僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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今日は休みだァ。きゃっきゃ。


倉森志郎 - (閉話)

 闇が深く沈み込む、市街地外れの廃ビルの四階の一室。

 

 倉森は娘の陽子を抱きしめながら、絶望の淵に立たされていた。背後の廊下からは、獲物を追い詰める捕食者の冷酷な足音が不気味に響き渡り、コンクリートの床を叩く度、死の予感が倉森の心臓を強く締め付けていた。

 

 彼は三流誌のフリーライターとして、田宮良子の正体を探りすぎた報いを受けていた。人間になりすました化け物たちの真実に触れた代償は、あまりにも大きかった。今や自分だけでなく、愛する娘の命までが天秤にかけられていた。

 

 

「陽子、大丈夫だ。父さんが一緒だからな」

 

 

 倉森はその言葉が、自分自身への虚しい暗示に過ぎないことを、誰よりも理解していた。彼の前には出口などなく、ただ古びた机と椅子が散乱する、荒廃した空間が広がっているだけだった。

 

 

「見つけたぞ、逃亡者。これ以上の鬼ごっこは時間の無駄だ」

 

 

 低い無機質な声と共に部屋の入り口のドアが紙細工のように容易く蹴破られた。

 

 現れたのは、一見すれば市役所の職員のような端正な身なりの男だったが、その瞳には生物としての温かみが一切なく、鏡のように冷たく周囲を反射させていた。

 

 男の背後にもう一人、作業服を着た大柄な男が続いて入ってきた。彼らはいずれも、脳をパラサイトに乗っ取られた捕食者であった。

 

 

「倉森さん、君は知りすぎた。我々の社会進出の妨げになる因子は、早期に排除するのが我々の合理的な判断基準だ」

 

 

 職員風の男の顔面が、突然グニャリと波打ち始めた。鼻も目も口も消失し、その内側から三本の巨大な刃が放射状に飛び出してきた。それは生物の肉体というよりは、研ぎ澄まされた鋼鉄の彫刻のようであり、月の光を浴びて青白く輝いていた。

 

 

「やめて! 来ないで!」

 

 

 陽子の短い悲鳴が、部屋に響き渡る。倉森は自分の身を盾にするように、娘の前に立ち塞がった。もはやこれまでか。彼は目を閉じ、最後の瞬間を覚悟した。

 

 まさに、その時だった。

 

 

 ドォォォォォンッ!!!

 

 

 捕食者たちのすぐ隣のコンクリートの壁が、爆音と共に内側へ向かって粉砕された。重機で突き崩されたような凄まじい衝撃により、部屋中に粉塵が舞い上がった。

 

 

「な…何だ!? 伏撃か!?」

 

 

 職員風のパラサイトが攻撃を中断し、壁の穴へと刃を向けた。粉塵の奥から浮かび上がったのは、現実の物理法則を嘲笑うかのような、光り輝く四つの影であった。

 

 まず部屋に足を踏み入れたのは、全身を青く輝く結晶の鎧で包み込んだ異様な人影だった。その鎧は暗闇の中で自ら発光しているかのように、シアン色の光を放ち、バイザーの隙間から怯えたような情けない瞳が覗いていた。

 

 

「ひ、ひぃぃッ! いきなり壁を壊すなんて、危ないじゃないか信子! 私の鎧が汚れてしまったらどうするんだ!」

 

 

 青い鎧の騎士──泉一之が震える声で叫んだ。彼は明らかに恐怖に支配されていたが、その全身を覆うダイヤモンドの装備は、そんな彼の臆病さを力技で上書きして、圧倒的な防御のオーラを放っていた。

 

 

「あんたは黙って盾になりなさいって言ったでしょ!」

 

 

 次に現れたのは、金のシャベルを肩に担いだエプロン姿の主婦──信子であった。彼女は激怒していた。深夜に及ぶお使いと家族を巻き込む騒動。その全ての不満が、彼女の周囲に黄金色の闘気を纏わせていた。

 

 

「子供を泣かせるような化け物は、私のシャベルで平らにしてやるわよ! このゴミ共!」

 

 

 さらにその後ろから、新一と里美が続いた。

 

 

「倉森さん! 無事か!」

 

 

 新一の右手が瞬時に変形し、ミギーが目玉を開いて状況を分析した。

 

 

『新一。標的は二体。いずれも脳を乗っ取った完全体だ。だが、今の泉家の火力計算では三秒で制圧可能だ』

「何者だ…。その奇妙な武装は…人間なのか?」

 

 

 職員風のパラサイトが戸惑いを見せた。パラサイトには恐怖という感情はないものの、目の前の光景は彼らの演算能力を超えていた。青く光る鎧の男。金のシャベルを持つ主婦。そしてミギーを持つ少年。この非論理的な集団の正体が分からず、一瞬の隙が生じた。

 

 

「教育的指導よッ!!!」

 

 

 信子が地を蹴った。彼女の持つ『黄金のシャベル』が夜空を裂くような音を立てて職員風のパラサイトの頭部を強打した。

 

 

 ガゴォォォォォンッ!!!

 

 

 それは肉体を叩く音ではなかった。まるで重厚な金床を巨大なハンマーで叩きつけたかのような、凄まじい衝撃音が廃ビル全体を揺らした。信子のシャベルに付与された『ノックバックⅡ』の効果が発動し、パラサイトの体は物理法則を無視した勢いで、壁を三つ突き破って隣のビルまで吹っ飛んでいった。

 

 

「…は?」

 

 

 倉森は口を開けたまま固まった。残された作業服のパラサイトが反応し、触手を一之へと伸ばした。

 

 

「死ね! そのふざけた防具ごと切り裂いてやる!」

 

 

 鋼鉄をも両断するはずのパラサイトの刃が、一之の胸元のダイヤモンドチェストプレートに直撃した。だが、その結果は残酷なまでの性能差を示していた。チェストプレートには傷一つ付かず、パラサイトの刃の方が衝撃に耐えきれず、根元からバキリと折れ曲がったのである。

 

 

「いたたたた! 今のは響いたぞ! 心臓が止まるかと思った!」

 

 

 一之は涙目になりながらも、無傷で立っていた。アレックスの最高傑作であるダイヤモンド装備一式は、パラサイトという種の存在意義そのものを否定するほどの硬度を誇っていた。

 

 

「後ろからもう一本が来てます!」

 

 

 里美が叫んだ。彼女は新一を護るように、一歩前に出ると襲いかかってきた二本目の触手を「素手」でガシッと掴んだ。

 

 

「里美ちゃん! それは危ない!」

「大丈夫ですお義父さん! アレックスちゃんから貰ったお守りがありますから!」

「お義父さん!?」

 

 

 里美の腕が一瞬だけ赤く点滅したかと思うと、彼女の握力はパラサイトの細胞を粉砕するほどの圧力を生み出した。

 

 

「グアァァァッ!? なんだ…この女…人間じゃないのか!?」

「失礼ね! 私はただの女子高生よ!」

「嘘だ! って、うわァァァッ!?」

 

 

 里美は掴んだ触手を軸にして、巨漢のパラサイトを一本背負いの要領で床に叩きつけた。コンクリートの床がクレーター状に陥没し、パラサイトの中枢細胞が衝撃で、一時的な麻痺状態に陥った。

 

 

『トドメだ。新一』

 

 

 ミギーの刃が閃いた。新一は一瞬の迷いもなく、無防備になったパラサイトの心臓を一突きにした。

 

 

「ガハッ」

 

 

 作業服のパラサイトは自分が何に負けたのか理解できないまま、物言わぬ肉塊へと変わった。

 

 静寂が戻った部屋で、倉森は陽子を抱き抱えたままガタガタと震えていた。彼は救われた。確かに命を救われた。だが、目の前で起きた光景が現実のものであると、脳が受け入れるのを拒否していた。

 

 

「あ、あの…」

 

 

 倉森が掠れた声で問いかけた。

 

 

「あなたたちは一体、何なんです…? 自衛隊の方…ですか?」

「いいえ。ただの近所の主婦よ」

 

 

 信子がシャベルを元の買い物袋にしまい込みながら、事も無げに答えた。

 

 

「それから、こっちは私の主人と。息子の新一とそのお友達の里美ちゃん。あ、それと新一の右手のミギーちゃん。挨拶しなさい、ミギーちゃん」

『ドーモ、倉森。私は寄生生物だ。君を襲おうとした個体とは出自を等しくするが、今は泉家の資産の一部として運用されている』

 

 

 ミギーの挨拶を聞き、倉森は白目を剥いて倒れそうになった。それを青く光る鎧姿の一之が慌てて支えた。

 

 

「ああ、倉森さん。しっかりしてください。私も最初はそうだった。でも慣れますよ。意外とわさび漬けとかを一緒に食べると、楽しいもんですよ」

「お義父さん、変なこと言わないでください」

「お義父さんじゃありません」

 

 

 里美が陽子に歩み寄り、「大丈夫。もう怖くないからね」と優しく頭を撫でた。

 

 

「あ、ああ…黄金のシャベル…。青く光る鎧…。喋る右手…」

 

 

 倉森はぶつぶつと独り言を呟きながら。自分が今までの常識という名の檻から完全に放り出されたことを悟った。そこに現れたのは神でも仏でも、あるいは冷酷な政府の暗部でもなかった。

 

 それはあのアレックスという名の混沌の種によって、日常という名の土壌から強制的に進化させられた、世界で最も風変わり。そして、最も頼もしい「泉家」という名の救世主であった。

 

 

「さあ倉森さん。ここは危ないわ。私たちの家に来なさい。あの子が作ったセーフハウスなら、あんな化け物たちが百体来てもお茶の子さいさいよ」

 

 

 信子の言葉には、もはや未来への不安など微塵もなかった。倉森は陽子の手を強く握り、光り輝く青い騎士と黄金の主婦の後に従った。

 

 こうして市役所の魔手から逃れた倉森親子は、泉家という名の最強のシェルターへと、その身を寄せることになったのである。

 

 新一は。廃ビルの穴から見える夜空を見上げた。アレックスは今、どこかで総理大臣と密談でもしているのだろうか。

 

 彼女が残した「装備」という名の火種が、今や自分の家族を、これほどまでに変貌させてしまった。

 

 

「行こうミギー。今夜は母さんの手料理だ」

『了解した。タンパク質の補給は、戦闘後の回復に最適だ』

 

 

 その変化こそが、自分たちが生き残るための唯一の道なのだと、新一は確信していた。




原作時間軸さん「ふっ、これが歴史の修正力さ! ストーリー前倒しだけど、ここで倉本娘には死んでもらおう!」
分岐時間軸さん「ふっ、残念だったね! 無事さ!」
原作時間軸さん「どうしてだよォォォ!!」
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