TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ   作:匿名希望

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第八話

 

 

 ――フィリア・ルーンフェルト。『彼女』は、僕の錬金術によってこの異世界に顕現した『推し』の一人。数いる『推し』の中から、何故『彼女』を選んだのか。

 今の僕の種族がエルフであるという直感的なもの――と、作成時には思っていたのだが。

 

 

 ふと、幼い頃の記憶を思い出した。あれは僕が小学校低学年の頃、年の離れた姉から一つの人形を貰った。その時のプレゼントというのが、『フィリア』である。

 当時は何の作品のキャラクターなのかさえも知らず、肝心の姉も自分の好きなアニメの布教に近い行為だったのだが、その思惑にまんまハマり、立派なオタクの卵が誕生したのであった。

 

 

 異世界にいる現状では二度と会えない姉ではあるが、『フィリア』との――多くの『推し』達との出会いの切っ掛けを作ってくれたことに対して、いくら感謝しても仕切れない。

 前世での生活に彩りを、そして遠い異世界では生きていく為の理由や活力を与えてくれているのだから。

 

 

 ――それでも、夢に見てしまうぐらいにはもう一度会いたいと、心の片隅ではずっと思っていたのかもしれない。

 

 

 

 

「うっ……」

 

 

 小さなうめき声が漏れる。その出どころは――どうやら自分らしい。ただの仮眠のつもりだったのだが、錬金術による出血と疲労で一眠りになってしまったようだ。

 錬金術の行使は今回で三回目となるが、二回目の薬の錬成を除いて、体にかかる負荷のせいで連続使用ができていない。

 

 

 回数を重ねる内に、その負担が軽減されて、自在に錬金術を操れるようになる目算であった。しかし、その兆候は見られない。

 まだまだ回数が足りないか、初めからそんなもの(慣れ)が存在しないのか。

 

 

 だとしても、僕は『フィリア』以外の『推し』達を全て作り上げるまでは錬金術を封印する気は更々ない。

 

 

(……そうだ、『フィリア』を魔法陣に寝かしたままだ。早く壁を背もたれにでもして、立たせてあげないと……あれ? いつの間にベッドに? 確か床で『フィリア』の傍に……って!?)

 

 

 未覚醒であった意識が徐々にはっきりとしていき、二つの違和感を認識する。床で寝ていたはずなのに、ベッドに移動していた――させられていたこと(・・・・・・・・・)

 そして、それを行ったと思わしき正体不明の修道服姿の女性。ベッドの上にいる僕には後ろ姿を向けている状態で、彼女の視線は血の魔法陣の中心で眠る『フィリア』に注がれていた。

 

 

 今の状況に若干のデジャヴを覚えながらも、僕は混乱する思考を必死に回す。

 確かに意識を失う前に、あの薬で迷い込んできた少女の母親を助けたことで、村側からの接触がある可能性は考えていた。

 あの少女一人か、誰か大人を伴って。実際は面識がない女性一人だけだが、それ自体は良い。寝込みに襲撃をかけられた訳でもないので。

 

 

 だが、一番の問題は――あの女性に『フィリア』を見られたこと。この異世界において、生命の創造や不老不死の実現さえ可能とされている錬金術。

 その産物である『フィリア』を、推定『宗教=権力者』の中世的な世界観で、公的な組織に所属しているだろう人物に目撃された。

 

 

 そんな僕の末路は一体どうなるのか。せっかく再会を果たせた『フィリア』とまた引き離され、無理やりに錬金術を使わせられ、権力者達に良いように道具として使い捨てられるお先真っ暗な未来しか見えない。

 

 

 『フィリア』の方も、研究機関のような場所で解剖される恐れすらも……!? 自分でも顔がどんどん青くなっていくのが分かる。嫌だ、『推し』がそんな目に遭うのは……!?

 

 

 あの女性に対して、どう対応するのが正解なのだろうか。駄目だ、思考が纏まりそうにない。とりあえず、最初は友好関係を築くことが先決だろう。

 さっきまでの嫌な最悪の未来予想図は、僕が危険人物という前提条件を元にしたもの。悪い人ではないと認識してもらえば、いくらでも取り返しがつく……はずだ。

 それを意識して、なるべく穏やかな感じの声を努めて出そうとした。

 

 

「――君は、誰?」

 

 

 しかし、そんな僕の努力や葛藤は意味を為さず。自分でも驚く程に冷たい声色だった。第三者が聞けば、警戒心剥き出しの拒絶の意思が読み取れそうなぐらいには。

 

 

(し、しまった……!?)

 

 

 嘆きを心の中で留めることができたのは、せめてもの奇跡だった。だが、依然として状況は変わらず――いや、むしろ悪化している。

 僕の冷たさ全開の声を背に受けて、女性の方も固まってしまっている。普通であったら、呼びかけられたら何かしら応えるだろうに、その素振りを一切見せない。

 何なら、よく見れば女性の体は僅かにだが震えていた。

 

 

 間違いなく、僕は怖がられていると考えるのが自然だろう。その理由が、僕から口封じされるという勘違いに由るものではないことを祈りながら、次の言葉をかけようと良さそうな台詞を考えていると。先んじて女性の方が声までも震わせながら、対話を試みてきた。

 相変わらず体勢は、こちらに背中を向けたままだが。

 

 

「あ、あのっ……勝手に小屋に入ってしまって、申し訳ありません!? 二つ程、確認したいことがあって……」

「構わないけど……」

「……では、一つ目。近くの村で、森に迷い込んだ女の子に薬を渡してくれた人物というのは、貴女でしょうか?」

 

 

 やはりというべきか、女性が僕を訪ねてきた理由は想像通りのようだ。女性の正確な所属や立場が分かっていないが、ここは下手な嘘を吐いて印象を損ねたくない。

 

 

「うん、恐らくだけど、それは……『私』のことだと思う」

 

 

 そう答えると、女性の声色から僕に対する恐怖の感情が少し抜けていた。ゆっくりと、恐る恐るではあるが、女性は僕の方に向き直った。

 そして、頭を深く下げる。許しを乞う為の行為ではなく、感謝に基づく類の。

 

 

「……そうですか。私はここから少し離れた村の教会で、シスターとして働いています。ミナちゃん……貴女が薬を渡した女の子の母親を助けてほしいと頼まれたのですが、私の神聖術では力不足でした。

 

 

 貴女の薬のお陰で、その子の母親は助かりました。本当に、ありがとうございます。私以外の皆さんも、大変感謝していましたよ」

「き、気にしないでっ!? 人として当然のことをやっただけだから……」

 

 

 むず痒い気持ちになるも、何でもないと返す。何だろう、頬がちょっとだけ熱い気がした。ふふっ、と女性に軽く微笑まれる。

 張り詰めていた空気が、和らいでいくのを感じる。

 

 

(おおっ……! メンタルが多少傷ついたけど、僕への悪印象も改善したはず……!)

 

 

 心の中で、盆踊りに興じたい衝動に駆られる。もちろん、やらないが。

 

 

 だが、それもほんの一瞬。錯覚と思える程に短い出来事でしかなかった。女性の柔らかな微笑みが引っ込み、何かの決意を固めたような表情を浮かべる。

 

 

「次に二つ目の質問です。貴女にも辛いことを聞いてしまうかもしれませんが……。今私の足元に眠っている(・・・・・)『彼女』のことについて、教えて頂けませんか?」

 

 

 何とか煙に巻けたと思い込んでいたが、そう上手くはいかないらしい。先ほどと同じで、僕にできるのは正直に答えるだけだ。

 僕は一度『フィリア』に軽く視線をやった後、女性の方を正面から見据える。

 

 

「……『その子』は、『私』と大事な人を繋いでくれる(よすが)。『私』の人生に色彩をくれた人との思い出の欠片の一つ。大切なモノ(・・)だよ。誰に何て言われようと、何があったとしても、二度と手放すつもりはないから」

「大切なモノ……二度と手放さない……やっぱり死者の――」

 

 

 初対面とはいえ、僕は自分の『フィリア』に対する気持ちを、嘘偽りなく伝えられたので満足している。オタクとしての性だろうか。

 長い台詞を一息で喋ったので、深呼吸で調子を整えていた。

 一方で女性は僕の言葉を反芻するだけではなく、何やら呟いている。小声すぎて聞き取れなかったが。

 最後に、『フィリア』の方を女性は悲しげに見つめた。

 自分で納得のいく答えが見つかったのか、女性は再び僕に向けて口を開く。

 

 

「……貴女は今も『彼女』をとても大切に思っているんですね。きっと『彼女』の方も」

「……ん? 当たり前だよ、さっきも言ったじゃん。姉さんの方は分からないけど……そうだったら、良いなとは思ってる」

「私には、貴女()が過ごしてきた苦しい日々を想像することしかできません。……ですが、これからの未来は違います。貴女には――いえ、誰にだって幸せになる権利があります。……良ければ、私に微力ながらそのお手伝いをさせてもらっても? 一方的ですが負い目もありますので……大丈夫です、貴女()のことは絶対に他言しませんから」

 

 

 若干、違和感のある言い方のような気はするが、僕と『フィリア』の安全は保証された――だけではなく、目の前の女性が個人的な味方になってくれた。そう解釈して良いのだろうか。

 全面的に信頼するには、まだ早いかもしれないが……見た感じでは演技ができそうなタイプには見えない。甘えさせてもらうとしよう。僕は『推し』に囲まれて、『推し』活ライフを送りたいだけなのだから。

 

 

 女性からそっと差し出された右手を、僕は肯定の意を込めて力強く握りしめた。

 

 

 

 

 ――恐怖を押し殺し、私はエルフの少女に問いかけた。ミナちゃんに薬を渡した人物であるか、もう一人の『姉』と呼ばれたエルフの少女について。

 彼女は快く……とは言えないものの、私の問いに答えくれて、以下の事実が分かった。

 

 

 エルフの少女本人に悪意の類は一切ない。しかし教会で『禁忌』とされるような魔法を行使し、最愛の人の死を受け入れられず、永久に保存しようとする程に心が壊されてしまっている憐れな子。

 

 

 エルフは数百年間を生きる長寿である為、正確な年齢は分からない。だが、目の前のエルフの少女に関しては、その精神的な年齢は外見とそう変わらないだろう。

 それをこれまでの会話で確信した。彼女に対する恐怖は今では完全に霧散して、私の胸の内には新たな感情が宿る。

 それは、憐憫。詳しい過去は知らないものの、その境遇に同情、可哀想と思ってしまう。

 

 

 エルフの少女について、職務上王都にある中央大聖堂に報告を上げなければならない。だが、そんなことをすれば、彼女は間違いなく碌でもない末路をたどるだろう。

 人間に迫害されてきた彼女達が、その片割れを失うという特大の悲劇を既に経験しているというのに、これ以上辛い目に遭うようなことがあってはならない。

 

 

 だから、私は。私だけは彼女達の味方でありたい。一方的に、彼女達を危険人物として早合点したことへの罪滅ぼし。

 あのシスターさんも、きっと教会の教義に反することになったとしても、傷ついている彼女達を放って置かなかっただろう。

 そんな確信があった。もちろん、それだけが理由ではないのだけれども。

 

 

 歩み寄りの意思を分かりやすく見せる為に、微笑を浮かべつつ、エルフの少女に近づき、ゆっくりと右手を差し伸ばす。

 彼女はしばしの間、逡巡する様子を見せるも、しっかりと握り返してくれた。生きているという確かな温もりが、互いの掌越しに伝わってくる。

 

 

「えーと……そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はセシリアと言います。貴女()の名前を教えてもらっても?」

「そっちが『フィリア』。『私』の名前は――」

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