決して何かを言おうとするよりも先に、私の部屋の扉が軽くノックされた後、開かれた。二人分の人影が部屋へと入ってくる。

 一人は、私の大好きな家族の片割れ、お父さんだった。

 

 

「……やあ、ミナ。元気かい?」

「お父さん……! 本当にごめんなさい……一人で森に行っちゃって」

「良いんだよ、気にしなくて……とは言い難いけど、ミナが無事で何よりだよ。体に何かおかしな所はないかい?」

「ううん」

「なら、良かった」

 

 

 お母さんの看病をするという約束を破ったあげく、無駄に心配をかけてしまったことに対して、私は怒られることを覚悟していた。

 だが、蓋を開けてみれば、お父さんも私の無事を喜んでくれている。ホッと一息を吐いて、心に余裕ができたからだろうか。

 その時になって、ようやくお父さんの後から入室してきた人物に意識を向けることができた。

 

 

 黒色の修道服姿が映える、金髪が綺麗な女性――お母さんの治療を試みてくれていた隣村のシスターさんであった。彼女も私にとっては恩人である。彼女がいてくれたからこそ、お母さんは私が薬を持って来るまで持ち堪えられたのだろうから。

 その感謝を告げる為に、私はシスターさんに話しかけた。

 

 

「えっと……シスターさんですよね? ありがとうございます、シスターさんのお陰で、私のお母さんは助かりました」

 

 

 ベッドの上で上半身だけという失礼極まりない体勢ではあるが、可能な限り姿勢をきちんとして、頭を下げる。

 

 

「いえ、それが私の職務ですので。シスターとして当然のことをしたまでです。……それに私一人の未熟な力では、アリアさんを助けることができませんでした」

 

 

 シスターさんは優しげな笑みから表情を一転、悔しげなものに変える。その表情や感情には、私にも覚えがある。苦しむお母さんに対して、私自身は何もすることはできなかった。

 今お母さんが元気であるのも、あの長耳の少女(魔女様)の慈悲か気紛れのお陰でしかない。

 

 

 密かな共感をシスターさんに抱いていると、シスターさんは顔を引き締め直していた。

 

 

「……起きたばかりで申し訳ないのですが、ミナちゃんに一つだけ尋ねたいことがあります。アリアさんに飲ませた薬は、どこで手に入れて――誰からもらったのでしょうか? 私の方からもお礼を伝えたいですし、何か問題があるようなら(・・・・・・・・・)教会として迅速に対応しなければなりません。

 もちろんミナちゃんやご両親、他の村の方々には決してご迷惑をかけないようにしますので。ぜひ、私に教えてくれませんか?」

 

 

 シスターさんの真剣味がかかった声の質問に、私はどう答えるべきが正解なのだろうか。正直に魔女様のことを伝えるべきか――意図的に触れないようにした『成れの果て』を含めて。

 しかし、さっきのシスターさんの言ったことを真に受けるなら、魔女様は悪い人として捕まえられるか、罰を受けることになるだろう。

 そのぐらいのことは、子供である私にでも分かる。恩を仇で返すような真似はしたくない。

 でも完全な嘘を吐くのは、お母さんやお父さんに申し訳なく、胸が痛くなってしまう。だから、私に言えるのは本当のことの一部だけ。

 

 

「……お母さんが苦しんでいる時に、何もできないのが嫌で森で薬草を持って帰ってあげたら体調が良くなるかもって思ったの。それで居ても立ってもいられなくて、森に一人で行っちゃって……迷っちゃった。

 その後、暗くなって困ってた時に、偶然通りかかった人に助けてもらって……お母さんのことを話したら、あのお薬をくれたの。それで――」

 

 

 

 

「――以上で、全部だと思います」

 

 

 そう言って、たどたどしくありながらも、ミナちゃんはアリアさんに飲ませた薬を手に入れた経緯を教えてくれた。

 その中でやはり気になるのは、ミナちゃんに薬を渡した人物の素性と、薬の安全性について。

 

 

 ちらりと横目で、ミナちゃんを見守るアリアさんに視線をやる。今の所、アリアさんの体調には一切の異常は見られない。むしろトーマさんやアリアさん本人の話では、普段よりも調子が良いくらいらしい。

 念の為に私が神聖術による確認でも、おかしな所はなかった。

 

 

 ――だが、本当にそうなのだろうか。偶々、あるいは意図的に現段階では症状は見られず、副作用の発現は後からやって来るのではないのか。

 そもそも神聖術が効かなかった症状を、完全に治すことのできる薬を持った人物が、都合良くこんな辺境の田舎村にいたという状況自体があり得るのか。

 この薬の効能を試す為の自作自演の可能性は全く考えられないのか。

 

 

 そんな思考の泥沼にハマりかけてしまったが、何とか表情を取り繕い、ミナちゃんにお礼を言う。たとえ、どれだけその人物が怪しかったとしても、この一家には命の恩人ではあることは紛れもない事実なのだから。

 

 

「……話してくれて、ありがとうございますミナちゃん。貴女はもうこの件については気にせず、ゆっくりと休んで下さい。では」

 

 

 下げた頭を上げて、そのまま静かに退出しようした私の背中に、ミナちゃんから声がかけられた。ゆっくりと声の方に向き直る。

 

 

「あの……もしも、私に薬をくれた人に出会えたら、ありがとうって伝えてもらえますか?」

「はい……分かりました。必ず、お伝えします」

 

 

 その会話で今度こそ、私はミナちゃんの部屋を後にした。たった数日の間とはいえ、失われそうになってしまった家族の団らんの一時を邪魔しない為にも。

 

 

 それから一晩、私は体の疲れを取る為に村長宅に泊めて頂いた。いくら神聖術で疲労をある程度誤魔化せるとはいえ、やはり実際に休まないと根本から取り除くことはできないので。

 

 

 本音を言えば、もう少しだけアリアさんの経過観察をしたいのだが、元々いた村の教会をいつまでも放ったらかしにする訳にもいかない。

 何かあったら、すぐにでも知らせてほしいとトーマさんやアリアさん本人に伝えて、この村を出立した。

 

 

 村に戻るまでの道中。行きの時間との戦いであった強行軍とは違って、その歩みはゆっくりとしたものであった。とは言っても、普通に歩くぐらいの速度は出している。行きのアレと一緒にしてはいけない。

 

 

(……とりあえず村の教会に戻ったら、情報を整理して、王都の中央大聖堂にこの件を報告しないと……)

 

 

 ――しかし、内なる悪魔は私の耳元で囁いてきた。今回の件について知っているのは、私を含めたあの田舎村の住民の一部だけ。

 もしも副作用が一切ないとして、あの薬を私が独占できるとしたら。神聖術でも救えない人々を助けることができる。過去のトラウマを乗り越えることができる! あの時の『彼』のような取りこぼしをしなくて済む!

 

 

 そんな考えが頭を過ってしまい、必死にそれを振り払う。

 

 

(……だけど、報告する前にもっと詳しい情報は必要よね? 調べておかないと)

 

 

 気がついたら、私の足を引き返して、あの村の方へ――いや、ミナちゃんが薬をくれた人物と出会ったという森の方へ向かっていた。

 まるで幼子が自らの悪戯を隠そうとするかのように、私はこそこそと隠れて森の中に入っていた。運が良いことに、村人達に目撃されるようなことはなかった。

 

 

 だが、何の目印や宛もなく、広大な森の中から目的の人物、またはその痕跡を見つけることなど不可能に近い。そもそも普通であったら、とっくに立ち去っているだろうに。

 それでも私は何かに突き動かされるかのように、森を彷徨い歩き続け――異常に魔力の濃い跡を見つけた。こんな人の手が入っていない自然の中では違和感が感じられる程の。明らかに魔物ではなく、人為的なものであった。それにしては、隠そうとした痕跡はなかったが。

 でも、今の私にはそれを気にする程の精神的な余裕はない。

 

 

「――っ!?」

 

 

 弾かれたように、私はその魔力の残滓を辿り始めた。

 やがて私は開けた空間。そこにぽつんと立つ一軒の小屋を発見した。魔力の残滓が、一番色濃く感じられる。

 

 

「……っ!」

 

 

 激しくなる動悸胸に片手をあてて、深呼吸することで落ち着かせる。中に誰かいるか分かったものではない、ここで引き返すべきだ。そう理性が訴えかけてくる。

 しかし、無意識の内に体は小屋の方に吸い寄せられていく。

 足音を極限まで抑えて、私は忍び足で小屋へと近づき、その扉をほんの僅かに開けていた。

 

 

「……っ、これはっ!?」

 

 

 ――覗き込んだ隙間から見えたのは、私が事前に想像していたような怪しい人物とはほど遠い、整った容姿をした幼い少女達が互いに寄り添い合うように、瞳を閉じて眠っていた。

 そんな微笑ましくも、美しくもありながらも、物悲しい光景であった。

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