TSエルフさんは、ただ『推し』の等身大ドールを作りたいだけ 作:匿名希望
エルフの少女が教えてくれたその名前を、私は胸の内に刻みながら、微笑みを深める。
「……ソーマ。聞き慣れない不思議な音の響きですが、貴女にはぴったりな気がします。もしも良かったら、意味を教えてくれませんか?」
純粋にふと思い浮かんだ質問を、私は口にしていた。しかし、すぐにそれを尋ねるべきではないことに思い至る。
視線だけを物言わぬソーマちゃんの姉に向ける。唯一確認できる肉親が
そうでなくても、現状を見れば円満な別れではなかっただろう。それらを連想させる私の不躾な問いは、情緒が不安定な少女には心を抉る残酷な刃物に等しい。
そんなことにも思い至らない私は、どんな言葉をかければ良いのか咄嗟に思いつくことはできなかった。
だが、そんな私の後悔を他所にソーマちゃんは少々困惑しつつも、健気にも笑みを浮かべて大事な思い出を語るように教えてくれた。
「……『私』の国の言語での意味になるけど、思いやりができるような優しい子に育ってほしいって、母親から聞かされた」
「……そうですか。やっぱり貴女に相応しい名前だと思います。だって、見ず知らずの他人の為に貴重な薬を使ったのを私は知っていますから」
「ありがとう……そう言ってもらえて」
私の言葉を受けて、ソーマちゃんは儚げに笑む。
「……では、一旦場所を移動しましょうか。いつまでも、ここにいても、ソーマちゃんも休まらないでしょうし」
私は空気を変える為にも、言葉を続ける。
「場所は……私が勤める村の教会で良いでしょうか。教会には私以外の人はいませんし、村の人達も優しい方ばかりですから。いえ、今日一日で踏破できる距離でもないですから、近くの村でまた一泊させてもらいましょう。ご迷惑をかけてしまいますが」
「……うん。だけど、『フィリア』はどうしたら良いの?」
警戒心を解いてくれたソーマちゃんではあったが、その表情は再び不安げなものに戻ってしまう。また私にとっても、答えにくい内容の質問であった。
「それは……そうですね」
言い淀む私を、ソーマちゃんの綺麗な、生きている瞳が見つめてくる。彼女の為にもフィリアちゃんのことも運んであげたいが、彼女達がエルフであることはバレてはいけない。
ソーマちゃんにはその特徴的な長耳を隠してもらえば良いが、フィリアちゃんの場合はそれに加えて自力では移動できず、運ぶのは私達になる。準備が何もできていない今は不可能に近い。
私は目を逸らすことなく、真摯に答える。ソーマちゃんを安心させる為に。
「……必ずフィリアちゃんは後から運んであげるから。数日だけは我慢してくれませんか?」
「それなら……うん、大丈夫。別に
その不意打ち気味に呟かれた言葉に、今度は私の方の表情が引きつりそうになる。だが、努めて微笑を保ったまま、ソーマちゃんにそろそろ出発しようと提案した。
再びソーマちゃんと手を繋ごうとする前に、フィリアちゃんに改めて向き直る。烏滸がましいかもしれないが、彼女の思いを少しでも引き継ぐつもりで。
「……ソーマちゃんは貴女の分まで、きちんと守ってみせます」
ソーマちゃんに気づかれないように小声で、だけど確かな意志を込めてフィリアちゃんに向けて宣言した。
ソーマちゃんも「……また、すぐに会えるから待っててね」と名残惜しそうにぽつりと呟いた。気持ちの整理ができたのか、その足が止まることはない。
今度こそフィリアちゃんに背を向けて、二人で一緒に小屋を後にしようとした。
そんな私達を彼女は変わらずに、
だから、気のせいだろう。私に扉が閉まる直前、古い扉が軋む音に混じって、『何か』がガタリと動いたような音がしたのは。フィリアちゃんは、だって、もう――。
そう自分に言い聞かせながら、フィリアちゃんに対する『違和感』を押し殺した。無視をした。
そうでもしないと、振り返りたい衝動に負けていただろうから。
小屋の外、清澄なる自然の匂いが私の不安定な心を癒やしてくれる。
ソーマちゃんの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩きながら森を抜けた。そして、お昼過ぎには朝に出立したばかりの村へと舞い戻ることができた。
森に入った時とは違い、ちょうど良く歩いていた村人の男性が私達に気がついて、声をかけてきた。
「あれ、シスターさんじゃないですか? もしかして、またアリアさんの方に用事が?」
「いえ、そういう訳では……別件で立ち寄らせて頂きました。村長さんはお家の方にいらっしゃいますか?」
「ええ……って、シスターさん。その子供は?」
村人の視線が、私の後ろに隠れるようにしているソーマちゃんに注がれる。しかし、エルフの身体的特徴である長耳には反応しない。
それもそのはず、私が普段身につけているベールを貸して、頭全体を隠しているからだ。少々不自然ではあるが、質問には曖昧に答えつつ、先を急ぐからと押し切った。
一泊する許可自体は、この村の村長さんからあっさりともらえた。ソーマちゃんのことに関しては、アリアさんの件で気になったことがあったので森を探索中に発見し、保護することにしたと説明。一部だけを隠して、残りは正直に開示した。
ある程度の事情を察してくれたのか、村長さんは深くは聞いてくるようなことなく、ソーマちゃんもフィリアちゃんと離れ離れになったことへ情緒不安定になるようなこともなく。色々と疲れが溜まっていたのかソーマちゃんは、用意されたベッドに入った瞬間には寝息を立てていた。
彼女の年相応な(?)寝顔に頬を緩めつつも、私も釣られるように、いつの間にか眠りに落ちていた。
だが、その翌日の朝一番に一つの問題――とは言えない程度の出来事が起きた。この村の村長さんに、泊めてくれたお礼を言ってから出発しようした時に、一組の母娘に出会う。
彼女達は井戸の水汲みからの帰り道なのか、それぞれ水の入った木の桶を持っていた。母親は娘が水を零さないように一生懸命に運ぶ様子を、微笑ましげに見守っている。
その母娘に私は見覚えがあった。アリアさんとミナちゃんだ。彼女達も私を認識して、ミナちゃんは笑顔で手を振って、アリアさんの方は丁寧にお辞儀の姿勢を取ってくれた。
「おはようございます、シスターさん!」
ミナちゃんの元気な声が、朝早くの静かな村に響く。それをまだ眠っている村人達に迷惑であると咎めつつも、アリアさんも挨拶をしてくれる。それに続けて。
「シスター様。先日は娘共々、本当にお世話になりました」
そう言って、もう一度頭を下げようとしてくる。それを私は慌てて止めようとした。
「べ、別に私は何もしていませんので、そんなことは止めて下さい!? ……アリアさんが助かったのはミナちゃんの頑張りと、それを見て貴重な薬を渡してくれた人の優しさのお陰ですから」
「それでもシスター様がいなければ、私はミナが薬を届けてくれるまで保たなかったかもしれません」
私が否定すればする程に、アリアさんもまた譲ろうとはせず。最終的には、私の方が折れることになった。
だが、不思議と悪い気は一切しない。この件に関しては役立たずを自認していたが、少しだけでも自分が助けになったと言われて、心のつっかえが取れた。
アリアさん達の思いやりに、心がじんわりと温かくなる。彼女達を前にして、無意識の内に強張っていた表情が緩む。
「……それにしても、昨日の今日で動いて大丈夫ですか?」
「ご心配ありがとうございます。昨日も言いましたけど、前より力が有り余っているぐらいですよ」
そんなやり取りを経た後、アリアさんが私の隣にいるソーマちゃんに尋ねてきた。
「……さっきから気になっていたのですが、そちらの子は? 昨日はお連れしていませんでしたが」
何と答えようかと迷いつつも、癖で視線をミナちゃんの方にやってしまう。
ミナちゃんはソーマちゃんを見て、まるで知人に会ったかのような反応を示す。
それもそうだろう。アリアさんを救った薬の所有者こそ、ソーマちゃんなのだから。
その娘の様子に、母親であるアリアさんが見逃すはずがない。
「ミナ、シスター様が連れている子と知り合いなの?」
「えーと……う、うん。知っているというか、何と言うか……その」
ミナちゃんが目に見えて、狼狽え始める。私やソーマちゃん本人ならいざ知らず、ミナちゃんの視点では隠すようなことは何もないはずなのだが。
そこで、私は一つの可能性が思い浮かぶ。ミナちゃんはソーマちゃんと出会い、どの程度かは分からないが言葉を交わしたはず。その際に、『アレ』を――
職業柄、損壊の激しい遺体を見たことのある私ですら、その『異様な綺麗さ』や『動いたという見間違い』に遭遇し、全くの恐怖を感じなかったと言われたら嘘になってしまう。
ミナちゃんも、私と同じような感情をソーマちゃんに抱いているのだろう。母親の恩人ではあるが、怖い所がある。
その事情を知らないアリアさんだが、私やミナちゃんの様子から尋ねるべきではないと判断してくれたのか、にっこりと微笑みをソーマちゃんに向けて、「ありがとうね」と短く言った後。私達二人に対し、改めてお辞儀しミナちゃんを連れて家の方へと歩き出していく。
ソーマちゃんは自分がお礼を言われると思っていなかったのか、固まって返事をすることができていなかった。
そのままアリアさんとミナちゃん達を見送り、私達も元の村に向けて出発をした。ソーマちゃんに、