僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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市役所編、開始!


市役所編
出撃 - (閉話)


 クリスマスの温かく、華やかな空気が嘘のように消え去った翌朝。東福山市郊外に位置する警察の極秘出撃拠点には、刺すような冬の冷たい風が吹き荒れていた。

 

 夜明け前の空はまだ薄暗く、吐く息は白く凍りついて空中に溶けていく。広大なアスファルトの広場を埋め尽くしているのは、漆黒の防護服に身を包んだ特殊部隊の面々であった。

 

 彼らはヘルメットを深く被り、重厚な防弾ベストを身に着け、ショットガンをしっかりと抱え込んでいる。バイザー越しに見える彼らの視線は極度に冷徹に揃えられており、彫像のように微動だにせず整列していた。

 

 その圧倒的な数の暴力と張り詰めた静寂は、ここが日常の延長線などではなく、明確な戦場であることを雄弁に物語っている。

 

 部隊の正面に立つ指揮官の山岸。平間警部と辻刑事は、その山岸の斜め後ろに直立不動の姿勢で待機していた。平間は手袋越しに冷え切った自分の指先を握り込み、隣に立つ部下の様子を窺った。

 

 辻の顔は青ざめて手が小刻みに震えているのが、平間の位置からもはっきりと見て取れた。

 

 無理もないことだと、平間は内心で深く頷いた。彼らがこれから向かう先には、人間の顔をした怪物たちが大量に潜伏しているのである。未知の捕食者たちとの正面衝突。恐怖を感じない人間など、この広場には一人も存在しないはずであった。

 

 

「平間さん、いよいよですね」

 

 

 辻が震える唇を噛み締めながら、絞り出すように小さな声で言った。

 

 

「ああ、そうだ辻。気をしっかり持てよ。俺たちはこれから、前代未聞の作戦に参加するんだ。相手は人間じゃない。躊躇すれば、こっちが殺されるぞ」

 

 

 平間は前を見据えたまま、部下に厳しい言葉を投げかけた。

 

 

「分かっています。中華料理店の店主の遺体や、島田秀雄の残骸の写真。全て目に焼き付いていますから…でも、相手は市役所の職員たちに紛れ込んでいるんですよね? もしも、一般市民を誤射してしまったらと思うと、指が震えてしまって…っ」

 

 

 辻の懸念は最もであった。東福山市役所は市民生活の中心であり、そこに寄生生物が巣食っているという事実は、あまりにも受け入れがたい悪夢である。

 

 

「その一般市民に紛れている可能性もあり得るだろう。そのための識別装置であり、そのための特殊部隊だ。俺たちは山岸隊長の指示に従って、後方から部隊を支援し、識別と隔離を確実に行う。自分のやるべきことだけを考えろ、辻」

 

 

 平間の力強い言葉に、辻は深く息を吸い込み「はい」と短く力強く答えた。その時であった。張り詰めた冷たい静寂を切り裂くように、指揮官である山岸の野太い声が広場全体に響き渡った。

 

 

「総員傾注!」

 

 

 山岸の声には一切の迷いや揺らぎがなく、百戦錬磨の軍人特有の腹の底から湧き上がるような威圧感が込められていた。整列していた特殊部隊の隊員たちの姿勢が、さらに引き締まる。

 

 

「本作戦は、寄生生物殲滅の第一の矢であると心得よ!」

 

 

 山岸の檄が冬の朝の空気を激しく震わせた。

 

 

「目標は東福山市役所! 人間になりすました、化け物どもの巣窟への殴り込みである! 奴らは善良な市民の顔を被り、我々の社会のシステムそのものを乗っ取ろうと画策している。もはやこれは、単なる犯罪組織へのガサ入れではない。人類という種の生存を賭けた、防衛戦争の始まりなのだ!」

 

 

 山岸の言葉は隊員たちの胸の奥底に眠る、本能的な闘争心に火をつけていく。

 

 平間は山岸の後ろ姿を見つめながら、その言葉の重みを噛み締めていた。人間社会に完全に溶け込み、政治の中枢にまで魔手を伸ばした広川剛志とその一派。

 

 彼らを法の下で裁くことは、もはや不可能である。人権などという概念は、同じ人間同士の間にしか成立しない。相手が人間を餌としか見ていない完全な異種族である以上は、物理的な力を以って完全に排除するしか道は残されていないのだ。

 

 警察という組織がその一線を越える歴史的な瞬間に、自分は立ち会っているのだと平間は強く実感した。

 

 

「奴らの細胞は刃物へと変形し、鋼鉄をも容易く切り裂く。身体能力も、我々人間を遥かに凌駕している。真正面からの格闘戦は、自殺行為に等しい」

 

 

 山岸は部隊の端から端までを見渡しながら、さらに言葉を続けた。

 

 

「だが、恐れることはない! 我々には、最新の装備と圧倒的な火力がある! そして何よりも、我々には人間としての誇りがある。愛する家族や友人を奴らの餌にさせないという、強い意志こそが最大の武器となるのだ!」

 

 

 隊員たちの胸中には未知の捕食者に対する、本能的な恐怖が確かに存在していた。山岸の演説は、その恐怖を徐々に冷徹な闘志へと塗りつぶしていく。

 

 

「標的は人間の姿をしているかもしれない。懇願し、命乞いをするかもしれない。しかし騙されてはならない。それは奴らが我々を捕食するための、擬態に過ぎないのだ」

 

 

 山岸は続ける。

 

 

「生ぬるい慈悲は捨てろ! 相手が寄生生物であると識別された瞬間、直ちに引き金を引け! 一切の躊躇は無用だ! 速やかに職務を全うされたい!」

 

 

 山岸の檄が、現場の空気を極限まで研ぎ澄ませた。広場にいる全ての人間が、一つになった瞬間であった。

 

 冷たい風が吹き抜ける中、漆黒の防護服に身を包んだ隊員たちの目には、もはや恐怖の色は微塵も残っていなかった。あるのは、ただ標的を殲滅するという、使命感と闘志だけであった。

 

 平間もまた自分の腰のホルスターに触れながら、静かに覚悟を決めた。これまで数え切れないほどの殺人事件を捜査してきたが、今日これから始まるのは捜査などではなく完全な戦争なのだ。

 

 

「総員乗車ッ!」

「「「おうッ!」」」

 

 

 特殊部隊の隊員たちから一斉に野太い返事が上がり、統制された無機質な軍靴の音がアスファルトを激しく叩き始めた。そこに迷いや躊躇は一切ない。

 

 隊員たちは整然とした隊列を崩すことなく、次々と待機していた濃紺の大型バスへと吸い込まれていく。バスの車体には警察を意味する白文字が記されており、何台ものバスがエンジンを轟かせながら出発の時を待っていた。

 

 

「行くぞ辻。俺たちの戦場へ」

 

 

 平間が振り返って部下を促した。

 

 

「はい平間さん!」

 

 

 辻の顔には、もはや青ざめた怯えはなく決死の覚悟が宿っていた。二人は山岸の後に続いて、指揮車両へと足を踏み入れた。

 

 重たいドアが閉まり、バスのエンジンが一斉に唸りを上げた。排気ガスが白く冬の空に立ち上り、赤色灯の光が夜明け前の薄暗い景色を不気味に照らし出す。血戦の舞台である東福山市役所へと向かって、漆黒の特殊部隊を乗せた車列が重々しく動き出した。

 

 クリスマスの聖なる夜が明けた直後に、人類と寄生生物の種の存亡を懸けた壮絶な大掃討作戦が、今まさにその幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 東福山市役所の巨大な庁舎が、冷たい冬の朝日に照らし出されていた。まだ始業から間もない時間帯であり、建物の中には日常の穏やかな業務の空気が流れていた。

 

 その平和な静寂を切り裂くように、けたたましいサイレンの音が遠くから急速に近づいてくる。

 

 赤色灯を激しく点滅させた数台のパトカーが、ロータリーへと勢いよく滑り込んできた。タイヤがアスファルトを強く擦る鋭い音が響き渡り、周囲の空気を震わせる。パトカーの赤い光が市役所のガラス張りの壁面を不気味に照らし出し、周囲の街路樹の影をせわしなく揺らしていた。

 

 それに続くようにして、警察の特殊部隊を乗せた濃紺の大型バスが、ロータリーに次々と到着する。車体には、白い文字でBLUEBIRDと記されていた。バスの重厚な空気ブレーキの音が重々しく鳴り響くと同時に、作戦は次の段階へと移行する。

 

 何事かと市役所の警備員が状況を把握するよりも早く、バスのドアが一斉に開かれた。

 

 中から黒い出動服に身を包んだ特殊部隊員たちが、次々と飛び出してくる。彼らの分厚い防弾ベストには、POLICEの白い文字がくっきりと刻まれていた。顔をすっぽりと覆うバイザー付きのヘルメットを被り、手には黒光りするショットガンをしっかりと構えている。

 

 部隊員たちは、一切の無駄がない統制された動きを見せた。彼らは流れるように幾つもの列を形成し、市役所の正面玄関から建物内部へと一気に駆け込んでいった。

 

 軍靴の足音が、ロビーの大理石の床に激しく反響する。

 

 

「動くな警察だ! 道を空けろ!」

 

 

 先頭の隊員が短く鋭く叫びながら進む。その暴力的なまでの威圧感に、一般の来庁者や案内係の職員たちが悲鳴を上げた。

 

 特殊部隊は市民の恐怖に構うことなく、電光石火の突入を継続する。玄関ホールを完全に制圧した部隊は、すぐさま各フロアの封鎖や非常口の確保へと蜘蛛の子を散らすように、散開していった。

 

 突入した部隊の一部は、庁舎内の階段を凄まじい速度で駆け上がっていった。彼らを率いるのはヘルメットに4の数字が、白く印字された水上という名の指揮官である。彼らの目標は、館内放送を制御する機械室であった。

 

 階段を上がりきった水上を含む三名の隊員が、機械室のドアを乱暴に蹴り開けて無言で室内へと踏み込む。室内にいた市役所職員たちが、驚いて振り返った。突入した三名の動きは完全にマニュアル化されており、微塵の躊躇もなかった。

 

 一人目の隊員は素早く反転し、背後の出入り口にショットガンを構え、腰を低く落とした。外からの不意の襲撃に備えて、後方の警戒を完全に固めるためである。彼のバイザーの奥の瞳は、冷徹に廊下の両端を睨みつけている。

 

 二人目の隊員は室内にいた職員に向かって、直接ショットガンの銃口を突きつけた。

 

 

「動くな! そのまま両手を挙げて後ろの壁まで下がれ!」

 

 

 銃口を突きつけられた職員たちは恐怖で顔を引き攣らせて、言われた通りに両手を高く上げる。

 

 

「なんなんですか!? 私はただの広報課職員ですよ! 妻に内緒でキャバクラ行ったくらいしか、悪いことはしていません!」

「キャバクラ行ってたんですか!? 奥さんいるのに!?」

「行って何が悪い! 妻より綺麗なのが悪いんだ! 私は悪くないぞ!」

「黙れ! 一歩でも動けば撃つぞ!」

「「すいませんでした」」

 

 

 隊員は冷徹に言い放ち、ショットガンのポンプアクションを引いて威嚇の金属音を響かせた。職員たちは震え上がり、それ以上は一言も発することができなくなった。

 

 そして三人目の水上が、一直線に放送機材が並ぶデスクへと向かった。水上は操作盤のスイッチの配列を瞬時に確認し、全館放送のボタンを叩くように押し込んだ。ランプが赤く点灯したのを確認すると、デスクの上のマイクを乱暴に掴み取る。

 

 

「緊急連絡! 緊急連絡! 警視庁の水上と申します! 大変重要であります! 必ずお聞きください!」

 

 

 水上の低く強い口調が全館のスピーカーを通じて、庁舎の隅々にまで鳴り響いた。その声には一切の焦りも抑揚もなく、ただ事実だけを伝える機械的な冷たさが伴っていた。

 

 突如として、天井のスピーカーから流れてきた警察からの緊急放送に、市役所の執務室は完全に騒然となった。パソコンのキーボードを叩いていた職員や、書類を整理していた職員たちが一斉に手を止める。

 

 全員が驚愕の表情を浮かべて、天井のスピーカーを見上げていた。窓口で手続きをしていた一般市民たちも、何が起きているのか分からず、不安げに周囲を見回している。

 

 

「ただいま、猟銃を持った男が庁舎内に侵入しました! 現在男は屋上付近に潜んでおります! 庁舎内にいる全ての皆さんは、本庁舎一階のホールに避難してください!」

 

 

 水上のその言葉は、平和な日常を完全に破壊するパニックを引き起こすには、十分すぎる破壊力を持っていた。

 

 もちろん、これは偽の避難誘導である。パラサイトたちを一箇所に集めて識別装置にかけ、確実に隔離するための極秘作戦の第一段階であった。

 

 だが何も知らない一般の職員や市民たちにとっては、猟銃を持った男がすぐ近くをうろついているという情報こそが、差し迫った命の危機である。彼らにはそれが、パラサイトをあぶり出すための冷酷な罠だなどと、知る由もない。

 

 

「猟銃を持った男だって!? 嘘だろ!」

「キャアアアッ! 逃げて! 早く下に降りて!」

「課長! 書類はどうしますか!」

「書類なんてどうでもいい! 非常階段を使え! みんな一階に降りるんだ!」

 

 

 怒号と悲鳴が、各フロアで同時に巻き起こった。職員たちはデスクの上のマグカップをひっくり返し、パイプ椅子をなぎ倒しながら出口へと殺到する。資料の紙束が宙に舞い、床に落ちたボールペンが踏み砕かれる。

 

 廊下は瞬く間にパニック状態に陥り、我先にと階段を駆け下りる人々の波で溢れかえった。靴が床を擦る音や、誰かが転倒する音が入り乱れる。

 

 警察側が建物を物理的に完全に包囲して、突入すると同時に館内放送を利用して、一般の人間とパラサイトを特定の場所に誘導し、集結させようとする作戦。俯瞰すれば、それは巨大な網を絞り込んでいくような、極めてシステマチックで冷酷な狩りの始まりであった。

 

 無数の人間たちが悲鳴を上げながら階段を降りていく。その群衆の中に、人間の顔を被った捕食者たちが確実に紛れ込んでいる。

 

 逃げ惑う市民の恐怖とは対照的に、特殊部隊員たちは一階のホールでショットガンを構えたまま、冷徹に獲物が降りてくるのを待ち構えていた。東福山市役所は、今や完全に外界から隔離された巨大な実験場へと、変貌を遂げようとしていたのである。

 

 一方。市役所前のロータリーに横付けされた巨大な指揮トラックの内部では、無数のモニターが青白い光を放っていた。

 

 壁一面に映し出される庁舎内の監視カメラの映像を、山岸は腕を組みながら冷徹な眼差しで見つめている。パニックに陥り、一階ホールへと殺到する群衆の波が、各フロアのカメラに次々と捉えられていた。

 

 

「第一段階の誘導は、計画通りに進んでいる。ここまでは想定内の動きだ」

 

 

 山岸が低い声で戦況を報告するように呟くと、その隣に座る小柄な影が身を乗り出した。

 

 全身を漆黒のタクティカル装備で包み込んだ、美少女のアレックスである。彼女はバリスティックバイザーを跳ね上げたまま、画面に映る逃げ惑う人々の姿を、まるでゲームのイベントシーンでも眺めるかのように、退屈そうな目で見つめていた。

 

 

「NPCどもが、良い感じに一箇所に集まり始めたな。当たり判定が密集しすぎて、処理落ちしないか心配になるレベルだぞ」

 

 

 アレックスは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「さあ早く、『例のトラップ』を起動させろ。どいつが人間に擬態した敵対モブなのか、私のこの目で早く確認したいからな」

 

 

 山岸はアレックスの不謹慎な言葉に表情一つ変えることなく、無言で通信機を手に取った。

 

 トラック内の冷たい空気に包まれたまま、人類と寄生生物の凄惨な識別作業が、今まさに始まろうとしていた。




原作時間軸さん「何もかも予定通り、か」
分岐時間軸さん「そうだっけw」
原作時間軸さん「ぐぬぬぬ!」
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