僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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vsアレックス


vs アレックス
輸送クエスト


 泉新一は、自室のベッドに腰掛けたまま、手元のスマートフォンの画面を食い入るように見つめていた。画面から発せられる青白い光が、彼の顔に落ちる濃い影を際立たせている。部屋の中はひんやりと静まり返っており、聞こえるのはスマートフォンから流れる、ひどく場違いで軽快な音声だけであった。

 

 

『──というわけで、市役所レイドイベントのリザルト報告だ。レア個体の捕獲完了。次は施設への搬送だな』

 

 

 画面から聞こえてくるのは、内閣総理大臣直属のエージェントであり、常識を超越した力を持つ少女、アレックス・スティルウォーターの無邪気な声だった。

 

 彼女から突然送られてきた「イベントリザルト」と題された動画ファイル。そこには、東福山市役所の最上階で繰り広げられたであろう凄惨な事後処理の光景が記録されていた。

 

 新一の目には、市長である広川剛志と、最強の集合体である後藤が、身動き一つできない状態で漆黒のブロック──黒曜石で作られた棺の中へと、まるでただの荷物のように機械的にパッキングされていく様子が映っていた。彼らはもはや恐怖すら浮かべることのできない、完全なる無力状態に置かれていた。

 

 だが、新一の心を最も深く抉り、激しい吐き気と怒りを湧き上がらせたのは、その後に映し出された光景であった。

 

 動画の端に、新一の学校の教師として潜伏していたパラサイト、田宮良子が映っていた。彼女の腕の中には、人間の赤ん坊が抱かれていたはずだった。しかし動画の中のアレックスは、田宮からその人間の赤ん坊を無造作に取り上げると、木製のチェストと呼ばれる奇妙な保管庫の中へと閉じ込めてしまったのだ。

 

 

『田宮先生。我が子の命が欲しくば、大人しく言う事を聞いておくれ。これからもな』

 

 

 アレックスの冷酷な脅迫に対し、田宮良子は反撃の意志すら見せず、ただ静かに頷いた。そして彼女は、顔を完全に隠す真っ黒なフルフェイスヘルメットを被らされ、アレックスの私兵である『オブシディアン・ユニット』の尖兵として、強制的に従わされる姿が記録されていた。

 

 赤ん坊という「重要アイテム」を担保に取られ、母親としての感情を完璧に利用されたのだ。

 

 

「あいつ…!」

 

 

 新一はギリッと奥歯を噛み締め、スマートフォンを握る手に力を込めた。

 

 

「やっていいことと悪いことの区別が、完全にバグってる…!」

 

 

 新一の右手が蠢き、肉が割れてミギーの目玉が顔を出した。

 

 

『新一、彼女の手法は非常に合理的でリスクが低い。高い知能を持つ個体の弱点を正確に突き、自らの戦力として運用する。驚くべき管理能力だ』

 

 

 ミギーは冷徹な分析を下すが、新一はそれを激しく否定した。

 

 

「ふざけるな! 合理的だからって、他人の心や、ましてや赤ん坊の命をゲームのアイテムみたいに扱っていいわけがない! アレックスは狂ってる。パラサイトよりもずっとタチの悪い、暴走した管理者だ!」

 

 

 新一はスマートフォンをポケットに突っ込み、勢いよく立ち上がった。パラサイトの脅威から日常を守るために、アレックスの規格外の力には助けられてきた。

 

 彼女の「自分のワールドを効率よく管理するため」という目的の前では、人間の心すらもただのブロックと同じように扱われるのだと、新一は痛感した。これ以上、彼女の暴走を許すわけにはいかない。新一は部屋を出て、階段を足早に駆け降りた。

 

 一階のリビングでは、泉家のセーフハウスに潜伏しているフリーライターの倉森と、彼の幼い娘である陽子が、安全なストーブのそばで絵本を読んでいるところだった。キッチンでは母の信子が夕食の仕込みをしており、テーブルでは村野里美が宿題を広げていた。

 

 新一のただならぬ気配に気づき、全員の視線が彼へと集まった。

 

 

「泉くん、どうしたの? すごく怖い顔してる」

 

 

 里美が心配そうに立ち上がる。新一は一つ深呼吸をしてから、リビングの中央に進み出た。

 

 

「倉森さん。…市役所の制圧作戦が終わったみたいです。アレックスから報告がありました」

 

 

 新一はスマートフォンの画面を倉森に向け、動画の中で田宮良子が赤ん坊を奪われ、奴隷のように従わされている様子を説明した。当然、倉森は激怒するか、あるいはかつて自分を狙った田宮の末路を喜ぶだろうと、新一は予想していた。

 

 しかし、倉森の反応は新一の想像を全く裏切るものであった。

 

 

「そんな…田宮さんが…」

 

 

 倉森はスマートフォンの画面を見つめたまま、ガタガタと肩を震わせ、両手で顔を覆った。彼の目からは、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。

 

 

「倉森さん…?」

 

 

 新一が戸惑いの声をかけると、倉森は震える声で懇願するように顔を上げた。

 

 

「泉くん、お願いだ…田宮さんを、あの恐ろしい少女の元から救い出してはくれないか!」

「え…?」

 

 

 新一は耳を疑った。田宮良子はパラサイトであり、人間を捕食する怪物だ。倉森自身も彼女の正体を探ったことで命を狙われ、逃亡生活を余儀なくされていたはずだった。

 

 

「倉森さん、何を言ってるんですか! 彼女は化け物ですよ! 人間じゃないんだ!」

「分かっている! 分かっているんだ…!」

 

 

 倉森は涙を拭おうともせず、声を振り絞った。

 

 

「私は探偵として、彼女をずっと尾行してきた。彼女は人間を殺し、冷酷な実験を行っていた。だが…同時に私は見てしまったんだ。彼女が、自分の産んだ人間の赤ん坊を抱き、不器用ながらも必死に『母親』になろうともがいている孤独な姿を」

 

 

 倉森の言葉に、キッチンにいた信子の手が止まり、里美も息を呑んだ。

 

 

「最初は憎かった。だが、彼女の底知れない孤独と、子供に向ける奇妙なまでの執着を見ているうちに、私は彼女の中に確かな『人間』の心を見てしまったんだ。化け物でありながら、命を育もうとする彼女の姿に…私は、どうしようもなく惹かれてしまった。例え化け物だったとしても、私は彼女を…田宮さんを愛してしまったんだ!」

 

 

 倉森の涙ながらの告白は、あまりにも悲痛で、そして狂おしいほどに純粋だった。種族の壁を超え、理屈では説明のつかない感情に突き動かされている男の姿がそこにあった。

 

 すると横で聞いていた幼い陽子が、倉森の袖をきゅっと引っ張って、小さな声で言った。

 

 

「お父さん。私ね、あのおばさんが、私のお母さんになってくれたらいいのになって、ずっと思ってたよ」

 

 

 陽子の純粋な願いがリビングの空気を優しく、そして切なく震わせた。陽子もまた、逃亡生活の中で垣間見た田宮の姿に、失われた母親の面影を重ね合わせていたのだ。

 

 新一は強く目を閉じた。パラサイトという生物は、合理性と生存本能だけで動く冷酷な存在だ。だが、田宮良子の中には確実に、計算では測れない何かが芽生え始めていた。

 

 倉森と陽子の心の中には、歪であっても確かに「家族」と呼べる温かい絆が形成されようとしている。アレックスは、そのささやかな可能性すらも「効率的なMod管理」という名目で踏みにじり、赤ん坊をアイテム扱いして隔離したのだ。

 

 

「…分かりました。倉森さん」

 

 

 新一は目を開き、真っ直ぐに倉森を見つめ返した。

 

 

「彼女を、田宮良子と赤ん坊を、アレックスの元から奪還します」

 

 

 新一の言葉に、倉森は「ありがとう、本当にありがとう」と何度も頭を下げた。

 

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 

 ダンッ! と、重く鋭い金属音がリビングに響いた。信子が、キッチンカウンターに愛用の『エンチャントされた黄金のシャベル』を叩きつけたのだ。彼女は腕まくりをしながら、新一に向かってずかずかと歩み寄ってきた。

 

 

「新一、あんた一人でかっこつけるつもりじゃないでしょうね? アレックスちゃんがどれだけデタラメな力を持ってるか、あんたが一番よく分かってるはずよ。家族を危険に晒したくないからって、一人で乗り込むなんて許さないわよ」

「母さん、でも相手はアレックスだ。市役所の部隊すら手玉に取るあいつを相手にするのは…」

「だから何よ!」

 

 

 信子は新一の言葉を遮り、シャベルの柄を強く握りしめた。

 

 

「母親が子供を想う情を、ゲームの道具みたいにバカにするような管理者は、この私が土に埋めてあげるわ! あの自称ヒトさんに、人間の親の怒りってやつを骨の髄まで教育してやらなきゃ気が済まないわ!」

 

 

 信子の怒りは凄まじく、彼女の背後には怒髪天を衝くような黄金のオーラすら見え隠れしていた。さらに、ソファーの奥からガシャガシャと重い金属音を立てて立ち上がったのは、シアン色の光を放つダイヤモンドのフル装備に身を包んだ父の一之であった。

 

 彼は兜のバイザーをカチリと下げ、ガタガタと膝を震わせながらも、太い声を出そうと努めた。

 

 

「そ、そうだぞ新一! 私もいる! この家長である私が、お前たちをサポートする!」

「父さん」

「ただし! 私はこの家から一歩も出ない!」

 

 

 一之は堂々とそう宣言し、陽子の前に立ちはだかってドンと胸を叩いた。

 

 

「私と母さんで、この家を死守する! アレックスくんがどんな追手やバグを差し向けてきても、陽子ちゃんには指一本触れさせない! 防衛クエストは、私に任せろ!」

 

 

 怯えながらも家長としての覚悟を決めた一之の姿に、新一は思わず吹き出しそうになったが、その不器用な勇気がたまらなく嬉しかった。信子も「そうね、あんたはここで立派な盾になってなさい」と満足げに頷いた。

 

 

「じゃあ、決まりだね」

 

 

 いつの間にか、新一の隣に里美が並んで立っていた。彼女の瞳には、一切の迷いがない。島田の刃を素手で掴み投げ飛ばした、あの「無敵のヒロイン」としての静かな怒りと闘志が宿っていた。

 

 

「泉くんが怒るのも当然だよ。あの子、いくらなんでもやりすぎだもん。しっかりお仕置きして、目を覚まさせてあげなきゃね」

「里美…一緒に行ってくれるのか?」

「当たり前でしょ。私、泉くんの背中を守るって決めたんだから」

 

 

 これで陣形は決まった。陽子を守り、自宅要塞を死守する【防衛班】の信子と一之。そして、アレックスの移動拠点へと乗り込み、田宮母子を奪還する【攻撃班】の、新一、里美、そして探偵の倉森。

 

 新一は自分の右手を顔の高さに上げ、強く握りしめた。ミギーの冷たい感触が、彼の決意を裏打ちしているようだった。

 

 

「アレックス。お前がどんなに『神様』みたいな力を持っていたとしても、絶対に関係ない。人の心を弄ぶお前のやり方、僕が…絶対にコテンパンにしてやる!」

 

 

 寄生生物との死闘の連続では決して見せることのなかった、人間としての、そして一人の男としての熱い決意が、新一の全身から立ち昇っていた。理不尽な神の力を振るう管理者に対し、人間の心と歪な家族の愛を守り抜くための、未知なる全面対決。

 

 その壮絶な反撃の幕が、今まさに泉家のリビングから上がろうとしていた。




原作時間軸さん「ありがとう! アレックスを倒す宣言してくれて!」
分岐時間軸さん「撤回してェ!!」
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