僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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ツッコミの新一…。


捕食者の厨房

 放課後のチャイムが鳴り響き、校舎が朱色の夕陽に染まり始めていた。生徒たちが三々五々と家路につく中、泉新一は重い足取りで昇降口を出た。美術室での一件で精神力を使い果たし、疲労感が鉛のように肩にのしかかっている。

 

 隣を歩いていた村野里美は、今日は部活があると言って校舎の方へ戻っていった。「また明日ね、泉くん」という笑顔に救われる思いがしたが、その背中が見えなくなると同時に、新一の表情からは温かみが消え、強張った警戒心だけが残った。

 

 まだ、終わっていない。日常のふとした瞬間に、非日常が口を開けて待っている──そんな予感が、最近の新一には常に付きまとっていた。

 

 

『おい、新一』

 

 

 予感は、最悪の形で的中する。右手の甲から、目玉がニューッと飛び出した。ミギーだ。周囲に人がいないことを確認するや否や、彼は新一の脳髄に直接語りかけるような冷徹な響きで告げた。

 

 

『感じるぞ』

「え?」

 

 

 新一は足を止めた。心臓がドクンと嫌な音を立てる。

 

 

『仲間だ』

「な、仲間って…お前の?」

『そうだ。私と同じ種族の波長だ。微弱だが、確実に存在する』

 

 

 新一の背筋を、冷たい汗が伝った。ミギーが新一の右腕に寄生してからというもの、彼は「パラサイト」と呼ばれる正体不明の生物が、この世界に自分たち以外にも存在することを知らされていた。

 

 だが、実際に遭遇するのはこれが初めてだ。ミギー以外のパラサイト。それはつまり、人間の脳を乗っ取り、人間を捕食する「化け物」がいることを意味する。

 

 

「ど、どこだ…? 近くにいるのか?」

 

 

 新一は慌てて周囲を見回した。帰宅途中の生徒、商店街へ向かう主婦、自転車を漕ぐサラリーマン。ありふれた風景の中に、人食いの怪物が紛れ込んでいるというのか。

 

 

『半径三百メートル以内。だが、まだ距離がある。信号が弱くて正確な位置は特定できない』

 

 

 ミギーの目は小刻みに動き、見えない電波を捉えようとしているようだった。

 

 

『敵意を持っているかどうかは不明だ。だが、我々に近づいてきているわけではない。そこに「居る」だけだ』

「だったら逃げよう」

 

 

 新一は掠れた声で言った。

 

 

「関わり合いになりたくない。家に帰ろう、ミギー」

『逃走か。賢明な判断だ。相手の戦力が不明な以上、接触はリスクが高い』

 

 

 新一は踵を返し、一刻も早くこのエリアから離脱しようとした。恐怖が足を急かせる。しかし、その一歩を踏み出そうとした瞬間、ガシッと肩を掴む強い力があった。

 

 

「おいおい、泉。どこへ行く気だ?」

 

 

 振り返ると、そこにはアレックス・スティルウォーターが立っていた。彼女はなぜか絶望的な表情で、自身の腹部をさすっている。その顔色は青白く、まるで世界の終わりを目撃したかのような悲壮感が漂っていた。

 

 

「ア、アレックス? どうしたんだ、顔色が…」

「減った」

「へ?」

「満腹度ゲージがもうゼロだ。残り肉アイコン半個分しかない。このままだと餓死ダメージが入って、私のハートが削れちまう」

 

 

 アレックスはガクッとうなだれ、新一の肩に全体重を預けてきた。

 

 

「腹が減っただけかよ!?」

 

 

 新一は脱力し、思わずツッコミを入れた。パラサイトの気配に怯えていた自分が馬鹿らしくなるほどの、あまりにも俗世的な悩みだ。

 

 

「だけとは何だ! 食料の確保は、サバイバルの基本にして真髄だぞ! 走ることもジャンプすることも出来なくなるんだ!」

 

 

 アレックスはゾンビのようなうめき声を上げながら、新一の制服の袖を強く引っ張った。

 

 

「泉、付き合え。私の探索マップによれば、この近くにコスパ最強の食料供給源があるはずだ」

「い、いや、僕は用事が…っ」

「問答無用! ソロプレイでの食事は精神的回復効果が低いんだよ!」

 

 

 拒否権はなかった。新一はアレックスの異常な怪力でずるずると引きずられていく。彼女が向かう先は、新一が逃げようとしていた方向──つまり、ミギーが「奴がいる」と警告した方角だった。

 

 

「ちょ、ちょっと待て! そっちは…!」

 

 

 新一が抵抗しようとするが、アレックスは「メシ、メシ、チャーハン、肉…」と呪文のように唱えながら、ズカズカと歩を進めていく。表通りの華やかな商店街を抜け、二人は徐々に寂れた裏路地へと入り込んでいった。

 

 道の両脇には、古びた雑居ビルやシャッターの閉まった店が並んでいる。日が傾き、建物の影が長く伸びるにつれて、周囲の空気は澱み、湿り気を帯びていくように感じられた。

 

 ゴミ集積所の腐臭と、どこからか漂う油の匂い。日常の裏側にへばりついたような、薄暗い世界。

 

 

『新一』

 

 

 袖の中で、ミギーが警告を発した。

 

 

『近づいている。信号が強くなってきた。およそ五十メートル』

(わかってる! でも、こいつが手を離してくれないんだ!)

 

 

 新一は必死にアレックスの手を振りほどこうとするが、彼女のグリップ力は万力のように強固だった。まるで接着剤で固定されているか、あるいは「拘束」というステータス異常を付与されているかのようだ。

 

 

「ここだ」

 

 

 アレックスが足を止めた。

 

 そこは、路地のどん詰まりにある、一軒の中華料理店だった。看板の文字は油汚れで煤け、判読不能に近い。「中華料理」と書かれた赤い暖簾はボロボロに破れ、風に揺れて不気味な影を落としている。店先のショーケースには、長年の埃を被って変色した食品サンプルが並んでおり、お世辞にも食欲をそそる外観とは言えなかった。

 

 

「こ、此処に入るのか?」

 

 

 新一は引きつった顔で尋ねた。衛生観念以前に、本能的な嫌悪感が警鐘を鳴らしている。

 

 

「ああ。私の『鑑定スキル』が告げている。こういう店構えの場所こそ、隠しアイテム並みの激ウマ料理を出すか、あるいは腹を壊すかの二択だ。このガチャを引くのがロマンなんだよ」

 

 

 アレックスは目を輝かせ、ごくりと喉を鳴らした。彼女の美的感覚は、やはり常人とはズレている。だが、新一が凍りついた理由は店の汚さではなかった。右手が、熱を持ったように脈動していたのだ。

 

 

『間違いない』

 

 

 ミギーの声が、確信を持って響いた。

 

 

『この中だ。信号の発信源は、この建物の中にいる』

 

 

 新一の呼吸が止まった。目の前の、油ぎったガラス戸の向こう。そこに、自分たちと同じではない「何か」がいる。それは人間を食べるのか? それともただ暮らしているだけなのか? そもそも、友好的なのか敵対的なのか? 

 

 何もわからない。だが、生物としての直感が「逃げろ」と叫んでいる。

 

 

「ア、アレックス…やめよう。別の店に行こう。駅前にファミレスだってあるし…」

 

 

 新一は震える声で提案した。だが、空腹で理性が吹き飛んでいるマインクラフターに、その言葉は届かないらしい。

 

 

「ファミレスだと? そんな安全地帯で満足できるか! 私は今、未開のダンジョンに挑む冒険者なんだ!」

「ダンジョンって、そんな物騒な…」

「行くぞ泉! 私がタンク役をやるから、お前はヒーラーを頼む!」

「ヒーラーって会計のこと言ってるんだね…って、二人分を僕が払うの!?」

 

 

 アレックスは新一の返事を待たず、ガラス戸に手をかけた。ガラガラガラ、という錆びついたレールが擦れる音が、路地裏の静寂を切り裂くように響き渡る。

 

 開かれた扉の奥から、強烈なニンニクと焦げた油、そして──何か得体の知れない生臭さが、どっと押し寄せてきた。薄暗い店内。カウンターの奥。そこには、ただならぬ気配がとぐろを巻いていた。

 

 

『来るぞ、新一』

 

 

 ミギーが戦闘態勢をとる気配がした。右手の筋肉が収縮し、いつでも硬質化できるよう準備を整える。新一は、アレックスの背中に引きずられるようにして、パラサイトの巣窟へと足を踏み入れた。

 

 もはや、後戻りはできなかった。日常の境界線は、空腹の少女の気まぐれによって、あっさりと踏み越えられてしまったのだ。

 

 錆びついた引き戸が「ガラガラ」と悲鳴を上げると同時に、鼻をつく古臭い油の臭いが二人の顔を覆った。

 

 店内は薄暗く、天井の蛍光灯が一灯だけ、チカチカと不規則に明滅しては、黄ばんだ壁紙に張り付いた脂ぎった影を揺らしている。客席には誰もおらず、ただ湿気を吸って膨らんだような古雑誌の山と、パイプ椅子の冷たい金属の光沢だけがそこにあった。

 

 

「いらっしゃい」

 

 

 奥の厨房と思われる場所から、低く、抑揚のない声が聞こえた。それは接客の挨拶というよりは、洞窟の奥から響く風の音のような、無機質な響きを持っていた。

 

 泉新一は入り口で立ち尽くしていた。足が床に縫い付けられたように動かない。心臓が肋骨の内側を激しく叩いている。恐怖という名の警鐘が、全身の神経を逆撫でしているのだ。

 

 

『新一』

 

 

 右袖の中で、ミギーが囁く。その声は氷のように冷静で、それゆえに事態の深刻さを物語っていた。

 

 

『距離ゼロ。この奥だ。薄い壁一枚隔てた先に、同種がいる』

(やっぱり、ここは…!!)

 

 

 新一は脂汗を滲ませながら、隣のアレックス・スティルウォーターを見た。今すぐにでも彼女の手を引いて、全力で逃げ出さなければならない。そう思った。

 

 だが、アレックスの反応は、新一の予想を遥かに超えていた。

 

 

「うおおお! このひなびたテクスチャ! まさに、隠しダンジョンのセーブポイント!」

 

 

 アレックスは目を輝かせ、まるでテーマパークに来たかのように店内を見回した。

 

 

「床のベタつき具合も再現度が高いな。環境音がノイズ交じりなのも雰囲気が出てる。よし、まずは腹ごしらえだ!」

 

 

 彼女は恐怖を感じるどころか、ズカズカと店の中央にあるテーブル席へと進んでいく。

 

 

「ちょ、ちょっと待てよアレックス!」

 

 

 新一は慌てて追いかけたが、彼女はすでにドカッと椅子に腰を下ろし、プラスチックのメニュー表を手に取っていた。

 

 

「えーと、クエスト一覧はラーメン、チャーハン、ギョーザ、レバニラ。ふむ、ステータス上昇効果が不明だが、片っ端から試すのが攻略の鉄則だな」

 

 

 アレックスは厨房に向かって、店内の空気を震わせるほどの大声で叫んだ。

 

 

「おじさーん! ここからここまで、全部くれ! あと水! ウォーターボトル!」

 

 

 厨房の奥からの返事はなかった。ただ、包丁で何かを叩き切るような、「ダンッ、ダンッ」という重い音が響き始めた。普通なら食材を切る音だろう。だが、今の新一には、その音が骨を砕く音にしか聞こえなかった。

 

 新一はアレックスの向かいに座るしかなかった。膝が震え、テーブルの下で手が小刻みに痙攣している。

 

 

「ア、アレックス? やっぱり出よう。この店、なんか変だ」

「何がだ? 衛生スコアが低そうなのは認めるが、空腹デバフを解除するには贅沢を言っていられない」

 

 

 アレックスは割り箸をパチンと割り、貧乏ゆすりを始めた。

 

 

「早くしろー。満腹度ゲージが赤色で点滅してるんだぞ。今の私はスライム一匹倒すのもしんどい」

 

 

 時間が、粘りつくようにゆっくりと過ぎていく。厨房からの音は止んでいた。調理をする「ジュワーッ」という炒める音も、鍋を振る音もしない。ただ、不気味な静寂だけが店内に満ちている。

 

 

『奇妙だ』

 

 

 ミギーが新一に語りかける。

 

 

『調理をしている気配がない。ガスコンロの燃焼音も、換気扇の振動も感知できない。だが、生体反応はある。あそこで何かが動いている』

(頼むからやめてくれ! 想像したくない…)

 

 

 新一は顔面蒼白になりながら、テーブルの上の水差しを見つめた。その水さえ、飲む気にはなれなかった。

 

 

「おっそいなー!」

 

 

 不意に、アレックスがテーブルを叩いて立ち上がった。

 

 

「ラグか? サーバー落ちか? まさかオーダーが通ってないバグか?」

 

 

 彼女は苛立ちを露わにし、厨房の方へと歩き出した。

 

 

「おい!? どこへ行くんだ!」

「厨房凸だ。直接インベントリから貰ってくる」

「やめろ! 入るな!」

 

 

 新一は叫び、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。だが、アレックスの歩みは止まらない。彼女にとって「立ち入り禁止」の概念は、壊せば通れる壁程度の認識でしかないのだ。

 

 アレックスの手が、厨房への入り口を隠す薄汚れた暖簾にかかる。

 

 

「すみませーん! 店主さーん! チャーハンまだー?」

 

 

 彼女が暖簾をめくった。その隙間から、新一の視線もまた、禁断の領域を覗き見てしまった。

 

 そこは地獄の調理場だった。厨房の中は、客席以上に薄暗かった。積み上げられた食器の山、黒ずんだコンロ。そして、業務用の大きなステンレス製の作業台。その台の前に、店主と思われる男が背中を向けて立っていた。小太りで、白い調理服を着ているが、その背中は奇妙に膨れ上がり、小刻みに震えている。

 

 そして、音。

 

 

「グチャッ…ムチャ…バリッ…」

 

 

 湿った咀嚼音。硬いものが噛み砕かれる音。店主の足元には、真っ赤な液体が水溜まりを作っていた。それはこぼれたラー油やスープではない。鉄の臭いがする、鮮血だった。

 

 新一の思考が凍りつく。

 

 

(な、に…してる、んだ…?)

 

 

 アレックスもまた、動きを止めていた。彼女は店主の背中越しに、作業台の上に「置かれているもの」を見たのだ。それは、食材ではなかった。少なくとも、法治国家の飲食店で提供されるべきものではない。衣服の切れ端。散乱した持ち物。そして、人間の──腕のような形をした肉塊。

 

 店主が、ゆっくりと振り返った。その口元は、耳のあたりまで赤く染まっていた。口の中には、まだ噛み砕いていない「何か」が残っており、そこから赤い筋が垂れている。男の目は虚ろで、人間としての理性が完全に欠落していた。

 

 そこには捕食者特有の満ち足りたような、それでいて貪欲な光が宿っていた。

 

 

「あっ」

 

 

 アレックスが、間の抜けた声を漏らした。恐怖の悲鳴ではない。「あ、察し」というような、実に白けた声だった。彼女は一歩後ずさり、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「お邪魔しました〜」

 

 

 アレックスは踵を返し、暖簾を閉めようとした。

 

 

「おい、待て」

 

 

 店主の声が、その動きを止めた。男はゆっくりと体を回転させ、二人のほうへ向き直った。その手には、まだ肉片が握られている。

 

 

「客か…?」

 

 

 男は口元の血を手の甲で拭ったが、返って顔中に赤色を広げるだけだった。

 

 

「注文は聞いた気がするが…今は忙しいんだ。仕込み中でな」

 

 

 男はニタリと笑った。その笑顔は、人間が浮かべる表情を模倣しているだけで、筋肉の動きが不自然に引きつっていた。

 

 

「見ただろ?」

 

 

 男が言った。

 

 

「見たな?」

 

 

 新一の喉がヒュッと鳴った。殺される。ここで、口封じに。ミギーが硬化し、戦闘形態へ移行する準備を完了させる感覚が伝わる。

 

 だが、店主は意外な行動に出た。彼は作業台の上から、千切れた人間の太もものような部位を持ち上げ、それをアレックスと新一の前に差し出したのだ。まるで、おすすめのメニューを紹介するかのように。

 

 

「…まあいい」

 

 

 店主は歪んだ笑顔のまま、朗らかに言った。

 

 

「料理店はイイぞ。食料の人間が向こうからやって来てくれる。食べ放題だ。ほれ、お前もどうだ?」

 

 

 それは、パラサイト特有の合理的かつ純粋な思考だった。彼にとって人間は「同族」ではなく「餌」でしかない。だから、自分が食べている美味いものを、客にも勧める。そこに悪意はない。あるのは、捕食者としての圧倒的な驕りと、食欲だけだ。

 

 目の前に突きつけられた肉塊から、生々しい血の滴が床に落ちる。ピチャ、ピチャ、という音が、静寂の中で不気味に響いた。

 

 新一は嘔吐感を堪えるのに必死だった。常軌を逸した光景。狂気。これが、パラサイトの日常なのか。

 

 しかし、アレックスは違った。彼女はその肉塊を、まるでスーパーの見切り品を見るような、冷ややかで軽蔑的な目で見下ろしていた。何とあろうことか、心底嫌そうに手を振ったのだ。

 

 

「すまねえ。腐ったゾンビ肉なら間に合ってるんだわ」

 

 

 アレックスの言葉に新一と店主、そしてミギーまでもが一瞬だけ時を止めた。

 

 

「…は?」

 

 

 新一の声が裏返った。

 

 

「ゾンビ肉、だと?」

 

 

 店主の眉がピクリと動く。

 

 

 アレックスは真顔で、大真面目に語り続けた。

 

 

「空腹度回復量が低い割に、80%の確率で『空腹』の状態異常が付与されるだろ、それ。コスパ最悪なんだよ。ステーキか、せめて焼いた豚肉を持ってこい。生の腐肉なんて、緊急時でも食わんぞ私は…多分」

「多分!?」

 

 

 彼女の目には、目の前の凄惨な死体が、単なる「低ランクのドロップアイテム」としてしか映っていないようだった。恐怖でも倫理観でもなく、「栄養価が低い」という理由で、人肉を拒否したのだ。

 

 新一は目の前の殺人鬼よりも、隣にいるこの少女の精神構造のほうが理解できなかった。極限の恐怖の中で、あまりの不条理に叫ばずにはいられなかった。

 

 

「頼むから嘘だと言ってくれ!!?」

 

 

 新一の絶叫が店内に木霊した。

 

 

「何がだ? 腐肉はマジで使えねーぞ? 犬の餌にするくらいしか──」

「そういう問題じゃないッ!!」

 

 

 その漫才のようなやり取りが、店主の癇に障ったらしい。男の表情から、笑顔が消えた。

 

 

「腐っている、だと?」

 

 

 男の声が低くなり、全身から殺気が噴き出した。

 

 

「これは新鮮だ。さっきまで生きていた。それを…不味いと言ったか?」

 

 

 店主の顔面が、ボコボコと波打ち始めた。皮膚が裂け、筋肉が再構成されていく。人間の顔が中央から割れ、巨大な刃物のような器官がせり出してくる。

 

 

『来るぞ新一!』

「うわっ!? 店主がトランスフォームした!」

 

 

 アレックスが場違いな歓声を上げる中、狭い厨房という閉鎖空間で、捕食者との命がけの戦闘が幕を開けようとしていた。




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