僕の常識が息をしていない   作:最高司祭アドミニストレータ

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お菓子の食べすぎには気をつけよっと。


追跡

 東福山市郊外の山間部へと続く高速道路。アスファルトの上を、一台のセダンが低いエンジン音を響かせて疾走していた。

 

 ハンドルを握っているのは、鋭い眼差しで前方の暗闇を睨みつけるフリーライターの倉森である。助手席には、右手にミギーを宿した泉新一が息を潜め、後部座席では村野里美が、アレックスから貰ったという「お守り」の木の棒をしっかりと両手で握りしめていた。

 

 

「…前方およそ五百メートル。見えました」

 

 

 倉森が低くかすれた声で報告し、アクセルペダルを慎重に踏み込む。新一は目を細め、フロントガラスの向こう側に蠢く、巨大な鉄の蛇のような車列を視認した。

 

 

「あれが…アレックスの部隊か」

 

 

 新一の口から、無意識のうちに呻くような声が漏れた。不気味なほど完璧に統制された車列が走行していた。計六両。その中心には、分厚い鋼鉄の装甲で覆われた巨大な大型トラックが鎮座している。そして、そのトラックを守るように、五両の重装甲車両が前後左右に陣形を組んで護衛に当たっていた。

 

 ただの輸送車列ではない。大型トラックの側面には、明らかに日本の法律や物理法則を度外視した、格納型の多銃身ガトリングガンが多数装備されているのが見て取れた。

 

 あの巨大な鉄の塊の中に、パラサイト最強の集合体である後藤と、元東福山市長の広川が「黒曜石の棺」に詰め込まれて乗っている。そして、田宮良子とその赤ん坊が、アレックスの人質として捕らえられているのだ。

 

 

『新一。対象の車列から、パラサイト特有の波長が微弱だが複数感知できる。間違いなく、後藤たちと田宮良子が積載されている』

 

 

 右手の甲から目玉を出したミギーが、冷静な分析を新一の脳内に伝達する。

 

 

「分かってる。ミギー、頼むぞ。アレックスの好きにはさせない」

 

 

 新一は右手を強く握りしめ、助手席の窓を少しだけ開けた。冬の冷気が車内に流れ込み、新一の火照った頭を冷やしてくれる。

 

 

「倉森さん、もっと近づけますか? 装甲車の死角に入って、一気に距離を詰める」

「了解した。…気をつけろよ、泉くん。あの中には、私の探偵人生でも見たことのないような『化物』が乗っているんだ」

 

 

 倉森はギアを切り替え、セダンを大型トラックの死角である斜め後方へと滑り込ませた。だが、アレックスの率いる部隊が、ただの素人の尾行を見逃すはずがなかった。

 

 

「…チッ。気づかれた!」

 

 

 倉森が舌打ちをした瞬間、前方を走っていた護衛の装甲車両の最後尾から、赤い警告灯が激しく点滅し始めた。「防衛行動」のシグナルだ。

 

 大型トラックの側面パネルがガシャンという重い音を立てて展開し、格納されていたガトリングガンの砲身が、不気味な唸りを上げて回転し始めた。

 

 トラックの上部には、ガスマスクを装着した『オブシディアン・ユニット』の隊員たちが姿を現し、感情を一切介さない機械的な動作で、後方の倉森たちの車両に向けてアサルトライフルを構えた。

 

 

 ダダダダダッ!!

 

 

 静寂を破り、圧倒的な火力が闇夜を切り裂いた。無数の曳光弾が、オレンジ色の線を引いてセダンへと襲いかかる。

 

 

「伏せろ!」

 

 

 倉森が叫び、急ハンドルを切って射線を躱す。アスファルトが抉られ、火花が散る。だが、敵の火力は凄まじく、このままでは蜂の巣にされるのは時間の問題だった。

 

 

『新一! 私が迎撃する!』

「頼む、ミギー!」

 

 

 新一が窓から右手を突き出すと、ミギーの細胞が瞬時に極限まで硬質化し、鋭い刃を備えた長い触手へと変貌を遂げた。ミギーは、常人の動体視力では捉えきれない超高速で触手を振り回し、飛来する銃弾を空中で正確に弾き落としていく。金属同士が激突する火花が、新一の顔のすぐ横で散った。

 

 

「す、すごい…!」

 

 

 後部座席で里美が息を呑む。

 

 

「里美は頭を下げてて! 絶対に窓に近づかないで!」

 

 

 新一が叫ぶが、里美は首を横に振った。

 

 

「ダメ! 私も手伝う! アレックスちゃんがくれた『お守り』の効果があるから、私だって弾を弾けるはずだよ!」

 

 

 里美の言葉に、新一はハッとした。確かに、美術室で島田の攻撃を素手で掴んだ彼女なら、アレックスの「耐性Ⅳ」のバフ効果で銃弾すらも無効化できるかもしれない。だが、そんな危険な真似をさせるわけにはいかなかった。

 

 

「バカ言うな! そんな保証はどこにもないんだぞ!」

「あるよ! 私、泉くんの背中を守るって決めたもん!」

 

 

 里美がそう言い張る間にも、敵の猛攻は激しさを増していく。

 

 

『新一。防戦一方ではジリ貧だ。攻撃に転ずる。まず、最後尾の装甲車を無力化する』

 

 

 ミギーの触手が、鞭のようにしなりながら闇夜を走った。ガトリングの掃射を掻い潜り、ミギーの鋭利な刃が、一台目の装甲車両の後輪タイヤの隙間へと正確に滑り込む。

 

 

 パンッ!!

 

 

 破裂音と共に、装甲車のタイヤがバーストした。時速百キロを超える速度で走行中の急激なパンク。制御を失った装甲車は、火花を散らしながら蛇行し、そのまま路肩のガードレールへと激突して完全に停止した。

 

 

「よし、一台クリアだ!」

 

 

 新一が叫ぶ。残る四台の装甲車と大型トラックからの攻撃は止まない。

 

 

「次が来るぞ!」

 

 

 倉森がハンドルを切り返し、二台目の装甲車の横へとセダンを並ばせた。その瞬間、装甲車の窓から身を乗り出したオブシディアン・ユニットの隊員が、至近距離からショットガンを構えた。

 

 

「危ない!」

 

 

 新一が身を挺して倉森を庇おうとした時、後部座席から里美が身を乗り出した。彼女は、アレックスから貰った木の棒を、野球のバットのように構えた。

 

 

「えいっ!」

 

 

 里美の掛け声と共に、木の棒が放たれたショットガンの散弾を、なんと「面」で捉えて弾き飛ばしたのだ。パンッ! という乾いた音と共に、散弾は信じられない軌道で装甲車の方へと跳ね返り、敵のセンサー部分を直撃した。

 

 

「嘘だろ…!?」

 

 

 新一は目を丸くした。木の棒で散弾を弾き返すなど、物理的にあり得ない。アレックスの付与魔法のデタラメさは、新一の想像を遥かに超えていた。センサーを破壊され、視界を奪われた二台目の装甲車が、ふらつきながら後退していく。

 

 

「里美、ナイスだ! でも無茶はするなよ!」

「えへへ、任せて!」

 

 

 里美は誇らしげに木の棒を握り直す。

 

 

「残り三台! だが、トラックのガトリングが厄介だ!」

 

 

 倉森が叫ぶ通り、大型トラックの側面から放たれるガトリングの弾幕は、まさに鉄の雨であった。これ以上接近すれば、セダンごと木端微塵にされてしまう。

 

 

『新一、私に任せろ。あのトラックの装甲の隙間を突く』

 

 

 ミギーが再び触手を伸ばし、ガトリングの砲身を支える基部へと狙いを定めた。だが、その時だった。トラックの屋根の上から、オブシディアン・ユニットの隊員が、身を乗り出してロケットランチャーのような兵器を構えたのだ。

 

 

「マズい! ロケットランチャーだ!」

 

 

 倉森が顔面を蒼白にしてブレーキを踏もうとする。しかし、ミギーの動きの方が一瞬早かった。ミギーの触手が、ロケットランチャーの砲身の先端を、紙一重の精度で輪切りのように切断したのである。

 

 引き金を引いた隊員の手元で、ロケット弾が砲身の中で暴発した。

 

 

 ドゴォォォンッ! 

 

 

 小さな爆発が起こり、その衝撃でトラックの屋根にいた数名のオブシディアン・ユニットが、バランスを崩して後方へと落下していった。

 

 アスファルトに叩きつけられ、無残に転がる漆黒の兵士たち。しかし、彼らは倒れる瞬間まで、悲鳴はおろか一切の声を上げなかった。痛みや恐怖という人間らしい反応が完全に欠如しているその姿は、新一にパラサイト以上の不気味さを感じさせた。

 

 

「…あいつら、本当に人間なのか?」

 

 

 新一が慄然とする中、ミギーがさらに追撃をかける。

 

 

『三台目の装甲車を沈める』

 

 

 ミギーの触手が極限まで硬質化し、三台目の装甲車のエンジンルームの隙間へと潜り込んだ。金属の内部機構を直接破壊する嫌な音が響き、白煙を吹き上げた装甲車が速度を落としていく。

 

 

「よし! これで護衛は残り二台だ!」

 新一が安堵の声を上げた、その時だった。

 

 

 突如として、前方を走る大型トラックのエンジン音が、不自然なほど甲高く跳ね上がったのだ。トラックのマフラーから青白い炎が噴き出し、まるでジェット機のような推進力で、巨体が急加速を始めた。

 

 

「な、なんだあの加速は!? あの質量のトラックが出せる速度じゃないぞ!」

 

 

 倉森がアクセルをベタ踏みするが、トラックとの距離は見る見るうちに開いていく。アレックスがトラックのエンジンに『加速』のエンチャントでも施したのだろう。常識を超越した機動力で、トラックは逃げ去っていく。

 

 

「くそっ…! 逃げられる!」

 

 

 新一が悔しげに右手を叩きつけた時、運転席の倉森が、探偵としての執念を見せた。

 

 

「諦めるな、泉くん! まだ手はある!」

 

 

 倉森は片手でハンドルを操りながら、ダッシュボードから黒いピストル状の機器を取り出した。

 

 

「アレックスのトラックが、あの先の急カーブで必ず減速するはずだ。その一瞬の隙を突く!」

 

 

 倉森の予測通り、トラックは山道の急なヘアピンカーブに差し掛かり、僅かにブレーキランプを点灯させた。その瞬間、倉森は窓からピストルを突き出し、引き金を引いた。

 

 小さな発射音と共に射出されたのは、銃弾ではなく、強力な磁石を備えた特殊な『追跡装置』であった。トラッカーは闇夜を一直線に飛び、トラックの後輪付近の装甲板に、カチンと小気味良い音を立てて吸い付いた。

 

 

「やった…! 命中だ!」

 

 

 倉森が歓喜の声を上げる。次の瞬間、トラックはカーブを曲がり切り、そのまま圧倒的な加速で新一たちの視界から完全に消え去っていった。残されたのは、二台の護衛の装甲車が遠ざかっていくテールランプの光だけだった。

 

 倉森はゆっくりとセダンを路肩に停め、大きく息を吐き出した。

 

 

「…物理的な停止には失敗しましたが、これで彼女の『拠点』は特定できます」

 

 

 倉森がスマートフォンの画面を新一に見せる。そこには、赤い点が点滅し、山間部の奥深くへと移動していく様子がリアルタイムで表示されていた。新一は、その赤い点滅をじっと見つめた。田宮良子と赤ん坊、そして広川や後藤が囚われている場所。アレックスの「管理」という名の独裁が行われている拠点。

 

 敵の居場所は、もはや隠し通せない。

 

 

「…倉森さん。ありがとうございます」

 

 

 新一は深く頷き、隣の里美を見た。里美も、木の棒を抱きしめたまま、力強く頷き返してくれた。新一は、かつてないほど鋭い、決意に満ちた眼差しで、暗闇の先を睨みつけた。

 

 

「行くぞ、アレックスのところへ。あいつのふざけた『管理者権限』を、僕たちが終わらせるんだ」

 

 

 夜の山風が、三人の決意を乗せたセダンを静かに包み込んでいた。物語は、理不尽な神の力を振るう管理者と、人間の心を守ろうとする者たちとの、最終目的地への突入へと加速していく。




原作時間軸さん「これも予定とは違うよぉ〜」
分岐時間軸さん「てへぺろ」
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