冬の冷たい風が窓ガラスを揺らし、外では真っ白な雪が静かに舞い落ちていた。
東福山市の地下駐車場で繰り広げられた、市役所エリートパラサイトたちとの死闘から現在。泉家にはパラサイトの脅威を感じさせない圧倒的な平和と、クリスマスの華やかな空気が満ち溢れていた。
リビングの天井からは、色とりどりの輪飾りや電飾が吊るされ、部屋の隅には立派なクリスマスツリーが輝いている。
ダイニングテーブルの上には信子が腕によりをかけて作った、豪勢な料理が所狭しと並べられていた。
中央にはこんがりと焼き上げられた巨大な七面鳥の丸焼きが鎮座し、その周囲を色鮮やかなサラダやフライドチキン。そして、大きなクリスマスケーキが取り囲んでいる。
「わあすごい! おばちゃんのご飯、とっても美味しそう!」
倉森陽子が目を輝かせて、テーブルの上のご馳走を見つめながら歓声を上げた。
「うふふ。陽子ちゃん今日はいっぱい食べてね。これでもかってくらい栄養をつけて悪い虫たちを追い払う体力をつけないとね」
信子は優しく微笑みながら、陽子の頭を撫でた。その腰には、もうエンチャントされた黄金のシャベルは吊り下げられていない。完全な主婦としての温かいオーラだけが、彼女を包んでいた。
「泉さん。本当に何から何までありがとうございます。私と娘がこうして無事にクリスマスを迎えられるなんて、あの日、廃ビルに追い詰められた時には想像すらできませんでした」
倉森はグラスに注がれたシャンパンを見つめながら、深く頭を下げた。彼の目には、安堵と感謝の涙が微かに浮かんでいる。
「気にしないでください、倉森さん。今日はせっかくのクリスマスパーティーなんですから、難しい話は抜きにして楽しみましょう」
新一は笑顔で倉森に言葉を返した、その時。新一の右手がピクリと動き、ミギーの目玉が飛び出してきた。
『シンイチ。この巨大な鳥類の丸焼きは、タンパク質の宝庫だな。私の触手にも、少し切り分けてくれないか』
ミギーの要求に新一は苦笑しながら、ナイフとフォークを使って七面鳥の肉を切り分け、自分の右手に乗せた。ミギーは口の形を作って、その肉を器用に咀嚼した。
『うむ。肉質は悪くないが、表面に塗られたソースの塩分濃度が高すぎる。人間の味覚は、なぜこれほどまでに過剰なナトリウムを欲するのか、理解不能だ。私の細胞に悪影響が出ないか懸念されるな』
「文句を言うなら食べるなよ、ミギー。母さんが一生懸命作ってくれた、ご馳走なんだぞ」
新一が小声で突っ込むと信子が耳ざとく、それを聞きつけて振り返った。
「あら右手ちゃん。味が濃かったかしら? クリスマスくらいはいいじゃない。明日からまた薄味の味噌汁にしてあげるから、今日は我慢して食べなさい」
『…了解した。塩分過多の代償は、シンイチの腎臓に負担をかけることで、相殺してもらうとしよう』
「僕の腎臓を犠牲にするな」
新一とミギーの漫才のようなやり取りを見て、里美がクスクスと笑い声を漏らした。その時、リビングのドアが勢いよく開き、陽気な声が部屋に響き渡った。
「メリークリスマース! 良い子の皆に、サンタクロースがやってきたぞ!」
現れたのは泉一之であった。しかし、その姿は普通のサンタクロースとは大きく異なっていた。彼はアレックスが残していった青く輝くダイヤモンドの鎧を完全に着込んだまま、その上から無理やり赤いサンタの衣装を羽織っていたのである。
「うわあ、サンタさんだ! …でもなんか、すごく硬そうだね」
陽子が目を丸くして、一之の姿を見上げた。
「はっはっは。今年のサンタさんは特別製なんだよ。トナカイのソリから落ちても絶対に怪我をしない、最強の防御力を誇っているからね。さあ陽子ちゃん、サンタさんからのプレゼントだよ」
一之はダイヤの籠手に包まれた手で、綺麗にラッピングされた大きな箱を陽子に手渡した。
「わあ! ありがとうサンタさん! 開けてもいい?!」
「もちろんさ! さあ開けてごらん」
陽子が勢いよく包装紙を破り箱を開けると、中から可愛らしいクマのぬいぐるみが現れた。
「やったあ! 私これずっと欲しかったの! お父さん見て見て! サンタさんがクマさんくれたよ!」
陽子はぬいぐるみを抱きしめて、満面の笑みを浮かべた。倉森は娘の笑顔を見て堪えきれずに、目頭を押さえた。
「本当に、なんとお礼を言えばいいか。泉さんのお父さんも、あんな重装備のままで娘を喜ばせてくれて。あなた方家族には、一生かけても返しきれない恩があります」
倉森が震える声で感謝を述べると、信子が朗らかに笑った。
「いいのよ倉森さん。うちの人もあの鎧を着ていると安心するみたいで、最近はパジャマ代わりにしてるくらいだから。それに、私たちも陽子ちゃんの笑顔が見られて嬉しいわ」
「母さん、流石にパジャマ代わりは嘘だろ…えっ、本当に??」
新一が突っ込みを入れるが、一之は兜のバイザーを上げて満足げにケーキを頬張っていた。
パーティーは和やかな雰囲気で進み、やがてケーキを食べ終えた頃。里美がモジモジとしながら、新一の袖を引っ張った。
「あのさ泉くん。私からもプレゼントがあるんだ」
里美は背中に隠していた紙袋を、そっと新一の前に差し出した。
「えっ、僕に? ありがとう里美…開けてもいいかな?」
「うん」
新一が袋を受け取り中を見ると、そこには手編みのマフラーが入っていた。落ち着いたネイビーブルーの毛糸で丁寧に編まれたマフラーは、里美の温かい気持ちがそのまま形になったように見えた。
「これ、里美が編んでくれたの?」
「うん。泉くん最近すごく寒い中、外で見回りとかしてたでしょ。だから少しでも暖かくなればいいなって思って。あんまり上手じゃないかもしれないけど…」
里美は頬を赤らめて、恥ずかしそうに下を向いた。新一は胸の奥が熱くなるのを感じながら、マフラーを取り出して自分の首に巻いた。
「すごく暖かいよ。サイズもピッタリだし、色も僕の好みだ。本当にありがとう里美。大切に使うよ」
新一が最高の笑顔を見せると、里美も嬉しそうに微笑み返した。
『新一。その毛糸の構造物は外気を遮断し、体温の低下を防ぐ効果が高い。非常に合理的な防寒具だな。私も触手用の小さなカバーが欲しいところだ』
ミギーが空気を読まずに割り込んできた。
「ミギーは自分の熱でどうにかしろよ。これは僕の大事な宝物なんだから」
新一はマフラーを軽く手で押さえて、ミギーの視線を遮った。そのやり取りを見ていた倉森や一之たちが、どっと笑い声を上げた。
リビングの窓ガラスには真っ白な雪が降り積もり、外の世界は完全な静寂に包まれていた。新一は温かい部屋の中で、笑い合う家族や仲間たちの顔を見渡した。
パラサイトという恐ろしい怪物たちが潜むこの街で、自分たちはこうして奇跡のように平和な聖夜を過ごしている。
倉森親子が生き延びたことも、父が最強の盾として立ち上がったことも、母が黄金のシャベルで敵を粉砕したことも。全てが信じられないような、奇跡の連続であった。
それらの奇跡の陰には、いつもあの破天荒なアレックスの存在があった。彼女が残したアイテムや装備がなければ、この平和なクリスマスは絶対に迎えられなかっただろう。
新一は心の中で、アレックスに深く感謝した。彼女は今どこで何をしているのだろうか。総理大臣と密談でもしているのか。それともまた、どこかの山をツルハシで削っているのか。
いずれにしても彼女の無茶苦茶な行動が結果として、この世界を少しずつ救っていることは間違いなかった。
「泉くん、窓の外見て。雪がすごく綺麗だよ」
里美が窓際を指差して、声を弾ませた。新一は里美の隣に歩み寄り、一緒に窓の外の雪景色を眺めた。しんしんと降り積もる雪は、全ての争いや血の痕跡を白く覆い隠して、世界を純白に染め上げている。
「本当に綺麗だね。こんなに穏やかな夜は久しぶりだ」
新一はマフラーの温もりを感じながら、そっと里美の肩を引き寄せた。
「お父さん見て見て! 雪だるま作れるかな」
陽子が窓に張り付いて、はしゃいでいる。
「そうだね。明日になったら泉さんたちと、一緒に大きな雪だるまを作ろうね」
倉森が娘の背中を優しく撫でた。
一之はダイヤの鎧のままソファーに横たわり、「信子に鎧を着たまま寝ないでよ! 床が傷つくでしょ!」と怒られていた。
ミギーはクリスマスケーキのイチゴを触手で器用に掴み、塩分がないことに安堵しながら静かに食事を楽しんでいる。
新一は目を閉じて、この幸せな瞬間の記憶を深く脳裏に刻み込んだ。クリスマスツリーの星がキラキラと瞬き、暖かいストーブの火がオレンジ色の光で部屋を包み込む。泉家のリビングには、恐怖も悲しみも存在しなかった。
家族と仲間の温かい愛情だけが、そこには確実に満ち溢れていたのであった。
原作時間軸さん「正史通りに行動してくれよォォォ!! なんでいつも正しい道からコースを逸れんだ!」
分岐時間軸さん「でもほら、次回は市役所編の『SAT出撃』だし。正しいちゃ正しいと思うよ?」
原作時間軸さん「どうせアレックスもいるんだろ!?」
分岐時間軸さん「うん」
原作時間軸さん「もうやだこの分岐時間軸…ぐすっ」