東福山市役所の外周は、すでに物々しい空気に包まれていた。機動隊の車両や装甲車が隙間なく並び、完全武装の隊員たちがネズミ一匹逃がさないという決意を体現するように周囲を厳重に警戒している。
その重苦しい緊張感を、特殊急襲部隊SAT隊長の山岸は、ロータリーに横付けされた巨大な指揮トラックの内部から、無数のモニター越しに冷徹な眼差しで見つめていた。
「周辺の封鎖完了しました。ネズミ一匹、外には逃がしません」
オペレーターの隊員が手短に報告する。山岸は腕を組んだまま、短く頷いた。
トラックの内部は無機質な電子音と、無線から漏れる隊員たちの息遣いだけが響いている。壁一面に配置されたモニターには、市役所の各フロアや外周の様子が鮮明に映し出されていた。
山岸の背後には、警視庁から出向してきた平間警部補と辻刑事、そして「特別顧問」としてこの場にいる美少女、アレックスが同席している。
「自動仕分け機の稼働だな。ドロップアイテムの回収効率が上がりそうだ」
アレックスが、モニターを眺めながら場違いなゲーム用語を呟いた。その声には緊張感の欠片もない。平間と辻が困惑したように顔を見合わせているのが、モニターの反射越しに山岸の目に入った。
(ふん、警察の連中はまだ状況が呑み込めていないようだな)
山岸は内心で冷たく毒づいた。平間は優秀な刑事かもしれないが、相手が「人間」であることを前提とした思考から抜け出せていない。山岸にとって、これから行うのは捜査でも逮捕でもない。害獣の「駆除」だ。感情を交える余地など一切ない。
そして、背後にいるアレックスという少女は、その冷酷な現実を誰よりも理解し、遊戯として処理できる異常性を持っている。だからこそ、彼女はこの作戦の中枢にいるのだ。
『隊長、各部隊、配置につきました。全員が集結した模様です』
通信機から、作戦準備完了を告げる報告が入った。山岸は組んでいた腕を解き、マイクを手に取った。彼の声が、作戦に参加する全隊員のインカムへと届けられる。
「それでは、これより駆除を始める」
その静かで断固たる宣言と共に、人類による未曾有の反撃作戦が正式にスタートした。
モニターには、市役所の一階ロビーの映像が映し出されている。偽の緊急放送によって集められた大勢の市民や職員たちが、不安と恐怖に顔を引き攣らせ、ひしめき合っていた。スピーカーからは、録音された女性の声が繰り返し流れている。
『自衛隊が皆さんを安全に避難させます。混乱を避けるため、順番に誘導します。慌てず、係員の指示に従ってください』
そのアナウンスの意図はパニックを抑え込むことにあるが、現場の光景は異様だった。通路の両脇には、山岸の指揮下にある特殊部隊員たちが、分厚い防弾盾とショットガンを構えてずらりと並んでいるのだ。
市民たちは、その威圧的な黒い壁の間を、まるで屠殺場へ向かう羊のようにただ一列に並んで歩かされている。子供が泣き出し、母親が必死に口を塞いでいる。
職員の一人が「猟銃を持った男がいると聞いたんですが、犯人は捕まったんですか!?」と隊員に詰め寄ろうとしたが、銃口を突き付けられて無言で押し戻された。
「やりすぎじゃないですか。彼らは一般市民だ。何も知らない人々にあそこまで銃口を向ける必要があるんですか」
背後から、平間刑事が咎めるような声を出した。山岸は振り返ることなく、淡々と答えた。
「必要な犠牲と恐怖だ、平間警部。相手は人間の顔を被り、市民の群れに完璧に溶け込んでいる。少しでも隙を見せれば、奴らは正体を現してパニックを引き起こし、群衆を肉の盾にして逃走するだろう。それを防ぐためには、銃口による圧倒的な統制が必要なのだ」
「しかし…!」
「黙って見ていろ。我々の仕事は、あの群衆の中から『人間ではないもの』を確実に選別することだ」
山岸は平間の抗議を冷たく切り捨て、メインモニターへと視線を集中させた。一階ロビーの出口へ向かう途中、人々は金属探知機に似た特殊なゲートを一人ずつ歩かされていた。
山岸の目の前にあるモニターには、ゲートを通過する人々の姿が、リアルタイムのX線透過画像として次々と映し出されていた。白い骨格が暗い画面に浮かび上がる。頭蓋骨、肋骨、脊椎。正常な人間の構造だ。
「次、異常なし。通過させます」
オペレーターが淡々と確認作業を進める。人間の骨格が次々とモニターを流れていく。山岸の目は瞬きすら忘れ、画面の細部を捉え続けていた、その時だった。
「…ッ!」
ある一人の女性職員がゲートを通過した瞬間、モニターの表示が明らかに異常な構造を示した。頭蓋骨の中に脳髄はなく、代わりに奇妙な繊維状の組織が頭部全体を占めている。人間の形を模しているだけで、その内部構造は完全に異質の生物、いや、化け物のそれだった。
「対象、発見しました!」
監視していた隊員が鋭い声を上げた。
「よし。対象をマーキングせよ」
山岸は即座に指示を出した。彼の声には興奮も焦りもない。ただ、作業工程の一つをこなすかのような冷徹さだけがあった。
画面上の女性職員の頭上に、赤いターゲットマークが点灯する。彼女は自分がスキャンされ、正体を暴かれたことなど露知らず、不安そうな顔を作って列を進んでいた。
「誘導班、ターゲットを隔離ルートへ」
山岸の命令がインカムを通じて現場へ伝達される。女性職員がゲートを抜けた直後、配置されていた特殊部隊員の一人が、極めて自然な、事務的な動作で声をかけた。
『すみません、女性の方は別ルートでの避難となります。こちらへ』
女性職員は僅かに首を傾げたものの、周囲を武装した隊員に囲まれている状況下では逆らうこともできず、「あ、はい…」と小さく答えて指示に従った。彼女は、他の一般市民たちが向かう明るい安全な出口とは全く異なる、庁舎裏手の大型バスが立ち並ぶ薄暗い影のルートへと誘導されていった。
(見事だ。相手に一縷の疑念も抱かせていない)
山岸は隊員たちの淀みない隔離手順に満足しつつも、相手がいつ本性を現すか分からないという緊張感から、モニターの前で僅かに息を詰めた。
背後の平間も、そのあまりにも手際の良い隔離手順を前にして息を呑んでいる気配がした。警察の捜査という生ぬるいものではない。これは完全に、害獣を罠へとおびき寄せるための狩りの手順そのものだ。
女性職員が誘導された先は、四台の大型バスが四角形に配置され、中央にぽっかりと空間が作られた、人目のつかない隔離エリアであった。彼女がそのエリアの奥へと足を踏み入れ、不思議そうに立ち止まった直後だった。
「よし、入り口を塞げ」
山岸が短く命じた。女性職員の背後に停まっていた大型バスが、突然エンジンを唸らせてバックで移動を開始した。プシューという空気ブレーキの音と共に、バスの車体が隔離エリアの入り口の隙間を完全に塞ぎ切った。
四方を鋼鉄の壁に囲まれた、逃げ場のない正方形の空間。
「完璧なトラップルームの完成だ。湧き潰しは万全だな」
アレックスが、モニターを見ながら楽しげに呟いた。彼女の言う通りだ。ここは獲物を確実に仕留めるための、完璧に計算された『確実なる狩場』であった。
女性職員は突如として退路を断たれ、周囲を見回した。その顔から「不安そうな市民」の演技が剥がれ落ち、爬虫類のような無機質で冷酷な表情が露わになる。彼女は自分が罠に掛けられたことを悟ったのだ。
「突入!」
山岸の命令が下った。バスの隙間から、ショットガンを構えた特殊部隊員たちが一斉に隔離エリア内へと突入した。隊員たちは腰を低く落とした姿勢で、迅速かつ無駄のない動きでパラサイトとの距離を詰め、冷徹に銃口を突きつけた。
『な、なんだお前たちは…!』
追い詰められたパラサイトが、その異形の正体を現そうとした。人間の顔面が縦に裂け、中から鋭利な刃物のような触手が飛び出そうとする。しかし、山岸はその隙を一切与えなかった。相手が動くより早く、彼はマイクに向かい、短く無慈悲な合図を下した。
「撃て」
至近距離から放たれた無数のショットガンの銃声が、バスの間に反響した。モニター越しにも、激しいマズルフラッシュの火花が画面を白く飛ばすほどに弾けた。放たれた無数の散弾は、パラサイトの強靭な細胞を容赦なく抉り、引き裂き、粉砕した。
『ギャアアアッ!』
短い断末魔の叫びすらも、次弾の轟音にかき消される。反撃の隙すら与えられず、女性職員の姿をしていた怪物は、血肉の塊となってアスファルトの上に崩れ落ちた。
完全に無力化され、静寂が訪れる。作戦の第一段階、最初のターゲットの駆除は、あまりにも一方的に、そして完璧に遂行された。指揮トラックの内部には、重苦しい沈黙が降りていた。平間と辻は、画面越しに展開された効率的かつ容赦のない戦術に言葉を失い、ただ唖然としている。
だが、山岸は感情を交えることなくその死骸を確認すると、すぐに視線を別のモニターへと移した。
「死体の処理は急げ。まだ群衆の中に化け物が紛れている。次のターゲットの識別に移行しろ。一匹たりとも逃すな」
山岸の冷徹な指示がインカムを通じて前線の部隊へと伝えられる。彼の視線は壁一面に配置されたモニターに釘付けになっていた。
その後も、特殊急襲部隊によるパラサイトの選別と無力化のプロセスは、機械的なまでの正確さで順調に進行していた。金属探知機に偽装されたX線スキャナーが人間の骨格とは異なる細胞構造を捉えるたび、ターゲットは極めて自然な誘導によって四台の大型バスが形成する鋼鉄の檻の中へと案内された。
そして、退路を断たれた獲物が本性を現そうとした瞬間に、至近距離から放たれるショットガンの嵐がすべてを終わらせる。
二体、三体、四体。
モニター越しに映し出される血肉が弾け飛ぶ光景を見つめながら、山岸は表情一つ変えることなく心の中でカウントを刻んでいく。後ろで見守る平間や辻が画面から目を背けそうになりながらも、必死に耐えている気配を感じてはいたが、山岸にとってこれは戦争であり、敵の全滅以外に終わる道はないのだ。
しかし、完璧に統制されているかに見えた狩りの場に、突如として異変が起きた。
作戦開始から数十分が経過した頃、メインモニターの一つに映し出されていた一階ホールで予期せぬ混乱が発生した。一列に並んでX線スキャナーへと向かっていた群衆の中から、中年の男性職員が突如として列を乱し、誘導のルートを逆走しようと駆け出したのである。
『市長! 広川市長はどこですか! 私は彼に急ぎの報告が!』
男は切羽詰まった声で叫びながら、周囲で怯える市民たちを乱暴に押しのけて進もうとする。
『勝手に動かないでください! 列に戻りなさい!』
警備に当たっていた特殊急襲部隊の隊員が素早く立ち塞がり、大声で男を制止する。ショットガンの銃口が男に向けられた。だが、男は止まらなかった。それどころか、制止する隊員の警告を無視した瞬間、男の顔面が異様な速度で膨張し、音を立てて縦に裂けたのである。
人間の皮を被っていたパラサイトが、ついに追い詰められた焦りから衆人環視の中で本性を現したのだ。鋭利な刃物と化した巨大な触手が、立ち塞がった隊員の胸部めがけて勢いよく振り下ろされた。
「ぐああっ!」
鈍く重い衝撃音とともに、隊員の体が宙に浮き、後方へと吹き飛ばされて床に激しく倒れ込んだ。
その直後、周囲を取り囲んでいた隊員たちが一斉に反応し、パラサイトに向けられた無数のショットガンが火を噴いた。轟音と共にに放たれた散弾が男性職員の体を蜂の巣にし、あっという間に原型を留めない血肉の塊へと変える。
パラサイトは即座に無力化されたが、突然目の前で人間の顔が裂け、化け物が現れ、銃弾が飛び交ったことにより、一階ホールに集められていた市民と市役所職員たちは大パニックに陥った。
『キャアアアアッ!』
『化け物だ! 化け物がいるぞ!』
悲鳴が連鎖し、狂乱したように逃げ惑おうとする群衆。しかし、特殊部隊員たちは冷静に銃口を群衆に向け直し、「列に戻ってください! 指示に従わない者は撃ちます!」と怒号を飛ばした。
武装した部隊に完全に包囲され、逃げ場を失った市民たちは極限の恐怖に怯えきり、互いに身を寄せ合うようにしてホールの中心で円を描くように小さく縮小していく。巨大なホールの中で、人間たちが恐怖の塊となって固まる異様な光景が広がっていた。
山岸はモニターを睨みつけながら、舌打ちを一つして倒れた隊員の安否を確認しようとした。画面の端で、吹き飛ばされて倒れた隊員のもとに、別の隊員がショットガンを放り出して駆け寄り、必死に声をかけているのが見える。彼らは厳しい訓練を共に乗り越えてきた、親友同士なのだろう。
『おい、しっかりしろ! 死ぬな! お前、来月結婚するんだろ! 彼女を残してこんなところで死んでどうするんだ!』
悲痛な叫びが、インカムを通じて指揮車両のスピーカーにもはっきりと流れてくる。隊員の死を覚悟した、ドラマチックで胸を打つような悲痛な叫びであった。
だが、次の瞬間、山岸はモニターを見つめたまま深く困惑することになった。
倒れていた隊員が、のそりと身を起こしたのだ。その胸部に直撃したはずのパラサイトの鋭利な一撃は、隊員の出動服を無惨に引き裂いていたものの、その下の防弾ベスト…いや、ベストの下に身に着けていた「何か」によって完全に防がれており、彼の体には傷一つ付いていなかったのである。
「い、いや…痛くない、全然痛くないぞ…? ていうかお前、皆の前で結婚の話とか大声で言うなよ…!!」
倒れていた隊員の男は、死を覚悟するような感動的な空気の中で無傷で生還したことに、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。必死に涙を流して励ましていた親友も、無傷の彼を見て呆気に取られている。緊迫したパニック状態のホールの中で、そこだけが妙に滑稽で間の抜けた空間になっていた。
山岸はその光景を見て、深く息を吐き出しながらこめかみを押さえた。
(そういえば、作戦開始前に全隊員に対して、あの特別顧問が奇妙な防具を配っていたな)
山岸の脳裏に、作戦前のブリーフィングでの光景が蘇った。美少女アレックスが「モブの生存率を上げるためのエンチャント装備だ。これがないと一発でゲームオーバーだぞ」と言いながら、半透明に輝く薄手のプレートのようなものを強制的に全隊員の制服の下に着用させていたのだ。
本来ならば規定外の謎の装備など許可できるはずもないが、彼女が総理直属の特権を持っている以上、山岸は黙認するしかなかった。
しかし結果として、あの一撃で隊員が真っ二つにならなかったのは、間違いなく彼女の用意した常識外れの防具のおかげである。部下の命を救ってくれたことには、指揮官として素直に感謝している。
山岸の視線がトラックの隅へと移動すると、その感謝の気持ちは急速に苛立ちへと変わっていった。命の恩人であるはずのアレックスは、モニターを注視することもなく、あろうことか待機中の若い通信隊員に向かってニヤニヤと笑いかけながら話しかけているのだ。
「おい、作戦が終わったら一緒にマルチプレイしないか? 私の拠点のベッド、まだ一つ空いてるぞ。一緒に夜を明かそうぜ」
などと、どう見ても職務放棄のナンパとしか思えない言動を繰り返している。通信隊員は真っ赤になって困惑し、平間や辻も見て見ぬ振りをしている。
(この緊迫した状況下で何をやっているんだ、あの馬鹿は…作戦が無事に終わったら、お仕置きだな)
山岸は内心で深く呆れつつも、再び気を引き締めてマイクを握り直した。
事態は次の局面に移行しつつある。ロビーで正体を現した個体が出たということは、群衆の中に紛れている他の潜伏者たちもパニックに乗じて動き出す可能性が高い。市役所の内部に一体どれだけのパラサイトが潜んでいるのか、全貌は未だにつかめていないのだ。
「1階ホールに寄生生物が出現。群衆の中で暴走を試みましたが、ショットガンによる面制圧で無力化に成功しました。しかし、市民のパニックにより現場の統制が極めて困難な状況に陥りつつあります」
山岸は通信機に向かい、本部と全隊員に向けて現在の状況を簡潔に、しかし明確な危機感を込めて報告した。これ以上、一般市民の中にパラサイトが紛れ込んだままホールで暴れられれば、防具があるとはいえ犠牲者が出るのは時間の問題だった。
山岸はマイクを下ろすと、椅子から立ち上がり、トラックの隅でまだ通信隊員に絡んでいる漆黒の小柄な影へと鋭い視線を向けた。
「アレックス隊長。よろしくお願いします。あなたの持つ規格外の戦闘能力と、その理解不能な戦術で、ホールに潜む残存パラサイトを一網打尽にしていただきたい。ここからはあなたのターンです」
山岸の声には、彼女の異常性を全面的に認め、前線を託す指揮官としての揺るぎない覚悟が込められていた。不意に名前を呼ばれたアレックスは、「おっ、私の出番か」と通信隊員からパッと離れ、ヘルメットのバリスティックバイザーをガチャリと下ろした。
「任せておけ。ここからは私が前線の指揮を執る。大規模レイドバトルの始まりだ。ドロップアイテムと経験値は全部私がいただくからな!」
彼女はアサルトライフルを肩に担ぎ、漆黒のタクティカルギアをガシャリと鳴らしながら、意気揚々と指揮トラックの重い扉を開け放った。外の冷たい空気がトラック内に流れ込んでくる。
山岸は出勤していく彼女の後ろ姿を見送りながら、再びモニターへと向き直った。ここから先は人間の想像を超えた戦いになる。アレックスという理不尽な存在が放たれたことで、これがパラサイトにとって真の地獄の始まりとなることを、山岸は確信していたのである。
「確信…したかったんだがなァ」
山岸はモニターに映し出される一階ホールの凄惨な、いや、ある意味ではシュールすぎる光景を眺めながら、心の中で深い深い溜息をついた。彼の背後では、平間警部補と辻刑事も同じように頭を抱え、重苦しい空気を漂わせている。
彼らの視線の先、モニターの向こう側では、漆黒のタクティカルギアに身を包んだアレックスが、完全にパニック状態にある群衆と、その中に潜むパラサイトたちを相手に、彼女独自の「指揮」を執り始めていた。
『おいそこのモブども! 当たり判定が広がるから固まるな! ソーシャルディスタンスを保て! 範囲攻撃の餌食になりたいのか!』
アレックスの拡声器を通した声が、市役所の一階ホールに響き渡る。特殊部隊の銃口に怯え、身を寄せ合っていた市民たちは、突如現れた黒ずくめの少女の理解不能な怒号にさらに混乱し、右往左往している。
『あ〜もう! 誘導が下手くそすぎる! そこにいる防具付きの隊員! シールドを構えてヘイトを稼げ! タンクの役割を果たせ!』
アレックスは次々と部隊員たちに指示を飛ばすが、使われている言語が完全にゲームのそれであったため、隊員たちは一瞬動作を止めてしまう。
『た、タンク…? ヘイト…?』
『馬鹿野郎! 盾を構えて前に出ろって意味だ! 用語集くらい読んでけ!』
山岸は指揮トラックの中で、マイクを握りしめながら天を仰いだ。
「…アレックス隊長。指示は簡潔かつ、一般に理解できる言葉でお願いします。部隊に混乱が生じています」
山岸が通信で注意を促すが、アレックスは「ちっ、言語パックが違うのか」と舌打ちをして、全く意に介していない様子だ。
その時、群衆の中から再びパラサイトが正体を現した。今度は若い女性の姿をした個体だった。追い詰められた状況下で、隣にいた老人の腕を掴み、肉の盾にしようと試みたのだ。
『キャアアアッ!』
『助けてくれぇ!』
再びホールに悲鳴が響き渡る。パラサイトの頭部が裂け、鋭い刃が周囲の市民を脅かそうとする。
『おおっと、敵対モブが湧いたな! 湧き潰しが甘かったか!』
アレックスはアサルトライフルを構えることもなく、どこからともなく取り出した『エンチャントされた弓』を構えた。
『そこだ! ヘッドショット判定!』
弦を弾く音と共に放たれた矢は、パラサイトの頭部に正確に突き刺さった。その矢は、ただの矢ではなかった。
『ギャアアアッ!?』
矢が突き刺さった瞬間、パラサイトの体が突然燃え上がったのだ。
『フレイムⅠのエンチャントだ! 燃焼ダメージで体力を削れ!』
パラサイトは火に包まれ、苦悶の声を上げながらのたうち回る。その隙を逃さず、アレックスは今度は『ノックバックⅡ』のついた木の剣を取り出し、炎だるまのパラサイトに猛ダッシュで近づいた。
『そぉい!』
アレックスの軽い一振りで、パラサイトの体は再び物理法則を無視した勢いで後方へ吹き飛び、ホールの壁に激突して動かなくなった。
『よし、一匹討伐! 経験値オーブは…出ないか、仕様変更かな?』
アレックスは燃え尽きていくパラサイトの残骸を前に、首を傾げている。周囲の市民や隊員たちは、その常軌を逸した光景に呆然と立ち尽くすしかなかった。
「…山岸隊長」
平間が、疲れ切った声で山岸に話しかけた。
「彼女の…あの力は確かに絶大です。ですが、あのままでは市民の精神衛生上、非常にまずい気がするんですが…」
「…分かっている」
山岸は重い溜息をつき、深く頷いた。
「彼女の行動は、パラサイトに対する恐怖を完全に別のベクトルへと塗り替えている。市民たちは化け物ではなく、あの黒い少女の存在に最も恐怖しているようだ」
モニターの中では、アレックスが次のパラサイトを求めてホールを闊歩している。
『さあ、次の隠しボスはどこだ? ドロップアイテムを落とすまで帰さないぞ! 出てこい!』
彼女の言葉は、正体を隠しているパラサイトたちにとって、人間に対する狩りの構図が完全に逆転したことを意味していた。自分たちが狩る側だと思っていた捕食者たちが、今は狂ったゲーマーの「周回イベント」の対象として狩られようとしているのだ。
「「「ハァ」」」
山岸と平間と辻は、三人揃って深い深い溜息をついた。
原作時間軸さん「だからなんで正史通りにならないッ!?」
分岐時間軸さん「知らんがなw」