僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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今日は歯医者…ふっ、泣いた。基本給レベルアップしたことと、寄生獣を投稿したことを思い出して、戦場に赴くとしよう…。


泉夫妻の「異文化交流」談義 - (閉話)

 新一と里美が、駅前のカフェで穏やかな時間を過ごしていた頃。泉家のリビングでは、妙に活気のある会話が繰り広げられていた。

 

 夕方の買い物から戻った泉信子は、買ってきたばかりの大量の食材を冷蔵庫に詰め込みながら、鼻歌を歌っている。その後ろでは数日前の事件のショックからようやく立ち直りつつある父の一之が、ソファに座って熱いお茶を啜っていた。

 

 

「ねえあなた。今日のアレックスちゃんも相変わらずだったわよ。特売の卵を確保するために店内の動線を完全に把握して、最短距離で売り場までダッシュするんだから。あの子と一緒にいると、まるで自分がアクション映画の登場人物になったみたいな気分になるわね」

 

 

 信子は楽しそうに笑いながら今日のアレックスとの買い出しの様子を報告した。一之は苦笑いを浮かべながら湯呑みを置いた。

 

 

「信子もずいぶんと、あの子に馴染んだもんだな。私はまだアレックスが突然目の前で土のブロックを積み上げたり、素手で庭の物置を解体したりするのを見るたびに、心臓が止まりそうになるというのに」

「あら。慣れればどうってことないわよ? あの子は理屈は通じないけれど、筋は通っているもの。それに何より、あの子のお金払いのおかげでこの家は随分と助かっているしね」

 

 

 信子はキッチンの戸棚の奥から一枚の純金でできた金塊を取り出して、テーブルに置いた。それはアレックスが以前にお茶代として置いていった、純度百パーセントの金の延べ棒である。

 

 

「これを見るたびに思い出すわ。あの子と初めて会った日のことを」

 

 

 一之もその金塊を見つめながら遠い目をした。

 

 

「嗚呼、あの日のことは一生忘れられない。平和な日曜日の午後のことだったな。私がリビングで新聞を読んでいたら、突然あんなことが起きるなんて誰が想像できただろうか」

 

 

 二人の記憶は、あの衝撃的なファーストコンタクトの日へと遡っていった。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 その日。信子はキッチンで夕飯の支度をしていた。一之はリビングのソファでくつろぎ、新一は自分の部屋で勉強をしていた。泉家はどこにでもある、平凡で平穏な日本の家庭そのものだった。

 

 その静寂は、前触れもなく破られたのである。

 

 

「パカッ」

 

 

 何かが外れるような乾いた音が響いた。信子が顔を上げると、キッチンの壁の一角が文字通り消失していた。

 

 崩れたのではないし、爆発したわけでもなかった。縦一メートル横一メートルほどの正方形の空間が、まるで消しゴムで消されたかのように無くなっており、そこから外の景色が丸見えになっていたのである。

 

 

「あら…?」

 

 

 信子は手に持っていたお玉を落としそうになりながらその穴を見つめた。

 

 泥棒の侵入方法としてはあまりに大胆すぎるしそもそも物理的にあり得ない穴の開き方だった。するとその穴から一人の少女が、ひょいと顔を出した。亜麻色の髪をなびかせ緑色の瞳を輝かせた少女、アレックスであった。

 

 

「座標が少しズレたみたいだな。キッチンの壁を削ってすまない」

 

 

 アレックスは悪びれもせず穴を潜り抜けて、キッチンへと足を踏み入れた。彼女の手には、青く輝くダイヤモンドのツルハシが握られていた。

 

 

「あ、貴女は誰? どうやって壁を…?」

 

 

 信子が混乱して尋ねると、アレックスはツルハシを肩に担ぎ直し、不思議そうに信子の顔を見た。

 

 

「私はアレックス。マインクラフターだ。んで、質問に答えよう。壁なら、ツルハシで叩けばアイテム化して消えるだろ? 何だ。この世界の住人は、たかが壁を壊すのにそんなに驚くのか?」

 

 

 信子は絶句した。壁を叩けば消えるなんて法則は、この世界のどこを探しても存在しないはずだった。しかし、目の前には現に穴が開いており、そこから涼しい風が吹き込んでいる。

 

 リビングから異変を察知した一之が、駆け込んできた。

 

 

「信子! 今の音は何だ! うわあああッ! 誰だ君は! 壁が! 壁に穴が!」

 

 

 一之の悲鳴を聞き、アレックスは「お、NPCの増援か?」と独り言を呟いた。

 

 

「落ち着けよ。すぐにリペアしてやるから。それより喉が渇いた。スタミナゲージが低いんだ。何か飲み物をくれ」

 

 

 アレックスはそう言うと、腰のポーチからずっしりと重い金塊を三つ取り出し、キッチンのカウンターに置いた。

 

 

「手持ちにこの世界の通貨がないんだ。これで手を打ってくれ。エメラルドの方が良かったか?」

 

 

 信子は目の前に置かれた黄金の輝きに、目が眩む思いがした。一之は腰を抜かして、その場にへたり込んでいる。

 

 だが、信子は不思議と冷静だった。壁を消し金を無造作に差し出し、喉が渇いたと宣う少女。彼女から感じるのは悪意ではなく、圧倒的なまでのマイペースさだった。

 

 

「…麦茶でいいかしら? 冷えているのがあるわよ」

 

 

 信子のその一言が、泉家とアレックスの奇妙な共生関係の始まりだったのである。

 

 

「おっ、助かる」

 

 

 アレックスは出された麦茶を食べるような仕草で、一気に飲み干すと、空いた穴に向かって手をかざした。すると彼女がどこからか取り出した丸石のブロックが、シュバババッという音と共に穴を埋めていったのである。

 

 あっという間にキッチンの壁は元通りに塞がった。ただし、そこだけが元々の壁紙ではなく、無骨な石造りのテクスチャに変わってしまっていた。

 

 

「よし。修繕完了だ。少し見た目が不一致だが、耐久値は上がってるから安心しろ」

 

 

 アレックスは満足げに頷くと「じゃあな!」と言い残し、今度は玄関のドアを普通に開けて出て行った。

 

 残されたのは、石造りの壁になったキッチンとカウンターに置かれた三つの金塊。そしてあまりの出来事に魂が抜けかかった、一之と麦茶のコップを洗う信子だけだった。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「──というのがあの子との出会いだったわね」

 

 

 信子は回想を終え、お茶を飲み干した。

 

 

「あの時は本当に腰が抜けたよ。警察を呼ぼうとした私を君が止めたんだ。金を払ってくれたんだからお客様よって」

 

 

 一之は、今でも信じられないという風に頭を振った。

 

 

「当然じゃない。あんなに羽振りのいいお客様を逃す手はないわよ。それに新一もあの子と仲良くしているみたいだし、ミギーちゃんとも気が合うみたいだしね」

「ミギー…ああ、息子の右手があんなことになったのも、あのアレックスという少女と付き合っている以上は、避けられない運命だったのかもしれないな」

 

 

 一之は自分に言い聞かせるように呟いた。信子は立ち上がり、再び夕飯の支度を始めた。

 

 

「あの子がいる世界は、私たちの常識が通用しない。でも、だからこそ救われることもあるのよ。新一がパラサイトなんて化け物と戦わなきゃいけない時、あの子の非常識さは最大の武器になる。私はそう信じているわ」

「信子…君は本当に強くなったな」

 

 

 一之は妻の逞しい背中を見つめた。アレックスという少女をお金をくれる自称ヒトさんとして受け入れ、パラサイトの脅威すらも教育的指導で跳ね除ける母。

 

 

「あなた。ボーッとしてないで、アレックスちゃんに頼まれた特産品を整理するのを手伝って。これを納品しないと、また庭に勝手に穴を掘られちゃうわよ」

「分かったよ。…まったく。我が家はいつからギルドの受付所になったんだか」

 

 

 泉家のリビングには、平和な笑い声が響いていた。壁の一部が石造りになったキッチン。カウンターに置かれた金塊。

 

 それらは全てアレックスという名の混沌がもたらした、新しい日常の断片だった。

 

 泉信子は、今日も元気に夕飯の味噌汁の味を整えるのである。




原作時間軸「彼女は混沌をもたらす者!」
アレックス「私は君を殴る者なり!」
分岐時間軸「フッ」
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