僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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家族会議と父の気絶

 Aとの激闘というよりは、泉信子による一方的な殲滅戦が終わったあと。泉家は重苦しいというよりも、異様な空気に包まれていた。リビングの照明はいつも通り明るく、テレビからは能天気なバラエティ番組の音が流れている。

 

 その前で円卓を囲む家族三人の表情は、三者三様だった。

 

 

「…さて」

 

 

 口火を切ったのは、やはりこの家の最強権力者である母・信子だった。彼女はAの体液で少し汚れたエプロンを脱ぎ捨て、新しいお茶を淹れて一息ついていた。

 

 

「新一。洗いざらい話しなさい。あのタコみたいな化け物はなんなの? それにあんたの右手、さっきから動いてるけど」

 

 

 新一はゴクリと唾を飲み込んだ。覚悟を決める時だ。これまでは両親を巻き込みたくなくて、必死に隠してきた。だが、母はパラサイトを単身で屠るほどの戦闘力を見せつけ、父も襲撃現場を目撃してしまった。

 

 もう、隠し通せる段階ではない。

 

 

「…わかった。全部話すよ」

 

 

 新一は、右手の包帯をゆっくりと解いた。露わになった右手がぐにゃりと変形し、愛嬌があるようなないような一つ目と口を持つ、奇妙な生物へと姿を変える。

 

 

『ドーモ。シンイチの母君。父君。私はミギーだ』

 

 

 ミギーは礼儀正しくお辞儀をした。流暢な日本語。人間離れした動き。

 

 

「ヒィッ…!?」

 

 

 父・一之は悲鳴を上げて、椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。顔面は蒼白で呼吸が浅い。

 

 

「しゃ、しゃべった…! 手が…新一の手が…!?」

 

 

 一方、信子は眉一つ動かさなかった。彼女は湯呑みを置き、まじまじとミギーを観察したあと、納得したようにポンと手を打った。

 

 

「ああ。やっぱりね」

「「え…?」」

 

 

 新一と一之の声が重なる。

 

 

「やっぱりって…母さん驚かないの?」

 

 

 信子は呆れたように肩をすくめた。

 

 

「だって、アレックスちゃんがあんな子だし。新一だって最近様子おかしかったし。何かあるんだろうなとは思ってたわよ」

 

 

 彼女の適応力は、パラサイトのそれを凌駕していた。

 

 

「それにあんた、小さい頃から拾い癖があったじゃない。犬とか猫とか。今度は変な生き物を拾っちゃったのねえ、って感じよ」

「拾ったわけじゃないんだけど…」

『パラサイトだ』

 

 

 ミギーが訂正するが、信子は「はいはい」と聞き流す。

 

 

「それで? さっきのお巡りさんみたいなのは、こいつの仲間なわけ?」

「…仲間、というか同種族だ。奴らは人間の脳を乗っ取って人を食べる。僕の右手は失敗して、脳まで行けなかったんだ。だからこうして共存してる」

 

 

 新一はパラサイトの生態。ミンチ殺人の真相。そして、自分たちが奴らに狙われている現状を説明した。

 

 話を聞き終えた信子は、腕組みをして天井を仰いだ。

 

 

「なるほどねえ。人を食べる化け物が、ウヨウヨしてるってわけか」

 

 

 彼女は恐怖するでもなく、ただ厄介なご近所トラブルを聞かされた主婦のような顔をしていた。

 

 

「でもまあ。うちの子を守ってくれてるなら、悪いやつじゃなさそうね。右手ちゃん」

『ミギーだ』

「そうそう、ミギーちゃん。これからも新一のこと頼むわよ。ご飯とか食べるの?」

『新一の血液から栄養を摂取している。だが、味噌汁の塩分濃度は、もう少し控えてもらえると助かる』

「あらやだ。健康志向なのね」

 

 

 信子とミギーの間で、奇妙なコミュニケーションが成立し始めていた。その光景を見ていた一之は、限界を迎えていた。

 

 

「ま、待ってくれ信子…新一…」

 

 

 彼は震える手で頭を押さえていた。

 

 

「私の、私の理解のキャパシティが、追いつかない…」

 

 

 善良な市民であり常識人である一之にとって、今日の出来事は致死量を超えていた。妻が人間を超越した動きで、怪物を撲殺したこと。息子の右手がエイリアンになっていること。そして、そのエイリアンと妻が世間話をしていること。

 

 

「な、なあ信子。これは…夢じゃないのか? ドッキリカメラか何か…」

 

 

 一之がすがるような目で妻を見る。信子は冷ややかに言い放った。

 

 

「あんたねえ…さっき殺されかけたの忘れたの? 夢なわけないでしょ」

「ひぃッ!」

「しっかりしなさいよ。新一は一人で戦ってたのよ。父親がそんなんでどうすんの」

「だ、だけど…!」

 

 

 一之はパクパクと口を開閉させたあと、白目を剥いた。

 

 

「む、無理だ。世界観が、違いすぎる…」

 

 

 ガクッ。一之の体が力なく、テーブルに突っ伏した。

 

 

「父さん!?」

 

 

 新一が慌てて駆け寄る。

 

 

「気絶してる…ショックが大きすぎたんだ」

「あらあら。男親ってのは繊細ねえ」

 

 

 信子は、倒れた夫の背中をバンバンと叩いた。

 

 

「まあいいわ。今日はもう遅いし、寝かせておきましょ」

 

 

 彼女は立ち上がり、気絶した夫を米俵のように軽々と担ぎ上げた。その腕力は、先ほどの戦闘で証明済みだ。

 

 

「新一」

 

 

 寝室へ向かう途中、信子は足を止めて振り返った。その表情はいつもの優しい母のものだったが、瞳の奥には揺るぎない覚悟が宿っていた。

 

 

「これからは隠し事はなしよ。何かあったらすぐに言いなさい。アレックスちゃんにも言っとくわ。『武器の補充よろしく』って」

「…うん。わかった」

「それとミギーちゃん」

『なんだ』

「新一の体を大事にしなさいよ。もしこの子に何かあったら…」

 

 

 信子はニコリと笑った。それは慈愛に満ちた笑みだったが、背後にはAを葬り去った時と同じ、黄金色のオーラが立ち昇っていた。

 

 

「私があんたを引っこ抜いて天ぷらにするからね」

『…肝に銘じておこう』

 

 

 ミギーですら少し縮こまったように見えた。

 

 母が寝室に消えたあと、新一はリビングのソファーに深く沈み込んだ。どっと疲れが出た。

 

 不思議と、心は軽かった。孤独な戦いではなかったのだ。パラサイトという脅威。アレックスという混沌。そして、母という防壁。要素はカオスを極めているが、少なくとも自分には帰る場所がある。

 

 

『新一』

 

 

 ミギーが静かに言った。

 

 

『君の母親は、生物として非常に興味深い。パラサイトの論理では、説明がつかない行動原理だ』

「それが『母親』って生き物なんだよ」

 

 

 新一は苦笑した。

 

 

『それにあの父親。気絶するという防衛本能は合理的だ。処理しきれない情報から脳を守るための、緊急シャットダウンだと思われる』

「ただ単にビビっただけだと思うけどな」

 

 

 窓の外では遠くで、サイレンの音が響いていた。Aの死体が見つかったのかもしれない。あるいは、アレックスが事後処理を済ませた後なのかもしれない。

 

 

「…寝よう。明日はアレックスに礼を言わないとな」

 

 

 新一は電気を消した。暗闇の中で、右手が微かに温かい。家族の秘密会議は父の気絶というオチで幕を閉じたが、泉家の結束はかつてないほど、強固なものとなったのだった。




原作時間軸さん「ふっ、何を勝った気でいるんだい? 確かに信子は死なず、泉新一の覚醒フラグは折れてしまったのかもしれない。けど次回だ。次回で泉新一を曇らせてやればいい。覚醒フラグはそこで建築される…ふっ、人間どもの絶望が目に浮かぶわァ!」
分岐時間軸さん「zzz…」
原作時間軸さん「分岐時間軸よ! この勝負、もらった!」
分岐時間軸さん「学校…美術室…村野ちゃん…すやぁ」
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