「馬小屋があるな」
『不法侵入にならねぇか?』
「隣家に許可を得よう」
結局街への道中にあった小さな村ハリエルにやってきた。馬小屋を借りて雨風を凌げれば上等なのだ。だが、家主に許可を得ねば結局野宿となりかねない。少しずつ日が傾きかけているから次の街へ向かうには時間的に厳しい。ここで交渉するしかない。
「失礼」
「おや?貴方は?」
「旅の傭兵です。隣の馬小屋に一晩泊めさせて貰いたいのです。金は払いますし、生活の邪魔は致しません」
「構いませんが、こちらの家じゃなくてよろしいので?」
「寝泊まりさえ出来ればそれで充分。飯はこちらで用意出来ますから」
「はあ、それで良いのならご自由に」
今回の貸し手はすぐに了承してくれた。毎度これなら楽なのだが、そう上手くいく場合だけとは限らない。良い人で良かったのだ。馬小屋は隙間風や雨漏りの心配なく過ごせるケースが多いから、洞窟で寝る事のあるギエモンからしてみれば上等な場所なのだ。
「助かったぜ。馬小屋は俺にとっちゃ上等な場所だ」
『飯は道中で狩った
「塩胡椒にスパイスやハーブがあるから。ほれ、お前の油だ」
『ありがてぇ』
「失礼しますよ」
「家主殿?」
「風呂、入られますか?」
「良いんですか?」
「構いませんよ。今日は私しか居ませんから」
「ありがとうございます。代わりに何か手伝わせてください」
「良いのですか?」
「一宿一飯の恩義です」
「では」
薪割りに馬小屋の清掃、洗濯物の片付けなどを手伝い、少しでも宿代の代わりになる作業をこなそうとした。あちらからは手伝ってもらえた事に感謝を述べられていたが、これくらいならお安い御用だ。しかし、いつまでも平穏な雰囲気だけとは限らない。同じ村の若者が急いでこちらに駆け寄ってくる。
「た、大変だ!おっちゃん!!」
「どうした」
「大きな魔物が村の近くに現れたんだ!」
「銃を持ち出さねば」
「いや、此処は俺が。これは魔導傭兵の出番でしょ」
「魔導士でしたか」
「魔物はどっちですか?」
「こ、こっちだ」
案内された先にいたのはこの付近のモンスターの中でもヌシと呼ばれる強固な個体だ。村の者達を避難させて事に当たる。
「あれか」
「頼んで良いのか?」
「軽作業を手伝うだけなんざ申し訳ないですからね」
「村の皆を避難させてるよ」
「お願いします。ヤマト、準備するぞ」
『けけけ、戦闘か』
「相変わらずだな、相棒よ」
『これが俺らしさだぜ』
「頼むぞ。あいつを狩って近くの街や村を救う」
『報酬はねぇんじゃ……』
「泊めてもらえりゃ充分じゃねぇか」
『そうかよ』
「戦闘してぇんだろ?」
『仕方ねぇな、相棒の頼みだしよ』
現れたヌシは強そうだ。モンスター生息録によれば上の方なB級から中間層に当たるC級の境目くらいの強さだという。本来ならギルドやモンスター専門の討伐隊、傭兵などに頼むのが筋なくらいの強さだ。武装した程度の一般人なら複数人が大怪我してもおかしくない程だ。
「あれはB級だったか?」
『Cだ。それでも本来なら一般人が手を出して良いレベルじゃあねぇな』
「だが、彼らは銃を手に時折モンスターを追い返している節がある」
『やるな』
「二手に別れよう」
『って事はフィンリルも使うのか?』
「いや、俺の土魔法で対処する」
『何だ、そうなのか』
「だが、最悪の場合は使わせてもらう」
『何でも良い、頼んだぞ』
「了解」
世話になっている義理ある相手の為だ。生態系の影響を考慮するならば、狩るしかないだろう。まずは土属性の魔法で鉄を錬成、発動する。
「先手を打つ。
「グギャォオ!」
『動きを封ずるか。鉄の矢でも喰らえ』
「オオッ」
「飛んだ?」
『虎鋏も壊されてるな』
「それ、魔法かもな」
『どっちでも良い、来るぞ』
「属性は何か把握したい」
『手数で調べる。此処は任せろ』
属性には相性というものがある。もし土属性を崩壊させられる火や風だと厄介だ。逆に吸収できる水なら量次第だが多少マシだと考えられる。攻めながら敵の属性を測る。それが長年積み重ねた経験から得られる行動だ。
「石や鉄の矢で貫くか」
『敵の視界の自由を奪う。霧時雨』
「顔に当て続けてくれ。その間に胴体へこれを当てる」
『おうよ』
「ブルル、ブギャア!」
「暴れてるな、急所が狙いづらい」
『一旦距離を取るぞ』
「そうだな。こいつ、この辺のヌシだったな」
『だろうな。こんな体格の奴より強い奴なんてなかなか考えられん』
「ウゴゴ」
「討伐すりゃ生態系に影響を与えるだろうが」
『やるしかなかろう』
「絡繰の仕掛けを少し多めに使おう」
『あいあい』
攻めて難しいなら相手に攻めさせて体力を奪うのも手段の一つだ。状況などを見極める必要がある。特に相手の魔法の属性、範囲、威力。それらを知る為に敢えて攻めさせる。
「ゴアアッー!」
「鉄壁!」
「グオッ!グオッー!」
『壊しにかかってるな』
「呑気に話してる場合じゃねぇだろ」
『分かってる。今し方仕掛けてるからさ』
「おう」
「グルァ!」
「くそ、思ったより力が有るな」
『C級とはいえ、ヌシなら当然だろ』
「だよな」
鉄の壁に体当たりをかましている間に分析を開始する。先に動いたのはヤマトだ、まずは足元から狙う。そこへギエモンが続く。遠慮せずに攻め込んで欲しいからだ。
『へへへ、楽しませてくれよぉ?』
「さて、どうなる事やら」
『拘束する、泥土沼!』
「ガウッ?」
「鉄伸槍!」
「ウォゥ」
「羽が無ぇのにまた飛んだ」
『本に書いてねぇ風属性か?』
「そう考えるのが妥当だろう」
『じゃあ虎鋏を壊したのはどう説明するんだ?』
虎鋏が壊れたというより貫通していない方が正確だろうか?奴はおそらく攻めてくるのに気づいてたみたいで、虎鋏の刃が通らない様に先手を取って空気の塊を足にくっつけていたと思われる。それで抜けたのだろう。なるほど、それなら理解できるというものだ。風使いは空気を身に纏うのが得意と聞く。注意して当たるべきだ。この個体が特異個体の可能性がある。ならばまずは周囲の空気を消耗させるべきだろう。
『空気を奪う。灼熱炎舞!』
「ゴウ……」
「逃すかよ。ほれ、背後から上にかけて覆う土のドームだ」
「ブフゥ!」
「ちっ、風の刃か」
『炎もかき消されたぜ』
「結構やるぞ、こいつ」
『空や風を断ち切る雷なんてのはどうだ?』
「やってみる価値有りだな」
空を裂く雷なら致命傷を与えられるだろうし、もし出来なくとも一定のダメージは期待できそうだ。ギエモンは土属性と無属性の専門だからここはヤマトに任せるべきだろう。発動の為の舞台なら用意できるだろうが。まずは動きを封ずる為に拘束を試みてみる。絡繰人形に使う糸を戦闘に応用してみる。
「絡繰用の無属性魔力糸で拘束してみる」
『やってくれ』
「行くぜ。地面に縫合させ、体に癒着させる!」
「ブルァ!」
『流石だ、一瞬だな。手慣れてて無駄がねぇ』
「手の届く傷は自分で縫い合わせる時もあるからな」
『そうだったな』
「さ、ぶっ放せ」
『空裂雷!』
雷の弾丸が敵を撃ち貫き、大いなるダメージを与えてみせた。一度地に伏せたが、状態としてどうなったか。だが、ギエモンは様子見をする。油断するなという。獣の最期の足掻きほど強烈なものは無いと思っているからだ。確かに、高難度ほどその傾向があるから尚更だ。何度もそれで死んだ仲間を見ている。ここでフィンリルを召喚してみる。
『もう狩りも終盤だろ?何故召喚を?』
「トドメを刺すためだ」
『何をさせるつもりだ?』
「こいつの仕込み銃を撃つ。お前のとは違う連射可能なタイプだ。それでも撃つのは2発だがな。確実に仕留めるなら急所に向けて2発だ。これで苦しませずに殺せる」
『経験則からきているな、その鉄則は』
「脳、心臓、脳幹。色々あるが、俺は頸椎だな。発射」
「グオゥ!?」
「討伐完了」
『やっぱりギエモンはすげぇや』
「必要とあらば魔物を殺す事を厭わない」
『人殺しは法律違反だから辞めてるのか?』
「それもあるが、殺しは気分が良くねぇからな。魔物殺しもあまり好きじゃねぇな、仕事で良く狩ってはいるが」
『俺ぁ戦闘絡繰だからそこら辺はよく分かんねぇがよ、お前がそうならそれで良いんじゃねぇか?』
「……だと良いがな。さ、これは村に持ち帰るぞ」
これで義理は果たせただろう。亡骸を持って村に帰ると大喜びされた。実はモンスター達の気が立っていたから、その原因と思われるこのモンスターを狩れば暫く大人しくなるからだろう。
「ああ、ありがとうございます!これで当分は安心して過ごせます!」
「一宿一飯っすよ。言ったじゃねぇっすか」
「あまりある恩を受けてしまいましたよ。これは村の者からの報酬です」
「金は良いです」
「ですが、それでは……危険を引き受けてくださったのに」
「なら、美味い飯を食わせてください。温かい手料理なんて、贅沢でしょ?」
「ははは、それで良いのなら。食堂のおばちゃん、作ってあげて」
「はいはい、最高の手料理を作ってあげますから」
「これだ、これが人生の楽しみなんだ」
豪勢な夕食に温かい馬小屋での宿泊。これがあれば報酬としては充分だろう。持っていた
「あ〜、美味かった〜」
「3杯も食べてくれて、作った甲斐がありましたよ」
「皆で同じ食卓を囲って温かい手料理を食う。最高の贅沢だ」
「今日の宿は決まってますか?」
「この方の馬小屋です。それで良いですから」
「はい、分かりました。困った事があれば相談してください」
「ありがとうございます、ここまで気にかけていただいて」
「貴方は村の、ハリエルの英雄です」
「そこまで持ち上げんでください。ただの傭兵ですよ。血で血を争う殺しや戦闘を生業にしている、誰よりも蔑まれる存在ですから」
「それでも救われた人は居る。その事は忘れないでください」
「そうですか。ところで、今日のモンスターですが」
「ええ、我々も驚きました。本来ならこの辺には現れない特異個体か亜種、リーダー格と思われます」
「やはり」
「本来ならあの空気魔法を扱わない種族ですからね」
モンスター生息録でもそう記されているのだ。そうなのだから一体何故そうなったのか不思議でならないが、そこら辺は国立生態研究所の仕事であろう。風の無い宿舎で一泊して次の日の早朝に出発する事になった。出掛ける前に握り飯を二つ持たせてくれたのだ。
「さて、また旅に出ます」
「またいつでも来てください」
「貴方なら大歓迎です」
「では、また会える日まで」
「ありがとうございましたー!」
2人旅が再び始まった。ただ狩りをしただけなのにあそこまで善意を向けられるとは思っていなかったのだ。だが、英雄とは得てしてそういう立場だ。だが、ギエモンは英雄になどなるつもりはない。
『何でだ?』
「英雄は時代や国によって様々だが、民や貴族などに祭り上げられた存在だと言う者もいる。場合によっちゃ後の世界で蔑まれる可能性すらある」
『まぁ、そうだな』
「それに俺は場合によっちゃ殺しを厭わぬ。血で染められた手で純粋な存在に触れるなど、本来は許されない筈だ」
『思うところがあったんだな』
「そらそうだ。憧れの存在がそんなだったら幻滅するかもしれん」
そうこうしている間に日が暮れ始めた。今日は洞窟にて一泊する事となった。今日はリーナから依頼は来ていない。
「やれやれ、今日は此処までだな」
『お疲れさん』